表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚の機繰  作者: 浮海海月
新人戦編
10/17

10.屍達の舞踏会序幕−陸−

 ー三日目 夜


「〜ッああぁやっとちゃんと休めるぅー」

 大きく体を伸ばし吸い込んだ息を吐き出してこれからしばらくの間堪能するだろうバカンスに思いを馳せた紅葉と、その様子を見て釣られて欠伸が出そうになる透馬が三日目にしてようやく休憩所にやって来たのだ。

「ここ三日間硬い床と冷たい壁で寝てたからな。でもこれからは毎日ちゃんとここに来るようになるから。しっかりと休み尽くしてやろうぜ」

 三日間で溜まりに溜まった疲れをここで癒してやろうという魂胆で意気揚々と足を進める二人の足取りは軽い。今なら軽くステップでも踏めるくらいには軽い。


 しかし、ここの空気はそれに相対するようにか、重い。それもそのはず、先刻人死にが出た挙句その原因も事態状況すらも判らないときてる。外と比べれば安全と言われても全員の間にピリついた緊張と興奮が走るのは無理のない話だ。


「あ、神河くんに切頭くん。いらっしゃい、ゆっくりしてってね」

 二人の存在に遅れながらも気づいた静が優しく出迎える。その顔は一見優しく微笑んでいるように見えるが、やはりどことなく緊張が見えた。

「…何かあった?」

 透馬が問う。声色は優しいが思うところはある、そんな声で。

 静が言い淀む。伝えるべきか否か、そう思案する。

 そして「何でもない」そう首を振ると決めたのだ。

 決めたのだが―

「あんたたち今まで何やってたの?」

 深雪がそれを許さない。そして包み隠さずに二人に伝えたのだ。

 同じ部のメンバーが死んだこと。それが一人や二人じゃないこと。原因が分からないこと。皆が怯えてしまっていること。これらの事実を包み隠さずに彼らに。


「訳わかんねえ!どういうことだよ!」

「それが分かんないから困ってんのよ。分かってたらあんたたちの無事だけ確かめて事情なんか聞くもんですか」

 紅葉の怒号とそれに負けず劣らずの深雪の声が飛び交い、それを何とか宥めようとする弱々しい静の慌てふためく姿が休憩所の全員の目に映っている。

 しかし、特に印象に残った…驚いたのは彼女が珍しく大きく声を上げたことだろう。

「二人とも落ち着いて!」

 二人どころか休憩所にいた全ての人の声が止んだ。そんな気がする程に空気が凪いだ。大人しい彼女がこれほどの声を上げればまず注目を浴びる。皆の視線が静に集まり、離れない。

 彼女の手はまだ微かに震えている。


「落ち着いて…今二人が言い争っても何にもならないよ…今は二人が無事で良かったって喜ぼうよ、ね?」

 手を、口を震わせた彼女が弱々しく、それでいて力強く(つぐ)んだ言葉。それは慌てて、焦って、怖くて、正気を失いかけてしまった彼らを取り戻すためには十分過ぎるほどだった。

「本間の言う通りだな。まずは俺たちが持ってる限りの情報の交換と整理、あとは少しの作戦会議でもしよう。そしたらその後は…」

 透馬の顔が次第に柔らかくなっていく。これが彼の本来の顔、と言えば彼は怒るだろうが、心の奥底から友人の無事を願う彼の優しい顔になっていく。

「ゆっくり飯でも食おう」



「じゃあ今わかってんのはなんか知らんけど人が死んでることとセンセイたちが動いてくれてるってことくらいか」

「そうね。だから『ホール』の方でなんかあったんじゃないかって思ったんだけど…この様子じゃかなり慎重に動いてるみたいね」

「先生たちもすごく困ってるみたいだったから状況はあまり良くないのかも…」

 各々が各々で把握したこと、していたことを交換し合い一つの違和感が浮かび上がる。それも四人全員が気づくが、それまでは感じることすら無かった程度の。

「…上手くいきすぎてるな」

 ポツリと呟いたのはやはり透馬だった。今日も彼の頭はよく冴え渡っている。

「それ()()()の話してる?」

「どっちもだな」


 ようは「俺たち二人がここまでソンナコトが起きていたのに気づかなかったことも、相手の作戦がどういうものかは分からないが現状一切の障害が起きてすらいないこと」これが上手くいきすぎているというのだ。

