暴漢の冤罪を着せられたけど、被害者のクラスメイト女子を安心させてあげるために速攻で逆転して真犯人を暴いてやった
「あ、宿題集めるの忘れてた!日直さんごめん、集めて職員室に持ってきてくれる?」
「え!?」
「よろしくね!」
「先生!ちょっと待っ……!」
蓮花高校のある日の昼休み直前。
数学教師のミスのとばっちりを受けた日直の女生徒が、絶望的な表情を浮かべて硬直していた。
それは宿題のノートを集めるのが面倒だからという訳ではない。真面目な彼女は普段であれば笑顔で教師の尻拭いを請け負っただろう。
今回に限って彼女が困ってしまったのは、本日もう一人の日直の男子生徒が休んでいるため日直が一人であること。そのため男子のノートまで自分が集めなければならないこと。
「(そして僕のノートも彼女が回収しなければならないってことだね)」
おろおろする日直女子の様子を見ながら、男子生徒雁金 慎弥は冷静に状況を分析していた。
「(全く、先生も可哀想なことするなぁ。女子に『僕に近づけ』なんてお願いするなんてさ)」
何故なら雁金は多くの女子から嫌悪されているから。
「ひっ!」
勇気を出して雁金の方をチラっと見た日直女子は、すぐさま嫌悪の表情を浮かべて己の身体を守るかのように彼に背を向けた。
あまりにも失礼な行動であるのだが、雁金は全く気にしていなかった。むしろ彼女に対して同情的ですらあった。
「(この顔が生理的に受け付けないんだから仕方ないよね。無意識の反応はどうしようもないもん)」
雁金の顔は女性にとって生理的に受け付けない形をしているらしい。
視線が常にエロく、まるで衣服を透視して全裸を見られているかのような感覚になる。
笑顔の口元がエロく、『にちゃあ』という幻聴が聞こえてきそうな程に気持ち悪い。
鼻息がエロく、常に性的に興奮しているかのように見えて吐き気がする。
この中でも特に目のエロさが強烈であり、他の部位はその目に引っ張られて卑猥だと思い込まれているだけ。
とはいえ内面に目を向ければ雁金はごくごく普通の男子生徒だ。
いや、むしろ女性を怖がらせないために必要以上に気を使っている。
視線は常に相手の顔に向けている。
清潔感を求めて肌の手入れや身嗜みには徹底して気を使っている。
穏やかな笑顔を浮かべられるよう、笑顔の練習も毎日欠かさない。
だがそれでも、そもそもの顔の造詣の影響でどうしても気持ち悪く感じてしまう。
奇形というわけではないのだが、不思議と女性から強く嫌悪されてしまう見た目。
どれだけ努力しても結果は変わらず、大人になったら整形するしか無いと雁金は半ば諦め気味だ。
「(さて、それじゃあ助けに行くかな)」
このクラスには数少ない彼の味方がいる。
その人にお願いしてノートを彼女に渡して貰えば、彼女は安心するだろう。
そう思って立ち上がろうとしたその時、彼に話しかけて来た人がいた。
「あれ、どこかに行くの?」
「このノートを提出しに行こうと思ってね、花咲さん」
「そっか!なら私が出しに行ってあげるよ!」
名字の通りに花が咲いたかのような可愛らしい笑みを浮かべ、雁金のことを全く嫌悪せずに話しかけて来る稀有な女性。
花咲 牡丹。
名前が自然と彼女をそうさせたのか、あるいは名前の通りになるよう努力したのか、彼女は常に明るく笑顔を振りまき関わる人を虜にする。彼女の周囲は笑顔が絶えず、無意識のうちに他者を幸せにする力があるのだろう。
一方で抜群のプロポーションの持ち主でもあり、やや幼さの残る可愛らしい顔立ちとは対照的な女らしい肉感が男達の視線を釘付けにしていた。
彼女が雁金に話しかけてくるのはこれが最初というわけではないため、雁金は慌てることは無かったが、彼女の提案を受け入れるべきかどうか悩んだ。
「(う~ん、どうしよう。花咲さんにお願いするとクラスの皆が良い気がしないだろうし)」
クラスの腫物であり、見られるだけで孕まされるとすら噂されている雁金が人気者で美少女の花咲と話をすることを嫌がる人は一定数いる。それは男達からの単なる嫉妬だけでなく、美しい物の隣に醜い物が並ぶことを認められないという感覚の持ち主が一般的に多いからだ。
ノートを代わりに提出するというなんてことはない話だが、雁金の持ち物を彼女が手にするということも、彼女が雁金の使いっぱしりのようなことをすることも、話をする以上に生理的に受け付けず嫌な思いをするクラスメイトはいるだろう。
とはいえ別にそうしたところでいじめられる訳では無い。それなのに雁金が彼女の支援を素直に受け取れないのは、クラスメイトをこれ以上は不快に思わせたくないという気持ちによるものだった。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
「あ~!また遠慮してる!気にしなくて良いのに!」
「そんなわけにはいかないよ」
彼女の目をしっかりと見てきっぱりと断る雁金。だがこのままでは彼がノートを提出しなければならず、日直女子を嫌悪させてしまう。
雁金にはこの状況を打開する案があった。非常に受け身な案ではあるが、それは間違いなく起こるだろうと確信し、実際にそれが発生した。
「お困りのようだね」
声優かと思えるくらい爽やかな声のクラスメイトの男子が雁金達の会話に混ざって来た。
