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88.強さ

「傲慢……僕が?」


「そうとも、君だ。だってそうじゃないか。知ったってどうしようもない、どうする気もないことをただ好奇心のためだけに確かめる。その行為が自分を正当化すると思っている。『正しい』んだと思い込んでいる……これを傲慢と言わずになんて言えばいい?」


「自己満足なのは認めるよ。お前が何を言ったって見逃す気はない。ここで確実に止める、それに変わりはないんだから。知った気になろうっていうのは確かに傲慢なことかもしれない──でも」


 何も知ろうとしないのだって、傲慢だ。

 そうライネは言った。


「自分が良ければそれでいい。お前のことは何もわからないけど根本にそういう考えがあるのだけは透けて見える。そんなのがライオット、お前にとっての『正しさ』なのか」


「んん……まあそういうことになるのかな。俺が良ければそれでいい、まさにその通り。自分の中にある不文律という意味じゃそれが正しさだね。でもねライネ、そもそもの話。俺は世界のどこにも正しさなんてないと思っている。あるのは『間違い』だけ。誰も彼もが間違っているのに、それを正しいってことにしようとするから争いが起きるんだ。違うかい?」


「じゃあお前は、自分だって間違っていると思っていると」


「まあね。だけどその間違いを正しさに変えられる力が俺にはある。わかるかなライネ。正当化に必要なのは知ることなんかじゃない。形だけの理解なんてものに意味はなく、力だ。勝利なんだよ、肝心なのは。他の全ては勝ちの後からついてくる。君らテイカーもそれを体現しているよな。勝ち続けているのが協会だ。だから世界のルールを作れている。負ければその優位は、泡に消える」


 協会は正しくない。かといって協会の「救う対象」に入れなかったリントたちの恨みが正しいわけでもない。間違いだらけなのだ、何もかも。自分という存在も、それを受け入れられない世界も、共に間違っている。


 ライオットは皮肉でも自嘲でもなく、現実としてそうであると解している。


「都合よく是正したがるのは誰だって同じ。それが勝つってことで、利権を得るってことだ。『大した動機じゃない』? ああそうだ、それもその通り。反論のしようもない──する意味もない。君に俺はわからないし、俺にも君がわからない。たったひとつ、今ここで潰さなきゃならない敵だってこと以外は。それで充分じゃないか」


「……知ってほしいと、思わないんだなお前は。そしてそれを強さだと思っている」


「そういう君は何を強さとしているんだ? いやいい、教えてくれなくてもけっこう。俺はそんなものに興味はないからね。だから、君の質問へ返せる言葉もひとつだけだ。どうしても敵のことを知りたいっていうのなら──」


 魔力が高まる。ライオットの、ライネの、戦意がそこに渦を巻く。


「ぶっ殺してから聞けよ。俺はそうするぜ」


「…………」

 

 構えを取ったライオットに、ライネは何も言わなかった。ただ身構えて応じる。何度となく戦った相手。それでいて初めて「戦闘体勢」を見せた強敵に対し、もはや何を語るべくもなく。


 そして勝負が始まった。



◇◇◇



 上座常駐の会議室。そこに散らばっている人だったもの、つまりは自らの上司にあたる人物たちの遺体を攻撃に巻き込むことに多少の自責はありつつも、しかしユイゼンはその実行を躊躇いはしなかった。


 死んだ命にまで配慮を向けられるほどの余裕は、ない。ティチャナと名乗った青肌の異形はそんな甘い戦い方で倒せるような易い敵ではないと、対峙した時点でわかりきっているのだから遠慮など無用である。


「碧牢」


 大質量の氷が壁面を砕きつつ牢獄の形を取ってティチャナを封じ込める。圧倒的な質量とそれを自在に操る操作速度。唯術【氷天】の強味を十全に活かした、閉鎖空間においては避けようのない拘束技。──その術中にまんまと嵌められつつもティチャナの表情に焦りはなく。


「繰り返しだな」


 隙間ひとつない氷牢からするりと。あたかもただの水を潜り抜けるかのように抵抗なく抜け出してみせる。力業でもなければ術の無効化でもない。一種異様な彼の逃れ方にユイゼンは顔をしかめる。


 ()()これだ。ティチャナの言通り、先ほどからこれの繰り返し。幾度も氷を放ち、その度に彼を攻撃対象ないしは拘束対象として捉えつつも、当たらない。いや、当たってはいるのだ──なのにティチャナはそれにまるでこたえた様子がない。柳に風が吹くような手応えのなさ。


