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83.裏切

 構えを取ること。これはライオットの本気を示している。


 彼の唯術【離合】に構えなど本来は不要。ノーモーションかつ魔力操作も限りなく静かに行える各術の発動こそが戦闘における彼最大の持ち味と言ってもいい。


 が、それはそれとして。


 肉体的な反応の速度に関してはそれを左右する適した体勢というものがある。また動作の起こりを意識付けることで魔力の起こりを見逃させたり誤認させたりする、敵もまた一角以上の強者でなければ通じない──というかそれを察せられない相手にはそもそも無意味な──ブラフのかけ方もある。


 そういった諸々を踏まえて、数多のテクニックを活用する意思がある。という意味で接敵にあって「構えを取る」のはライオットが()()()()、つまりは一方的な殺害ではない正しくの勝負に挑むことの表れであった。


 刃物の扱いに長けた者だけが放つ気配、俗に剣気と呼ばれる特有の殺意。冷ややかで硬質な、まさに一振りの剣の如きそれをひしひしと肌に感じながらも彼に恐れはなく、また我を忘れるほどの興奮もない。


 熱く、それでいて冷涼に。一目で強敵と理解できる格好の「獲物」を前にライオットは無我の心境に突入しようとしていた──が。


「ちょいと待った」


 ふと途切れた殺気。そして掌を向けて制止をかけるリグレの急な気のない態度に毒気を抜かれてしまった。


「……なに?」

「や、こっちから言っといてなんだけども。おじさんけっこー無茶な移動の仕方をしてきたところでねぇ。やー、これは頼るようなもんじゃないな。オルネイくんが普段どれだけ丁寧に運んでくれているのかよくわかった。彼の補助なしじゃもうふらふらだ」

「あぁ、空間酔いってこと。わかるよ、俺も仲間に雑に運ばれるとふらつくことがあるから。まあまあキツイよなぁ、あのなんとも言えない感覚」

「わかってくれるかい。なら話も早い、この酔いが醒めるまでちょっと休憩時間をくれないか」


 その様子だと君も万全の俺と戦りたいんだろう、と。人の良さそうな表情でそう提案したリグレに、ライオットも人当たりの良い顔をして「いいとも」と快く了承を返した。ただし。


「でもそっちは本当にそれでいいのかな? 必ずしも時間が協会側の味方ってわけじゃあないと思うけどね」

「…………どうも、そのようだね」


 足の下から伝わってくる膨大な魔力の蠢動。S級テイカーであるリグレの魔力感知の範囲は広く、屋上からでも協会本部で何が起きているのかを大方察することができた。


 ライオットの挑発めいた言葉通り、今まさに被害は加速度的に広がって言っているらしい。となれば彼ものんびりとはしていられない。酔い醒ましをしたかったのは半分以上本音であったが、あわよくば自分のような本部へ駆けつける増援の到着を待ちたいという気持ちもあるにはあった。が、それは悪手のようだ。


 S級である自分が敵一人に長らくかかずらっている場合ではないだろう。そう判断したリグレは前言の撤回として刀を抜いた。


「!」

「特権に大いに甘えている自覚もある。ま、だからこそ。こういう事態ときにはちゃんとS級らしい仕事をしなきゃならんだろうねぇ。というわけで重ね重ね申し訳ないが、早速戦るとしようか」


 ライオットも再び構えを取る──その目付きには先以上の張り詰めたものがあった。いつ抜いたのか、見えなかったのだ。いくら気を削がれて戦闘モードから外れていたとはいえ、不意に仕掛けられても対応できるようにと油断はしていなかった。だというのにライオットには、リグレがいつ刀の柄を掴んで鞘から解き放ったのかまるでわからなかった。


 ──やはりS級、ちょっとのミスが命取りになる相手。リグレもまたエイデン・ギルフォードと並び称されるに相応しい実力者であるとその一挙にて認め、ライオットのボルテージが一段階上がる。


「ところで聞いておきたいんだが……なんだってこんな何もない場所にいたんだい。まさかいつ来るかもわからない増援を潰すためだけにここへ釘付け、ってわけでもないんだろう。君ほどの戦力をそんな使い方で遊ばせるのは勿体なさすぎる」

「はは、嬉しい評価だね。でもお生憎、そのまさかさ。増援潰しのために俺はここにいたんだ。何せ他のS級はもう下の奴らに取られちゃってるからさ。ここで待ってれば強いのが来る。なんとなくそう感じたから待ってた──そしたらドンピシャってわけ」