 今まで休憩所を訪れた参加者たちはどことなく状況がおかしいことに気づいていたのに対し、二人は微塵も勘づいていなかった。紅葉は変に勘が良い。それに気づいていないのは変、ということ。

 障害が生じていないのは、『ホール』内でさほどの戦闘が起きていなかったことが物語っている。イクサビトが出向いており、尚且つエンカウントしたならかなり大規模な戦闘があって然るべきで、何かしらの通知があるべき、というものが二つ目。


「相澤。本当にここで死んだのはその参加者三人だけか?」

「えぇそうよ。他はみんな無事ね。ピンピンしてるわ」

 なるほど、といった顔でしばらくの間俯き考え込んでしまった。その間に紅葉も聞きたいことを聞き出す。透馬と深雪は頭が良いために二人が話し続けると割って入る隙がなくなってしまうのだ。


 …決して紅葉の頭がアレというわけではない。


「そいつらが死ぬ前ってほんとに誰も見なかったんだよな?誰かがここに入ってきてるの」

「少なくとも私たちは見てないわ。部長とか副部長が居たら何かしら見えたのかも知れないけど、あいにく部長は大会期間中ここに来ることはないらしいし副部長も事件の数時間前にここ出てっちゃったから…タイミングがいいんだか悪いんだか」

(確かにあの二人なら何か居たらすぐにでも気づきそうだし、どんな速い攻撃でも見逃したりしなさそうではあるな…)

 結局のところ得られる情報は無に等しかった。

 彼が口を開くまではー


「敵の目的…なんとなくわかった」


―――――――――――――――――――――――――


 彼女、明星ひばりは今かなり驚いている。

 数時間前、急に面倒を見ている後輩が下から飛んできたかと思えば「あ、センパイ。こんちは〜」ときて、そそくさとどこかへと行ってしまった。

(どこ行ったかは大体予想つかんだけどね…)

 若干困り顔を浮かべて一面氷づけとなった崩壊したビル群を見つめる。大方あの大型の魔物を封じるために誘い込んだところだろうな、なんて完全なる予測が立てられる。


「まさかここまでとは…私は弟子に恵まれてるな〜♪」

 眼前に広がる薄氷の世界に、自らが手に塩をかけて()()した後輩に思いを馳せる。今、身の回りで起きていることは視界の外に追いやりながら。


 彼女の視界の外側では赤いフードの女がニタニタと不気味な笑みを浮かべている。

 先刻まで件の魔物の死に体を貪っていた女が…だ。

 警戒心以外の何が抱けようか。

 ひばりはある程度の距離を保てるように動き、気づかないフリをして様子を見ることにしていたのだ。

(それ抜きにしても()()を倒したんだから素直に感心してはいたけどね)

 …そんなに警戒してなどいないのかもしれない…


 赤い女の赤い刃がひばりを襲った。決して彼女が全身を赤ずくめの遊園地裏で怪しい取引をしそうなコーデに包みたかったからと選んだ赤い刃じゃない。

 その赤は、元は()()()鮮血(あか)だったもの―

「あーあ、知らんぷりしたままだったら痛い思いしないでイケたのに。かわいそうなやつだなあ」

 頬を掠めた(ノコギリ)を振り回し、遊ぶ女。柄に結ばれた鈴の音が無駄にうるさい。鋸で斬られるのなら気付いたにしろ気付かなかったにしろ痛い思いをするのは確実だとは思うが、それはいい。

