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冒険者ギルドの暗殺業務  作者: カルタヘーナ
騎士道に則り
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人種(アンピ)が発見した魔素を蓄積・形成・安定化させた塊を魔力と表現しています。この魔力を外部に解き放つことは魔導に区分され一方で者や人に定着し効力を発揮する使用法は魔術とされています。鍛え上げられた魔導士は魔力塊を瞬時に凝固・形成する術を鍛錬し続けており、多くの騎士もそれに準じています。

・関係者を除く世間一般ではややこしい区別は関係ないので一概に魔法と言われています。

 《チュオット王国》が敗戦した当初、街から出て行く人間達で列が出来たほどだった。しかし今では迷宮やその周辺産業を目当てに全く新しい人々が訪れようとする。そうした姿を見るとギルドと市議会の摩擦も理解できる様な気がした。 


 クラブリエル市の周辺を取り囲む空堀を通り越した先に朽木がある。

 情報屋のアンドフとカプリッツォがたどり着いた時には時刻は夕方に迫っていた。


「さあ、具体的に詰めよう」

「嫌に乗り気になったな?」

「あんたのご主人様に興味が沸いたんだ。ビゴは勿論おっかないよ。でも所詮は1年かそこらしかクラブリエルにいない余所者だ。王宮の権力を笠にきてるのが気に食わないって奴も取り巻きの中には多い。俺もなんだかんだで街に拾われた身なんでね・・・ どうせなら末長くの方がいいな」


 カープは殊勝そうに語る斬雲種(クリスファ)を信用することは出来なかったが、企てがひとまず軌道に乗り始めたことを実感する。


「それはいい心がけだ。俺が言っても変だが慈悲深い方だと思う。主神とその従士に誓ってね。きっとあんたの未来についても出資してくれることだろうよ」

「そうでないと困るぜ。でだ、ビゴの居場所は知ってるのか? あいつは隠れてる」

「承知してる。確実に現れる場所がある。3日後に市長が登壇する講談の席がある。そこに出席するだろう。チャンスはそこだ」

「成る程な。なら問題はない。あれなら物々しい警備はやらないな。一応あいつはただの相談役だ」

「街道に繋がるシャニンダス地区と近いだろ。逃走する場合も楽だ。使う奴等は流れ者がいい」

「ふん、お前の入れ知恵なんかより一番俺が知ってることだ。安心しな。腕っぷしもだがおつむもキレるのを揃えられる」

「都合が良くないか?」

「あれを見ろ。さっきの自称元騎士も覚えてるだろ。東の戦線が落ち着いたから経験豊富な奴が集ってる。よりどりみどりだ・・・ 迷宮の魅力もあるんだろうがな」


 歩いて来た道の方をカープは見やると、クラブリエルの外周が映し出される。とにかく人の群れだ。集団や個人がお構い無しに野宿や野営を行い騎士団や衛士も見て見ぬふりで精一杯なのである。


 大陸ニフラスの東ではここ200年の間を異種族、教会からすると魔族と呼ぶのが相応しいらしいがそれとの長い戦いが終わりを見せないでいた。けれども大陸中央を昨今、新興勢力に抑えられたことで情勢に変化が生じて一部の融和派と話がつき、落ち着きを得たと風の噂で聞いていた。

 どの国も信仰の義務として参加してはいたが足抜けしようと考えていた人々も多く。結局、多くの人員が帰郷する組にくっついて来たのだ。特にクラブリエルには迷宮もあるのだから軍役に就いていた連中には美味しい獲物だったのだろう。

 騎士団もそうした人間の受け入れに役立ってもいた。


「肝心の報酬は? 腕が良いのはがめついぞ」

「前金で金貨2枚、成功報酬で同額。足りなければ主人が出す」

「いやいい。十分だ。食い詰め者には天からのご褒美にしか見えないレベルだ。これだと俺が知る最適な連中を雇える。前金は?」

「ここにある。残りは成功を見届けたらまたここで・・・ その時にな。アンドフ、変な気を起こさないことだ。主人を甘く見ない方がいい」

「いやでも俺は目立つんだ。馬鹿はしないよ。でも、俺も危ない橋を渡るんだ。支度金もいると思うんだが?」


 じっとカープを見つめる情報屋の落ち着いた表情に気圧された感じとなったが、投げ打つ予定だった銀貨を小袋ごとアンドフに渡す。

 夢中で報酬を数える彼を尻目にカプリッツォはクラブリエルへと踵を返した。


 当然のことだが、カープもそのまま自分の下宿先やギルドに顔は出さない。アンドフと会って感じたが、用心深い印象だった。こういう手合いは必ず接触した人物に探りを入れる。


 帰りは出てきたリトロ地区の大門をくぐるとすぐにアンドーリョ地区でしばらく時間を潰した後、デラ地区を抜けて貴族街に隣接するイルヤ地区のシェルターでその日を明かした。

