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81.陥落

 おおよそ十分ほどをかけて【業炎】同士による火力の受け渡しは完了した。それは言わばアイアスが拡充で撃ち出す魔力譲渡弾と同種の、他者と他者の魔力を結合させる魔力増幅ブースト。ただし他人へ自らの魔力を無理矢理に定着させるアイアスのそれとは違い、イリネロとダンネロは血の繋がりを持つ実姉妹であり、唯術まで同様のものを有している。「ライン」の形成は譲渡弾よりも緩やかながらに堅固、そして負担がない。


 妹が初めて唯術を使用したその日から密かな予感と共に行ってきた練習の成果を遺憾なく発揮し、ダンネロは今自身が持ち得る全てをイリネロへと差し出した。


 結果向こう数日から数週間、下手をすれば数ヵ月。ダンネロは魔力を練ることすらできなくなったが、なんてことはない。どのみち任務への復帰は目途すら立っておらず、しばらくは慎重に体を動かすリハビリの日々が待っている。その期間中に魔力を必要とするわけもなく、今日この瞬間にイリネロへ渡すのは適材適所の配剤と言えた。


「仲間のため、協会のために戦うこと。そして死なないこと。いいわね?」


 寝起きには無茶だったのだろう。顔色を悪くさせながらも辛そうな様子は見せず、あくまで姉らしい目で見つめてくるダンネロに、イリネロも彼女の妹としてしかと頷いた。


「必ず。姉さんから託されたもの、無駄にはしない。約束する」


 姉が満足そうにしたのを見届けてからイリネロは部屋を出た。彼女を扉の前で待っていたマーゴットは、話すべきことを話し終えたとイリネロの顔付きを見ただけで理解したのだろう。何も聞かずに一礼だけして入れ替わりに部屋の中へ入っていった。


 マーゴットが診てくれるなら安心だ。まだ治療が途中のままで放置されているアイアスには少々申し訳なくも思うが、イリネロとしては姉を優先してもらえて嬉しい気持ちもある。……魔力を明け渡した反動がどのような形で出るのか気にならないと言えば嘘になる。が、それを確認している暇はない。イリネロは足を急がせた。


「良いタイミングですね」


 グリンズたちのいる部屋へ戻ったイリネロへ、オルネイがそんなことを言った。見れば彼の手には例の──唯術【標点】の補助具である──棒手裏剣。そして傍らには戦闘準備を終えた様子のモニカとアイナ。室内にガントレットとミーディアの姿はなく、手筈通りに先んじて二人は本部へと「飛んだ」のだろう。


「お二人とも戻った・・・のですか?」


 大方を察して訊ねれば、「うむ」とそれに答えたのはグリンズだった。


「ちょうど送らせるところだった。君はどうするね、イリネロ君」

「同行します。私も準備は終えましたので」


 そう返したモニカから濃密な魔力の気配が漏れ出る。その様にグリンズたちは先ほどマーゴットに呼ばれて出ていったイリネロと今の彼女がまったくの別人であると感じた。


 何があってのことかは知らずとも、しかし大いに頼りになる。明らかに魔力の総量が増しながらも不安定さの欠片もなく、むしろ大樹の如き地に足着いた確かな重心を備えたその「力強さ」にグリンズは大きく首肯した。


「よろしい。ではオルネイ君、頼む」

「畏まりました。次は私も向こうで少し動くつもりです」

「ああ、マーゴット君にも言っておこう」


 小さく頭を下げたオルネイはイリネロへ傍へ来るように言う。その通りに彼女がモニカとアイナの間に立った途端に棒手裏剣が──オルネイの手先が、【標点】によって遠距離地点へ通路を繋げる際特有の光を放つ。そして四名の姿は立ちどころに消え去り、室内にはグリンズだけが残された。