「流川君、丁度良いところに」
流川 伊吹。
雁金のクラスメイトにして、爽やかなタイプのイケメン。
声、見た目、仕草の三拍子揃った外見上は完璧なイケメンで、当然女子からの人気は絶大だ。男子からも、あそこまでイケメンならば嫉妬するのが馬鹿馬鹿しくなると言われている程だ。
雁金の見た目は男子ですら嫌悪感を覚え、そうでなくとも一緒にいると女子からの印象が悪くなるからと仲良くしてくれる人は少ない。しかし流川は花咲と同じく、雁金にためらいなく声をかけてくる。
最初に雁金がノートの提出を協力して貰おうと思ったのは彼のことで、花咲が話しかけてきたことで自分から会いに行かなくてもやってくるだろうと思っていた。偶然なのか必然なのか、彼は花咲と話していると声をかけてくることが多いのだ。
「話は聞いていたよ。そのノートを彼女に渡して来れば良いのだろう?」
「うん、お願いできる?」
「もちろんさ」
「ありがとう」
雁金が宿題のノートを流川に渡すと、当然ながら隣からブーイングが来る。
「どうして私じゃダメなの!?」
「そりゃあ、流川君が渡した方があの子も喜ぶでしょ」
「うう……納得できない……どうして……」
「(あれ、今最後に小さく『こんな奴が』って言った?まさかね)」
花咲の性格上、誰かを貶めるようなことは言いそうにないというのが雁金の感覚だったため、聞き間違いかと思いスルーした。
その間に流川は役目を果たし、教師からノート回収をお願いされた日直女子は安心すると同時に大喜びするのであった。
「ただいま。提出して来たよ」
「助かったよ」
「気にすることは無いさ。クラスメイトじゃないか。困った時はお互い様だろう」
「うん、そうだね」
日光が反射しそうなほどキラリと光る真っ白な歯を見せながら爽やかな笑みを見せる流川の姿は、女子が見たら卒倒モノだろう。
もちろん中には例外もいる。
「それじゃあ雁金くん、お話しよ!」
隣にいるイケメンの存在を無視するかのように、花咲が雁金に話しかけて来た。
「俺も混ざって良いかな?」
「…………」
しかし流川が混ざろうとすると花咲は露骨に困った顔をする。
流川のイケメン力には全く靡かず、醜いとされている雁金に動じず話しかける。つまり花咲は相手の見た目に感情が左右されないタイプなのかもしれない。
「う~ん。やっぱり俺って嫌われてるのかな?花咲さんに何かした覚えは無いのだけれど」
「え~と、嫌ってるというか、なんというか……嫌な気持ちにさせちゃったらごめんね!」
花咲は流川からじりじりと距離を取りつつそう伝え、最後に雁金に向けてもう一度話しかける。
「今日は退散するけど、またいつかお話しようね雁金くん」
結局花咲は逃げるようにその場を後にしてしまった。
流川はそんな彼女の後姿から目を離さず、雁金に問いかける。
「なぁ雁金君。何で彼女は俺だけ避けるのかな?」
「……どうしてだろうね。流川君イケメンなのに」
「あはは、イケメンかどうかは分からないけれど、女の子に嫌がられない程度には身嗜みをしっかりしてるつもりなんだけどね」
その疑問は流川だけでなく、クラス中が思っていたことだった。
最上級の相手を前に避けるような理由が一体どこにあるのかと、誰もが不思議がっていた。
約一名を除いて。
「(なんとなく予想はつくけどね)」
だがその答えを流川に伝えるつもりは無い。
「(余計なことを言って状況が悪化したらまずいし、そもそも僕が動くと多くの人が気持ち悪がっちゃうから、目立たないようにしないと)」
存在感を消し、見られないようにすることで、クラスメイトに気持ち悪さを感じないようにしてもらう。それこそが雁金にとって最重要であったため、男女のいざこざに首を突っ込んで存在を主張するなど以ての外だった。
そんな雁金の内心など露知らず、流川は変わらず花咲の方を見ながら話を続けた。
「雁金君、今日放課後遊ばないかい?」
「いつも誘ってくれてありがとう。でもやっぱり止めておくよ。皆があまり良い顔しないだろうし」
流川と遊びたい相手など山ほどいるのに、醜いぼっちな雁金が優先されることを不快に思う人は多くいるに違いない。そう考えた雁金は必ず流川からの誘いを断ることにしていた。
「気にする必要は無いと俺もいつも言っているだろう」
「う~ん、それに僕も家でやりたいことがあるから」
「じゃあ今日も真っすぐ帰るのか」
「そうだね」
帰宅部である雁金は、なるべく他の人と接しないようにと、放課後になるとほとんど寄り道をせずに家に帰る。もちろん家で予定があるというのは誘いを断るための方便だ。
「了解。それなら今度いつか遊ぼうぜ」
「……そうだね」
流川はそれだけを伝えると、雁金の元を去っていった。
「あれ、スマホに通知がある」
一人になった雁金だが、スマホでも弄ってようかと思ったら、LINEの通知が来ていることに気が付いた。
「何々……ええ……しょうがないなぁ」
その通知の内容は気が進まないものではあったが、仕方ないと諦める。
その直後に昼休み終了の予鈴が鳴り、雁金の意識は午後の授業について向けられ、先ほどまでの会話は完全に頭の中から消え去った。
翌日、早朝。
雁金の家に来客があった。
「雁金さんのお宅ですか?慎弥さんにお話を伺いたいのですが」