 次の日も昼頃までやっかいになり、シャニンダス地区の酒場で打ち合わせ通り秘書官と合流する。


「守備はどうでしたか?」

「確約、とまではいかないが向こうは乗り気で了承しました」

「ふむふむ。気は抜けないがいい兆候ですね。報酬は足りましたか?」

「ええ、成功後に残りの金を渡すことに・・・」

「いや、それは別人がいいでしょう。適当に見繕い、渡しに行かせましょう。まあ、どうなるにしてもね」

「圧力をかけられればいいだけですからね。それよりどうです? 尾行とかは?」

「あたなにしばらく待ってもらっている間に警戒していましたが、そういった影は見当たりません。アンドフは抜け目がないですが、手数は少ないのです。これ、例の人からの追加の給金です。しばらくギルドには近づかない方がいいでしょう。フォグスさん、本当にありがとう」

「まあどうにかなるでしょう。迷宮周辺には念の為に顔を出しておきますが、講談までは慎重にしておきます」


 互いに危険を犯しての接触なので会話は最低限だった。

 酒場で別れるとカープはポルサ地区付近で宿を見つけ腹の底から押し寄せる疲労感を拭い去るように日を越して眠りこける。そして決行まで1日を切る頃にはマリノー地区で慣れない賭け事に手を出してまずまずな損を出していた。


 結構の日もクラブリエルはいつも通りだった。迷宮には冒険者の列が並び、街道は絶えず人の移動が続く。街も陽気に染まる地域もあれば、無縁な地域もある。

 ウラン・ベンテーダル市長はこの日、シャニンダス地区で登壇することになっている。農作業に従事する契約農民の収穫を応援する激励が目的だ。


 市は食料を自活する能力がほぼないので、貴重な供給源として農業や畜産にかなり配慮している。市議会のメンバーも手が空いている者は皆が集う。ハイン・ビゴもその1人だ。


 カプリッツォ・フォグスも大通りに通じる建物を貸し切り演説する市長を聴衆に混じって眺めていた。そして彼の1番のライバルのアネルセン・レッシャーも市議会の重鎮として傍に座って控えている。

 ビゴは何処だ。流石に側近でも登壇の席には同席出来ないのかとカープは思っていた。


 疑念はすぐに吹き飛ぶ。メンバーが建物から降りて代表団に握手をする手順があるが、ビゴはそこにいた。

 やり手の官吏をイメージしていたが、ピッチリ着こなした礼服からでも分かる端正な体。引き締まった顎。灰色の瞳に短く刈り上げた金髪と黒髪が混ざった頭部。ギルドでたまに見かける訓練教官を思い出す。40代と聞いていたが若々しい雰囲気に包まれている。


 近づき過ぎるのは危険だと判断したカープは人混みを抜けて離れるが、すぐに2〜3人の男に袋叩きにされ路地裏に引き摺り込まれる。彼が精一杯放った悲鳴は、農民を讃える歓声に掻き消され、それと同時に意識も途絶えた。


「聞いてくれ・・・ こうした再会は俺は望んじゃいなかったんだ。でもな、まあ政治だよ政治」


 鳥顔のアンドフが澄ました表情で頬をペシペシと叩く。

 顔は殴られなかったがカープは数回嘔吐しげっそりしている中で、なすすべもなかった。両手両足は何かの魔術で椅子に縛り付けられている。


「ここはニオか?」

「うん? よく分かるな。ああそうだ。まあ知ってもどうしようもないが」


 薄暗い部屋で、窓は数枚の板で適当に塞がれている。しかし、辺りに漂う木材から滲み出たような腐臭と人間臭さが混合した香りから思い当たる場所はニオ地区しかなかった。

 クラブリエルの影、街から取り残された存在しない区画。市議会やギルドは勿論、騎士団でさえも介入を手控えている。お尋ね者や裏切り者が逃げ込むには格好な場所で、密かに人を消す時も同様。


「裏切りは愚かだとあんたなら分かってると思ってた」

「勘違いしてるのはお前だぜ、旦那。このアンドフは誰も裏切ってない。あんたの主人と同様に、俺にも主人がいる。それを知らなかっただけの話さ」

「ビゴか・・・ そんな・・・」

「驚くのも無理無いが、選択としては妥当なんだ。会えば分かるよ。直にいらっしゃる。言い訳よりも簡潔さが求められるからそのつもりで」


 情報屋の至極冷静な声を聞きながら顔面に一発お見舞いされたカプリッツォはまたもや昏倒する。


「何処かの使用人崩れか?」

「まあ正式な奴では無いでしょう。よくある手口です。口を割らせるのは簡単ですから、来る必要はなかったかと・・・」

「いや、重要な時期だ。何者かが障害になろうとしている。大物ならすぐ手を打つ必要があるからな」

「まあ、そうおっしゃられるなら」


 薄い意識の中でカープは話し声を聞いた。

 次の瞬間、腹部に鋭いものが突き刺さる。


「グェゲッッ・・・」

「目が覚めたかね? 早速尋ねるが君の主人は誰かな?」


 視線を向けると、ハイン・ビゴ本人がいた。礼服のままだから講談が終わってから直行したのだろう。無表情なようだが人を射抜く眼光が輝いている。


「主人は嘘だ。でっち上げだ。知らない人間に頼まれて、金が欲しかっただけだ」


 強かに頬を張られた。


「嘘はよく無い。アンドフに接触した点や報酬について聞いた。捨て駒にしては大役すぎる。信頼されている証拠だ。それに君の口調や仕草、学があるね? 組織か人の庇護下に置かれているはずだ」