「……どうか、頼む。今度こそフロントラインを」


 重苦しく言葉を紡いだグリンズはため息をひとつ零し、部屋を出ていった。



◇◇◇



「──っ、なんだ!?」


 異常事態の発生。激しい振動がなくとも彼にとってその知覚は容易だった。何せ突如として術が「食い破られた」のだからそれに気付かない方がどうかしている。


 やおら立ち上がった彼は、けれど何が起きているのかを理解しながらも信じられない思いでいた。


「魔石結界が破られただと……こんなことが」


 あるはずがない。と口にしようとしたが、実際にそうなっているのだから言ったところで虚しいだけだ。現実を見るべく頭を振った彼は、今一度「壁」の有無を確かめる。


 彼の名はロコンド。【遮断】という自らが認めたモノ以外の全てを通さない唯術を持つ()()テイカーである。


 彼は天才的な技術で自身の唯術と、大昔に数人がかりで構築された大魔術である協会本部の守護の要たる魔石結界とを融和させ、『害意ある者』に加えて物理的・魔力的な破壊力を有する全存在が「壁」に触れる度に検知、解析、必要とあらば排斥が行えるように進化させた。


 仮に魔石結界が破られたとしても、ロコンドという第二の壁がそれを為した悪しき者の侵入と企てを阻む。彼というテイカーの誕生以降協会の防壁はより完璧になったのだ。これは現在の上座にとって、自分たちの代で栄えある協会の機能の一部を先進化アップデートできたという点で非常に喜ばしいことだった。


 構築当時から現時点まで一度も破られていないそれの信頼性を疑うような前提が協会内にあったのは、無論のこと魔石での防御を破るには魔石を用いればいいという秘中の弱点も──フロントラインがそれらしい怪しい動きを見せる前から──上座とその直下を含めた上層部がしかと認識していたからだ。


 絶対の魔石結界にある唯一と言っていい懸念点。それがロコンド健在の内はカバーされているのだから発案した上座の鼻は高々であった。


 というのに、だ。


(やはり間違いない。結界だけではない、結界へ煉り合せた私の障壁までもが破られている……!)


 術のリンクを確かめ終えてロコンドは焦りの見られる所作で足を動かす。普段はこの本部においても限られた者しか知らない奥まった部屋にて瞑想をしながら結界の維持のみに専念している彼だが、もはやそれどころではない。いや、その意味がないと言うべきか。


 彼の焦燥の由来は魔石結界が破綻したことだけではなく、そういった事態への備えとして構えられた自身の「壁」すら同時に力を失ったことだ。あり得ない最悪・・が二重に起きている。なんとかせねば、と鳴り始めた警報アラームを聞くともなく耳にしつつ部屋を出ようと足を更に早めたその時。


「何……っ?」


 最悪は三重にまで重なった。


「『聞いた通り』。ここにいたな、専守のS級よ」


 扉を開けることなく擦り抜けるようにして入ってきたのは、異形。まだら模様の入った長い髪をたなびかせ、黒い瞳を持つ、青い肌の男。おおよそどこを取っても人間のそれではない特徴を兼ね備えたそいつが……今、なんと言ったか。ロコンドはいよいよ混迷の極みへと誘われた。


(聞いた通り、だと? 私という裏の守りの要を務める者の存在と所在を、何者かから聞き出したということか──いったい誰から)


 ロコンドはたったひとつ、本部の守護を専任とする唯一のS級。他のS級が戦闘力に重きを置かれて選ばれているのに対し彼だけはそうじゃない。ロコンドへの評価は【遮断】の性能が全て。当然、彼という「もう一個の要」の内実は知る者が少なければ少ないほどその強味を輝かせる。結界さえどうにかすればいい、と誤解した敵の思惑を狂わせることができるからだ。


 なのでS級の一人が守護任務に掛かり切りになっていると存じているのはテイカーの中でも一定以上の地位を持つ者だけであり、具体的にどのような手法で守りについているのかを把握しているのは特A級以上の現場員と高官と称される事務員のトップクラス、あとは協会の最高峰たる上座のみだ。


 ……つまり、この異形の男がロコンドの情報を「聞いた」というのならこの内のいずれかの者から、ということになる。


 ──こちらを混乱させるためのブラフの可能性はあるか? 否、結界が破られてからここに来るまでがあまりに早過ぎる。これは自分の居場所も含めた本部の構造を知っていなければ実現できない移動の仕方だ。


「っ、誰を毒牙にかけた! フロントライン!」


 魔石結界の存続が危ぶまれる。とは彼も聞き及んでいる。フロントラインというアンダー組織がその下手人であることも。上座の危惧が現実のものとなり、こうして襲撃が明らかとなった。であれば目の前の──まるで魔物めいた異様を持つ──男はフロントラインの構成員、ないしはその傘下の者に違いない。


 そう理解してロコンドは男と自分の間に壁を張った。向こう側がクリアに透けて見えるその壁越しに、青い肌の男はふんと面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


