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1.チュートリアル

「さて、ここはどこだろうね」



温厚な笑みを浮かべた、モデルのような男性。知性を窺わせるその姿は、よほど笑顔の効果を正しく理解し、実践できるもののそれだった。


「実をいうと、それを僕も知りたいのです」


彼と僕はテーブルを挟んで斜めに対面している。ファミレスの4人席を対角線上に用いている形だ。


面接だ、と直感する。


しかもこれは、心理学的な効果を狙っているものだ。一対一の面談で、できる限り互いに負担をかけないように行うやり方。


男性はワイシャツのカフスを弄りながら、ふとテーブルの上に目を留める。


「これは、君宛てじゃないかな?」


言われるままに、ファイルを受け取る。子供が描いたような、のたくった文字が並んでいた。


一目で、その文章に吸い付けられる。


「ここにやってくるのは、みな、人殺しです」


「あなたは彼らに共感してもいいし、嫌悪してもいい、軽蔑するのも構いません。ただ、彼らの話を聞くのがここでの役割です」


文字を読み返し、読み落としがないことを確信する。


「どうした?」


小学生の教師よりも優しく親身にしてくれそうな、穏やかな笑みを浮かべたこの男性が、殺人鬼だというのか?


「この紙の内容、あなたは……」


読めますか、と言いかけて、口ごもる。目の前の男性は、欧米系の白人だ。日本語がわかるとは到底思えない。



しかし。


「独特な文字だが……ふむ、これは日本語か」

「わかるんですか?」

「ハイスクール時代に、東洋の体験の一環で学んだものさ。ふむ……これによると、私は人殺しだと告発されているようだ」

「仰るとおりです。……指示書によれば、僕があなたの話を聞かなければならない、と」

「ならば、早めに済ませてしまおう。私もいつまでも、ここにとどまっているのは辛い。何しろコーヒーもないのだからね」


くすり、と笑った瞬間に、陶器のマグカップと湯呑みが現れる。彼にはコーヒー、僕のもとには緑茶だった。


あっけにとられている僕に、彼は笑った。


「少しだけ訂正しよう。案外、悪い場所ではないかもしれない」



それでも、彼は話し始めることにした。


「サリンジャーの名著に倣えば、私の両親がどんな人とか、どのように生きてきたかなどは、いちいち説明するのは、面倒だ。何より無駄だろう。環境と遺伝は人に大きな影響を与えるが、結局その人間がどの様になるかというのは、その人間の選択だ」


淡々とした切り口。僕は思わず、言葉を遮ってしまう。


「あなたは、人を殺したのですか?」

「君はどうだ?人を殺したことはあるかな」

「想像したことは、あります」

「なぜ実行しなかった」

「激情に任せた犯罪は、すぐに発覚する。なにより、それは禁じられています」

「では、禁じられていなければ、君は人を殺したかな?」

「かも、しれません」


男性は、こんこんと額を叩く。


「あなたのことは、その……」

「私のことはドクターと呼んでくれ。呼ばれ慣れているからね。君はなんと呼ばれたい?」

「……マヨイ、とでも呼んでください」

「ではマヨイ、君の言葉から察するに、君は直情型だが、それを理性で必死に抑制していたことになる。殺意はおそらく、身近な、肌に合わない人間に向けられたものだね?」

「……そうです」

「君は若い。行動範囲は自ずと限られる。緻密な計画を立てようにも、金銭的な理由などで挫折しただろう。しかし想像は自由だ」


博士は少しだけ、体を前に乗り出す。


「君の眼の前に嫌いな人間がいたとする。どんなやり方をしても、誰にも気づかれないと仮定しよう。そこで君は、どのように相手を殺す?」


博士を前に、話を聞くどころかこちらが一方的に情報を喋らされている。わかっていて、糸口を見つけようと言葉を探す。


同時に、博士のことを考える。呼ばれ慣れているという時点で、医療関係者の可能性が高い。臨床系かもしれない。日本の心療内科では見られないような、上流階級向けのセラピストのような感じだ。


「……手近にあるものでどうやって殺すかは、よく考えます。相手が、こちらを一方的に叱りつけている時、自分のほうが権力が上だと、その力関係に酔っているときを狙います」

「どうやって?見たところ、君の筋肉のつきは悪く、体はかなりこわばっている。日頃から緊張している。それが被害妄想か、もしくは他者に対する怯えであったとしても、私は一向に驚かない」


深呼吸する。


「ペンを使います。オフィスでも、学校でも、よくある道具の一つです。気づかれないように握りしめて、相手の眼球を狙う」

「抉り出す?」

「ねじ込みます。脳の一部に達するまで。……正直に言えば、僕は殺し方を考えるより、自殺の仕方を考えるほうがよほど楽です」


とんとんと、博士の指が机の表面を叩く。


「指紋はベッタリとついている。凶器のペンは日ごろ使いのものだ。相手に声を出されるリスクもある。職場や学校は、最も人が集まる場所で、殺しに適しているとは思えない」

「トイレに連れ出せばいいんですか?連れションか何かを誘って」

「見つかるのは時間の問題だ。……なるほど、確かに隠蔽は難しい。君は自由を奪われて、その後の将来は失くなる。家族も後ろ指を指される。それでも現実から逃れるすべとしての自殺願望、といったところか」

「博士。あなたの話をしてくれませんか」


僕は思い切って、言う。


「あなたにとって、殺人とはなんなんです?」



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