11.屍達の舞踏会序幕−漆−
ビルが一棟、ひどく音を立てて輪郭を失う。
その崩壊の中心地にいる二人は大地へと向かう瓦礫を一切の障壁とせずビルの崩壊よりもさらに激しい戦闘を繰り広げる。
荒れ狂う嵐は修道女を切り裂きひばりの頭上の障害物を吹き飛ばす。
岩石は修道女の体に打ち付けられ、肉を抉る。血塗れた鋸の刃では飛び交うコンクリート片から己が身体を守りきることは難しい。致命傷になり得るようなものだけを選んで崩していく。
「あたしの能力はよぉ『腐蝕の血』ってんでよぉ。あたしの魔力に直接触れたやつはよぉ…どんどんとよぉ…腐ってくんだよなぁ!」
旋回し鋸に付着した赤黒い血を撒き散らす。嵐の中、水滴となり目的もなしに飛ぶ魔力の塊と化した血が瓦礫を蝕み音もなく塵となっていく。
(ずっと切られた場所が痛いのはあの能力のせいね。腐ってくせいでいつになっても血が止まらないし早いとこ止めさせとかないと)
そのために必要な条件は付着した魔力を引き剥がすこと、もしくは修道女の能力の範囲外へ投げ出すこと。
この二つに一つだ。
しかし、ひばりにとってはそうではない。今逃げ出せばその間、この悪女を自由にしてしまう。
そうなればこいつはきっと他のとこに殺しに行く。もしくは逃げ出し、捕える機会を失い更なる被害者を出すことになる。
だから絶対に引くわけにはいかないのだ。
(でも一度くっついた魔力はなかなか落とせないしな 〜意地で私が倒れるより早くこいつシメちゃわなきゃ)
両の手を真下に突き出し、自分が飛ばないよう調節しながら風を押し出していく。
ひばりを取り囲むようにして吹き荒れる嵐のヴェールはその奥に隠された少女に赤黒い血の接近を許さない。
能力がひばりの下に届くことはついぞ訪れなかった。
ヴェールの奥の少女が微笑みを浮かべる。
手を地面に突きつけて、大きく開いた脚を上体を捻ることでターンテーブルのように回転して蹴りを放つ。
それを一歩下がることで軽く避け、こちらも姿勢を低く走る。無防備の上半身を狙い鋸の刃を走らせる。
鋸の刃がひばりの柔肌に触れるよりも前に手から空気を押し出し飛翔する。
飛び跳ねたひばりが修道女の頭上を通過する。脚の回転は一切止めず彼女の背をいくらか足蹴にした。
背中に威力の高い蹴りをくらい修道女の体勢が崩れる。姿勢を低く保っていたお陰で悪運強くも転倒によるダメージ自体は少なく済んだが、受け身を取るのは間に合わなかった。
転倒の勢いそのままに転がり無理やりひばりの方へと振り向く。右手に持った鋸を地面について右脚で勢いを殺す。左脚はいつでも走れるような構えをとっておく。そして振り向くと同時にデザートイーグルが火を吹いた。
魔力がよく込められた弾丸が空を駆ける。目標は目の前、赤星ひばり。目標、着地により身動きの取れない状況下にあり。
絶好の好機だ。これを逃すわけにはいかない。
この弾が外れればーいや大したことにはならないか。
修道女が少しダメージを負ったという結果が残るだけ…だが、当たればその恩恵はデカい。
その恩恵には可能ならあやかりたい。
常日頃からカミへの感謝を忘れない彼女の願いを聴いてか、それとも唯の気まぐれか。
弾丸はひばりの左足、太ももを貫いた。
―――――――――――――――――――――――――
およそ二十分前
ー大会運営管制室
「都市エリアにて未登録の魔力を確認!コードIの一派と推定!ドローンによる追跡を開始します!」
「コードI付近にてA級イクサビト明星ひばりの魔力を確認!状況…戦闘中にあります!付近のイクサビトは急ぎ現場へ向かってください!座標は――」
管制室が敵の存在を感知し、その追跡を始めようとしていた。
