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77.ユイゼン

「メリオス支部長は配慮として今しばらくこのことを黙しているつもりだったようです。こうしてお教えしたのは私の独断によるものなので、悪しからず」


 シスにも負けないくらい淡々とした口調でそう言った彼女に、僕は頷く。


「……はい、ありがとうございます。今知れて良かったと、思います」


 本心だ。もしもこのことを知らぬままフロントラインと……ライオットと戦っていたらと思うとゾッとする。もちろん敵討ちじゃなくたって止めるつもりでいる。勝つつもりではいる。だがどんなつもりで奴を倒すにしたって──自らの手で仕留めるにしたって。あの二人の仇だと認識しないままに、というのは真っ平ごめん被る。


 殺るのならその罪もぶつけたい。

 罪に対する、罰として奴を制したい。


《罪には正しい罰を、ですか。それはあなた自身こそが欲し求めている世の正しさですね》


 ああ、その通りだ。それこそが正しさだと思うし、理想だと思っている。だからこそ僕はライネとして生きている。責任と贖罪が原動力であり、そしてこの手前勝手な理想を他人に対しても。他の悪人に対しても押し付けるつもりでいる。


 もしもその行為そのものが正しくなかったとしても、これだけは押し通す。僕が僕として生きる上で絶対に曲げられない道理だ。


「復讐しますか?」

「良くない、と言いますか? そのために戦うのは」

「一般的な尺度でそれに色を付けることは不可能でしょう。良し悪しなど所詮は個々人のエゴ。ですので、あくまでも私個人としての意見として……強く推奨・・します。復讐の権利は傷付けられた者にすべからく与えられるべきであり、徹底したその行使にこそ悲劇の連鎖を断ち切る術がある。そう考えていますので」

「…………」


 普通ならこういう時って、自分さえ我慢すればそこで悲劇は終わる。みたいなことを言って復讐を止めようとするものではなかろうか。しかしこれは良し悪しがハッキリとしている勧善懲悪の物語に親しみ過ぎているが故の……それを好み過ぎているが故の甘い考え方なのか。


 なんとも言えなくなってしまった僕に、コメリはそこで初めて笑みを見せた。それは卵の殻に入った罅のような、どこか不安定さと危うさを感じさせる微笑みだった。


「止まらぬも良し、止まるならそれも良し。許さないことと許すこと、どちらがより『気持ちいい』か。魔術師は感情の生き物、迷うなら心の声に従うべきです。それが最も後悔のない選択に繋がるはずですから」


 彼女はまさしくその通りに生きてきたのだろう。それがよくわかる、魔術師の先輩としての堂々たるアドバイスだった。


  己の心の声に従う。コメリは簡単に言うが、実行は簡単じゃない。そう生きると決めることにすらかなりの覚悟がいるはずだ。それを彼女は気負わず背負わず自然体でやっている。そうでなければ初対面の後輩へ世間話の一環のような気軽さで同じやり方を勧めることなんてすまい。


 やはり只者ではない。一癖あるテイカーという職種の中でも、例えるならミーディアやアイナのような特大の癖を持っている側の人間。コメリに対する認識をそう深めながら、僕は再度「ありがとうございます」とお礼を言った。


「止まるつもりはありません。自分を突き動かすのが本当に心からの声なのか、その先に気持ちの良さはあるのか。それはよくわからない、というのが本音ですけど……だとしてもやることに変わりはない。これは僕がやらなきゃならないことなんです」

「そうですか。なら、果たせるといいですね。あなたの望む決着を」


「あたしゃ反対だがね。そういう動機モチベーションはやがてテイカーを腐らせるもんだ」


「!」


 突然響いた第三者の声。それが聞こえた方へ体ごと目を向ければ、そこには柵を乗り越えてくる一人の老婆がいた。よっこいせ、とこちら側へ降り立つ彼女の挙動に僕は呆気に取られる。ここは屋上で、柵の向こう側には何もない。つまりこの老婆は来られるはずもないところからやってきたことになる。


「ああ、驚かせてすまないね。中から来るより壁を登った方がずっと早いもんだからつい横着しちまったよ」

「人目についていたらメリオス支部長がまた胃を痛めますね」

「かっか。まあ急かしたのはあっちなんだ、大目に見てもらわにゃ」


 コメリはこの人と既知の間柄であるらしい。いきなりの登場を果たした謎の人物がどうやら敵ではないとわかって僕としては一安心だ。警戒と唯術の準備を解く。つまりはきっと、この老婆──いやさお婆さんこそがメリオスの言っていた「会わせたい何者か」その人なのだろう。


「非番なんだが要請を受けておっとり刀で駆け付けてやったよ。あたしゃユイゼン。S級テイカーだ。よろしく」

「あ、僕はC級のライネです。よろしくおね…………え?」


 名乗り返して頭を下げようとして、僕は違和感に言葉を詰まらせる。こ、この人いまなんと言った?


