3.完チュートリアル
「わかりません」
僕の答えに、博士は微笑んだ。
「君も葛藤している。できる限り私の話を聞いて、時に共感し、時に理解しようとしている。姿勢が少々、前のめりだったことは気がかりだが、それは礼を逸しているとは言わない。私にとって君は愛すべき患者だ」
「患者が医者を理解しようとする必要はありますか?」
「自分と相性のよい医者を探すことは大切だ。そういう意味で、患者の方もアンテナを張っておく必要はあるのではないかな?」
「そう、ですね」
少し、沈黙が降りた。カフスを弄り、ネクタイを正し、ハンカチーフをたたみ直す。
「そろそろ私の時間は終わりのようだ。少しは参考になったかな?」
「貴方の言動は、共感できるものもあれば、理解できないものもある。でも、貴方自身の印象が、あまりにも素敵だから……僕は容易に丸め込まれてしまう。具体的な被害者を知らないからこそ、貴方のような人が言う、無礼な人間は、本当に無礼だったんじゃないかと、そう思ってしまいます」
「常に相手を疑うことは大切だ。もちろん、リスペクトを持ったうえでの話だけれどね。私も君のような生徒にあえて楽しかった。最期に、素敵な時間をありがとう」
「……最期、ですか?」
彼は微笑んだ。
「捕まってしまったからね。刑の執行の直前になって、ここにいた。この時間が終われば私は、椅子に座ることになるだろう」
口を開く。言葉が出ない。
「……あなたにとって、自分の死とは?」
「他の被害者と変わらない。無礼な連中と同じ姿になるのは、悲しむべきことだが、報いと言えば報いだろう」
立ち上がった彼が、手を伸ばしてくる。こちらも気がつけば立っていて、相手の手を握っていた。握手。
「幸運を祈るよ。では」
瞬きをする一瞬で、彼は消えていた。がらんとした部屋に、僕一人。まだ温かいコーヒーだけが、彼の唯一の痕跡だった。
『チュートリアルを終わります』
そんな声がどこからか聞こえてきた。