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90.相棒

「んぐッ……、」


 押され、膝を付き、腹に手を当てながら呻く。


 反応ができなかった。ハワードの一撃にガントレットはまったく防御を間に合わせることができなかった。来る、と思った瞬間にはもう食らっていた。──これでもしも反射的な魔力防御まで間に合っていなかったら、ガントレットは死んでいたかもしれない。そう思わせられる程度には重たい打撃だった。


(やっぱり、な……もう俺の知っているハワードじゃねえ。やってることも、この力も……以前のこいつからは考えられねえ)


 些か頭に血が上っている状態だとは言っても、ミーディアが抱いている諸々の違和感についてはガントレットも同様に気が付いている。ハワードは間違いなく以前よりも大幅にパワーアップしている。それも、現在進行形でだ。


 こちらは唯術を惜しみなく使って二人がかりで攻め立てていたというのに、あちらは一切唯術に頼らずに猛攻を凌ぎ切ったこと。それどころか反撃を行なう余裕まで得始めたとあれば……そして彼自身の口振りからしても「そう」としかもはや思えない。


 ハワードは何者かから得体の知れない力を与えられている。

 それが段階的に馴染みだしている──自分の意思で操れるようになりだしているのだ、と。


 黒味を増していく肌。それに伴って瞳に宿る色はより剣呑になり、歯の剝き方も人ならざるそれへと近づいていっている。打った感触を確かめているのだろう、手遊びのように腕を揺らしつつ見下しの視線を向けてくる彼に対し、ガントレットは言いようのない感情が湧き上がる。


 それを原動力として、口の端から血を零しながらも足に力を込めて立ち上がった。


「おっ? 立てるかよ。やるじゃねえか、クリーンヒットを貰うつもりだったんだが。相変わらず勘のいい野郎だ」


 ほとんど山勘で魔力を腹部に集わせての集中的な魔力防御を行なったからどうにか助かったのだ。と、ハワードはガントレットが無事な理由を正確に見抜いている。


 そうでなければ今ので最低でも戦闘不能にまでは持っていけていたはずだ。よくもまあ完全に虚をつかれていながら魔力操作が追いついたものだと感心する……これは全身に魔力を任意の配分で割り振ること、そしてその割合を高速度で変化させること。魔力操作においても特に近接職にとって重要となるそれらの要素を突き詰めて習得した者だから可能となる、思考や意識を介さず文字通りの反射で行う域にまで技術が高められているが故のものだ。


 同じように格闘戦をベースとしつつも唯術による遠距離攻撃手段を有しているハワードとは違い、ガントレットには殴る・蹴る以外の攻め方ができない。【剛拳】という己が拳のみを武器とする唯術を持つ以上は武具を使用するのにも向かず、翻って彼は徒手空拳のスペシャリストとなった。そうならざるを得なかったのだ。


 それ故にガントレットの細やかな魔力操作の技量はハワードよりも上だ。管理職について現場から遠ざかってはいても昔取った杵柄、血反吐を吐く思いで得た武器はまだ錆び付いていなかった。そういうことだろう。


 ただしちゃんとしたガードもなしに魔力だけで受けられるほど、今のハワードが繰り出す攻撃は甘くない。ダメージはある。それも強かに。打った感触からそのことがよくわかる。即座のリタイアにこそならなかったが使い物にならないという意味では似たようなもの。


 もはやガントレットはまともに戦えない──。


「おぉっ!」

「!?」


 ハワードの顔からせせら笑いが消える。たった今「戦力ではない」と判じた男がやおら踏み込み、連撃を放ってきたからだ。唯術によって強化された拳。本人の力みも合わさって熱気まで醸しているそれの怒涛の勢いに慌ててハワードは守りに入る。


 ダメージを負う前よりも明らかに増した気迫と打力。怒りに加えて「この男を止めるのは自分だ」という使命感に燃えるガントレットはほんの一瞬、肉体の変化からくるハワードの全能感を醒まさせた。


「っ、てめえ!」


 それが彼には屈辱だった。ここからは己のターンであり、しこたまに打ち込んでくれた礼を十倍、いや百倍返しにしてやるつもりだったのだ。だというのに強引にまた相手のターンへと持ち込まれた。それを許した自分に、そして()()()()もなくそんなことができるガントレットに、彼もまた怒りに燃える。