「え!?」
インターフォンに映された来客の姿を見て驚いたのは慎弥の母親だ。
「し、慎弥!? あなた何したの!? 警察が来たわよ!?」
ーーーーーーーー
更に翌日。
「…………気が重い」
制服を着た雁金は、足取り重く登校していた。
その理由は昨日警察に呼び出されて学校を休んだこと。
「多分、僕が警察に疑われていることが、皆にバレてるだろうからね。絶対に面倒なことになる」
ただ休んだだけであれば疑われるはずがない。
むしろ嫌悪されている雁金が不在ということでクラスメイトの心が平穏に満ち、感謝してくれてもおかしくはない。
だがそれでも雁金は、自分が疑われていると確信している。
とはいえ、そのことが嫌で学校を更に休もうともしない。
「でも僕がやらないと」
たとえ疑われようとも、どのような扱いをされようとも、彼にはやるべきことがあった。
気は重いが、強い決意の元に学校へと歩みを進める。
「パトカーだ」
校門の傍にパトカーが止まっていて、登校中の生徒達の視線を集めていた。
「え?何々?うちの学校で事件があったの?」
「殺人事件だ!」
「馬鹿だなお前。それじゃあ俺達学校に入れないし、そもそも一台だけなのも変だろ」
「そういえば一昨日、近くで女子が暴漢に襲われたって言ってたよね」
「まさか犯人がうちの生徒だったりして」
「こわ~い」
不安そうに、あるいは楽し気に事件を想像する彼らの横を、雁金は気配を消して静かに通り過ぎる。とはいえ気にはなるのか、途中でチラっと横目でパトカーの中を確認し、中に人が乗っていることを確認していた。
「(ここからはより気を付けて気配を消さないと)」
想像通りならば、クラスメイトに自分の存在を認識された時点で騒ぎになってしまう。
出来る限りそうなる時間を減らし、せめて教室の自席にまで辿り着きたかった。
これまで多くの人達を不快にしないようにと、自然に身に着けてしまった悲しき忍び足を駆使し、雁金は誰にも声をかけられることなく教室へと到着した。
「(入り口が開いている。それに皆、同じ方向を見ているから僕が入ってもすぐには気付かれないだろう)」
こっそり入るにはうってつけのシチュエーションであり、雁金はそっと教室内に入った。
クラスの空気は重かった。
そして窓側一番前の自分の席に座るまでの間に、その重い原因となる会話が耳に入った。
「花咲さん大丈夫?」
「顔色悪いよ。やっぱり休んだ方が良いんじゃない?」
クラスメイトのほぼ全員が、俯いて座る花咲を心配そうに見ていた。そして特に仲の良い女子が彼女を心配し、彼女を守るように肩を抱きながら声掛けをしていた。男子達は彼女から極端に離れ、ひそひそと何かを話している。
「全く許せねぇな、花咲さんを襲うだなんて」
「馬鹿、聞こえて思い出させたらどうするんだよ。やめろ」
「あ、ああ、悪い。でもさ、お前だって怒ってるだろ?」
「当然だろ。マジでありえねぇわ」
どうやら花咲は誰かに襲われ、そのことについてクラス中が話している様子。
「(やっぱりその話になってるよね)」
雁金は彼らの話を聞きながら席へと到着し、音を立てないようにそっと座った。
そして窓の外をチラっと確認すると、目を閉じて聞き耳を立て、クラスメイトの会話を聞くことに注力しようとした。
だがその時。
「雁金君」
その言葉が聞こえた瞬間、教室中から音が消えた。
ゆっくり目を開けて声の主を確認すると、近くに流川が立っていた。
そして花咲の方を見ていたはずのクラスメイト達の視線が雁金に集中していた。
これまで以上に重く、まるで憎んでいるかのような嫌悪の視線で。
恐怖で逃げ出したくなってもおかしく無いような状況にも雁金は動じなかった。
「おはよう流川君」
「…………」
いつもはさわやかに挨拶を返してくれる流川が、今日は神妙な顔をして挨拶してくれない。
「雁金君に、聞きたいことがある」
「なぁに?」
「昨日、どうして休んだ?」
「…………」
その言葉からもさわやかさは失われ、真剣で重苦しい声色だった。
「ちょっと用があってね。どうしてそんなことを聞くの?」
ひとまず雁金は素直に答えず、適当に誤魔化してクラスメイト達の出方を伺うことにしてみた。
「俺としてはどうしても信じられないことなんだが、一昨日の夕方、君が花咲さんを襲ったという噂があってね」
「僕が?花咲さんを?どうして?」
雁金としては自然な疑問を返しただけなのだが、クラスメイト達の瞳にはそれがすっとぼけているかのように映ったらしい。
「てめぇ!しらばっくれんじゃねーよ!」
クラスメイトの男子が一人、我慢できなくなったという感じで素直に怒りの感情をぶつけてきた。
「もう少し待って。今はまだ俺が話してるから」
「っ!す、すまん」
だがそれを流川が止めさせた。
怒り心頭とはいえ、カーストトップの彼の言葉には流石に逆らえなかったのだろう。
「それに雁金君も驚かないんだね。まるで知っていたかのようだ」
「うん、知ってたよ。僕達の高校の制服を着て覆面を被った男子生徒が花咲さんに襲い掛かったんでしょ。でも僕がってところは初耳だったからこれでも驚いてるんだよ」
これは嘘だ。
雁金はこうなるだろうことを予想していて、覚悟してここに来たため狼狽していない。
