バジル・フライは手伝わない
僕の名前はバジル・フライ。
魔法学校に一応ながら席を置いている、ただの不良というか、
劣等生である。
学業の成績はほぼ底辺、学校にたむろしている不良グループとも
交流があり、学校に不必要なものを持ち込んでは売り捌いている、
教師からは更生はほぼ諦められている。
そんな僕が、何の因果からか。先日、学校の品位を下げたとして
退学、追放処分となりながらも30分で身の潔白を証明し、
無事に生徒へと帰還したタイム・グリルの下で更生を図る運びとなった。
最初に思ったのは、またいつもの面倒くさい事案か、だった。
魔法学校は不良の存在を当然疎ましく思っており、かといって
簡単に退学処分にすれば、不良グループの中に居る毒親から
突き上げを喰らって世間の評価を下げかねない板挟みになっている。
そういう点では、誠に可哀そうな立場をとらされていることに
同情したくはあるのだが、なんせやることがクソくだらなさすぎるのだ。
この間なんかは幼稚園児にするような人形劇をやって
僕たち不良を更生させようとしてきた。
不良グループの平均年齢は17歳、そんな年齢相手に
人形劇だなんて馬鹿にしてるにもほどがあるだろうと思った。
──実際見せられた人形劇は物語が凝っていて、
グループ全員が固唾をのんで見守りながら話にのめり込み、
見終わった後には拍手まで起きていたし、
僕も拍手していた内の1人なんだけど……
ともあれ、僕はまた面倒ごとに巻き込まれたと思いながら
タイムとのひと時を過ごしていたのだが──
「うわぁぁぁぁぁぁんバジルくぅぅぅぅぅん!!
私のことをみんな怖がって話しかけてくれないよぉ~!!」
「身の潔白を証明するためとはいえ、あんなド派手に
捕り物なんかするからっすよ。
捕縛された生徒、恐怖のあまりに何もかも垂れ流したそうじゃないっすか」
「考えても見てよぉ、私ただ普通に過ごしてただけなのに
エロピンナップばら撒いたテロの犯人に仕立て上げられたんだよ?
怒るなって方が無理じゃぁ~ん!」
「そう言われたらそうっすけどねぇ」
担当役として当てがわれた彼女、タイム・グリル。
先程も説明したが、先日在らぬ汚名を着せられて
その汚名を払しょくしたのだが──その時の行動から
〝学園の秘密警察〟のあだ名を与えられて以降、すっかり
恐怖の存在となってしまっていた。
彼女にはこちらをどうこうする気は全くないらしく、
魔法学校のように積極的に介入してくる気配はない。
ただ、それも今だけの可能性だってあるので、
気の毒な彼女を慰めながらこうして日々を過ごしているわけ──
「秘密警察さぁん!!お助け下さいィィ~!!」
突如として部屋の扉が蹴破られて、1人の少女が転がり込んできた。
普通、部屋に入るのならばノックして入るものだろ、とか
普通の言葉が出てこない。
なんせ、扉にはくっきりと靴底の後が凹みで残っているし、
そのことを指摘して逆上されたら、
その馬鹿力で間違いなく僕らが死ぬからだ。
「んぁ~?私を秘密警察とかのたまう奴はどこの誰だぁ~?
名を名乗りなさぁいっ!!」
……タイムはそんなことを全く気にかけていないようだけど。
ともかく、そう言われた少女は「申し訳ありません!!」と姿勢を正して
改めて挨拶をした。
「アタシ、シュリンプ・クラッカーって言います!