 連打の隙。そこへ憤怒の拳を叩き込もうとして──逆に刃を差し込まれた。


っ、この女……!」


 ミーディアだ。危うく手首を切り落とされかけてハワードは後退を余儀なくされる。ガントレットに意識を割き過ぎて彼女の攻撃に気付くのが遅れてしまった……だがなんということはない、前までの自分ならこの傷も大変なものであったが、今となってはなんの問題にもならない。


 自己治癒。コツを掴んだそれによって再び負傷がなかったことになる。と同時に、一層に新しい力が全身に行き渡って馴染んでいく。


 心地良い全能感が、戻ってくる。


 ──ハワードの心臓。不規則に脈打つそこには現在、魔石が埋まっている。イオの手によってなされたそれは実験を兼ねていることもあって丁寧な処置とは言い難く、そのせいか魔石から流れる力にハワードは人格が吞み込まれかけている……が、その自意識の薄れが現状においては「強さ」になっていた。


 不安や臆病といった魔力の出力に悪影響を与える感情がオミットされ、ただひたすらに自分の気持ちがいいこと。やりたいことだけを追求できる、人よりもむしろ野生の獣に近い在り方が長年に渡って鬱屈とし続けていたハワードの解放に繋がった。


 たとえこの変化の果てに自分が自分でなくなったとしても構わない。彼は本心からそう思っている。いやいっそ、そうなりたいとすら願っている。強さだけを夢見てテイカーとなり、とうの昔に限界を悟って他の才者を妬んでばかりいた情けない自分など──いらない。いてほしくない。


 強くなりたい。そのためなら、怪物になろうとも。


「はぁああああ!」

「「!」」


 力は満ちた。まだ変化、いやさ変身・・の途上ではあるがハワードにとっては充分だった。新しい肉体の性能は把握した、ならば次は……この状態で使う唯術の勝手を試すとしよう。そう決めて発動させた【放電】は、彼の肌と同じく黒に染まっていた。


 黒いスパークを全身のいたるところから飛び散らせながら。それを受けて追撃を取り止めざるを得なくなった二人を見てハワードは、凄絶に笑った。


「くかか……こりゃ快感だぜ。特A最強(ゼネベン)かつての相棒(ガントレット)も今の俺にはてんで及ばねえ。これで唯術まで解禁すりゃどうなるか! てめえらにもわかるよなぁ!?」


 ハワードの威勢にも、黒光りする電気の瞬きにも怯まずにガントレットが肉迫。拳を振るうが、届かない。それがハワードへ到達する前に彼から爆ぜる火花に押し返されてしまった。そのことにガントレットが目を剥けば、ますます哄笑は大きくなって。


「守るまでもねえ、避けるまでもねえ! 術の余波だけでてめえなんぞの拳は事足りる! そうだ、余波だぜ!? 俺はまだ術を完成させちゃいねえ……!」


 高まる。魔石と一体となった心臓の鼓動が、そこから発せられる魔力が自らの物となって一際に昂る。無軌道に飛び散っていた閃光たちが徐々に収束し、一箇所へ。ハワードの右腕部へと集まっていく。


 大技。攻撃対象はガントレット。それを見て取ったミーディアが咄嗟に動く。


「──ミーディア!」

「っ!」


 先の痛恨の一打。それが響いているであろうガントレットを、我が身を挺して庇うべく踏み出しかけた足。それを当の本人からの呼びかけで止められた。彼が何を言わんとしているかはすぐに察せられた。


 逆だ、と告げている。


 役割が逆。ミーディアがすべきは既にダメージで精彩を失いかけているガントレットを庇うことではなく、ガントレットを囮として今こそ全力全開の攻撃。必殺技たる『極斬り』を決める場面だと、彼は言っているのだ。


 なんとも合理的な判断だ。ここで仮にミーディアが守りに入ることでガントレットが致命的な一撃を受けずに済み、またミーディア自身の負傷は【回生】でなんとでもなったとしても。それで得られるものは特になし。どころか、続くハワードの唯術を用いた攻撃の第二打第三打に押されて高確率で劣勢を強いられるであろうことを思えば得るどころか勝機を失ってしまうことになる。


 で、あるならば。


 ミーディアは守らず、むしろ攻めるべき。やはりガントレットにこそ意識が集中している様子のハワードの隙を見逃さず、ここでしっかりと溜めて、魔力を極限まで剣に纏わせて、攻撃終わりの技後硬直の瞬間を狙って切り捨てる。その一振りで始末をつける。それこそが今取り得るベストの選択。