「どうして僕が犯人だなんて思われてるの?」
そこが一番重要な点である。
確かに雁金は女子から見て常にいやらしい視線を投げて来る人物だ。
だが、それだけで女子を襲った犯人が雁金だと断定するのはあまりにも強引すぎる。
彼らが明確に雁金を犯人だと思う根拠が必ずあるはずだ。
「彼女が襲われた現場に、君の生徒手帳が落ちていたそうじゃないか」
あからさまな証拠すぎて逆に怪しい。
だがこれ以上ない証拠であることも間違いない。
雁金ならやりかねない。
見た目だけでそう判断されている彼だからこそ、この証拠があることでクラスメイトから犯人だと断定されていたのだ。
「改めて聞くよ。君は昨日何をしていた?」
一昨日ではなく昨日。
それを敢えて聞いて来るということは、流川には想像がついているということだ。
ここで本当のことを言えばクラスメイトは雁金が犯人だと更に疑いを強めることになるだろう。
だが彼は全く誤魔化さずに素直に答えた。
「警察に行ってたよ」
ざわり、と教室内が声無き声でざわめいた。
やっぱりそうだったのか。
なんて卑劣なやつなんだ。
ぶっ殺してやる。
まだ口には出さないものの、クラスメイト達の怨嗟の声が今にも聞こえてきそうだ。
「やはりそうだったのか……どうして……どうしてそんなことをしたんだ。彼女が君に話しかけたからと言って彼女の気持ちを勘違いするのは仕方ないことだろう。それで好きになってしまうのも仕方ない。だがそのやり方だけはダメだろう!」
何故雁金が花咲を襲ったのか。
想像した理由を並べ、それはダメだと流川は雁金を叱る。
「(やっぱりこうなったか)」
そんな流川の言葉は雁金の胸には何も響いていなかった。
雁金は本当に何もしていないのだ。
冤罪でクラス中から非難され、味方だった花咲は俯き、流川は敵に回った。
この場には彼に味方する者など何もいない。
だがそのこと自体は決してマイナスではない。
「(これまでもずっと味方なんてほとんど居なかったんだ。このくらいどうってことない)」
幼い頃から負の感情を浴び続けていたがゆえ、多少厳しい視線で見られようが詰られようが、心はそれほど痛まない。
だがそれは、あくまでも自分が拒絶されることに対してのみの話である。
雁金はゆっくりと立ち上がり、流川の方を向く。
「な……なんだい?」
あまりにも自然な動作だ。
だが流川はその動きに何かを感じ取ったのか、一歩だけ後退ってしまった。
そしてそれはクラスメイト達も同様だ。
雁金を今にも言葉で責め詰り殺そうとするのではという雰囲気だった彼らが、雁金が教室中を一瞥するだけで得体のしれないプレッシャーを感じ、一歩後退したのだ。
そんな彼らに向けて雁金は告げる。
「僕はね、自分がどう思われても構わないんだ」
シンと静まった教室内に、彼の言葉だけが鳴り響く。
「こんな顔だから仕方ない。清潔感を求めて努力しても、柔らかな表情を求めて努力しても気持ち悪さは変わらなかった。整形する以外に道はないのだと思う」
決して諦めはしなかった。
多くの人に相談し、努力し、雰囲気を変えられないかチャレンジした。
だがどうしても結果が芳しくなく、今の自分の顔のままでは何をしてもダメだという結論になってしまったのだ。
「実際に気持ち悪いのだから、皆がそう思うのも仕方ないこと。むしろ気持ち悪がらせて申し訳ない気持ちで一杯だよ」
雁金は己の境遇を他人のせいにしなかった。
他者から嫌悪されることも、仕方ないことだと考え責めることはしない。
それが雁金という人間だった。
「だから皆にどう思われようが構わない。女性を実際に襲うような人物だと思いたければ思えば良い。それで責めて詰って皆の気持ちがスッとするなら遠慮なくやって良いよ」
だから今の状況も決して苦ではない。
もちろんそんなことをわざわざ伝えるためにスピーチを始めた訳ではない。
「でもね」
これからが雁金の伝えたいこと。
今まで何を言われても仕方ないと受け入れ、静かに生きることを選んだ彼が、言わなければならないこと。
「花咲さんが怖がっていて黙ってられるわけがないだろうが!!!!」
自分のことはどうでも良い。
でも他人が苦しむなど耐えられない。
自分が疑われたままだとまた彼女が襲われてしまうかもしれない。
そう思うと黙って犯人役などやってられるわけがなかった。
ビリビリと空気を震わせ、雁金の怒りがクラスメイトに突き刺さる。
これまでいやらしいと嫌悪されていた瞳が鋭く変化し、抱いている激情が溢れ出す。
思わず更に一歩後退するクラスメイト。
だが一人、後退しながらも激怒する雁金に応える者がいた。
「ぎゃ、逆切れは良くないよ。そうやって怒って自分が犯人だということを誤魔化そうとするのは良くないことだ」
流川である。
雁金の怒りは、自分が犯人であることを隠すための偽のモノだと断言するでは無いか。
その言葉にクラスメイト達が勇気づけられようとするが、雁金は彼の言葉を否定するための問いを投げた。
「流川君はどうしても僕を犯人にしたいんだね」
「俺だってそんなことはしたくない。だが警察に話を聞かれて、しかも生徒手帳が落ちていた以上、そう思うしかないじゃないか」
「それならどうして僕は今日登校してるの?」
「え?」
そう。
