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73.進展

「ライオット」

「メグ。二人は?」


 激闘を制し降り立った場所へ、どこかから戦いの様子を眺めていたのだろうメグティナが姿を現した。かなり雑だが応急手当が済まされているその恰好を見て彼女と、それから彼女より傷が深くないギドウスは無事らしいとライオットは知った。そこで生存しているかどうか怪しかったバーツとミュウミュウの容態についてを端的に訊ねたわけだが、返ってきた答えもまた端的だった。


 小さく首が横に振られる。


「そうか。──他のテイカーもいたろ?」

「撤退を選んだみたい。空間の歪と一緒に気配を感じ取れなくなった……でも」

「そう見せかけて背中を討とうとしているかもしれない、か。あり得るね。ギドはいつものとこかい?」


 それにも首が振られる。


「悪い知らせ。ライネが消えた。そして多分、リントは死んでる」

「…………」


 リントが自ら動かない限りライネの拘束は解けなかった。そういう風に空間を縛ったとメグティナが太鼓判を押したからにはその強度には信頼が置ける。だというのにおそらくは交戦の結果リントが敗北し、ライネが逃げ出したとなれば、口車に乗せられたかもしくは最初からそのつもりでいたのか……とにかくリントの側から仕掛けたことはほぼ確定だ。


「経緯はどうあれ、残念だ。わかり合えると思ったんだけどな」

「……私もギドウスのいる予備の方へ行く。ライオットは?」

「ほっぽり出した向こうを手伝いに行ってくるよ。魔石ちょーだい」

「ん」


 用意された全てではないが回収の済んでいるいくつかの魔石が入った麻袋がライオットへと手渡される。そのしっかりとした重みに彼は軽く笑った。


「こちらも被害甚大だ。せめて報酬は貰ってかなきゃな」


 罠として仕込まれたこれらがあれば砲弾は完成する。そして今頃は発射台も設置が終わっているだろう──つまり「その時」が来たということだ。


「ライネが逃げてるってことは、リントから聞いた計画をそのまま協会へ伝えていると思っておいて間違いないだろうね。じゃあ時間との勝負になるな」


 じっと見つめてくるメグティナの目に呆れの感情が多分に含まれていることに気付きながらも、ライオットは空とぼけて言葉を続ける。


「メグは一人で帰れるね? じゃあ俺は『彼ら』と協力して協会本部を終わらせてくるよ。大丈夫、三人の死は無駄にしない。必ずやり遂げるさ」


 ライネのことは本当に残念だし、結果的に彼に対するやったことの全てが裏目に出た形だが……そのせいで命を落としたようなものであるリントには悪く思うが、それならそれでもいい。ライネは普通ではない。イオと名乗るあの人外・・と同様に、ただの人間とは言えない「何か」を抱えている。しばらく共に過ごす内に推量でしかなかったそれは確信に変わり、だからこそ身の内に置いておきたかったし、できれば味方になってほしかった。


 それは未知数の脅威となり得る者への対処というだけでなく、単純にライオット自身がライネを、眩いばかりの原石をいたく気に入ったからでもある。是非、仲間になりたかった。鞍替えの期待度は低くないとも思っていた。しかし予想は外れ、ライネは仲間を手にかけて出奔した。敵対の道を選んだのだ。


「本当に残念だよ」


 選択こそ期待とは違ったがけれど、ここからの彼の行動は確定している。既に連絡を終えているかどうか……動きが早ければ今頃はなんらかの手段で本部へと向かっているかもしれない。ならば、ともすれば。戦場で彼と対峙する可能性もあるか。できればその際には真意を聞いておきたいものだ。どうしてライネがテイカー協会にそこまで肩入れするのか、何故その暗部を知ってなお立場を変えようとしないのか。ライオットには本気でその訳がわからない──だから彼の口から直接聞き出したい。


「ま、ついでだけどね」


 メグティナに手を振る。「武運を」と短く告げた彼女が開いた門の向こうへと消えたのを見届けて、ライオットはふわりと浮かび上がった。そして自らの足の下、そこに飛び散っている真っ赤な血肉を眺めてひとつ思う。


(手強かったな、S級。策が嵌らなかったらこうなっていたのは俺の方だ)