「私はあくまでも『学生』としてこの大会に出てるのよ。イクサビトの明星ひばりは今日ここにはいないの」

 ため息を一つと二つ吐き出して「面倒ごとを増やさないでくれるかな」と付け加える。恐ろしい女だ。血みどろの武器を向けられて怯えもしない。

 むしろ敵を威圧しさっさと臨戦体制に入る。紅葉がデカブツよりも恐かったと言ったのにも頷ける。

 それでも赤い女は不気味な笑みを止めることはない。寧ろ不気味さに磨きがかかったような気すらした。

 下卑な笑みは真っ赤な鉄の匂いが染み込んだ掌に覆われて見ることは叶わない。

 そんなものは見たくないと彼女は思っているだろうが。

「あぁ…あたしは本当に恵まれてるなぁ…ケツの青いガキのくせに強さだけは一等品の素材が歩いてきやがった」

(なに?この感じ…?)

「カミサマはどうやらあたしのことが大好きらしい。ああ、感動で涙が出そうになっちまう…」

 魔力がみるみる内に増幅していく。先刻までのそれとは比べものにならない程にこの短時間で。

 ひばりの身体に数滴の血が(したた)る。赤い女の薙ぎ払った鋸から飛んできた血が。

 宣教師よろしく両手を広げてかつての救世主(メシア)と同じポーズを取った。弱者を受け入れ、愛し、救う者と同じポーズを。

「最近のガキはまったくカミサマへの感謝が足りてないなぁ。食って寝て犯す。こんなヒトがヒトである感謝をよぉ。あぁ、でもお前は()()()()方がお似合いかぁ」

(あいつの威圧感(プレッシャー)が…強くなってく…!まさかまだ実力隠してるんじゃないでしょうね)

 下卑た笑みが止むことはない。

 きっと誰がこの場にいても彼女のことを「キモチワルイ」そう形容する程の。

「毎朝、起き抜けに一発。昼、しみったれた顔した奴と一発。毎晩、一日の感謝に一発。カミに変わって()()()やるのさぁ、ちょっと股を開けば寄ってくる罪深ぁいやつらをなぁ」

「このゲス…!とんだ修道女がいたものね。犠牲になった人たちが報われないわ…!」

 魔力の増幅はようやく止まった。その量はあのデカブツをゆうに凌ぐ程までに。

「さぁ祈れ!カミからの赦しを請い、楽にイケるようになぁ!」


 血と穢れに塗れた修道女(シスター)と穢れを知らな―い町娘の間に激しい火花が散った。


―――――――――――――――――――――――――


 ー同時刻

「敵の目的は多分…混乱を起こすことだ」

 三人の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。

「それがどうして目的になんてなるんだ」なんて疑問、「そんなことのためにこんなことを?」なんて疑問、それぞれ思うところはあっただろうが、透馬はそれに構わず話し続ける。


「というより、今混乱を起こしてそれに乗っかってなんか他のことをすること…だな」

「それは、どうしてそう思ったの?」

「簡単な話、人を殺すことが目的なら休憩所連中が死んでないのはおかしいんだよ。敵はどうやったかは知らないがここに影響を与えられるんだから、仮にそうだとしたらもっと人死には増えてるだろうからな」

 静の疑問はまだ消えない。これじゃまだ足りない。

「あとは、騒ぎがそんなに大きくなってないことだな。多分運営側に敵の意図を読んだ人がいたんだろうな。混乱(パニック)が起きれば敵は今以上に好き勝手動けるからそれを防いでるんだ」

