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74.画策

「で、あとの一人はどこに?」

「ああ、トリータなら……ちょっとした野暮用で別行動中だ。大したことじゃないから気にすんなよ。それよりほら、お前さんも早いとこダルムたちに合流して暴れてきてくれよ。こっちは天才様を戦力として大いに見込んでんだぜ?」


 はぐらかしつつのお為ごかしに、ライオットはふんと鼻を鳴らしてイオに向けていた視線を上げる。彼が見やるは大都、その中心部からやや外れた位置に居を構えるテイカー協会本部。魔石結界の崩壊と襲撃者の到来。本部設立以来一度としてなかった未曽有の事態にそこは今まさに鉄火場と化しているはずだ。この場所からではいくら視力を魔力で強化しようともその現場を望むことはできないが、意識を集中すればライオットの優れた感覚器官は第六感が受け取る「それ」も鮮明に知らせてくれる。


 ピリピリとしたこの感覚は間違いなく、遥か視界の先で巻き起こっている嵐が原因だ。


「時機が読める、ね。結果的に支障もなく計画ど真ん中で進んでるっていうなら馬鹿にできたものでもないね。君の勘も。それとも……は君の唯術が関係してたりするのかな?」

「詮索には早いだろ? 気も、それこそ時機もな。お楽しみ(エクストラ)は本編のクリアまで取っとけよ」

「──ハッ」


 小馬鹿にするようにライオットが笑ったのはまさにその意味も多分に含まれてはいたが、それ以上に、イヤになるほど自身と少女の気が合うことを再確認したせいでもあった。


(ホント、君のことも残念だよ)


 彼女が「こちら側」であってくれたらどんなに良かっただろう。そうなっていたならライネと同様にイオもまた、ライオットにとって掛け替えのない一人になってくれていたに違いない。あの子といいこの子といい、ままならないものだ。


 欲せども敵。自らの野望ユメを邪魔する存在とあっては潰す以外に選択肢はなし。それはライネやイオからしても同意見だろう。


 この二人は自分と特別な縁を持ちたいなどとは思っていないのだろうが、とライオットは内心で苦笑をして。


「じゃ、行こっかな。S級を全部取られでもしたら癪だし」

「ははっ、そう思うんなら急ぎな。あの二人もS級を狩りたがってたからよ。特にダルムの張り切りようったらお前にも劣らないぜ」

「やっぱりか。見るからに戦闘狂って感じだもんな、あいつ」

「お前が言うかぁ?」


 実際のところライオットは『彼ら』の一味とまともに会話を交わしたことがない。交渉も折衝もまとめて接触段階から全てリーダーであるイオが取り仕切っており、それはフロントライン側も同じだ。やり取りをするのは双方の代表である二人だけ。その薄い繋がり方が如何にもふたつの集団の在り方を示していた。


 揶揄うような目を向けてくる少女にちらりとだけ目線を返しつつもライオットはそれ以上の返事をせず、唯術を発動。そうして地平線の果てへと消えていった。おー、とその移動速度にイオは感心する。


「障害物があってもはえーけど。なければマジで反則級だなあいつ。……いいねぇ」


 さてと、とのっそりと立ち上がる。皆を見送った彼女にはやるべきことがあった。魔石結界の破壊という最初で最後の使命を果たした、この発射台の破棄である。ティチャナに任せようかとも思った立つ鳥跡を濁さずのお掃除ではあるが、勝手に持ち場を離れたライオットが戻ってきた際に出迎えを行なうのは自分が良かろう(というか他の面子には穏便な会話が無理だろう)と判断して、リーダー自らが進んで雑用を引き受けた形だ。とはいえ仲間たちやライオットのようにいの一番に協会本部へ攻め込むことを決して花形とは考えていないイオなので、特段に不満があるわけでもない。


「俺は戦闘狂じゃあないんでね、っと」


 鼻歌混じりに【同調】を発動する。S級の実力に彼女自身興味がなくはなかったし、戦って直に感じてみるのも悪くはなかったろう。けれどもそれは彼女の目的から言って余計なことに他ならない。自分が矢面に立たないまま事が進むのならそれが一番だ。