存在を感知した男の報告、すぐそばのひばりの存在を確認した女のイクサビトへの伝達、そのどちらもがこの部屋中に行き渡る。
それに感化されてか、他のメンバーたちも同一目標の追跡、及び明星ひばりへの支援を急ぐ。
コードIとは少し前に定められた今回の一件、その首謀グループとなる侵入者たちの総称として定められたものだ。
侵入者だからI。実に分かりやすい。
そして同時に対策委員会が設置された。
大会は続行するというヴィルベルムの意向の下、大会運営チームとコードI対策委員会に分け、それぞれがそれぞれの仕事に集中するようになった。
そのお陰か対応にも少々余裕が生まれ、大会参加者たちの混乱はある程度は沈静化された。
遅れてこの一件に気づくことになった紅葉たちのような者も少なからずいることにはいるが、それでもなかった時と比べれば遥かにマシになった。
管制室の皆が慌ただしくも冷静にそれぞれの仕事を全うする中、一人冷静さを失いそうになっている男がいた。
猿川だ。東間高校異能部の顧問教師が受け持つ生徒を三人も殺した可能性がある相手とひばりが今戦っている。
それを聞いて冷静さを失わなず適切な判断が下せるだろうか。少なくとも彼なら出来るはずだ。
出来るはずだったのだ。
先日の一件ー力也の手から逃れたという奇術師の一件ーがあってから猿川はコードIをかなりの実力者集団と踏んでいる。
少なくとも生徒たちが戦うべきではない、そう考えているのだ。
「待て、猿川」
それを制止せんとばかりにヴィルベルムが一言告げ、猿川を睨みつける。
その眼光は全盛期さながら。衰えというものを知らぬかのように鋭いままだ。
「止めないでくださいよヴィルベルムさん。流石に元上司とは言え、その命令だけは聞くわけにはいかないんですよ」
彼はヴィルベルムを睨み返した。放っておけば今すぐにでも走り出してしまいそうな心持ちで。
「お前が行けば必ずどこかで騒ぎが起きる。そうなればあれ以上の混乱は確実だろう。敵方の目的はこの混乱に乗じたお前と西園寺力也の暗殺。もしくは私か…そう言っただろう。冷静さを欠き、大本の目的を忘れるな」
言い放ち深く息を吸う。
ヴィルベルム、彼女が生きてきたおよそ八十年の経験の内に今のような状況はない。
イクサビトの一人として数々の戦場を走り、ついには総監長という地位にまだ上り詰めた彼女ですら未知の事態。
最初の対応で猿川を前線に出したのは失策だった。敵の規模、そして目的を見誤っていた。
(特定の人物の殺害、もしくはこの大会の賞品の強奪。実力も高くてもA級が数人…片手で数えられるほど、BからD級の構成員が殆どだと踏んでいたんだがね…)
仮にそうだとしたならここまで事態を大きくするのはどう考えても悪手だ。
それ故に彼女は侵入者の目的を混乱に乗じた要人の殺害、もしくはこの大会の賞品ー機能を失った遺物ーの強奪だと推測したのだ。
「それじゃ俺はここで黙ってうちの生徒が痛ぶられるのを見てろって言うんすか?」
自然と拳に力が入る。軽く握られていた拳が強く握りしめられ爪が手の平に刺さる。
痛い。血が滲んだ手の平よりも心が。
変に地位を脚光を浴びたが故に守りたいものも守れなくなるくらいなら、こんなもの《S級》今すぐにでも捨ててやるのに。
何もできないと言う事実が猿川の心をきつく締めあげている。
「それなら例え貴女が相手でも容赦はしませんよ」
彼の少し釣り上がった目はさらに細く、鋭利になり、辺りに威圧感を撒き散らす。
後にこの場にいた職員は「室温が五度くらい低くなった気がした」と語っている。
「喧嘩っ早いのは相変わらずだね。少しは大人になったと思っていたんだが…まだまだだね」