もしも雁金が犯人であるならば、今日も警察にいるか、あるいは自宅謹慎になっているはずなのだ。普通に登校するなどありえない。
「この上なく犯人だと怪しい僕が、被害者である花咲さんがいるクラスに登校することを警察が許すと思う?」
「…………」
つまり警察は雁金を犯人ではないと、ほぼ断定しているのだ。
「何がどうなっているか分からないって顔だね。そりゃあそうさ。流川君は一昨日、僕がまっすぐ家に帰ったと思い込んでいたから」
「…………」
「実はあの日、お母さんから帰りに買い物してきて欲しいって連絡が来たんだ」
そして雁金はその指示通りに買い物をした。
「店の防犯カメラに僕の姿が映っている。だから僕はその時間、花咲さんを襲うことは絶対に出来ない。完璧なアリバイがあったんだよ」
雁金が外で顔を晒すのを控えていることを知っている母親は、普段はこんなお願いを絶対にしない。だがどうしても急ぎで欲しい物があり、珍しく息子に頼んだのだ。その偶然が奇跡的に彼を救った。
「なん……だって……」
そんなはずはない。
何かトリックがあるはずだ。
そう思いたがる人も居たが、教室内の空気は自分達のやらかしに冷え冷えする方に傾いていた。
次に彼らがどう行動するか。
それは雁金と直接相対している流川に委ねられていた。
途中で激怒するクラスメイトを止めたことで、彼に任せるという流れが出来てしまっていたのだ。
流川は少しの間考え、雁金に頭を下げた。
「雁金君を犯人と疑ってしまいすまなかった。いくら生徒手帳が落ちていたとしても、クラスメイトを信じるべきだったんだ。完全に俺が悪かった」
これにて雁金は犯人扱いから解放され、クラスメイトは彼を疑ったことで気まずい感じになるという終わりを迎えることになる。
なんてことはもちろんならない。
「そう、そこがポイントなんだよ」
「え?」
元々責められることを何とも思っていない雁金だ。
大事なのは花崎を怖がらせているもの。
真犯人は誰なのか。
それをつきとめ、彼女を恐怖から解放するために彼は立ち上がったのだから、謝罪など何の意味もない。
「僕にはアリバイがある。でも生徒手帳が落ちている。何故なのかな」
「雁金君。俺が言うのもなんだが、犯人捜しはもう止めよう。犯人だと疑われる気持ちは君が一番良く理解しているだろう?」
「確かに冤罪は最低最悪だし、私刑だなんて以ての外。でもさ、ほぼ間違いなくこの教室の中に犯人がいるのに放っておいたら花咲さんが怖くてたまらないでしょ」
「な!?」
犯人を告発するための第一歩を踏み出した雁金を流川はすぐに止めようとしたが、真犯人がクラス内にいると宣言することで止められなくした。
「雁金君。いくら自分が疑われたからって俺達を疑うのは流石に……」
「僕の生徒手帳を盗めるとしたら普通に考えてこのクラスの人だよね。例えば体育の時とか」
「…………」
今度は別の意味で教室がざわりと騒ぎ出す。
特に男子達は自分では無いと首を大きく横に振って否定し、女子達は男子から大きく距離を取ろうとする。
最早犯人捜しは止められない。
どれだけ流川が雁金を諫めても、教室内の不信感は真犯人を特定しない限り解消されないだろう。
「悪戯に不安を煽るから言わないで貰いたかったのに。酷いよ雁金君」
「ごめんごめん。それならすぐにその不安を解消させてあげるよ」
「え?」
雁金は、とある疑問を彼らにぶつけた。
「皆、どうして犯行現場に僕の生徒手帳が落ちてたことを知ってるの?」
それこそが真犯人に繋がる最も大事な情報だった。
「僕は警察の人から聞いて初めて知ったよ。それに警察の人に確認したら言ってた。これが落ちていたことは警察内部の人と花咲さんしか知らないって。警察が来るまでにそれを拾った人がいないことは、通報した花咲さんが証言してくれている。通りかかった人が生徒手帳が落ちていたことくらいは分かるかもしれないけれど、それが僕のものだなんて拾わずに分かるはずが無い」
つまりこのクラスで雁金の生徒手帳が落ちていたことが知られていることがあり得ないのだ。
真犯人がそれを言いふらさない限り。
教室内がこれまでで一番シンと静まり、特に男子達がお互いを牽制し合うように視線をぶつけ合う。
そんな彼らの中の一人に向けて雁金は問う。
「玉木君。生徒手帳の話、誰から聞いたの?」
「え!?お、俺は知らねぇ!女子達が話してるのを聞いただけだって!」
激怒したが流川に制止された男子生徒に聞いてみたが、彼は女子の話を聞いただけ。
「それなら滑川さんは?」
「え!?わ、私!?ええと……確か……美菜から聞いたけど」
女子の一人に聞いてみたら、他の女子に聞いたと言う。
そうして誰に聞いたかを順番に辿って行くと最後に到達したのはある人物だった。
「わ、私は……その……」
どうしても言い辛いのか、彼女はその人物の名を口にはしない。
だが視線でそれが誰を示しているのかバレバレだった。
クラス中がその視線に吸い寄せられるようにその人物を見る。
「流川君。君は誰に生徒手帳のことを聞いたの?」
「…………」
答えは無い。
それどころか、顔を赤くし、手を強く握り、歯を食いしばり、イケメンが崩れ、見るからに怪しいと言っているようなものだった。
クラスメイト達は、信じられない物を見たかのように驚いていた。
