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72.終幕

「もらい過ぎたな、アンダー! 身の守りだけに集中してりゃあもう少し戦えもしただろうによぉ! キツいだろ? キツいよなぁ! だったらそろそろ終いにしてやるぜ!」


 一瞬の間。ここまでほんのひと時たりとも動きを止めなかったエイデンが僅かな静止を見せ、それに嫌な予感を覚えたのだろう。ライオットが距離を取るべく体勢を変えようとした、その動き出しの瞬間にはもう眼前にエイデンが迫っていた。


「!」

「くたばりやがれッ!!」


 ──壁を、完全にぶっ壊す。この一撃で以って趨勢ではなく勝敗を決定付けてやる。


 意志を、敵対者への絶対の殺意を乗せて。「一定時間以上の過剰雷纏の継続」によって可能となる最大以上の出力を無理矢理に引き起こすという荒業をエイデンは披露。それで得られる突撃速度はここに至るまでに見せた雷速を越える速さ、それすらも置き去りにするもので。当然に威力も更に上だ。


 そもそも過剰雷纏とは文字通りに過剰な電力を身に纏う技。何を以って過剰とするか、その基準となるのは【雷撃】が生む通常の電気量──エイデン本人に負担がなく、魔力消費のバランスからしても最も継戦能力を期待できる量──であり、負担を度外視した発電の限界値。それを常に引き出し続けて、荒く使い続ける。過剰供給と過剰消費を両立させることで常ならば頂点となるはずの位置を越えた状態を維持する。暴走と言っても過言ではない、アンバランスとアンバランスを掛け合わせることで逆に安定させるこの手法は、言うまでもなく深い谷の上で行う綱渡りだ。


 これが成り立つのはエイデンが生来に「潤沢な魔力総量」と「唯術との高い親和性」を持つが故。そしてそれ以上に彼の闘争本能に支えられるところが大きい。僅かにでも供給か消費のどちらかが遅れればその時点で術は途切れ、エンストめいた唯術自体の急制動がかかる。魔力切れによる供給の途切れでも同様だ。それらのリスクを無視したとしても行き過ぎた唯術の行使が与える負荷は甚大である。その苦痛すら出力の足しにできるエイデンという男の特異性が、極めて不安定な術を術として成立させていた。


 過剰雷纏による電気信号は肉体の枷を外し、彼の全能力を底上げする。速度や攻撃力だけでなく耐久性まで向上しているのはこのためだ。攻防移、穴なし。この状態が解けない限り全てが揃い尽くしている。まさに無敵であるとエイデンは自身をそう判じる。


 生む電撃こそ過剰であっても抱く自信だけは過剰ではない。実際に過剰雷纏へ打つ手を持たないライオットがそれを証明している。そして今、エイデンは限界をも超えたその上の値を叩き出している。攻撃の一瞬だけ過剰雷纏を引き出すテクニックを過剰雷纏を継続させている状態で行う理論値の掛け合わせ。普通ならば誰しもが実行不可能と断ずるであろうそれを可能にしてしまうからこそ彼はエイデン・ギルフォード。単純な戦闘力なら他のS級に勝ると目される最強の称号に相応しい男──が繰り出す最強の一撃は。


「ヒャハ!」


 ライオットの胸を、そこにある心臓を穿った。


 クリーンヒット、どころではない。クリティカルヒットだ。最強の一撃がもう一方の最強を破り、どちらが真なる最強かの判定を下した。そう思える、そうとしか思えない光景だったが。


 致命傷を与えた。それは確かだというのに……得られた達成感を上回る「違和感」がエイデンに勝利を確信させない。


 いくら最高最速の一撃とはいえ、それが突き刺さるその瞬間に、ライオットが抵抗する様子を見せなかったこと。あまりに奇妙だ。知覚が追いつかなかった? いやそんなはずはない、反応はともかくとしてライオットには見えていた。肉体的な動作が間に合わずとも唯術を差し込むことはできたろうに、何故かそうしなかった。更に言えば先ほどまで存在していた壁。斥力による反発が今はまったく感じられなかった。壊して乗り越えたというよりも、最初から解かれていた。そうとしか思えない手応えだった。


 それらの不可解の意味するところはつまり。


「引斥混合──」


「ッ!!」


「──『発』」


 それは併用ではなく融合。ひとつの起点から相反するふたつの術を作用させる矛盾の顕現。でありながら拡充術ではないために引と斥の併用と同じくコンマ数秒という遅れもなく実行できる、【離合】本来の性能における秘奥にして最大の火力術。