「やれやれ」なんて雰囲気で首を左右に振る。その様子が余計に猿川の気を逆撫でする。
ここで手を出さなかったのは大人気のある行動だっただろうか。そういうことにしておこう。
「私はね、『もっと他人を頼ることを覚えろ』って
言ってるんだよ。なんでも一人で解決しようとする癖、直すように昔から言ってるだろう」
猿川は強い。それも力也やヴィルベルムなんて比にならないくらいには強い。ドラゴニア内のイクサビトでS級に到達したのはほんの十人。中には例外もいるがそれでも多くはない。それどころか少なすぎるとも言えよう。
そんな十人のうちの一人が猿川なのだ。
例えそれが本人が望んでいないものだとしてもー
「お前以外にもイクサビトが何人か向かってる。それだけじゃない、あの娘もあれだけの敵に善戦してるじゃないか」
ほんのりと優しい表情を浮かべ画面の向こうで戦う彼女、明星ひばりを讃えている。
猿川こそ、彼女が努力している姿を見ているのだから彼女を信じてやれとでも表情と態度で示しているのだろう。
そんな顔を見て愚かにも突っ走る教師はいなかった。
―――――――――――――――――――――――――
ショーケースの中の腕時計がケースのガラスと共に宙に舞う。
ガラスは鋸に斬られて…というより叩き割られヒビが入り、次第に弾けていく。
ショーケースの向こうのひばりに血を付けるために鋸を振るう。
しかし、咄嗟に飛行域を超低空、地面スレスレのところまで下げ、それを避ける。
太ももを貫いた銃弾は深くひばりの肉に入り込んだ。
貫いたとは言えど、魔力によって護られている身体を貫き通すことはできなかったのだ。
(それでも私の足はもうまともには使えない!移動も攻撃も全部出来る限り能力頼りの戦闘に切り替えなきゃやってられないわ!)
ショーケースを飛び越え、直接ひばりの体を狙いに行く。大きく振りかぶった鋸の刃がひばりの脇の間に突き刺さる。
すぐに振り上げては降ろし、連続で突き刺すような攻撃を続ける。
この攻撃を能力の出力を上げ、高い機動力を活かした動きを利用して躱しきる。
躱しきった後、出力を上げたそのまま距離を離す。
ショーケースを風を使い吹き飛ばす。ショーケースとショーケースの間にいた修道女が吹き飛んだ瓦礫とガラスの山に埋もれる。
「ここまですれば二、三分は動けないでしょ…」
少し前から上擦り出した呼吸を無視し続けている。さっきの連撃も躱しきれたのは偶然としか言いようがない。
傷はグズグズ、血は止まらない、体力はとうに底をついている。こんな極限の状態でこれからも戦闘を続けるのは困難。
可能な限りの全身全霊を以て少しでも早く片付ける用意を整える。
腐った鉄筋コンクリートの柱に拳が飛ぶ。亀裂の入っていた柱は完全にヒビが入りいつ倒れてもおかしくはない状態となる。
ガラスとケースの山が金属音とガラスの擦れる音を立てる。
山の中で修道女が外に出ようともがいている。
雪中の花が咲き誇るため雪を掻き分けるように。彼女にそんな喩えはとても似合いはしないが。
柱に手をつく。捻る…と言うより回して倒すイメージで柱を動かしていく。
四階建てのビルの柱、高さ約十五メートル、質量およそ45トン。
高級時計店を支える柱が真っ直ぐ瓦礫の山の方へと倒れ込んでいく。
瓦礫の山の頂上から手が伸びる。生き埋めにされていた修道女があらゆる障壁を突き破りついに這い出てきたのだ。
よく見ると腕の周りの瓦礫がボロボロになっている。
『侵蝕』の影響で瓦礫を腐らせ穴を開けるように出てきたのは真っ赤な修道女の上半身。
「ケヒッお前、マジかよぉ」
倒れ込む柱を目の前に修道女がそう呟いた。
(お願いだからもう動かないで…!このまま埋もれてて…!)