 間違いなく過去最強の敵だった。治癒によって大小の区別なく傷を治し終えてもいるライオットは、結果的には多少の魔力を消耗しただけで──彼は唯術においても治癒においても他の魔術師を圧倒する燃費の良さを発揮する──ダメージらしいダメージを負っていないことになるが、何かが少しでも変わっていたら勝負の結末は引っ繰り返っていただろう。エイデンはそれだけの実力者であった。


 ──あと四人。事前調査(と言えば聞こえはいいがイオがペラペラと語った確度の怪しい情報である)が正しいならば、S級テイカーはエイデン以外に四人いるはずだ。その全員がエイデン並の強者だとすれば一対一や二対一くらいならともかく、仮に一斉にかかってこられる状況となればさしものライオットも生き延びられる気がしなかった。


 ただし、そういう状況にはそもそもなりっこない。これもまた計画におけるイオからの前置きだった。具体的に『彼ら』が協会本部に対してどんな手立てを用意しているのか聞いているわけではないが、少なくとも彼の目から見てイオには確然とした勝算があるように思えた。もたらした情報にも、おそらく虚偽や誤認の類いはないのだろう。『彼ら』を信用していないライオットですらもそう信じられるだけの根拠が、イオの瞳には確かにあった。


「行きますか」


 射程限界の座標へと引き寄せる力の引を置き、自らにも引を施す。次の瞬間ライオットは遥か彼方までの移動を終えていた。そしてすかさず再びの引×引。これを繰り返すことで彼は長距離の高速移動を可能とする。彼が遠点で術を作用させられるのは「自身が認識・把握できている空間内」に限定されるが、拡充の引×引に限りそれが「目の届く範囲」へと広がる。同じく拡充された術である斥×斥に関しては引き離す力の相互作用という特性上、一方の作用を遠点で発動させても特に意味がない。が、相互作用の旨味を無視していいなら単純に射程の伸びた斥として用いられるために決して無用というわけでもない。


 引と斥と拡充、それぞれの組み合わせ。全てがライオットの強みであり、敵対者にとって厄介極まりない代物だ。それを力業で突破したエイデンは敗北こそしたもののS級の名に恥じぬ快挙を成し遂げたと言えるだろう……しかし裏を返せば、S級テイカーほどの魔術師であっても【離合】の術理そのものは攻略できなかったということもである。


 決して無敵ではない。今し方苦戦させられたように彼を苦しめられる実力者は存在する。だが、どちらがより最強の称号を持つに相応しいか。その格付けは済んだ。自称「S級最強」よりも自称「無類の天才」が強かった。それだけは証明されている。


 つまるところテイカー協会は今、過去最大の窮地にいる。フロントラインなる組織がどれだけの規模でどんな術師を擁していようともエイデンならば確実にその尽くを滅ぼせる。と信じて送り出した最強の駒が落とされたのだから──それを落とした張本人の牙がまさに協会の総本山へと向けられようとしているのだから、事態は限りなくマズい方向へと急進している。


「ライネの報告は間に合うかな?」


 連続の高速移動でぐんぐんと目的地へ迫りながらライオットは小さく笑う。間に合わずに始まるなら予定通り。しかし始まる前に本部がそれを察知して動き出したとしても、どうとでもなる。むしろそちらの方が協会の「予想外の挙動」という忌むべきものがなくなってやりやすい。とはこれもまた、秘匿主義の協会内部の事情について何故かやたらと詳しいイオの言だ。


 ライネが脱走した今、それがふかし(・・・)なのかどうかもハッキリするだろう。いや、誓ってそんなことのために万が一にも逃げ出す可能性のある彼へ計画を漏らしたわけではないが……頭のどこかに「そうなっても面白いな」という考えがなかったとは自分でも言い切れないのがライオットのライオットたる所以だった。


 などと散文的に物を考えている間に、目的地だ。大都を覆う人香結界の縁からおおよ一般的な都市二個分──これは大都周辺の栄えた街を基準としてのものだ──離れた場所にある丘陵、その中で最も高地である小高いひとつの丘の上。そこを目当てに高度五百メートルほどの上空から一気に下降しながら、ライオットは眉をひそめた。


