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71.攻防

 チチッ、と音は軽く。しかしそれが鳴る遥か前に通り過ぎたエイデンの勢いは雷よりも速い。自らが生み出した電撃と一身となることで彼はそれ単体以上の存在となっている。人が雷を纏っている、のではなく、人の形をした雷が魔力を纏っているような。例えるならそれが適切な表現となるだろう──無論のこと彼の唯術は「肉体を雷化させる」ものではないためにこれはあくまでもただの比喩でしかないが、けれどライオットにとってはどちらであっても同じことだった。


「はっ──はははははは!」


 すれ違いざまに叩きつけられた拳によって大きく軌道を逸らされた、その先に既にエイデンが脚を振り上げているのを見てライオットは腕を交差させる。衝撃。斥力と十字受け、そして魔力。どれひとつ取ってもライオットの防御は超一流。それらが組み合わさって完成される「壁」は難攻不落にして攻略不可能な代物……であるはずが、落ちてきた踵はその全てを突き破って熱と痺れをライオットの両腕の奥深くにまでもたらし、彼を下方へと追いやった。


(しっかり守ってもこれか! これが! テイカー最高峰の実力!!)


 引力で優しく体勢を整え、斥力で飛ぶ。ここで彼が引き寄せる力と引き寄せる力の掛け合わせ、つまりは引×引の自身最速となる移動法を実行しなかったのは、偏にその猶予がなかったからだ。


 引と斥の併用は別として、同一の術の併用は唯術の拡充によって為される。「唯術の拡充」とは、例に挙げてライネの氷蝕──本来は不要であるプロセスを追加・必須化することで強化された凍結だ──と比べるにその拡大版と言える。制約コードを差し込み、プログラミングを行なうが如くに「本来ならできないことをできるようにする」というのがその本質。であるが故に、術の一個にこれを実行したライネに対しライオットの引×引とは即ち、唯術全体に施した拡張・充溢を目指すプログラミングに他ならない。


 別の例を並べるならアイアスの【狙撃】の魔力譲渡弾がより近しい。これもまた元々に備わっていた性能わざを強化あるいは変化させたものではなく、【狙撃】の唯術には元来叶わなかった味方を対象とした援護射撃という新たな方向性を、特定行動や魔力操作の複雑化、術行使後のリスクの設定などの様々な制約を課すことでアイアスが自ら望み開拓させたものである。その概要だけで見るならライオットの同一術の併用もまったく等しい代物だと称せるだろう。


 しかしA級テイカーたるアイアスの魔術師としての力量が決して不確かなものではないことを前提の事実としつつも、これもまた絶対の事実として、彼では軽すぎる。ライオットの重量を計測するための天秤へ乗せる片割れとしてどうしようもなく不足していることは否めない。


 何が言いたいかといえばつまりは、理論で言えば同値と見做していいはずの唯術の拡充というひとつの現象において、けれどもふたつの事例が示す絶対値は天と地ほどにもその結果を乖離させている、ということだ。


「ヒャッハ、逃げるのがお上手だなぁ! 日陰者アンダーの面目躍如ってかぁ!?」


 引による姿勢制御と斥による緊急離脱。という苦し紛れ(・・・・)で今の自分の一撃から回避せしめた手腕をエイデンは口悪くも評価する。彼も気付いているのだ、引×引がライオットの唯術にとって特別な使用法であることを。故にこうして絶え間なく空を飛び回り、間断なく攻撃を浴びせ続ける戦法を採っている。


 備えに数秒という戦闘においては長すぎる時間を要するアイアスの譲渡弾と異なり、稀代の天才術師と評して相違ないライオットが拡充のために費やす時間はほんの一瞬だ。引や斥の単独使用と比しても大差ない速度で二重使用は成立する──が、そのコンマ数秒をライオットは惜しんでいる。雷速を越えて四方八方から攻め込んでくるエイデンの「一人飽和攻撃」に対応するにはたったそれだけの時間の確保もできない、ということ。


 成立さえしてしまえば引×引こそが最速であるが、しかし成立までも含めるなら引と斥を組み合わせて移動した方が早い。異なる力の併用という点で一見すれば引×引以上に精緻を求められるようにも思えるが、二者の両立は奥義に近しいものでありながらも【離合】本来の性能の内のことであり、その範囲内であるならまだ幼かった時分からとっくに習熟しきっているライオットからすれば右腕と左腕を同時に動かす程度の、なんてことのない難度に過ぎない。