薬学科2年生です!」
「薬学科ぁ?めっちゃ秀才が集まる場所じゃないですかぁ~、
そんなところの生徒さんが私みたいな平凡極まる生徒に
何の御用でしょうかぁ?」
先を促すにしてももう少し言い方ってものがあるんじゃないかな、
そんなことを思いながらバジルが少女に目を戻すと、
「うっ……うぅっ……!」
少女は、目を涙で濡らしていた。
「うぇえ……っ!?なんで泣いてるんですか貴女!?」
「そりゃー、秘密警察のお姉さんに怖そうにされちゃったら
誰でも泣いちゃうんじゃないっすかね。
話、聞いてあげる態勢になってあげたらどうっすか?」
僕の言葉にタイムは服を直してから咳ばらいを1つし、
席に深く座り直した。
「……わかりました、話をお聞きしましょう」
「こういう時は落ち着かせるために、
椅子に座らせてあげるもんっすよ」
僕が椅子を用意してあげると、少女──シュリンプは
「ありがとうございます」と告げて椅子に腰かけた。
入って来た時のインパクトに負けて気付かなかったが、
シュリンプの様子は明らかに憔悴しきっており
明らかに尋常ならざる事態だとわかる。
そして、部屋に飛び込んできたとき叫んでいたことから、
タイムを〝秘密警察〟と呼ばれていることを
知っていながら泣きついてきたらしい。
これは、ひょっとしたら今までの魔法学校の更生なんか
目じゃないくらいには面倒くさい事態に巻き込まれるかもしれない、
──同時に、あの人形劇にも劣らない面白い事態にも
発展するかもしれないと内心ワクワクし始めていた。
「それじゃあ、改めてここに来た経緯を
教えてもらってもいいっすか?」
「ぐしゅ……はいィ……」
ハンカチを差し出しながら話を促すと、
彼女は涙交じりに語り始めた。
「アタシ……アタシィ……退学告知をされちゃったんですぅ……っ!」
「うわぁ……それはご愁傷さまです、それで?
私にそれを揉み消してくださいっていう訳じゃないですよね?
私にそんな権力なんかないですよ?秘密警察だなんて
只のあだ名なわけですし」
「言い方ってもんがあるっすよ、えっと~それで?
ここにはそのことについて何の御用なんっすか?」
「秘密警察さんはたったの30分で自身の身の潔白を証明して
退学処分を撤回させたと聞きました……!
私も身に覚えのない罪で退学告知をされてしまったので、
何か助言を頂けないかと思いまして……!」
タイムの眉がピクリと動いた。
僕はこういう人には特徴的な癖があることを知っている、
一度酷い目に遭った人というのは同じ境遇に陥った人を
放っておけない。
そんな人は大抵目か、目に近い場所に感情が出る癖がつく。
悲しそうな目をしたり、眉を顰めてしまったり……
タイムの場合は眉に感情が出てしまうタイプだったようだ。
「なるほど……続けてください」
「えっ……いや、これで全部なんですけど……」
タイムは手を組んだまま考え込む姿勢をとっていたかと思うと、
急に立ち上がって僕に目を向けた。
「よし、バジル君っ!!彼女の力になってあげましょうっ!!」
「あっはっは、急っすね~!まぁ、正直暇してたんで
少しは付き合いますっすよ」
「い、良いんですか!?まさかお力になっていただけるなんて……!!」
シュリンプが感激しながら立ち上がると、
タイムが僕にこっそりと耳打ちしてきた。
「ここで私が罪なき一般生徒を助けたとあれば、
私の評価も変わって秘密警察のあだ名も撤回される可能性あるよね?」
「うーん、可能性は高いんじゃないっすかね」
ガッツポーズを決めたタイムは、
そそくさとシュリンプを連れて部屋を出ていく。
「さぁ!罪なき一般人の無念を晴らしに行きましょうっ!!」
「あ、アタシはまだ退学になっていません!
無念は変更してくださいィ~!」
2人が部屋を出て行ったあと、僕はそのあとをついて行く──
フリをして部屋に戻った。
「一応ながら、調べておかないとっすね」
先ほどまでシュリンプが座っていた椅子に魔法の残滓が残っていないか、
探知魔法をかけてみる。
……魔法の残滓は何も確認されない、これで彼女は何かを企んでいるわけでも
魔法を使って扉を蹴破ったわけでもないことが分かった。
それはそれで危険度がヤバいのだけど、とにかくタイムが
危険に晒される可能性は1つ減ったことになる。
「さて、と。もうタイムさんはどこに行っちゃったかわかんないっすから
僕は僕で動くことにするっすかね」
薬学科とは魔法学校でもそれなりにレベルの高い学科である、
そんなところから退学者が出たとすれば間違いなく学校中の噂になる。
流石に生徒間で素直に教えてくれるとは思わないが、
〝人の口に戸は立てられぬ〟とは言ったもので、
そういう情報はどこにでも流れる物である。
「お~う、バジル!お前秘密警察の所に連れてかれたんだって?」
「ひゃはは、災難だよなぁ!俺だったらそんな目に遭うぐらいなら
退学を選んでるけどな!」
「まぁ、何とかやってるっすよ。意外と居心地悪くないし」
やって来たのは学校の屋上、良い風が吹き抜けて生徒たちが
思い思いに過ごしている。
最初こそ学校は勝手に屋上に侵入する不良グループを追い出していたが、
いつからか一般生徒も屋上に黄昏れに来たり
昼ご飯を自炊している人たちなんかは持ち寄ってご飯を食べだしたりした。
そんな状況を魔法学校は最初こそ取り締まっていたものの、
いたちごっこに疲れたのか今では一般開放になっている。
そのせいで不良グループが隅っこに追いやられてしまうとは
まさかの事態ではあると言えるのだが。
「まぁ、今回は情報が欲しいんすよ。
今回はブツと交換でお願いするっす」
「へぇ~、内容は?」
「薬学科のシュリンプ・クラッカーについてっす」
辺りを見回した不良グループの1人が、
こちらに顔を近づけた。
「……シガーラムネ、10箱と交換だ」
「ふぅん、更にココア味10箱でどうっすか?」
懐からシガーラムネを取り出すと、不良は満面の笑みで
僕の背中を叩いた。
「さっすがバジル、話がわかるっ!!」
「そんで、シュリンプ・クラッカーだったっけ?