そして数少ない驚いていない雁金は深い溜息を吐く。
「はぁ~~~~やっぱり流川君だったんだね」
生徒手帳の話がなくとも警察に呼ばれて事件を知った時、雁金は犯人が流川ではないかと思っていた。
「花咲さんを狙って、いつも僕に優しくするフリをして彼女に話しかけてたんでしょ。花咲さんはその下心に気付いて距離を置いてたみたいだけど」
流川はその下心を隠していたけれど、他人の嫌な視線に敏感な雁金には分かっていたのだった。
「それに彼女が醜い僕に話しかけるのも嫌だったんでしょ。僕を嵌めて評価を貶め、その上で彼女に優しく声掛けして心の傷を癒して好感度を上げようって作戦だったのかな。多分、結構前から作戦を考えてたよね。僕が毎日人目を避けて何処にも寄らずに帰ることとかチェックしてたのもアリバイを作らせないため。全く酷いことするね」
その割には生徒手帳を落とすだなど、あからさますぎて雑なやり口ではあったけれど、雁金の見た目からそれだけで警察も犯人と断定してくれるだろうという甘い考えがあったのだろう。
「…………」
雁金の推理を前に、流川は体を震わせるだけで何も言おうとはしない。
このまま放置しても何も言いそうに無いと考えた雁金は、ポケットからスマホを取り出す。
「校門にパトカーがいたでしょ。犯人が分かったら連絡してって言われてるんだ」
もしも雁金が朝の時間に何も突き止められなかったら、警察は普通の手順で捜査を開始し、クラスメイトから順番に話を聞く予定だった。
突き止めたらどうなるかは、もちろん決まっている。
雁金はパトカーで待機している警官に電話をかけようとした。
「やめろ!」
「あ!」
無言で立っていた流川が突然動き出し、そのスマホを強く弾き飛ばしてしまった。
地面を跳ねて滑るように遠くに飛んでしまったスマホを雁金は拾いに行く。
「待て!」
それを流川がきつい口調で止め、雁金の動きはピタリと止まった。
雁金はゆっくりとまた流川の方へと体を向け、無抵抗を示すかのように両手を上げた。
「あ、いや、その、今のは違うんだ。脅すつもりとかそういうのじゃない。ただ、警察に電話されたらと思うと焦ってしまって」
さわやかさが売りの自分らしからぬ行動だったと自覚があったのだろう。
流川は口調を元の落ち着いた感じに戻したが、焦りは全く消えていなかった。
「勘違いしないで欲しい。俺は別に犯人だから通報されたくないと思ったわけじゃないんだ。この流れで通報されたら、犯人じゃないのに間違いなく犯人扱いされるからそれが嫌だったんだ。生徒手帳の話だって、登校中に通りすがりの誰かから聞いただけなんだ」
この話を最初にしていたら印象は変わっていたかもしれない。
だがスマホを手で猛烈に弾き飛ばし、暗い感情を表に出してしまったが故、クラスメイトからの疑いの眼差しは消えてはくれない。
更には流川がこれまでずっとさわやかキャラだったこともまた影響している。
何があってもさわやかであり続けた彼がここまで動揺していると言うことは、やはり犯人なのでは無いかと、今までとのギャップがそう思わせてしまった。
「本当に俺じゃないんだ!信じてくれ!皆、本当に俺がやったと思うのか!?俺ってそんな人間だと思われてたのか!?」
だがこうして熱く情に訴えかけられると、クラスメイト達の気持ちもまた揺らいでくる。
本当にあのさわやかイケメンな流川が犯人なのだろうかという感覚が強くなってくる。
流川の必死の抵抗。
しかし時はすでに遅かった。
「お、おい、警官が入って来たぞ!」
クラスメイトの一人が、窓の外の様子の変化に気が付いた。
校門に止まっていたパトカーから二人の警官が降りて、校舎に向かって移動し始めたのだ。
「どういうことだ!?」
流川は慌てて雁金のスマホを拾うが、電話は起動していない。
ではどうして警察が突入して来たのか。
このタイミングで偶然こうなるとは考えにくい。
「トラブルがあってスマホで連絡できなくなったら、両手を上げて窓から見えるようにするって警察の人に伝えてあるんだ」
そしてそれを見た警察は雁金を守るべく急いで突入してくる。
クラスメイトを味方にして通報されないようにする目論見は、当に崩れていたのだった。
詰みを自覚した流川はついに本性を現した。
「雁金ええええ!」
手にした雁金のスマホを全力で床に叩きつけ激怒する。
流川は無罪かもと思い直しかけたクラスメイトも、この行動で彼が真犯人であると確信してしまった。
警察が来る前に流川が何をしでかすのか。
雁金に殴りかかるのではないか。
そんな一触即発の状況で、大きく動いた人物がいた。
「やっぱり貴方だったんだね」
事件の被害者である花咲だ。
「雁金君の生徒手帳が落ちていたって知った時、絶対に犯人は貴方だと思った」
「な、何故だ!俺がお前に何をしたって言うんだ!」
「いつも汚らわしい目で見て来るくせに、どの口が言うの!」
彼女もまたいつもの明るい雰囲気とは打って変わって怒り心頭モードだ。
そのことは被害者であることを考えれば違和感にはならない。ただクラスメイトが疑問だったのは彼女の言葉の内容。
クラスメイトにとって流川は決して女子を卑猥な目で見るような人物ではない、という印象だったからだ。