 だが、その容易な術で敵の先手をいなすことに終始させられている現状とは、つまるところ。


「どーしたよフロントラインのリーダー君! 楽しいんだろぉ!? の割には随分と苦しそうじゃねーかッ!」


 また角度を変えて飛び込んできた鋭い足裏になんとか反応し、最大出力の斥を乗せた掌打をぶつけて弾く。そうだ、いなせてはいる。後手に回りつつも対応そのものは叶っている……しかし後手に回されている時点で非常にマズいことだ。


 魔術戦とは究極的に先手の押し付けこそが全て。最初の一撃で敵を沈黙させられたなら最善で、それが能わずとも沈黙するまで一方的に攻撃を続ける、これが次善。「何もさせないで勝つ」という戦闘の大原則にして訓示と言っていいその観点において、有利を取っているのはエイデンであった。


 互角だったはずの速度と攻撃回数に確かな差が生じている。対等の高みにいた二人が現在、上手と下手に別たれてしまっている。そしてエイデンがこれを維持したまま、ライオットが後手から抜け出すことを許さないままに勝ち切ろうとしているのは明白であった。


 無敵に思える唯術というのはままあるものだ。斥力によって攻撃を受け付けない【離合】もそのひとつ。しかしエイデンはそういった手合いにも攻撃を通す方法を心得ていた。それこそがキャパオーバーの誘発。原理は単純明快、ひたすらに攻め続けることで術理あるいは術師本体の処理能力の限界を超えさせ、無敵という名のまやかしのメッキを剥ぎ取る。それだけのことだ。


 だけ、とは言いつつも当然にこれは実行可能な者が極端に限られるやり方である。理論を暴力で黙らせるという乱暴に過ぎる解決策。それを事も無げに成してしまえるのはエイデンに破格の才があるからだ。その才能を遺憾なく発揮して彼はギドウスの【強靭】をたった一撃の元に貫いてみせたわけだが……しかし、そんなエイデンでさえもライオットを相手には全力にならねば無敵を破れなかった。


 と、理解したからこそ彼は奥の手たる過剰雷纏──意図的に引き起こす暴走という鬼札を切ったのだ。言い方を変えるなら「切らされた」。やむなくそうした、という意味では過剰雷纏にもアイアスの譲渡弾よろしくリスクが仕込まれている以上、この上ない自信家にして不遜家のエイデンであってもライオットの強さと才能に関してだけは高く認めねばならないだろう。


 だが。

 だがやはり、自分こそが最強だと戦局を見てエイデンはそう確信する。


 ひとたび全力を出してしまえば優劣ははっきりと付いた。自分が上で、ライオットが下だ。引も斥も厄介な術であることは確かだが、過剰雷纏を継続していればそのどちらもが大した脅威とはならない。ライオットが己に掛けようがこちらに掛けようが即応可能。この時点で勝敗は決したようなものだ。唯一そこに穴を穿てるとすれば引×引や斥×斥といったライオットの術の中でも一際に強力な代物を連発・・し形勢を最低でも五分に戻す、できれば引っ繰り返すこと。ライオットが打てる逆転の手立てはそれしかないはずだ。


 勿論エイデンはそれを許可しない。コンマ数秒で鎬を削り合っているからには彼とて解している。同術の重ね掛けがその他の術に比べ僅かながらにライオットの負担を増やしていること。発動までが刹那ほど長いことを、同じ時間間隔で戦えるエイデンが見逃すわけもない。その原因が拡充による制約かもしくは単に術の複雑さがもたらす処理時間の延長か、そこの区別まではつかないが。何はともあれそれはエイデンからすれば明白なまでの付け入る隙であり、が故に、突かない理由のないライオットの「弱点」であった。


 通常術よりも微かに成立が遅い。拡充術の取り扱いにおいて本来なら隙とも言えないような、弱点などと決して称せないような部分が、けれどもエイデンとライオットという絶対強者同士の激突においては隙となり弱点となり、趨勢を決しかねない致命的な不足となる。


(拡充してねえ術で俺様とここまでれてんのは見事と言ってやっていい。唯術の練度だけで言やぁてめーは俺様以上かもしれねえ……だとしても! 強ぇのはてめーじゃなく俺様ってこった!!)