「そうかい……俺の到来を予期したと。君には恐ろしい勘の冴えがあるようだ。こりゃあ、難儀な戦いになりそうだねぇ」


 苦笑めいた笑い方をしながらリグレが踏み出す。ゆらりと揺れる独特な歩法は彼の正しい速度と距離間を見る者に掴ませない。ライオットがハッとした瞬間にはもう刃が眼前にまで迫ってきていた。


「──さすが」

「ぉお? 随分と速いな、君」


 予め用意していた引に即興の引を掛け合わせての重引。ライオットが誇る最速の移動法を用いて致死の刃は回避された。後方へ下がったライオットと、振り抜いたはずの刀をいつの間にか引き戻しているリグレは互いに思惑を巡らせて視線を交わす。


(エイデンと同じで斥壁だけじゃ防ぎ切れる気がしない。拡充の備えをしていなかったら下手したら今のでお陀仏だったな……でも引×引の発動が間に合ったってことはエイデンの最高速ほどじゃない。速いんじゃなく早いんだ、このおっさん。それはそれでやりづらくもあるけど──)

(おいおい、感触としては完全にったつもりだったんだが。今の移動を連発されちゃ完全に捉えるのはちと骨だなぁ。これは、いきなりタマを狙うんじゃなく地道に削いでいかなきゃならんかね。となるとまずは手足のどこかをぶった斬りたいところだが……ううむ)


 まあ、なんとかなるか。


 同じ結論に達した両者は、同じタイミングで動き出した。



◇◇◇



 協会本部本館の玄関口は、通じるエントランスがそうであるように、大勢の人間が行き交うことを見越して広く造られている。それは玄関口を目の前にする本館前の大階段と広場も同様であり。


 そんな場所で彼は、玄関口の正面からはやや外れた一角の木立に身を潜めていた。


「今し方中に入ってった氷の竜……ありゃ間違いなくあの婆さんだな。おお、おっかねえ。うっかりと身を出していたらめんどくせえことになってたかもな」


 隠れていたのは正解だった、と男は自身の判断に笑みを作る。


 もしも怪しまれて戦闘にでもなっては事だ。まだそのときだとは思っていないし、何より今の彼は決して反故にはできないお願いという名の命令を下されている身でもある。他一切を置いて優先されるのはそちらであり、他のことに構ってはいられない。S級のユイゼンをやり過ごせたのは幸運と喜んでいいだろう。


「さて、そろそろだとは思うが──っと」


 噂をすれば、というやつか。彼が隠れる木立のすぐ前に突然姿を現した二名を確かめて口を閉ざす。脇目も振らずに玄関口を目指そうとする二人の、標的たる側の背中を見つめながら男も静かに動き出す。枝葉を揺らすことなく、また気配も漏らさずに木立から出た男はそこで地を蹴り、魔力を解放。


 片割れの方は異変を察知し臨戦態勢で振り向きながら飛び退いたが、男が狙った方は気付くのが少しばかり遅かった。異常を察した時にはもうその後頭部に拳が埋め込まれており、抗う間もなく絶命。どしゃりとその場に崩れ落ちた。


「な──何をしてるんですっ、ハワードさん!」


 良い反応で飛び退いた方が泡を食って訊ねてくる。それに対しハワードと呼ばれた男はニタニタと品のない笑みを向けた。


「来ると思ってたぜ、ゼネベン。特A級の最強様よ。なんたってお前んとこの支部にはこいつがいるんだからなぁ、そりゃいの一番に駆け付けるってもんだ」


 ハワードが手にかけた彼は、オルネイ以外で唯一の『他人を飛ばせる』空間系唯術の使い手。ただし飛ばすには本人も同行する必要があり、また自分以外には一人までしか運べない制約があるために転移の有用性ではオルネイの【標点】に遥かに劣る……とはいえそれは比べる相手が間違っているというもの。