 紅葉はなるほど、と呟き脳内で情報の整理を進める。彼は彼で自分の中にある違和感と戦っている。今はまだよく分かっていない。

「待って。それじゃホントの目的のために動き出したらもっと酷いことになるかもしれないってこと?それってかなりまずいんじゃないの?」

 聞いてから、聞いたことを後悔した。

 ああ、なんて哀れな子らなのだろう。闘う力を持ち、敵の思惑に気がつこうとも―


 ―そのために動くことも出来ず、唯、死せるその時を待つしかないのだから


 透馬の苦い顔が深雪の脳裏にひどく焼き付いた。


 ―――――――――――――――――――――――――


 戦火が激しく燃え盛り、火花は散る。

 修道女から繰り出される、その体躯からは想像もつかない程の重さの蹴りを後ろ跳びで威力を半減させる。

 片手をついて勢いを殺し、再度走り出す。

 修道女は飛びかかる素振りもなく、のらりくらりとひばりに歩み寄る。

 まだ不気味な笑みは消えない。なんだか腹が立ってきてしまう。

「その顔、すぐにでも崩してあげるわ」

 右大振りの鋸の刃がひばりの元へ。

 軽く手を添え能力を使い、触れずに軌道を逸らす。軌道はひどく捻れ、あらぬ方向へと走り出す。

 崩れた身体に向かって大きく踏み込み、左の裏拳を叩き込む。

 それを皮切りに掌底、背手、拳鎚、正拳…と叩き込む。崩した右半身を重点的に。

 鋸が振るわれることはない。


(左だけでここまで捌けるなんて…どんな鍛え方してるのよ)

 攻撃が通ったのはあくまで戯れ、最初の数発と幾らかの取り零しだけ。

 狙って通せるものは多いがそれでも五割方は捌かれる。半身でここまで捌けるのであれば全身が使えたときはどうなることか。

(あんまり考えたくないなぁ)

 弱気になりそうな己を律し、地面を踏み締め、得意の根性で強気の姿勢へと返り咲く。いつものひばりに、本調子に戻り加速する。

 修道女もそろそろ飽きてきたのか半身の縛りを解き、全身を自在に操り始める。

 突き出された腕を掴み、斬りつけて。鳩尾(みぞおち)目掛けて膝蹴りを。

 掴まれた右腕を使わず左の腕で反撃を。顔に重点的に狙い澄ました攻撃を。幾つか入れば腕が離される。それが逃れるためか、十分ダメージを与えたかは知らないが。

 軽く跳び、離れた腕を逃さないように絡みつき、体を捻り側頭に蹴りを決め、倒れ込む勢いを利用し背負い投げを放つ。

 胸から血が流れる。投げ出すその瞬間に素早く切りつけられたのだろう。傷はまだ新しく、荒々しく刻まれた彼女の柔肌から、似合わない薄暗い血が流れ出した。


 グズグズと傷が痛む。痛みだけなら大したことでは無い、彼女ーひばりが止まる理由には成り得ないのだが、一番は

「あなたと戦ってると無駄に疲れるんだけど、これあなたの能力?」

「ああ、やっぱ疲れてんのかぁ。安心しろよぉ、あたしの能力はまた別だ。その結果体力なくなるってだけでなぁ」

「じゃ気をつけなきゃ…ねっ!」

 修道女の額に真っ直ぐに正拳を突き出す。「疲れた」とはどこに行ったやら、先刻よりもさらに加速した拳が修道女目掛けて飛ぶ。

 身体を逸らしてそれを躱され、流れるように下から突き上げるような蹴りが繰り出される。

 躱しきれない。顎に脚が掠り、少しばかり脳が震える。ほんの少しだ。ただの少し脳が震えただけ。

 しかし、この隙は良くも悪くも戦局を大きく変える。


 銃声が鳴り響く。

 立ち上がった真っ赤な修道女の手にはマグナム―デザートイーグル.50AE。

 高威力のマグナム銃を自動拳銃として使う為に作られた数少ない成功例。

 装填されるのも、撃ち放たれるのも実弾。誰も殺さないように、誰かが殺すことのないようにと作られたニセモノの弾丸ーゴム弾ーとは全く異なる、人体を容赦なく貫き、破壊するための凶弾。


 それがひばりの右肩を貫いた。


「ーッ!」

 心臓に狙いを澄ました弾丸を右肩で受けたのはせめてもの幸運といったところだろうか。それとも研ぎ澄まされた動体視力と反射神経の為せる技、防衛反応といったところだろうか。