(いんや、それも正しくはないね。術から返ってくる感触は柳に風どころじゃない、例えるならそう……あいつ自身があたかもあたしの術の一部かのような)


 我ながらどういう例え方なのかと鼻で笑いたくなるが、それ以外の表現が見つからないのだからしょうがない。


 優れた術師としての証左、術が起こす反応や現象から手の指で感じるが如き繊細な感覚を得る特有の知覚方法。S級の冠を頂くに相応しく観察眼のみならずそちらにおいても一流であるユイゼンには、それこそ手に取るようにティチャナの異常性がこれでもかと読み取れていた。──こうして何度も同じ光景を見させられてもいるのだから、もはや確定だ。


(どんな術理なのか……ともかくこいつはあたしの術と同化・・できる。同じになっちまえば最後、あたしがどんな形に氷を操ろうとこいつを捕らえるのも傷を与えるのも不可能ってわけだ)


 厄介どころの話ではない。はっきり言って無敵の能力だろう。


 ユイゼンにはS級として、誰よりも長く戦ってきたテイカーとしての自負がある。自らの能力を鍛え上げて十全に、万全に操っているという自負が。鍛え上げた【氷天】という唯術は攻撃の速度も規模もテイカー界随一。それでいて緻密な操作も苦手とはしていないのだから我ながら「至った」ものだと呆れてすらもいる。


 この技、この術、この手管。

 ティチャナを相手に惜しげもなく披露したどれもこれもが必殺の域にある。


 並の敵であれば何が起こったかもわからず氷に飲み込まれて沈黙する、そういうレベルの攻めを怒涛に食らいながら──しかしティチャナはどれひとつとしてもまともに食らっていないのだから参るというもの。


(当たっているのに当たっていない。それらしく見せているんじゃなくこれは確実だ。奴の涼しい顔に嘘はない……だけどね。まだ試していないこともある。それに一対一ではないんだ)


 正真正銘、瑕疵や偽りなしの無敵である。と、そう決めつけるにはまだ早いだろう。


「──ぬ」

「これも繰り返し、ですね」


 ティチャナが氷の牢から完全に脱したタイミングで、その肉体がガチリと固まる。極低温のユイゼンの術の影響を一切受けずに行動しながら、けれど彼はユイゼンのサポートに徹するA級テイカー。本来ならユイゼンなどよりも遥かに格下と言える魔術師の術からはなかなか抜け出せずにいた。


「【念力】。何度も捕まるところを見るに、私とは相性がよろしくないとか?」

「舐めるなよ」


 気を付けを強制された不自然な体勢のままティチャナは全身に力を込める。唯術なしでも彼の人ならざる特異な肉体はそれひとつで武器として成立する。異形の外見に恥じぬ人間のそれを大きく超えた腕力に膂力、身体能力。そこから更に魔力の運用によって限界値が大幅に引き上げられるのだからそのパワーは留まるところを知らない。


 そんな彼が全力を振り絞れば、力だけで術にも対抗でき得る。実際に自重以上の人でも物でも動かせられるコメリの【念力】はティチャナ一人に対し完全に力負けしており、ここまで何度か繰り返された光景そのままに彼女の拘束も内側から力場を引き裂かれるようにして無力化されてしまう。


 ──が、ここで重要なのはティチャナが誇る慮外の腕力ではなく。他者の術と同化できるはずの彼が腕力に頼らねば【念力】を突破できない、という点だった。ユイゼンとコメリは視線を交錯させ互いの意思を確認する。


 間違いないだろう。ユイゼンの術は通じないが、コメリの術は通じる。あえてティチャナが【念力】に対策を打たない理由もないからにはブラフという線もない。無敵では、ない。本当に無敵であれば今頃この勝負の趨勢はもっとあちら側へと傾いていたはずで、しかし無敵かにも思える能力を有しながらティチャナが攻めきれずにいるのは確実に、コメリの存在が大きい。


 と、いい加減に見抜かれただろうことを察してティチャナは内心で舌を打つ。


(術者にしか認識できないエネルギーの塊……か? それの形を自在に変えつつ操っている印象だな。……まさかこんなところで出会うとは)


 襲い来る氷で出来た獣──おそらくモチーフは狼なので氷狼とでも称すべきか──の群れが突き立てる牙を【同調】で無効化しつつ内部から破壊していく。どれだけ狼の数がいようとも既にシンクロを終わらせている以上は脅威にならないが、単純に視界を遮られるのが鬱陶しい。壊しておくに越したことはない。