「聞き間違いじゃあないですよ。この御方ユイゼン・ロスフェウは本部に籍を置くS級の現場員。押しも押されもせぬ協会最高戦力のお一人です」

「仰々しい紹介はやめとくれ、コメリ。位こそS級のままだが半引退済みの隠居人さぁね。あんたもそこらの婆さんだと思ってなるだけ気安く接しておくれ」


《ですって。できますか? 年長者かつS級のテイカーを相手に気安く接することが》


 無理だ。たった五人しかいない最強の一角。不意の登場ということもあって僕は恐縮しきりだった──何故って、おそらく(というかほぼ間違いなく)魔力を用いて支部の壁を登ってきたであろうこの人の接近の気配を僕はまるで感じ取れなかった。声が発せられるまでちっともこの場にもう一人いるなんて察せられなかったのだ……そしてシスからの事前の知らせがなかったということは、僕だけでなく彼女もまた。


《ええ、感知できませんでしたね。魔力操作の静けさがライオット並ですよ。流石にS級だけのことはある》


 ……それはつまりライオットもS級に並ぶだけの技量があることの証明でもあるのだが、他に適切な比較対象も思い浮かばないので仕方ない。悔しいが、ライオットは今までに僕が見た誰よりも強い。ミーディアよりも、まだ本気を見たことのないガントレットよりも、助っ人に来てくれた特A級のコンビよりも、だ。何度となく手合わせをしたことで僕はそれを確信していた。ライオットに勝てるのはきっとテイカーの中でもS級ぐらいだ。それ以外にいるとすれば──。


 唯一、彼との戦闘経験に豊富である僕だけだろう。


《条件付きとはいえそこで自分を挙げられるのなら、何かと悲観的なあなたとしては上々ですね》


 うん、自分でもそう思うよ……っと、思考が別の方向に飛んでしまっていた。今はライオットなんかのことを考えるのではなく、目の前にいるS級から話を聞かなくては。


「本部所属のユイゼンさんがどうしてシオルタにいらっしゃるんですか?」


 まさかメリオスから呼び出されて大都からここまでこの短時間で駆け付けた、なんてことはないだろうが、ユイゼンの唯術によってはそれも絶対に「ない」こととは言い切れない。


 本部が厄種とでも言うべき情報を持ち込んだ僕の身柄を確保する目的で──無論、その真意は保護ではなく本部の人員が直接確認を取って裏付けを行なうためだ──S級を投入してきた可能性もあるにはある。しかしだとしてもそこで最高戦力を動かすだろうか、という疑問は強い。


 仮にそれだけ上層部がこの件を重要視しているのだとしてもいきなりS級を差し向けるのはいくらなんでも反応が過剰に思える。それはメリオスが本部の危機を伝えたという前提があるだけに尚更だ。


 諸々の不可解さに対する答えを聞くべくユイゼンの返事を待てば、彼女は口の端を歪ませるように笑った。


「半引退の身だと言ったろう? 籍だけは本部のままだがシオルタに腰を落ち着けてもうすぐ十年になる。ここはあたしの出身地でもあるんでね、余生くらいは思い出の地でのんびり過ごしたいってわけさ」


 聞けばシオルタに戻ってきてからは任務もまともに受けていないという。一応、シオルタの新人に薫陶を授けるという名目で相談役のようなポジションにはいるらしいが、これはS級でなければ許されない待遇だろう。と言ってもユイゼンが我儘に振る舞っているのではなく、年齢も年齢なのでテイカー資格を返上したく希望している彼女を「S級を失ってはならじ」と無理を言って本部が引き留めているというのだから、良い扱いを受けているというよりも体の良い扱いを受けさせられている、とでも言うべきみたいだ。