願う。先程までの強敵がもう動かないでいてくれることを、先刻までの激闘に終わりを告げることを切に。
コンクリート柱が完全に倒れ、モグラよろしく顔を出した修道女を下敷きに。
その衝撃は周囲に響き渡り、轟音は鳴り響き、土煙が埃が舞い上がり、風が辺りを吹き飛ばさんとする。
それだけで止まらせない。
瓦礫の山があった場所に瓦礫片を続々と投げつける。これでもかというくらいに。
「…で!…ん…!…んで!」
叫ぶ。同じ単語をひたすらに。
瓦礫片をおよそ十七程投げてついに右腕が落ちる。
とうとう限界が来たようだ。
少しでもぼうっとしていれば動けなくなるのも遅くはないであろう。
「し…!し…で!…んで!」
音が止み始めた。風も抑まって、埃と砂煙だけがその場に残っていた。
まだ動く左腕を全速力で振り続け投擲を続ける。
腕だけじゃなく脚が、身体全身が重い。頭の中が曇って思考がまとまらない。
傷は紫色に変色してしまっている。侵蝕はすでにこんなにも進んでいたのか、と改めて認識する。
「死んで!」
一番の大きな声でたった一言を叫ぶ。もはや号哭に近しいそれは都市エリア全体に響き渡った…そんな気がした。
脚が不意に動きを止めた。
(力が…入らない…立てない…見えない…)
血を流しすぎた。ひばりは魔力による治癒を行えない。故につけられた傷は自然に治るのを待つか、誰かに直してもらうしかないのだ。
だが彼女はそんなことお構いなしに戦い続けた。
その結果がこれだ。ゆっくりと弱っていって結局は負けて、それでおしまい。
砂煙が上がる。
砂煙の中から一人の人影。
もうここまで言えばこれが誰かなんて言わなくても察せるだろう。
鋸を担いだ修道女がそこにいた。
倒れてくるコンクリートを鋸で切断し直撃を避けたのだ。
「ケヒッケヒヒッ…アーハッ!アヒャヒャヒャ!アーハッハハハッ!」
号哭の次に聞こえてきたのは誰のかもわからない高笑いだった。
高笑いも、吹き荒れる風も、高く昇った三日月もひばりを取り囲むすべての環境が彼女を嘲笑っている。そんな錯覚に陥る。
「あぁ…おまえよぉ…ほんとに才能あるよなぁ…ここで殺すのが勿体ねぇ気がしてきたんだよなぁ…」
終始この気味の悪い笑みを消すことは叶わなかった。今もその笑みを浮かべながらひばりの下へとにじり寄ってくる。
(近寄らないで…こっちに来ないで)
「それによぉさっきのもよかったぜぇ?すげぇ必死にあたしに向かって死ね、死ねってよぉ。あれは感じたぜぇ。本気であたしに向けたホンモノのサツイをよぉ!」
ここまで言ってまたあの笑みが溢れる。
下腹部の辺りを撫で回して、笑みに恍惚さが艶やかさが増す。
「そうだぁ!お前、あたしんとこ来いよぉ!そうだ!それがいい、せっかくのワルの才能を無駄にするわけにゃぁいかねぇもんなぁ!あたしからあいつに言っておけばきっと入れるさぁ!いや間違いねぇ!ぜってぇ入れる!そうと決まれば…」
「…な…で」
か細い声が修道女の勢いに乗った声を遮った。
普通なら気にも留まらないような小さな声で。
「ふざけないで…!」
睨む。目の前の怨敵を。
今聞いた提案があまりにもふざけたことを述べていたが故に。
疲労と痛みで正常な思考回路を奪われて一瞬脳裏に「もうそれでもいい」なんて悪い考えがよぎってしまった自分が憎い。嫌いだ。大嫌いだ。だから…
「私は…明星ひばり…東間高校二年!いつかこの国一番のイクサビトになる女よ!私をあなたなんかと一緒
にするなんて烏滸がましいのよ!」
ーここで殺すのだ。
「そうかよぉ。それじゃぁ」
鋸の血がべっとりと手で拭き取られる。
両手についた血がゆっくりとひばりの顔へと向かう。
触れる。生温かい血が、彼女の顔に。今能力を使われれば間違いなくー
「死ね」
死ぬ。
「こんなことなら…ちゃんと伝えておけばよかったな…」
遠い記憶。
遠いとは言ってもそこまでは遠くない、ここ一年の話だ。
そんな彼女の記憶を今から語ろう。
彼女の頭は今正常に働いていないから所々穴が空いてしまうだろうがね。