(──と、思ってるんだろうな。表情からも魔力からも雄弁に伝わってくるよ)


 ひと息の間に百の攻防を交わす激しさのその裏で、ライオットは静かに勘案する。


 求むるに現在の問題点はふたつ。ひとつは前述の通りの速度差だ。これはただ運動の速さで上回られているというだけを意味せず、より細かな機敏さや仕掛けの手数等々といった言わば「戦闘の流れ」とでも言うべき目には見えないが当事者間には確かに感じられる、そこに存在するもの。それを決定付ける要素の諸々において先を行かれていることを指す。これを掌握しているのは瞭然にエイデンであり、であるから彼の既に勝利を手にしたような態度にも説得力が生まれる。


 そしてその説得力に尚の重みを持たせるのがふたつ目の問題点。


(かってーんだよな。意味わかんないくらい)


 ライオットも何もやられっぱなしというわけではない。バーツの【吶喊】がもたらす慮外の加速然り、唯術による高速移動を武器とする彼とて自らよりもそれを得意とする、つまり「自分より速い相手」と相対した経験だって少なからずある。無論のこと彼はその全てに勝利してきたからこそ今ここに一組織フロントラインの頭目として立っている。そんなライオットに言わせれば──稀代の天才を自称する魔術師に言わせれば、速いだけの敵などカモ(・・)だ。


 唯術の術理や魔力の隆起、術師の思考に嗜好、必ずある個人特有の呼吸。どれだけ速かろうがその速度を生み操るのが一人の人間である以上、先読みは容易い。幸いにしてライオットは術に優れているだけでなく生来に目も良ければ反射神経も鋭敏である。ある程度敵の速度感に慣れた上で読んだ先へ偏差射撃の如くに術を置いておけば撃ち落とせる。そのやり方でどうにかできなかったことはない。今日の今日まで、今の今まではそうやって勝利を欲しいままにしてきた。


 なのにこの男はどうだ。ついに行き当たったS級テイカーは、さも常識の如くにこちらの常識が通用しない。ライオットをしても先を読み切れない動きで翻弄してくる上、仕方なく被弾上等で受けつつ反撃を加えてみてもちっともへこたれない。明らかにタフネスまで増している。電撃をより多く発露させることで速度や攻撃力が増強されるのはなんとなく理解できるが、それでどうして耐久性まで得るのか仕組みがさっぱりだ。


 だが、とにもかくにも勝負開始当初と比べても更なる頑強さをこの状態のエイデンが有しているのは確かであり、それを前面に押し出して苛烈に攻め入ってくるのだからお手上げだ。引で強制カウンターを試みても斥が生む単純な破壊力を試してみても手応えはなし。被弾してまで反撃してもこれではなんの旨味もない。本当の意味で肉を切らせて骨を断たんとするには通常の術では足りない、ということだ。


 これらの問題に対する回答は結局のところ、唯術の拡充こそが模範解となる。エイデンの超雷速へ対応するには引×引が必須であり、また彼の肉体を貫くには斥×斥の強化された破壊力が欲される。引で補助しつつ斥をぶつけるという術の併用で実現できる最高の攻撃法までライオットはとうに試し終えており、またそれすらも「ダメージになった」という実感に薄いからにはそう結論するしかない。が、繰り返しになるが敵は決して拡充のための猶予を与えてくれないのだからその結論は空論もいいところだ。


 何をやっても上手くいかず、流れを引き寄せられない。突破口は念入りに塞がれており、遠からず限界が来る。端的に言って手詰まりである。と、ライオットの悪戦苦闘の様を見て。全身に負った傷や口の端から流れる血を見てエイデンは高笑う。


 もはや破綻をじっくりと待つ必要もない。壁越しに受ける被害が見るからに増えている今、処理限界はとうに訪れているものと考えていい。ライオットはそれを誤魔化しているに過ぎない。唯術の限界値を誤魔化せる、というだけでもあまりにも飛び抜けた才者ではあるが、しかしいくら涼しい顔でそんな無法をしていようとエイデンの目までは誤魔化せない。


 終幕の時は目の前だ。



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