 彼もまた協会が重宝する要員であるのは間違いないく、故にこそハワードは転移スポットとしてよく用いられるこの一角で張り込んでいたのだ。


 貴重な移動用の人材を、確実に始末するために。


「任務達成で一安心ってところだ。協会から下りた任務じゃあねーがな」

「……!」


 その物言いで、これが襲撃犯の一味に頼まれての暴挙であるとゼネベンは理解する。


 確かに連中にとっていち早く増援を送れる者、つまりは補給線を断つことは重要だろう。本部以外にも数いる実力者──手前味噌ながらに自身も含めた特A級が集うことは彼らにとって芳しくないことであるために、その時間が引き延ばされるとなれば大助かりに違いない。


 が、それは襲撃する側の理屈。何故それにテイカーであるハワードが……それも本部所属のベテラン現場員であり、自分と同じく特A級の等級を持つ彼が手を貸すのか。そこの理屈が繋がらずゼネベンは困惑する。


 精神に作用する唯術か何かでマインドコントロールでも受けて、本人が望まないことをやらされているのか。一瞬はそう考えたものの、しかしそれは否定される。


 そういった術で操られている者は目が虚ろであったり喋ることができなかったり、何かしら特有の症状が出るものだ。けれどもハワードはそうではない。視線は定まり口調は安定し、どこからどう見ても。凶行に走ったこと以外はいつも通りの彼でしかない。


 ということは。


「ハワードさん、あなたはまさか……協会を裏切ったんですか!」

「そうさなぁ、そうなるか。俺にとっちゃ『裏切った』っつー感覚じゃないんだが、お前からすりゃそう感じるだろうよ」

「世迷言を!」


 ずん、とゼネベンの周囲が歪む。その範囲内にいるハワードは途端に体が重くなった──【加重】。ありとあらゆる物体の持つ重量を引き上げる唯術。基本設定デフォルトでその影響を受けないのはただ一人、術者たるゼネベンのみ。彼と戦うのならば誰しもが「いつも通り」には動けない、単純ながらに強力な能力だ。


「おぉおぉ、これが最もS級に近いと言われる男の術。さすがに大したもんだ、立ってるのも面倒なくらいだぜ」

「……!」


 口ではそう嘯きながらもハワードは屈しない。余裕とも取れる薄ら笑いを浮かべたまま平気の平左で立っている。どころか、術の効力を味わうように両腕を広げてまでいる始末だ。


 ゼネベンは唯術を最大出力で用いている。現在ハワードには重力が十倍近くにまで跳ね上がったように感じられているはずだ。彼の身長や体格からして体重がおおよそ八十から九十とすれば、体感は八百から九百キロ。魔力で身体強化を施したとしてもとてもではないが追いつけやしない、普段通りには決して動けない……いや、十倍の重力下だろうと動ける者は動けることをゼネベンは知っている。


 例えばS級の面々といった規格外の者たち。例えば唯術による重量の影響からの脱却。必ずしも自身の【加重】の枷が絶対ではないことを、若くして特A級に至った才者であるゼネベンはよく理解している。


 だから不思議なのだ。


 ハワードはS級ほどの理不尽な強さも、【加重】に特効を示す唯術も持っていない。そんな彼がどうしてこうも平気でいられるのか。まるで姿形だけ同じの別人にでもなっているかのような奇妙な違和感に、眉をひそめざるを得ない。


「俺の唯術は知ってるよな?」

「……ええ、大先輩ですから」


 不意の質問にゼネベンは思わず素直に答えた。


 齢四十にもなるハワードは決して平均寿命が長いとは言えないテイカー界隈において、その特A級の肩書きもあってあらゆる意味で皆の手本となる存在だ。ゼネベンが協会入りした時点で既に「特A級最強」と呼ばれて活躍していたまさに大先輩。本部時代にはそれなりに会話もしたもので、彼の能力についても当然に存じている。


「【放電】。S級のギルフォードさんに代表される電撃系の唯術ですよね」


 いつ電撃が襲ってきてもおかしくない。ハワード本人が重力で動きが制限されている様子のないことに加えてその用心もあるために、ゼネベンは容易には仕掛けられない。が、彼の警戒を知ってから知らずかハワードは攻める気配もなく鷹揚に頷いて言った。


「そうとも。あの(・・)エイデン・ギルフォードに代表される、奴と『同系統の唯術』だ。ったく、やってられねえよな」


 そして足を踏み出す。張り詰めて身構えるゼネベンとは対照的に、ごく気軽に、まるで敵が目に入っていないかのような自然体の歩調でハワードは距離を詰める。


「むしゃくしゃするぜ。何もかもぶっ壊してやりたいくらいによ」



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