―一年前
東間高校異能部部室にて一人の世間を知らない少女は一人の高飛車で生意気を体現したような少年に出会う。
勢いよく部室に入り込んだら目の前で顧問教師と少年が話し込んでいて止まりきれずに頭からイッた。
二、三度転がってようやく勢いは止まり、少年を下敷きに少女は倒れ込む。
「えっと…大丈夫そう、か?」
顧問教師が二人を覗き込むようにして尋ねる。今しがた起きたことにまだ驚き戸惑っているようでその顔には困惑が見て取れる。
「はい!大丈夫です!」
そんな心配や戸惑いを吹き飛ばすような笑顔で少女、明星ひばりはそう答えた。下に人がいるのを忘れて…だ。
「これのどこが大丈夫なんだ?」
今にもキレそうな顔、というより既に怒り爆発中という風な顔をしている少年が彼女の下にいた。
夕暮れの色によく似た髪は短く切り揃えられ、身体は少し細い。背丈も164くらいだろうか、今の彼が見ればきっと恥ずかしそうに笑うのだろうか。
上体を起こしてすぐにひばりを軽く押しのけて埃を叩き落とす。
ひばりの手を取るでもなく目線はまた教師の下へ。
なんて冷たい人だろうと思った。
今となればこの対応でも仕方ないとも思うが、この時は世間というものを全く知らなかったのでこう思ったのだ。
「ーーーーーくん。それはちょっと冷たすぎないかな?イクサビトならどんな状況でも善良な市民には手を差し伸べるものだよ」
優しく諭すこの男はどこか胡散臭いと感じていた。彼女の知る教師なんてものは自分のカネとコネ、昇進のことしか考えない人たちの集団でしかなかった。
何をやっても「素晴らしい」とか「流石」とか月並みな言葉を並べたり、自分の保身のために彼女の成績を改ざんしたりとひどいものだった。
そのせいか目の前のこの男、猿川楽のことも胡散臭そうに映っていた。
「はぁ…分かりましたよ…ったく」
今一度ひばりを見て分かりやすく大きなため息を吐いてから手を差し伸べる。
「ほら、手貸せよ」
思っていたより彼の手は温かく優しかった。
―それから一ヶ月が経った。
彼女と彼はなんとなく二人でいた。というより集団の輪にうまく入れなかった二人が集まっている感じだ。
ただ練習の区分は全く異なるが。
「えええ!あなたもう先輩たちと練習するの?!凄いじゃない!」
純粋にすごいと思った。彼女は基礎の基礎、魔力の扱い方どころか組み手やら空手やらといった基礎戦闘能力をつける練習ばかりさせられていたし、いつ見ても先輩たちの戦闘は美しく、それでいて力強い何かを感じていたのだ。
そんな場所に同じ一年生でただ一人彼だけがそこに混じって練習をするのだ。
すごいとしか形容できなかった。
「別にすごくねーよ。お前らとやってると俺が手加減しすぎて調子狂っちまうから変えてくれたってだけだ。俺がすごいのはそうだけど、お前らが弱すぎるんだよ」
前言撤回。この男はこれからどうしてやろうか。
帰りに何かにつけて奢らせてやろうか、うん、そうしてやろう。
いやなにそんな「あ、怒ってるな」みたいな顔してるのよ。だいぶ分かりやすかったでしょ今のは。
機嫌を取る気になったのかゆっくりと彼が口を動かし出す。
「でもお前だって頑張ってるじゃねーか」
「何をよ」
「受け身の練習」
追いかけっこ開始。
今ここに火蓋は切られた。
「あれは本気でやって投げられてるだけよ!それをあんたは!」
「あーあれ本気でやってたんだ?よっわ。なんでここに来たのかマジでよくわかんねーわ」
「ッ…るっさい!この…!」
「足も遅い上に力もない、技量もないのにどうやって戦うんだよ。大人しく家で守ってもらってろよ」
「あんっ…たねぇ…」
もう息が上がっている。
温室育ちの彼女は悉く体を動かすのに向かない。
気づけば彼とはもうあんなに距離が空いてしまった。
「分かってるわよ…弱いことくらい…」
それでもあんなところにずっといるのはもっと嫌だ。
だから、逃げ出す力が欲しかった。
「…ん?」
気づいた。真後ろにいたはずの彼女がいないことに。