 ライオットの必殺技・・・が炸裂した。


 あくまでもライオットが拡充術に拘り、その発動を狙っていたなら、悠々と回避が叶ったろう。エイデンの速度にはそれだけのものがある。が、速すぎる彼を捉えるべくしてあえて骨を断たせ、ここまで隠し通してきた混合術をこのタイミングで披露したライオットの──言うなればこの結果は、作戦勝ちだった。


「ガッ……ッはぁ!?」


 一時は形となった矛盾も、しかしてその本質を思い出したかのように即時の決壊を見せる。そこに生じた破壊力は単独の斥も、斥と引の併用も遥かに超越していた。先のライオットと立場が入れ替わり、知覚こそできても反応があと一歩間に合わなかったエイデンはそれを真正面から浴びてしまった。意趣返しの如く胸元で弾けた色のない爆発はしっかりと彼にダメージを届け、過剰雷纏が施す耐久を力で捻じ伏せられたことによって一気に負荷が許容限界を迎えた。


 それは、越えてはならない限界せん。踏み越えさせてはならなかった一線だ。そのために攻め手を譲らず拡充の暇を与えなかったというのに、ライオットはエイデンの想像を超えてきた──無敵を超えてきた。


 無敵などない(・・・・・・)。それを知りながら奥の手を切った自らを無敵と誇示するエイデンのスタンスは、彼が持つ矜持の表れ。たとえ手段として破る方法があったとしても実現できる者はいない、実現などさせない。故に自分は無敵にして最強であると、そう誇るに相応しかった彼は()()()()()


「はぁっ、はぁッ、はァ──クソったれ」


 供給と消費の負荷に外部からの負荷が重なり過剰雷纏が強制的に解除された。だがそれはただ強化が解かれただけを意味しない。エイデンの身に起きているのはそれだけではないのだ。


 無理な唯術の使い方をすればその後に反動として出力が落ちるのは当然のこと。意図的な暴走という自身の閾値をわざと見誤るその手法は唯術に強い反動をもたらす、だけでなく、本来なら影響を受けないはずの魔力出力にまで綻びを生む。更には電気信号の操作によって超雷速に合わせて動かしていた肉体にもそれまでの疲労が一気に現れ、つまりはエイデンの現状を一言で表すなら「ガタガタ」。とてもではないが戦えるコンディションではない……けれどもそれは彼がエイデン以外の者であればの話。


「やってくれたな。だが──」


 確かにパフォーマンスはがた落ちで、深刻なダメージも負った。だがしかし。ダメージの総量で言えば心臓を潰されたライオットの方が遥かに上。これだけの強者なのだから直ちに死することはないだろう。なんなら魔力で血の流出を塞き止めつつ全身に巡らせ、数分程度なら戦闘を続けられるかもしれない。だがどれだけライオットが優れた魔術師であろうともそこまでだ。


 心臓のないままいつまでも生きられはしない。そこに魔力と神経を使う分、そして激痛の分、戦闘能力も大幅に落ちる。これらは避けようのないことである。


 一方的な勝利を手にするはずが、思わぬ術と思い切りによって痛み分けになってしまった。だとしても、あとは蝋燭の消え際のように今出し得る全てを向けてくるであろうライオット最期の攻勢を乗り切るだけ。それさえ叶えば彼は死ぬ。やはり勝利は己が手の中にあるのだと、エイデンはそれを疑わず、だからこそボロボロの身体とは裏腹に精神は煌々と未だに闘争本能を燃やしており、真っ直ぐにライオットを見据えて──そして気付いた。


 敵の目もまた、死んでいないこと。


 それから。


「──効いたよ。確実に発を当てるために斥を解いて魔力防御だけにしてたんだけどさ。ちっとも足りてなかったな……ま、大きく仕掛けてきたらこっちも仕掛けようと思って待ち構えてたからには想定内。ていうか覚悟の上の被害なんだけど」


 それにしたって痛かったぜ、と。まるで胸を穿たれたのを過去・・の出来事のような口振りで流すライオットは、その態度の通り、そこに空いた大穴を修復しているところだった。傷が、塞がっていく。みるみると致命の痕がなかったことになっていく。それを目の当たりとしたエイデンは瞠目せざるを得ない。


「二重引や二重斥と違って発は持続しないし遠点への作用も利かない。ただし拡充じゃないから発動が早い。そこが今は何よりもメリットだったから、あとは射程の短さだけが課題だった。当てるにはどうしても君の方から深く踏み込んできてくれなきゃならないからね。トドメを意識しだすまで辛抱強く待った挙句に心臓まで潰されちゃって散々だ。けどまあ、その価値はあったね」