 優しい口調を崩さずに肩に手を置きながらもう片方の拳で腹を殴り続けられる。

 カプリッツォは屠殺前の鶏のように暴れる他なかった。


「旦那。もうそろそろ専門に任せてもらえませんか? 尋問は初めてでしょう」

「もう少しだ。それに経験はあるよ」


 ビゴは剣の鞘を外し抜き身の腹でカプリッツィの全身を棍棒の要領で振り抜く。鞭のようなしなりと、稀に刀身が皮膚に引っかかって体を引き裂いていく。思い切り叫んだが情報屋が耳を塞いだだけで尋問者は特に気にしていない。


「騒いでもむだだ。静音の術式を張ってあるからね」

「あんた・・・ 魔法を使うのか? ただの王宮の犬じゃないな」

「ほう、そこまで気づくか。よく調べたものだ。俄然興味が湧いた。確かに私は役人だ。しかしそれは勅命を受けての姿だ」

「王様?」

「そうだ。《チュオット王国》レダル騎士会の教練者の1人なのだ」


 ビゴはそう言って剣の柄頭の紋章を見せた。クラブリエルにも飾ってある王家の紋章だ。見知らぬ人間が使うことは許されない。

 レダル騎士会は建国から王族を支え続けた近衛兵のような存在で、武力だけでなく学術も重視される精鋭として名高い。冒険者ギルドはとんだ相手を敵に回した、いや、最初から仕掛けてくるつもりだったのだ。カプリッツォは事態の深刻さを嘆いた。


「あんたを見誤っていたよ・・・」

「褒め言葉だな。ありがとう。さて、もう気づいているだろうがここまで話したから君は生きて帰れない。今ここで素直に喋るか、もっと苦しんで垂れ流すかの2択だ。忠誠などと簡単に言うなよ。それは私達騎士とこれに連なる者が許されている。君には当てはまらない。どうだろう、こう考えたらどうかな? 君は主人や信仰に背くのではない。栄光ある王とその上で輝くお方に敬意を表する。これならば文句はあるまい」

「その王は、敗戦したのに・・・ 隠居も慰問もしなかった奴だ。そんなのに敬意は払えないな」


 むんずとハイン・ビゴはカプリッツォの首根っこを締め上げる。血流が止まり全身の震えを感じるが頭が働かない。


「あの戦いには私も参戦していた。惨めだったよ。しかし王のせいではない。無能な馬鹿が内通していたのだ。或いは援軍を遣さなかった。特にクラブリエルは最悪だった。義勇兵という名目で冒険者を送り込んだはいいが肝心なところで戦線を放棄した。神聖な義務に背いたのだ。戦が終わり、今度は宮廷で非難祭りだ。その時に私達と王は誓った。必ず報いを受けさせるとな」


 ようやく手を離されカープは何度も咳き込んだ。恨めしげな目でビゴを見たが強い意思を持った顔は微動だにしない。


「私怨かよ・・・ くだらない。それに囚われて酷い目に遭う連中の境遇を想像したかよ・・・」


 ビゴは唐突に顔を近づける。


「君にも私怨が感じるが・・・ そうか、ギルドだな? またはその周囲といったところか。ああ、反論しなくてもいいよ。ヒントは十分与えてくれた。少なくとも力を込めるべき所が分かったからな」

「もういいんですか?」

「アンドフ、ご苦労だった。君を選んだのは正解だった。まあ彼の主人もそれに等しいが。今回は私が早い。戦もこうであれば良かったが・・・」

「始末は? 晒し者に?」

「必要ないな。ソックリ消しなさい。私が健在なのが十分な脅しだ」

「では・・・」


 後片付けを情報屋に命令し扉へと向かいかけていたビゴの足が止まる。


 次の瞬間、アンドフも飛び退いた。

 振動が響いたがそれは静音の術式を打ち破っただけで物音は最小限。誰かが外から衝撃波を扉に放ち、ビゴが対抗して打ち消したことで扉が粉々になっただけで済んだのだ。


「生きてるか? 生きてたらいいな〜」


 呑気な声で男が部屋に滑り込む。

 あの騎士崩れの男だった。

読んでいただきありがとうございます。

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