 長年の経験が一瞬で紡いだ最適解・・・。己が命を投げ打ってでも倒すべき敵を前にしてこそ発揮される戦士としての極限の利発。その意図を同じく優れた戦士であるからこそ過たず完璧に理解できたミーディアも故に、迷うことをしなかった。


 合理を取る。即ち味方を、長年に渡り目をかけてもらっている恩師を見捨てる。という選択。選び難きそれを即座に選び取ったのはテイカーとしての矜持がなせる業か、それとも彼との間に築かれた信頼がそうさせたのか。とまれミーディアは動かしかけた足に制止をかけ、剣を腰だめに構えて技の準備へと入る。

 

 と同時にハワードの方は準備が完了したようだった。


 小さな閃光の重なりが大きな光となって彩られた右腕。彼はそこにある全てを前方へ、ガントレットへと振り抜いた。


「くたばりやがりなぁ!」


 拳圧と共に極太のレーザーの如く宙を走るパルス。過度の電荷によって生じたそれは物理的な破壊力となって標的を襲う。亜雷速で到達するその攻撃を疲弊している彼が回避できるはずもなく。また電気の性質上ただ身を固めただけでは防御にすらもなりえず。


 結果としてガントレットはそこに込められた威力をほぼそのままに食らってしまう。


「グぅッ……がぁああああああぁ!!?」


 身体の外からも内からも焼かれているような痛み。拳から発せられた衝撃に加えてそこに搭載された電撃の負荷が一瞬にして総身に回り、巡り、和らぐことなく何度となく迸り。これには恵まれた体格とそれに由来する頑丈さを持つガントレットであっても、とてもではないが耐えられない。喉奥から血混じりの苦悶の声がせぐり上がるのを抑えられない。


 虐げられる弱者の構図そのままに抵抗らしい抵抗もできぬままに苦しむ他ない──だが、これは覚悟の上のこと。この痛みを受け入れると決めたのは他ならぬ自分自身なのだから彼の心に絶望などない。


 意識と共に命まで飛んでいきそうな激しい明滅の中で、ガントレットの目は確かに捉えた。雷光のスパークよりも眩く、力強い、彼にとって見慣れた魔力の鳴動。その高鳴りをしかと感じた。言葉に出せぬまま言う。


(やっちまえ、ミーディア!)

「むっ!?」


 ガントレットの悶絶を目にして悦に浸っていたハワードも、極度に研ぎ澄まされた只事ではない魔力にようやく気が付いた。が、今更になってミーディアへ向き合おうとももう遅い。魔石によって人の身でありながら「魔物化」とでも称すべき変化を遂げ、反射神経も常以上に強化されているハワードではあるが、既にミーディアの準備は全て整い攻撃へと入っている。


 彼が目にしたのは高速度で振るわれる刃が放つ銀閃。斬られる。首を、落とされる。直感で数コンマ秒後の未来を悟ったハワードにできることは何もない──わけではなかった。


 対応は間に合わない。ミーディア自体をどうこうすることは今の彼にも無理だ。それはその通り。しかし、攻撃を受けざるを得ないとなればそれならそれでやれることもある。と、奇しくも今し方のガントレットと同じことをハワードも考える。そして彼には、ガントレットでは不可能な方法での身の守り方というものが実践できる。


(撒き散らす! 俺の魔力を紫電に変えて……!)


 瞬間的な再点火。【放電】という電撃系の唯術だからこそ起動から実現が早く、喉までほんの数ミリというところまで迫っていた剣に、それを押し留めんとするかのように火花がぶつかった。


 物理的な破壊力を有している現在のハワードの【放電】が生む閃光。その性質を利用し、防御へと転じたのだ。無論のこと付け焼刃の悪あがきでしかないそれに剣戟を止められるほどミーディアは、彼女の最高技たる極斬りは甘くない。スパークの壁を越えて剣は進む。


 ぞぶりと、黒く染まったハワードの肌に刃が深々と食い込んだ。

 勢いは止まらずそのまま振り抜かれ──。


「……チッ」

「へっ!」


 ミーディアは顔をしかめ、ハワードは笑う。

 それは賭けに勝った者の笑みだった。



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