 ペラペラと回る口。そこから紡がれる言葉にエイデンの意識は向かない。彼の目と思考は今や完全に元通りとなったライオットの胸部に釘付けだ。──何が起きている? 答えは一目瞭然ながらに、脳が理解を拒む。だが、どんなに信じ難くともそれが現実であるなら認めねばならない。


 エイデンは掠れた声で言った。


「治癒術、なのか」

「ん? ああそうだよ。流石に本職みたいに他人までは癒せないけど、自己治癒ならこれくらいはできる。その驚き方からすると……君にはできないってわけだ」


 ニッ、とライオットの口角が上がる。寸分の狂いもないタイミングの見極め。超雷速で襲い来る敵を捉えるためにさしもの彼でも笑みを見せる余裕すらなく集中しきっていたこれまでとは異なり、その表情に緩やかさが戻った。それは形勢の逆転を告げるもの。柔らかに微笑むライオットとは反対に、先までは優勢に歯を剥いていたエイデンの顔はどこまでも硬い。


「馬鹿な、てめえ……そんなの」


 エイデンの戦闘者としての眼力は確かだ。ライオットが単に傷を塞いだだけでなく主要器官の再生をも終えていることは明白であった。明白が故に、いっそうに信じられない。


 魔力とは生命力の一環。それに優れている魔術師が常人より治癒力に秀でるのは道理であり、多分に漏れず……否、その代表例としてエイデンもまた回復は早い。だが、それはあくまで身体機能上の治癒力の話だ。彼はS級として自他ともに認められるトップオブトップの術師の一人だが、人体に空いた穴を立ちどころに塞ぐような真似はできない。ましてや心臓を欠いた状態でそれを完全再生させるなど専門職である治癒者であってもおいそれとは成し遂げられないことだ。


 できるわけがない、と。そう口にしかけたのを噤んだのは未だ折れないプライドのため。ただしエイデンにはもうわかっていた。なまじ敵の情報を見抜く目に優れているばかりにハッキリと判じられてしまう。これだけ大掛かりな再生をしていながら、常識であればそれだけで魔力切れに陥ってもおかしくないような所業を成し遂げていながら、ライオットから感じられる魔力。その出力にも推定の総量にも目減りがないという、絶望的な事実を見せつけられて。


「勝負あり。でしょ?」

「く、……くくくく」

「!」

「舐めんなよ。勝負はこっからだろうが」


 それでもエイデンは笑う。意気軒昂に構えを取る。中空に身を留めておくのも限度。やがて自分は地に落ちる──唯術の停滞を待たずして、この男に墜とされる。そう理解していながら、尚も彼は諦めない。観念の二文字など知らぬとばかりに勝利を欲して敵を見る。


「俺様は、S級だ。負けはねえ」

「ハ──お見事」


 バチリと紫電が蘇る。それは意地か奇跡か、あるいは両者が共に見た幻か。エイデンの全身に迸る小さな閃光の群れ。そして真っ直ぐに近づいてくる彼に、ライオットは滑らかな所作で腕を上げ、掌を向けた。疲労困憊の身でもエイデンは十二分に速い。が、言わずもがな超雷速のそれには程遠い。


 拡充のための時間は、十二分以上にあった。


「唯術拡充……重引×重斥」

「おぉおおおおお!!」


「『転』」


 ひどく渇いた音が鳴る。

 それが終幕の合図となった。



◇◇◇



 激震が走った。最強の駒同士の一騎打ち。力及ばずにただその結果を待つばかりでいたテイカーたちは、しかし誰もがエイデンの勝利を確信していた。彼が負けることなどあり得ないとその可能性を本気で考慮してはいなかった。だが、負けた。S級の称号を持つ最強のテイカーの一人が殺された。それだけフロントラインのリーダーは、ライオットなる男は度を超えた強さを持つ。その現実を突き付けれたからには、他に何ができようか。


「撤退しましょう」


 オルネイより放たれた言葉に、傍にいる全員が彼を見る。中でもミーディアの視線には強い意志が感じられるが、銘々がどういう考えを持っているにしろここは従ってもらう。そのつもりでオルネイは自身の武器にして補助具である魔鋼の棒手裏剣を掲げた。彼が持つそれはリィンリィンと独りでに震えて音色を奏でている。そのことを皆に確かめさせ、きっぱりと言い切る。


「これは支部から火急に伝えたいことがあるという合図です。もう一度言います、撤退です。……エイデン・ギルフォードを打ち破るような相手に私たちでは何もできません」


 無闇に散るよりも支部へ生きて帰り、他のことで役に立つべきだ。という主張はなんら間違っているものではなく。個々人の意向や思いはどうあれ、そこで反論は上がらなかった。




次回更新は2週間ほど後を予定しています

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