その話だったら学校は朝からその話題で持ち切りだぜ」
そして不良グループから聞いた情報は以下の通り。
・シュリンプ・クラッカーは薬学科でも好成績を残す優等生
・最近戦闘学科との合同授業でもトップ3の成績に入った
・退学処分を通達されたのは今日の昼食時
・罪状は〝学校内の施設をむやみに破壊したこと〟であるが、
今回はその数が明らかに故意に破壊した形跡がある故
聞いた限りだと、最後の故意に破壊した施設の数が気になる。
その数を聞いてみると、なんと8か所に上るという。
……そして、通達されたのが昼食時であるというのに、
その話題が〝朝から〟起きていたという事。
「あの馬鹿力は有名だけどよ、
明らかに壊しすぎだろうってなったわけだ」
「つうかよ、破壊されたっていう施設がどれも
薬学科の管理している物ばかりだったっていうのが
少しばかり気になるけどなー」
「へぇ……ありがとうっす、かなり参考になったっすよ。
おまけでチョコレートも付けておくっす」
「やりぃ!!お前ってば本当最高だぜ!!」
何となくだが当たりを付けた僕は、戦闘学科棟へと向かった。
昼食時なので今はほとんど生徒は残っていないはずだが、
──案の定、2人の生徒が戦闘学科棟の庭園に佇んでいた。
姿を隠しながら、集音魔法で2人の声を拾ってみる、
すると、思っていた通りの会話が聞こえてきた。
「なあ、あそこまですることはあったのか?」
「当然だろ、あの女はいつか俺たちの顔に泥を塗るぞ。
その前にご大層な成績を残して、おまけに俺たちの
最高の実験の成果として華々しく散れるんだぜ?
むしろ礼の1つでも欲しいもんだなぁ!」
計画犯が1人、実行犯が1人と言ったところだろうか。
まさかここまであくどいものとは思わなかったが──
「おい、そこの奴!!何をしてやがる!!」
──背後から怒鳴り声が聞こえてびくりと肩を震わせると、
その場から一気に駆けだして逃げ出そうとする。
……しかし、相手の捕縛魔法が一瞬早く、僕は足を縛られてしまった……
その場にドサリと倒れ込むと、杖を取り上げられて遠くに投げられてしまい
怒鳴り声をあげたのだろう大柄な生徒が、僕を肩に担ぎながら2人の元へと向かう。
「おい、盗み聞きしてたやつがいたぞ!!」
「はっ!?こんな時間にこんなところに来る奴、
普通は居ねぇだろ!?」
「ちっ、どこかで聞きつけやがったか。
ふざけた野郎だぜ」
2人の前に転がされた僕は、せめて怖がることだけはしてやらないと
きっと3人を睨みつけた。
「おーおー、怖い怖い。そんな目で見られたら
ブルっちまうよぉ!」
「マジかよ、くそっ!!聞かれたってのか……!?
じゃあ、もうこいつは始末するしかないじゃないかよ……!!」
「アダマンタイトの扉だって壊せたんだ、人間1人ぐらいなら
楽勝だろうぜ」
まずい、彼らは今器物破損を済ませてしまった事で全能感に支配されている。
おまけに罪がばれないように隠蔽までしている、今なら殺人だって
躊躇うことがないだろう。
「へへへ……、お前は魔法の四大元素って知ってるよな?