 魔石から作られた発射台へと手を翳し、同期を確認してから触れる。すると彼女の右手はずぶりと発射台に突き刺さった……否、潜り込んだ。それはまるで彼女と発射台が一体化しているような光景だった。とある理由から魔石とは特に【同調】のシンクロ率が高いイオからすればなんということはない作業だったが、もしもこの場面を協会員やそれに連なる者──「統一機構」と呼ばれる政府筋や警察と同様の働きをする組織の「治安維持局」の職員──が目撃していたなら目も口も皿のように真ん丸に見開いて驚きを露わとしていただろう。


 協会外の者が、魔石を加工できる。それも協会が囲う職人たちのそれよりも遥かに手頃かつ融通の利く技術で、となれば驚くことしかできないのも当然だ。このことは協会が持つ絶対の優位性を覆す、彼らからすれば最悪の事実なのだから。


「ほい、やり捨てかんりょー」


 砲台らしい原型を失ってぐずぐずの粘土のように変わった発射台。サイズも縮小し、人を撃ち出せそうなほど大きかったものが今やイオの掌に収まっている。彼女はそれを握り潰した。砕けて地に落ちた破片たちは独りでに崩れていき、砂粒よりも小さくなって風に流れていった。長く持つ耐久性で知られる魔石もその内部にある力を失えばこんなものだ。テイカー協会が魔鋼製の武具・防具の増産、魔石結界の月単位の新調を欠かさないのもそれが理由である。


 対結界用に精製された発射台なのでどうせ他に使い道もないが、放っておいていつか他の誰かに利用されるのも馬鹿らしい。そういった事態を防ぐと同時に証拠隠滅も兼ねた食事としてイオは僅かに残された力……魔物の生命力(魔力)由来のエネルギーを【同調】を介してその身に取り込んだのだ。


「搾りかすでも粗末にはできねーもんなぁ」


 いよいよテイカー協会との正面切っての抗争が始まった、という計画の最高潮クライマックスを迎えてもイオは冷静だった。浮足立つ感情を楽しみつつも思考はあくまで先を見据えている。ここで予定通りに協会を盤上から退かせられるなら良し。だがもしも予想以上に協会が粘って撤退を余儀なくされたり仲間を失うようなことになるなら、動き方を変える必要がある。またアンダー組織を手助けしつつ利用するという手を繰り返すわけにもいかない──同じやり方が通用するかどうか以前にそれではイオ自身が──ので、別方向からのアプローチを行なわなくては。


「どちらに転ぶにせよ……ライオットだけは確実に、だな」


 ある意味では協会の転覆以上にイオが拘るべきはそこだった。そこさえどうにかなれば、たとえ今日という日の結末が敗走に終わろうとも「勝ち」だ。そのためにはタイミングを逃さないことが絶対である……が、そちらの心配もイオはしていない。何せ自分にはそれを逃さないための力だってあるのだから。


「これこそ万全ってやつだ」


 軽く伸びをして、指をほぐして、何度か膝も曲げて。全身の調子を確かめてから間違いなくの「絶好調」の判定を下した彼女は、ニッと人好きのする良い笑顔になった。


「んじゃ、俺も行きますか。こそこそっとな」


 文字通りの一足飛びで現場へ急行したライオットとは違い、イオは徒歩で向かう。それもぶらりと散歩でもしようかというような非常にのんびりとした足取りでだ。このくらいでちょうどいい、とイオにはわかっている。だから急がないし、焦らない。じっくりと事の進みを見届ける──自身が直接介入するとすればそれは、どのような結末であれこの騒ぎが収まるそのとき。最後の最後であるべきだ。


「さーて。協会もライオットも期待通りに頑張ってくれるかどうか」



◇◇◇



 大胆不敵というか考えなしというか。それとも灯台下暗しに習った彼らなりの策なのか、フロントラインが使用している秘密基地(?)がある場所はテイカー協会の支部が設置されている割かし大きな街の片隅だった。


 ライオットはこんなところで堂々と僕を連れたまま唯術で移動していたのか……いやまあ、あれだけの速さだと仮にテイカーが進路上の空を見上げていたとしてもまず目には留まらないだろうし、奴は魔力操作も恐ろしく静かなのでそこから露見する心配もほぼない。絶対にない、とは言い切れなくても彼本人からすれば考慮すべきリスクに当たらなかったのだろうとは想像もつく。それにしたって思い切りが良すぎるとは思うが。


