<31> ほどほど
一時期、ファジィ~という言葉が流行ったが、人生には曖昧さが求められる。きっちりといかないのが人生と言っても過言ではない。だから、数でも何でもそうなるのだが、きっちりに拘る事柄、拘る必要がない事柄という二極が自ずと生じる。まあ、ほどほどが許されない予算や会計の額合わせは別の次元の話となりますが…。^^
「おいっ! 予算残額が一円、合わんぞっ! すぐに出て来いっ!!」
とある市役所の議会事務局である。この日、官庁は土・日で休みだったが、事務局長の宮出は事務職員の守田に出勤を促す電話をかけていた。
『そ、そんなはずはないんですが…』
「そんなも、こんなもあるかっ! 合わんもんは合わんのだっ!! すぐに出てこいっ!!」
『は、はいっ!!』
守田は否応なく出勤する破目に陥った。今日は甘党の守田が大好きなスイ~ツが新発売される日だった。守田は楽しみにしていたから、ウキウキ気分で朝、早く起きたのだが、買いに出る矢先の電話だった。決算議会が明日から始まる前日で、決算書の決算額には当然ながら、ほどほどが許されない。守田にすれば、きっちりと額を合わせたはずだったのだが、電話がかかってくれば、どうしようもない。守田はスイ~ツ買いに向かう予定を諦め、職場へと車を飛ばした。
「…どこ、でしたでしょう?」
「ここだっ!! 予算現額-支出済額の予算残額が、差っ引いて一円違うっ」
宮出は款・項・目・節に分類された歳入歳出決算書の一ヶ所を指で示した。問題解決は簡単だった。守田は入力する印字を一字間違えていたのである。だから必然的に一円合わなくなるのは仕方がない。
「す、すみません…。ど、どうしましょう!?」
「どうしましょうも、こうしましょうもあるかっ! 今から製本の差し替えは間に合わんっ! 貼るしかなかろう…」
宮出は興奮を鎮め、静かな声で守田に言った。それから、印字した数字をくり抜き、糊付けする作業が始まった。その作業が終わったのは夕陽が窓ガラスに映える頃だった。だがともかく、明日の決算議会に向けての形だけは、ついたのである。
宮出と守田が庁舎を後にしたのは、それから間もなくだった。宮出と別れた守田はすぐにスイ~ツ店に向かった。店へ着いたのは閉店直後だったが、店の灯りはまだ灯っていた。
「やあ、守田さん。お見えにならないんで、今日は都合が悪いんだなと店で話してたんですが…」
「まだ、ありますかっ!」
「はいっ! 一応、守田さんの分、取っておきましたっ!」
「あ、有難うございますっ!」
「いやいや、いつも買って頂いておりますので…」
守田は、店の閉店時間のほどほどに救われたのである。帰宅した守田はこれが人生なんだな…と思いながら、絶妙に甘いスイ~ツをゆったりとを味わった。
守田さん、閉店時間のほどほどに救われてよかったですね。^^
このように人生には、ほどほどが許される内容と許されない内容が並存している訳です。^^
完