「ふざけるな!俺はいつも女子の目を見て話をしている!雁金みたいにエロい目つきなんかしてないわ!」
「雁金君は優しい目をしてるもん!貴方みたいに下心しかない醜い目じゃないもん!」
「な!!!!」
花咲もまた、雁金とは違う意味で奇異の視線に晒されてきた。
妖艶な体型のせいで男子から下衆な目で見られ続け、そうでない人も必死でその気持ちを抑えて目を見ようとしていることに気付けるようになっていた。
どれだけ流川が気持ちを誤魔化し、自然に振舞おうとしても、瞳の奥に宿る強烈な下心は隠し切れない。
「特に貴方はその下心が酷く強かった。気持ち悪くなるくらいに。絶対に何かやってくると思うと近寄るのも怖かった。やっぱり私の感覚は正しかったんだ」
だから花咲は流川から距離をとっていた。
他人の視線に敏感な雁金と花咲だけは流川の本性を見抜いていた。
「ふざけるな!俺があいつよりもエロいだと!?そんなのありえない!」
自分よりも格下だと心の中で見下していた雁金よりも低俗だと言われ激昂する流川。このままでは捕まるというプレッシャーと、言葉で責められたことによるショックで、ついに心のタガが外れようとしていた。
「いや、そうだとしても、あんなやつよりも俺を選ぶべきだ!おまえのそのやらしい体は俺の物だ!!!!」
「きゃあ!」
流川が花咲へと近づき手を伸ばす。
しかしその手はある人物によって遮られる。
「させないよ!」
「どけええええ!雁金ええええ!」
流川の興味が花咲へと向かったことで、彼が彼女を襲うかもしれないと思い、すぐに割って入れるポジションに移動しておいたのだ。
流川は伸ばした手を握りしめて、一度引いた。
そしてそれを思いっきり雁金に向けて突き出した。
「ぐうっ!」
「雁金君!?」
「だ、大丈夫。花咲さんは下がってて!」
手で防御しようとしたものの、すり抜けて右肩に当たってしまった。
骨に当たったので流川の手も痛いはずだが、怒りで我を忘れていて痛みを感じていないようだ。
「てめぇが!てめぇのせいで!くそくそくそくそ!」
「…………」
キレた流川は何度も何度も雁金を殴る。
雁金は反撃することなくそれを受け、ひたすら耐える。
「もう止めてええええええええ!」
花咲の悲痛な叫びが天に届いたのか、ついに待ちに待った人達がやってきた。
「止めなさい!」
男性警官と女性警官。
二名がやってきて、男性警官が暴れる流川を取り押さえた。
「くそ!離せ!離せええええええええ!」
他のクラスの大量の野次馬に見守られながら、流川は強引にその場から連れてかれることになった。
多くの人がそんな流川の姿に注目する中、花咲だけは別の方向に注意を向けていた。
「雁金君!大丈夫!?」
「う、うん。痛いけど折れては無さそう」
「もう、もうもうもうもう!無茶しすぎだよ!どうして反撃しなかったの!?」
あの状況なら殴り返しても正当防衛が成立しただろう。
だが何故雁金は攻撃を受けるだけだったのか。
「流川君の本当の性格に気付いてたのに、何もしなかったから。もし僕が彼にちゃんと向き合って辛抱強く諭し続ければ、こんなことにはならなかったと思うと攻撃できなくて」
「馬鹿!優しすぎるよ!」
この状況になったのは、自分のせいでもある。
そう思える人が果たして世の中にどれだけいるだろうか。
涙を流しながら雁金の身体を労わる花咲。
そんな二人の元へ、この場に残った女性警官がやってきた。
「雁金さん、花咲さん」
「「榊原さん」」
彼女は二人から事情を聞いた警官であり、本事件の担当者。
「お二人とも、後でまた詳しくお話を聞かせてもらうことになると思いますが、よろしくお願いします」
もちろん今回は雁金は容疑者としてではない。
事件の関係者、かつ、殴られた新たな被害者としてだ。
「それと雁金さん。無茶はしないようにと言いましたよね?」
警察で話を聞かれて無実だと判明した後、雁金は自分のクラスの中に犯人がいるかもしれないから突き止めますと彼女に伝えた。もちろん彼女はそんな危ないことはさせられないと止めたが、雁金はクラス内の話を盗み聞きして分かったら伝えるだけと答えた。
当初は本当にそのつもりで、クラス中から疑われたら逃げる算段だった。
「花咲さんの怖がる姿を見ていたら我慢できなくなっちゃって……」
「あれあいつが犯人だって突き止めるための演技だったんだよ!?」
「分かってたけど、それでもイラっとしちゃって……」
「うう、そういうのずるい。というか分かってたんだ」
「激しく怖がっていれば、しめしめって感じで流川君が慰めにやってきて、その時にボロを出さないかと思ってたんでしょ」
「うわ、完璧」
しかし雁金とて全て分かっていたわけではない。
「でもどうしてこんな無茶したの。本当はまだ怖いんでしょ。それなのに無理して学校に来て、あいつを罠に嵌めようだなんて」
「そんなの決まってるよ」
彼女は未だ体に刻み込まれているはずの恐怖を全く表に出さず、いつも通りの笑顔で答える。
「一刻も早く雁金君を助けたかったから」
彼女は警察で、犯行現場に雁金の生徒手帳が落ちていたことを聞かされていた。このままでは雁金が犯人になってしまうと焦った彼女は、流川が真犯人だと自分の手で突き止めて雁金を助けようと考えていたのだ。
「どうして僕のことをそんなに……」