「フロントライン、か。あえて詳しくも語るまい。そんなことをしたって無駄でしかないからな……一応の確認だ。【遮断】の使い手であるロコンド・ミリオネン本人で間違いないな?」


 よく似た術を使う別人じゃあないだろうな、と。あたかも人の免許証を眺めて質問する治安維持局(この世界における警察の役割を果たしている組織だ)の人間のような本人確認を行ないながら、異形の男は歩き出す。


 すぐそこにはロコンドの張った壁があり、行き当たれば彼に進む道はない。そんなことはわかっているだろうに、そしてまさか透明だからと言って壁が作られたことに気付いていないわけもないだろうに、しかし男は意に介した様子もなく。まるで知ったことかと言わんばかりに堂々を歩みを進めて──。


「悪いな、S級。私にこの手の類いの術はまったくの無力だよ」

「!!」


 またしても男は「擦り抜けた」。如何なる物も者もその侵入を阻むはずのロコンドの【遮断】の壁を、無いもののようにスルーした。


 馬鹿な、とロコンドは愕然とする。自身の障壁からなんの違和感も伝わってこないのが、男の言葉が純然たる事実であることを示していた。


「【同調】。私はあらゆる物体・事象とシンクロする。先ほどここの扉を擦り抜けたのもそういう訳だ。私にとってただの扉もお前の【遮断】も大差なく、『無い』も同然。ということだ」

「ふざけ、ッがぁ!?」


 即座に張り直し、それも男を囲うように数を増やした障壁もまるで意味を為さず、男の手が伸びてロコンドの首を鷲掴み持ち上げた。男の上背は高い。掲げられたロコンドの足はまったく床に届かず、ならばと魔力を込めた蹴りで男の胴体を打ち据えるが、それすら男は意に介さない。


「哀れ。守り専門だけあってこうなってしまえばもはやS級とは呼べんな」


 ゴキリと鈍い音が鳴る。男の手の内から生じたそれは、ロコンドの命が終わる音だった。肢体の伸びた体を放る。物言わぬ躯となって転がった彼をなんの感情もない目で一瞥してから、男は踵を返した。


「つまらんことをさせる……だが万が一にも結界の再展開などされては事だからな」


 イオの指示は的確だ。的確に、協会を追い詰める。


 もしもロコンドが自身の障壁のみならず魔石結界までも張り直す技量を持っていたなら、時間を与えるのはマズい。それが成功した場合、既に入り込んでいる自分たちがどうなるか知れたものではないからだ。


 内部にいるのだから「身内」としてカウントされて何も起こらない。これは良い。内部にいようと厳格に審査されて「部外者」として弾かれる。これは良くない。対魔石結界弾は既に使用した一発のみであり二発目の用意はないからだ。再展開された結界を破壊するには手間がかかる──協会に打つ手を考える期間ができることもそうだが、何より()()()()を食らっては自分たちが我慢できない。


 そういった諸々の不安を解消するためにも、魔石結界と切っても切れない関係にあるロコンド・ミリオネンの排除は最優先の課題であり、それを誰よりも容易に成し遂げられる彼──ティチャナがその任に就くのは至極真っ当。と、わかっていてもここまでやり甲斐がないのでは不満のひとつも口をついて出るというもの。


 予想外にロコンドが【遮断】を欠いても手強く、血沸き肉躍るような戦いを演じられる男だったならば。そう思わずにはいられない。なんと言ってもこの後の任務もまた面白みのない「作業」に他ならないために。


「む……?」


 部屋を出ようとしところで、建物が揺れた。どこかで大きな戦闘が起こっているらしい。仲間の一人であるダルムが有象無象を相手にここまでのことをするとは──ないとは言えないが、まあ、よほどに雑魚の数が多過ぎて面倒にでもならない限りはしないはずなので。であるなら現在、彼は強敵と見えていると判断すべきだろう。


 ダルムが強敵と見做すほどの相手。となるとそれは高確率でS級。それも特殊な能力故にその等級を与えられたのではない、本物の強さを持ったS級だ。


「羨ましいな。まったく」


 再び鼻を鳴らしたティチャナは、入ってきた時と同様に扉を利用することなく壁の一箇所からするりと出ていった。もう彼の頭の中には自ら屠った雑魚テイカーのことなど残っていなかった。



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