 どんなに堅牢であろうが練度が高かろうが、ティチャナはその術自体と一体化できるのだから崩壊を誘発させるのはとても容易なことだ。異物と判別されない異物に内部から掻き乱されて無事でいられるものなどない。それは魔術とて同じ──否、精密なコントロールを要求される魔術だからこそ余計にどうにもならない。


 だが、と次々と手を変えて迫ってくる氷の術をいなしながら。今も虎視眈々と機を窺っている様子のコメリへの警戒を、ティチャナは忘れない。


 そう、ユイゼンが予想したように【同調】にも穴はある。なんでも無差別に一体化できるわけではなく、一度につき対象はひとつ。そして彼自身が認識できないものとはそもそも【同調】が機能しないという制約が課されている。


 これらは本来ならばティチャナの弱点とはなりえない。何故なら彼には優れた唯術のコントロール技術があり、たとえ複数の唯術に同時に襲われたとしてもシンクロ対象を素早く切り替えることでその全てに対応できるからだ。


 加えてティチャナが「認識できない」術などまずもって出くわさない。前述した通り彼には人の域を外れた身体機能があり、視力や聴力を含めた感覚器官も並のそれではない。そこに、これもまた一般的な魔術師の比ではない魔力的な感覚も合わさるのだからどれだけ静かな術だろうと高速の術だろうとティチャナがそれを見過ごすこと、まったく認識できないことなどそうそうはあり得ない。


 そのはずだったが──しかし何事にも例外というものはあって。


(よりにもよってそのタイプの術師。しかもS級のお付きがそうだとはつくづく私も運が悪いな)


 まさしくコメリの【念力】は【同調】の無敵を擦り抜ける、特効の相性を持つ唯術であった。彼女が操る力場らしきものは触れるまでも触れたあともまったくティチャナの知覚を揺らさない。何に捕まっているのかちっとも理解できないのだ。彼の認識が及ばぬ以上は【同調】で逃れることも乱すことも不可能。


 であるからには、ティチャナにできることはそう多くない。コメリが術を発動させる瞬間を見逃さず自力で回避する。それが間に合わなければ即座に強引に振りほどいての脱出を行なう。対応としてはこれくらいだろう。


 S級(ユイゼン)ほどの練度がないからか純粋な力のみで拘束を破れるのは僥倖。ただし、まったく感知ができないものを完璧に回避することの難しさで差し引きとしてはゼロといったところか。面倒だな、とティチャナは素直に思う。


 というのも彼が真に警戒しているのは単に【念力】が行動を邪魔するのみならず、そこから何かしら拘束対象に致命的な作用を及ぼすこと。それに付随して、拘束中にユイゼンが──S級ともなれば高確率で隠しているであろう──奥の手を切ってこないか、という懸念であった。


 例えばその奥の手自体が通常の術と同様に【同調】で問題なく無力化できるものであったとしても、自棄を起こして本館の建物全体が氷で覆われでもしたらなのだ。それによってテイカー側の残存勢力も把握できぬままに襲撃を終えざるを得なくなればイオの意向に沿わぬ結果となってしまうし、それを抜きにしても自らの生存が著しく怪しくなる。


 唯術【同調】にはそれを発動させるまでのルールに加えて発動後にもいくつかの細かい制約を抱えている。それは例えば同化したものに「全身で」潜っている間は視界が遮られることであったり、移動速度が制限されることであったり──息ができなくなることであったり。そういった枷はどうしても発生する。


 これらも普通はティチャナの弱点足り得ない。視界の有無や呼吸の不可が問題になるほど長時間の全身同化をしなければならない事態など……それを強制される場面など滅多にあるものではないのだ。しかしてコメリが例外であるように、ユイゼンもまた数少ないその例外。万が一にも味方や建物への被害を度外視して彼女が自分以外の何物も凍らせ尽くすようなことがあれば、落ちた移動速度でその範囲外まで生きて出られるかはティチャナをしても賭けの部類となる。


 そしてユイゼンおそらくそういった芸当が当たり前に可能な術師。局所的な吹雪を起こすという器用な攻め方を前にティチャナはそれを確信する。


(術の火力(殺意)は充分、それでいて恐ろしいまでに芸達者。S級の面目躍如だな……が、こういう工夫で攻めてくる間は何も──なに?)


 自棄さえ起こされなければユイゼンは無視していい。やはり最優先に狙うべきはコメリであり、そのためにはこちらも攻め方を考える必要がある。という算段を無に帰させる異変が突如としてティチャナを襲った。



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