 元よりA級の彼女の反応がいいというのは勿論のこと。実戦、それも予期せぬ(侵入者)ときて感覚は更に研ぎ澄まされ、反応速度は通常時の数段増している。

 ただ、躱わしきるまでは至らなかったのだけが彼女のプライドを傷つけた。


「嫌そうなツラしてんなぁ。いいじゃねぇか、女なんて穴開いててなんぼのもんだろぉ?もっと喜んでくれよ、なぁ」

 ニタニタと笑う。もう変に濁さずにハッキリと言おう。気持ちの悪い笑みを浮かべている。いつになったらこの顔は歪んでくれるのか。それとも元から歪んでいるからこそ気持ちが悪いのか。

 考えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

 ため息が漏れる。

「あなたの歪んだ感性を私に押し付けるのはやめてもらえるかな。いい加減吐き気がしてくるわ」

 ひばりの怒りは既に最高潮(ピーク)に達しようとしていた。

 口に溜まった血唾を吐き出す。

 戦闘用スーツのスカート部分を千切り、右肩に巻き付ける。かなり簡易的とは言えども何も無いよりかはマシだろう。

「私はあなたが嫌い。とてもね。叶うことなら今すぐにでも消えて欲しいくらい」

 それと同じくらい『怖い』。

 相手はもしかしなくても戦いに慣れてる、殺しに慣れてる狂人。

 年端もいかない十七の少女が相手をするのに『恐怖』がついて回るのは当然。

 それでも彼女は戦いにおいてこの感情を決しておざなりにすることはないのだ。寧ろ、それを利用すらしてやるのだ。



「モミジくんさぁ、詰め方が甘すぎるよ。それじゃ『どうぞカウンターして下さい』って言ってるようなものよ?」

 ホントにして欲しいなら止めないけど、なんてニンマリとした笑顔で言うことではないことを平気で言うのだからこの人は必死になって否定するが、寧ろそれっぽさが出てしまった気がする。

「センパイなんか怖いんすもん。なんか隙見つけて攻め込もうとしてもぶっ叩かれるイメージが出てきちゃって」

『怖い』。生物であれば全ての個体が持っている当然の感覚。ヒトもまた、かつてはこの感覚を頼りに身に降りかかる危険を退けていたのだ。

 戦闘において、ありとあらゆる人間の障壁となる感覚。これを払拭し切らない限り、人は強くならない。そう考えている者は少なくない。


 しかし、彼女ー明星ひばりは違った。

「その『怖い』って感覚、絶対に忘れちゃダメだぞ」

 紅葉の顔の前、鼻先にひばりの人差し指がこれでもかと近づく。ほんのりといい匂いが彼の鼻腔をくすぐった。

「ぜったい?」

「ぜーーったい!」

 ひばりの弟である(かける)がおかしなものでも見たような顔をして二人のことを眺めている。おかしなやり取りをしているのだから間違ってはいない。


「でもセンパイ。怖がってるままじゃ逃げ出しちゃいますけど、それはいいんスカ?」

 紅葉の中には『戦場に臆する者は不要』そんな偏見ー思想が染み付いている。かつての英雄を祖父母に持ち、勇敢な祖父の姿をずっと見てきた彼の脳裏に知らないうちに染みついた思想が。