 なんにせよトモミアのような支部のない街じゃなかったのは僥倖だ。地下施設から脱出し、入り組んだ細い路地をシスにも誘導してもらって人通りの多い方へと抜けて、目についた人に街の名と支部の存在を確認する。イオが言っていた通りにここはシオルタ。そしてこれまた幸いなことに協会支部の中でもここに建っているのは規模感の大きなものらしい。


 再開拓のために人材の集められているルズリフよりはA級などの人数では劣るかもしれないが、他所の街以上にテイカーが揃っていてその活動が活発であるようだ、と住民の話を聞いてシスがそう言った。


 つまり頼れる人がたくさんいる、ってことだよね?


《だけでなく本部にも繋がりやすいかと。ですが喜んでばかりもいられません、先を急ぎましょう。いつあのメグティナという少女に捕捉されるか知れたものではありませんから》


 結局、用心とは裏腹に罠らしい罠もなく無事に地下施設から抜け出せた僕だったが、そのことはおそらくバレていると考えるべきである、らしい。シスの目から見てもメグティナという少女は感度の高い優れた魔術師だったようなので、彼女が施したあの空間縛り。僕を拘束するための術が破られたことはとうに伝わっているだろうとのことだった。


 距離が意味を為さないという点で言えばメグティナはライオット以上だ。今にも例の門が開き、メグティナ本人もしくはライオットがぬっと姿を現しても不思議ではない。そう思えば確かに支部がすぐ傍にあると浮かれてばかりもいられない。その僅かな距離が命取りになってしまわぬように一刻も早くそこへ辿り着かなくては。


 雑踏の中でどうしても人目には付くが、僕は最大限に魔力で身体強化を行なって走る。魔物が不意に街中に出現したり──人香結界と巡回しているテイカーなどでそういった事態は往々にして未然に防がれるものだが──非協会員である魔術師アンダーが暴れているなどの緊急時を除き、市井には魔術を用いている様を晒さないことがテイカーの基本だと教わったものの、今はそんな基本を忠実に守っている場合ではない。時に壁や電柱も足場にしてメインストリートを駆け抜け、聞いた道順通りにいくつか角を曲がれば……あった。


 特徴的なマークを掲げた事務所のような建物。ルズリフのそれよりいくらか背が高くて立派に見えるそこを目指して僕はラストスパートをかける。邪魔になる人混みもないためにほぼほぼ今出せる最高速を出せたが、そのスピードは自分でも驚くものだった。感覚を掴むためにいくらか自発的に抑えていたリント戦では確認できなかった、現時点の僕の瞬発力。魔力の操作技術も含めたそれは相当な域に達している──。


「ちょ、ちょいちょい! 君! なーにやってんだい!」

「えっ?」


 走る、というより跳んで路地を移動し支部の前に着地したところに、ちょうど建物から出てきた一人のテイカーに慌てた様子で声をかけられた。テイカーにしては珍しく恰幅のいい──少なくとも僕の知っているテイカーは現場員・事務員を問わず皆スマートかがっしりした筋肉質な体型をしている──中年男性が顎下の肉を揺らしながら駆け寄ってくる。そして周囲のことを気にしてだろう、ひそひそ声で「人前でそんなことをしちゃあダメじゃないか! 目立ったら目立っただけ協会が苦労するんだから!」と注意をしてきた。


「す、すみません。でも急いでいるんです。罰は後でいくらでも受けますから、ここの職員さんと話をさせてください。できれば支部長さんがいいんですが」

「支部長と話だって?」


 この男性がここの支部所属かもわからないためにひとまずは取り次いでもらえないかと期待を込めてお願いしてみたのだが、少々直球かつ無遠慮だったかもしれない。僕の言葉にむしろ冷静になったらしい彼の目には、はっきりと訝しむ色があった。


「君、シオルタ支部の子じゃないだろう? テイカー資格は持っているのかな」

「もちろんです。照会していただければすぐにわかります。僕の名はライネ、ルズリフ支部所属のC級現場員です」


 信じてもらえるようになるべく堂々と、胸を張って僕はそう名乗った。



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