「おっ。戻ってきたか。なげートイレだったな」

「……他の三人は?」


 着地したライオットへ気さくに声をかける少女──純白の肌に純白の瞳孔を覆う真っ黒な瞳、そして唇の合間から覗く鋭いキバ。人とは思えぬ特徴を持つイオだが、フランクな彼女とは反対に、ライオットの方は軽口にも応じず本来ならここにいるはずの者たち。イオ同様に人らしからぬ見た目をした「残りの面子」の姿が見えないことに疑問を呈した。その問いへ少女はあっけらかんと答える。


「ダルムとティチャナならお前を待たずに行っちまったぜ。既に本部で大暴れしてんじゃねーかな」

「は? 撃ち込む前に?」

「いや、もう撃った(・・・・・)

「…………」


 閉口したライオットは、メグティナより受け取った魔石入りの麻袋を地べたに座り込んでいるイオの目前へと放った。彼女の横には地噛の魔石を土台として作り上げられた攻城兵器を思わせる巨大な発射台が鎮座している。それと麻袋を交互に指差してライオットは言った。


「どういうことか説明もらえる? 発射台それは出来たけど砲弾用の魔石がもっと必要だって話だったよね」


 そう聞かされたからあからさまな罠にもフロントラインは飛び込んでいったのだ。なのに、回収を待たずして不完全な砲弾を協会本部へ撃ったとなれば「話が違う」どころの騒ぎではない。事と次第によっては……と剣呑な雰囲気を募らせる彼に、イオはそれに気付いているのかいないのかからからと笑って。


「だって持ってくんのがおせーんだもんよ。言ったろ? 俺には然るべき時機ってもんがわかるんだ。大人しく回収を待って弾を万全にするよりも今撃っちまったほうが良い。そう勘が囁くもんだからその通りにしただけさ」

「これだけ手間をかけた計画の成否を左右させるとは大した勘だね。仮にタイミングとしてはそれで良くても本部の魔石結界が破れなかったらなんの意味もない。不完全な弾で博打するならそもそも回収の必要だってなかったろうに」

「おいおい、曲解してくれるなよライオット。万全じゃないとは言ったが不完全だとは言ってないぜ? 追加の回収分がなくても砲弾はちゃんと仕上がっていた。だけどその出来を疑ったのは他でもねー最前線域おまえらだろ。だから一抹の不安もねーようにと120パーの完成度にしてやろうとしたんじゃねえか」


 優しさだぜ? と嘯きながらウインクまでかますイオへ、見下ろすライオットの眼差しは冷たかった。


追加それのために仲間が死んでんだよ、こっちは」

「はっは! 勘弁しろよ笑かすなって。しくじった奴がいるのを俺のせいにすんのは女々しすぎんぜ。何よりお前、仲間が死んだからって目くじら立てたり弔い合戦するようなキャラしてねーだろ」

「……ま、そうなんだけどね」


 ダインを始めとした雑用係の有象無象たち。フロントラインの一員ではありながらも最初から使い捨てるために集めただけの彼らとは違って、バーツ、ミュウミュウ、リントの三人は──唯術の性能や術師としての将来性も込みで──本当の意味での得難い仲間としてライオットも大切にしていた。その死には彼だって心が痛まないわけではないし、エイデンを仕留めたことで直接の仇討ちは済んでいるとはいえ、そういった理屈にそぐわない感情……つまりは未だに収まらない腹立ちだってあるにはある。


 だが、それはそれとして。


 怒りだとか恨みだとか、そういったものを晴らすために戦う。これはライオットの望むところではなかった。後ろ向きの目的ではどうにもモチベーションになってくれないのだ。


 イオの言う通りそれはライオットという人間のキャラではないのだろう。道半ばに死した仲間の無念を汲みつつも、しかし動機の部分はあくまでも今を、そしてこれからを生きる「生きづらい者たち」のため。何よりも自分のためにこそ彼は戦いたい。そうするのが最も己の強さを引き出すことに繋がると、よくわかってもいるために。


「……ふう」


 ライオットは醸し出していた不穏な空気を霧散させた。


 なんであれ、この場でイオと戦り合うわけにもいかないのだ。まずは確実に協会を機能不全に陥らせる。そこから、協会と紐づいている統一機構も転覆させ、社会のルールを逆転させる。イオやその仲間──この戦いの後に彼らが生き残っていればだが──との関係性に始末をつけるのは、その後でいい。



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