日、水、土、風……でもなぁ、学校ではあえてこの4つしか
教えてないんだよ。
ひひっ……実際には火の上位互換・熱、水の上位互換・冷気、
土の上位互換・圧縮、風の上位互換の真空。
他にも猛毒や酸、爆発、死。いろいろな魔法が存在するんだよ。
俺たちは学校が教えない不可思議な魔法を研究しまくってる、
いずれ卒業してからは超のつく大魔法使いとして名を馳せるだろうよ!
それを……あんな頭の悪そうな馬鹿力女に抜かれるだって!?
そんな馬鹿みたいな話があってたまるかよ!!
……だから邪魔なんで消えてもらった、殺さないでやったなんて
俺たちの心は大海よりも広いだろう?
──でもお前は駄目だ、俺たちの秘密を知ってしまった。
ほんの一端でも聞いた時点でアウトだ」
「……それを、自分で更に上げ連ねるって、随分と間抜けに
思えるんすけど……?」
「王様の耳はロバの耳ってあるだろ?自分の知っている秘密は
誰かに話したくなるんだよ。だけど誰かに知られるわけにもいかない。
だから──」
生徒の1人が下卑た笑みを浮かべて、杖をこちらに向けた。
「井戸に向かって叫ぶんだよ。俺たちは
あの物語の主人公みたいには、ならねぇけどな……!!」
杖の先に光が集まる。……強がってみたけどここまでか、
僕が目をぎゅっと瞑ると、顔に熱を感じた。
──しかし、その熱はいつまでも顔に届くことは無く、むしろ
その熱は顔の前を過ぎ去っていったような……
こわごわ目を開けると、目の前に突き出されていた杖が炭となって
ボロボロと崩れ、構えていた生徒は目を丸くしている。
──そして、地獄の底から響くような声が聞こえてきた。
「おぉまぁえぇらぁ……バジル君に何しようとしてやがるんだぁ……?」
誰もが首を軋ませながら声のした方を向くと、
そこには秘密警察──いや、1人の魔王が立っていた。
「そこから動くんじゃあねぇよ……?手元が狂って
マジでおっ死ぬかも知れねぇぞ……?」
大柄な生徒が咄嗟に杖を向けて呪文を唱えようとするが、
それよりも早くタイムの呪文がその手に握られていた杖を
消し炭と化した。
「ひ、ぃ……ひぃぃ……!!」
「あぶ……あぶぶぶ……」
「あ、あ……!お、お助け……!」
気絶してその場に崩れ落ちる者、
腰が抜けたのか這いずる者、
ただひたすら助けを請う者。
そのどれもを一瞥しながら、地獄よりの使者が罰を与えに近寄って来た。
「はぁ~……なんでぇ……?私人助けしたんだよぉ……?
なんで〝秘密警察〟のあだ名が消えないのぉ……?」
「そりゃ~……あんなことをしちゃったら間違いなく
そうなるっすよ」
その後、3人組は警察へと引き渡された。
殺人未遂、器物破損の罪でしょっ引かれた3人は、
まるで死神でも見たかのように青くなって
ただひたすら許しを乞うていたという。
タイムは学校から表彰されたが、
表彰式は華々しいというよりもどこか恐怖が
支配している禍々しいものとなっていた。
「はぁ~……バジル君、頭なでて。いい子いい子してぇ……」
「はいはい、頑張ったすよタイムさんは」
実際、あそこでタイムが来てくれなければ
バジルは今この場に居なかっただろう。
助けてもらった代価がなでなでくらいならば、
いくらでもしようと僕は思った。
「お待たせしました~!お茶を用意しましたよ!」
「おぉ~、シュリンプちゃんのお茶は美味しいからねぇ。
ありがとう~」
彼女、シュリンプ・クラッカーはあの事件の後
タイムにひどく惚れ込んだらしく、時間を作っては
タイムの部屋にやって来てお茶や茶菓子を用意してくれる。
「穏当な生活はまだ遠いけれど……
私は必ず元の暮らしに戻って見せるんだからねっ!!」
『できるんですかね?』
かくして、秘密警察の部屋には今日も甘いお茶の香りが
漂っていた。