真後ろにいたはずの人間が遠くでうずくまっていることに。
そして気づくのだ。さっきの発言はさすがにまずかったと。
顔から血の気が引いていくのを感じる。
小走りで彼女の下へ。
「おい」
「何よ」
ぶっきらぼうな声に顔も上げずに返事をする。見られたくなかった。誰にも。
嫌じゃないか、十五の娘が人だかりの中で涙を流すとこを見られるなんて。
それも目の前にはそんな原因を作った奴もいるくらいだ。絶対に笑われるに決まっている。
「悪かったよ、だから…」
「だから、なに。私はあなたに助けてくれって言った?あなたはそうでもしなきゃ人は救わないんでしょう。早くどっか行って」
少し上擦った声で出来る限り冷たく言い放つ。
こうすれば冷たい彼のことだからきっとどこかへ行く。
助けの声を上げないやつを助ける義理はない、とは彼の言葉。新人戦でぶっちぎりの成績を残した彼との帰りの道中で語ったこと。
覚えている。だからこそ矛盾しているとして距離を置こうとする。
「ああ、もう…!」
ドスンと隣から音がした。
…あまりにも静かなものだから軽く音のした方を一瞥する。
そこには何も言わない、仏頂面の彼がいた。こちらを見るでもなくただ隣にいるだけ。
でも私が泣いていることはちゃんと見ていたようで、手は絶対に放さなかった。
ここにいろ、とでも言わんばかりに強く、それでいて壊れないように包み込むように。
アレ、すごく嬉しかったな…
その後二ヶ月もしたら私には友達が出来てあなたといるのは帰り道だけになってさ、教室でも話しかけていいのにって言ったら、怖がらせるからって断って、結局私に怖がらせないようにはどうしたらいいって聞きに来て。
ほんとに面白くってどれくらい笑い飛ばしたか思い出せないや。
私の誕生日にはわざわざ私の家まで祝いに来て、私の好きなウサギのぬいぐるみと「お前っぽいから」って鳥のストラップまで買ってきてくれて。
ちゃんと今もベッドの上に飾ってるしカバンにしっかりつけてるんだよ。
私の特訓に遅い時間まで付き合ってくれて、今の能力の使い方もあなたがアドバイスをくれたもので。
私、あなたから何かを貰うたびに嬉しくなるの。目に入るものの中にあなたが増えていくほど心が温かくなる。
なのに私はあんたに何も返せないまま。
関係が変わってもちゃんと伝えたことはなかったな…
「…大好き」
愛情に満ちた顔を浮かべて一言、想い馳せる彼へと。
顔中に魔力が伝わっていくのを感じる。そして自分の確かな死も。
顔が熱い。そしてすぐに感覚がなくなっていく。多分これが腐る感覚なのだろう。
神経が灼かれて次第になくなって…
「じゃあなぁ」
トドメと魔力が流し込まれようとした。
それが出来なかった。
この男のせいで。
「ひばり、それ後でちゃんと言えよ。誤魔化したら承知しねーからな」
目の前の彼の夕日の髪。目頭が心が熱くなるのを感じる。
「力也…」
安心したのかついに気を失ってしまった。
「テメェおい!そいつはあたしのエモノだぁ!盗ってんじゃねぇよなぁ!」
修道女の悪魔のような叫び声。それも彼の耳には特に入っちゃいないようだが。
「一応応急処置程度は治療してますけど、ちゃんとした治療を受けさせてください。だいぶ血を流しすぎてるんで輸血もお願いします。血液型は…」
近くに駆けつけたイクサビト一人ににそう伝え彼女の搬送を願う。
それが遠くまで行ったのを確認してからゆっくりと敵を見定める。
「それで、お前だな。うちのひばりイジメたのは」
眼光鋭く、普段の彼からは予想もつかない顔をして睨みつける。
「そうだ…っていったらどうすんだぁ?」
鋸を構える。鈍い光が月光に照らされ輝く。
「あいつをイジメていいのは俺だけって決まってるんだよ。ぶっ殺すに決まってんだろ」
空気が爆ぜ、あたりが重くなる。
戦火はまだ止まない。
明星ひばり:魔力操作 A
能力 捻転
ランク A
所持ポイント 124点(棄権)
西園寺力也:魔力操作 S
能力 万有引力
ランク S
所持ポイント 78点