「まだまだお元気そうですからね、ユイゼンS級。協会が手放さないのも判断として納得はできますよ」

「九十五にもなって魔物やアンダーの狩りなんて勘弁だよ。動けているってだけで年寄りらしくしっかりとあっちこっちガタは来てんだから」


 九十五歳! 誕生日も近いとのことなので実質的にあと四年で百歳だ。そ、そんな年齢にはとても見えない。しゃんと伸びた背筋、鋭さと穏やかさを合わせ持つ眼光、肌にだって若さの名残りが残っている。……どんなに上を想定しても精々が六十代だぞ、ユイゼンの外見は。


《魔力、それ即ち生命力の一環。つまり魔術師とは非魔術師に比べて生命力に満たされた者とも言えるわけですから、その優れた使い手ほど若さを保てるのも道理というものです。S級ともなれば三十くらいは造作もなく歳を誤魔化せるようですねぇ。逆に言えば、S級ほどの魔術師であっても寄る年波に完全には抗えないということでもありますが》


 それはまあ、そうだろう。いくら生命力がふんだんだからっていつまでもまったく歳を取らないなんてあり得るはずもない。そのレベルで若さを保つには、どれだけ熟練の魔術師だろうとそういった唯術でもない限りは実現できっこない。


 ……そう言えば死んでも生き返るという【回生】の持ち主であるミーディアは、どうなのだろう? 彼女が戦闘なりなんなりでその命を落として蘇った際、肉体年齢はどこから数えられるのか。死ぬ直前から再スタートするのか、それとももっと以前のどこかの段階から再スタートするのか。感覚としては前者なような気もするが、一旦は途切れた命が再び時を刻み出すというのだから如何様な想像もできる。


《ミーディアの寿命の多寡、あるいはその増減についてですか。なるほど。それはあなた自身も「再びの生」を受けている転生者であるが故の()()()観点かもしれませんね。私も興味がなくはないので議論を深めたいところではありますが、ライネ。また思考が明後日の方へ飛びかけていますよ》


 おっと、いけない。どうも【同調】による卒倒から目覚めて以降の僕は魔力や唯術への理解度だけでなく思考力も増しており、その分だけ考えが飛躍しやすくてどうにも散文的になっている気がする。注意してくれたシスに感謝の念を向けつつ、続くユイゼンの言葉に耳を傾ける。


「あたしが休日返上ですっ飛んできたのは緊急事態だからさ。メリオスから聞いたよ。本当なんだろうね? 今にも本部の魔石結界が破られるかもしれないってのは」

「はい、誓って本当です。敵は──フロントラインとそれに協力している勢力は、魔石結界だけでなく本部に詰めている戦力。S級も含めたそれらの全てをどうにかできると豪語していました」

「勝てる、ってわけかい。そのつもりになっているだけかも知らんが、なれるだけの何かしら根拠を持っていると見るべきなんだろうね。……ふん、珍しくメリオスの催促に聞く意味もあったってもんだ」


 今すぐ向かうよ、とユイゼンは言った。思わず目をしばたいた僕に、彼女はいくらか丁寧に説明してくれた。


「本部はあんたと、万が一のための追加の戦力を御所望だ。大都に比較的近い支部からも今頃は応援が出ているんじゃないかい? シオルタ(ここ)は遠いが、ま、あんたを送るついでにS級としての義務を久々に果たすのも悪かない」

「つまり、ユイゼンさんが一緒に向かってくれる……場合によっては一緒に戦ってくれるってことですか?」

「そういうこった。言うまでもなくあたしとコメリはあんたの護衛役も兼ねている。本部に着く前に攫われでもしたら上座もお手上げだろうからね」


 何がおかしいのくつくつと喉奥で笑いながらユイゼンはコメリへと視線をやり、「やれるね」と言った。それにコメリは平静に首肯する。


「上まででいいんですよね?」

「ああ、人香結界の高度上限いっぱいまでだ。そこからはあたしが担当するよ」

「最初からユイゼンS級でいいのでは、と思わなくもないですが」

「馬鹿言うんじゃないよ、どれだけ神経使うと思ってんだい。年寄りにはなるべく楽をさせるもんだ」

「りょーかいです。それでは……ライネ、なるべく気を楽にして体から力を抜いてくださいね」

「え?」

「運びます」


 どういうことか、と訊ね返す暇もなく──僕の体がふわりと浮き上がった。



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