「それこの流れで聞いちゃう?」
「いや、だって……」
いやらしい目つきのせいで異性から好かれることなど絶対にありえないと思っていたからこそ、彼女の好意をどうしても信じられない。
「こほん」
「「あ」」
つい二人の世界に入ってしまい、今は婦警と話している途中であることを忘れてしまっていた。
「青春は結構ですけど、二人とも後で厳重注意です」
「「はい……」」
「全く。もう少し警察を信じてくださいね」
彼女はそう告げると二人の元から去ろうとする。
その背中に向けて雁金が声をかけた。
「あの、どうして僕のことを信じてくれたのですか? こんな眼をしていたら疑いたくなると思うんですけど、初めて会った時からずっと僕のことを疑ってなかったですよね?」
早朝に母親と一緒に警察に連れてかれて、どんな厳しい尋問が待っているのかと思いきや、雁金にかけられたのは優しい言葉の数々だった。雁金がそんなことをする人物では無いと心から思っている様子で安心感があり、でもずっとそのことを不思議に思っていたのだ。
榊原は足を止めて振り返る。
「う~ん……強いて挙げるならその眼です」
「眼、ですか?」
それこそがネガティブな印象を抱かせる原因だというのに、何を言っているのかと訝しむ。
「雁金さんはとても優しい眼をしています。だから疑えなかったのかもしれませんね」
そんな馬鹿な、と抗議しようとしたが、真横からの声に遮られた。
「そうですよね!」
全力で同意する花咲。
二人ともとても優しい目で雁金を見ている。
雁金の目を見てくれている。
本心から嫌がらず、好意的に見てくれていることが良く分かった。
「あ、あれ、僕、どうして……?」
ほろり、と涙が零れた。
これまで何度も何度も何度も何度も蔑まされてきた目を優しいと言ってくれた。
全く嫌悪せず好ましいと思ってくれている。
そのことが素直に嬉しかった。
嬉しすぎてどう受け止めて良いか分からず、涙という形で表現するしか無かった。
一度溢れ出た想いは止まらない。
「あ……ありが……ありがとう……」
雁金は立ち尽くして言葉にならないお礼をつぶやく。
そんな彼の肩を花咲が優しく軽く抱いた。
「お礼を言うのは私の方だよ。助けてくれて、守ってくれて、怒ってくれて本当にありがとう。とっても嬉しかったよ」
涙を流す二人に向けて榊原は軽く会釈し、その場を離れたのであった。
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「やっぱり納得できない」
流川が警察に連れてかれた日、雁金と花咲はそのまま授業を受ける、なんてことにはならなかった。
クラスメイト達とどう接して良いか分からないから早退したなどという話では無く、単純に事件の関係者として教師からの聞き取りが必要だからだ。
二人は応接室で教師と話をし、今は休憩中で部屋の中で二人っきり。
そんな中で首をかしげたのが雁金だった。
「う~ん、割と分かりやすく好意を表現してたと思うんだけどな」
「そりゃあ花咲さんの方から笑顔で話しかけてくれたからそうかもとは思ったこともあるけれど、やっぱり僕みたいな卑屈で暗くて目つきがいやらしい男に好意を抱く女性がいるとは思えないもん」
疑問に思っているのは花咲の雁金への好意だ。
自己評価が究極的に低い雁金は、どうしても彼女の好意が信じられない。
いや、信じてはいるけれど、理解できないというのが正確なところか。
「雁金君は卑屈じゃないよ。周囲からの評価を正確に受け取って、周りの人が気に病まないように徹底的に気を付けている優しい人だよ」
「うう……褒められ慣れて無いからムズムズする」
「だったら自己肯定感が上がるように毎日たくさん褒めてあげるね!」
それはなんて辛い日々なんだと嬉しく思う雁金であった。
「それに目のことは禁止。雁金君の目がとっても優しいこと、分かる人には分かるんだから。榊原さんもそうだったでしょ」
「(それも未だに信じられないけど、信じる努力をしないと二人に失礼だよね)」
世界中の誰もが嫌悪すると思っていた目が好ましいと思ってくれる人がいる。
そのことを簡単には受け入れられないが、彼女達の想いに報いるためにも受け入れたいと強く思う雁金。そんな彼だからこそ彼女も心を寄せているのだろう。
「とはいっても簡単には信じられないよね。それならこんなのはどう?」
「え?」
花咲は二人きりだというのに、肉感豊かな体を雁金に寄せて、耳元へと口をつける。
「女の子が本気で恋すると、どんな男の子でもイケメンに見えちゃうんだよ」
雁金がその言葉の意味を直ぐには理解できず硬直する隙を狙い、彼女は彼の目元へと優しくキスをした。
「これからは言葉と行動で、沢山の好きを伝えて絶対に堕として見せるから、覚悟しててよね!」
他人の視線に敏感だからこそ、雁金の本質を見抜き、恋をした花咲。
自己評価が低すぎるが故にその想いを受け止め切れない雁金が、彼女の強さと優しさを一身に受けて『幸せ』を感じる日はそう遠くないのかもしれない。
警察の動きが変な気がするけれど、フィクションなので突っ込まないで!お願い!
なお、作者はイケメンが嫌いなわけではありません。
作者の他の作品には性格が良いイケメンが出てきます!
本当だよ!