 それ故に臆病者は戦場に来るべきではない。逃げ出すくらいならば来なければいい、なんて考えているのだ。

「逃げ出せないよ」

 それが簡単に一蹴された。あっという間に。

 十五年間の彼の人生の中の半分以上をこの思想の下で過ごしてきたと言うのに、それが気づいた時には崩壊していたのだ。

 あっとすら言わせてもらえなかった。

「というか逃げさせてもらえない、かな。考えてみてよ。自分にこわいこわいって怯えて逃げ出す相手を敵とか魔物が逃すと思う?」

 結果は蜂の巣。

 祖父の戦場で臆病者が逃げ出すことが出来たのはあくまでも特異点となる祖父が居たからで、普通であればまず逃げ出せない。だから臆病者でも立ち向かう、ということらしい。

「むしろ戦死するのはある程度経験積んだ人たちの方が多いよ。初陣で死ぬ人が多いのはまあ事実なんだけどね」

 経験を積み、戦場への恐怖が薄れることで油断し死ぬ、関係のないところで事故になって死ぬ。こんなことが増えるのだ。

 だから恐怖を忘れてはいけない。

 ここまでは数々の人が言い続けてきたことだ。


「私としてはね、どちらかと言うと上手く戦って欲しくて、そのためにこの感覚がすごく大事になるから忘れないでほしいの」

「『怖い』この感覚をもっと研いでいけばそれは『予見』になる。『予見』が出来るようになれば効率よく敵を崩すことが出来る。効率よく戦えるようになればそれは『経験』としてなんとなく分かるようになる」

 この流れが出来れば自然に強くなれる、とのことだ。

 そして彼女が今ようやく経験として身体に慣らしていく段階になったのも、その難しさとA級という強さにまで達っすることが出来るという事実を物語っている。

 だから紅葉はこの一ヶ月間この感覚を忘れないように生活をしてきた。

 そしてそれは彼女も…



 銃口はひばりの頭に狙いを定めている。

 いつでも撃てる。今度は外れない、外さない位置にあるそれがまだ硝煙を吐き出し続けている。


「あはは、ぜんっぜん怖くないねそれ」

 大きな一歩を踏み出し、修道女の元へ飛び込む。

 求めるのは救いではなく、彼女の敗北。腹立たしさが湧き立つその顔に左の掌底、右手をデザートイーグルに。

 銃身は捻れ潰れる。

「ハァ?」

(こいつ急に動きが変わりやがったぁ…何が起こったぁ?)

 右足を軸に左の足刀を繰り出す。

 魔力を纏い、威力自体は半減はされたものの深手を負い、修道女の動きが一瞬止まる。

「逃さないわよ」

 竜巻が如き暴風が修道女を切り裂く。

 それを咄嗟に鋸を地面に突き刺すことで吹き飛ばされることによる二次被害が防がれる。

「それでもこの風は痛いでしょ!」

「いいや!まったく痛くねぇなぁ!こんなそよ風痛ぇワケがねぇだろぉがよぉ!」

 天空のひばり目掛け、飛翔する。勢いは止まらず、乱れ刃が襲いくる。

 凶刃の十字斬り。肉が裂け、痛みが刻み込まれる。

「だからあなたたちはなんで空でも普通に飛んでくるのよ!大人しく地べたで這いつくばってなさいよ!」

「だいぶ厚いツラの皮が剥がれてきたじゃねぇかよぉ!いいねぇ!もっともっと―」


「アガってんじゃねぇよ!」

「アゲてけよ!」


 嵐に押し出され修道女が大通り向かいの建物に打ち付けられる。

 それに向かい一切の減速をせずに膝蹴りの構えでひばりが突っ込んでいく。

 その速度は小型飛行機にも等しい。いわば墜落事故もさながらの威力を持つ蹴りを放つ。


 しかしあの女の薄気味の悪い笑顔は現在。鋸の柄で蹴りの威力を受け切ったのだ。

 いや受け切ったというよりはなんとか受け止めたと言ったところか。

 腕は悲鳴をあげているように見える。

 これも身体につけた傷の痛みが僅かに威力を低減させたことによる幸運。ひばりからすれば不運であるが。


「アハッなんだちゃんと効いてるじゃない!」

「テメェこそそろそろぶっ倒れそうなんじゃぁねぇのかよぉ!」


 嵐はまだ止みそうにない。


神河紅葉:魔力操作 D

     能力   虚無

     ランク  なし

     所持ポイント 49点


切頭透馬:魔力操作 D

     能力   月兎

     ランク  E 

     所持ポイント 51点


明星ひばり:魔力操作 A

      能力   捻転

      ランク  A

      所持ポイント 124点

     

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