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70.エイデン

 共に油断も様子見もなく始まった戦闘……ではあったが、しかし全力のぶつかり合いとするには少々の語弊がある。


 仕留められるものならすぐさま仕留める。互いにその気概を持つのは確かだが、さりとて敵の唯術の仔細も判明しない内からその命を奪うことだけに目を向けるのは魔術戦において愚策。歴戦の術師としてそれくらいの心得は当然に有している両名であるからには、戦闘開始からの数度の衝突が「小競り合い」に収まるのもまた当然だと言えた。


 余談ではあるが、エイデンとライオットという破格の強者からすれば単なる小競り合いでしかなくとも周辺の被害は甚大である。ただの移動で地面が抉れ、攻撃の余波で木々が吹き飛ぶ。一発一発が他の魔術師の必殺級、否、それ以上の威力をもって激突するのだから一帯の様相は大嵐にでも見舞われたかの如くとなる。


 互いの生み出す衝撃にあてられて舞い散る枝葉や土石──もはやそれは樹木そのものや土石流と表した方が的確だろうが──を邪魔に思ってか、ふわりと地から足を離したライオットの体が上空へと浮かび上がっていく。それを見たエイデンもまた、さもそれが常識的な行いのように追従して空へと身を運ぶ。かくして戦闘域は森林からその直上へと移り、彼らの戦闘軌道もそれに伴ってより広く、より自由な線を描くようになった。


 地上戦から空戦へ移行しても均衡が崩れることはなく、つまるところ両者の速度……というよりも「機動力」は互角・・らしい。これもまた、この最強対最強の戦いが未だ小競り合いの内に留まっている要因のひとつでもあった。


(この野郎……)


 その事実に忸怩の思いを抱くのはエイデンだ。


 彼は自身の速さを並みならぬものであると強く自覚しており、己と同等の──少なくとも戦いの体が成り立つ程度には──強者のライオットであろうとも、こと速度の一点においては自分に及ぶはずもない。そう考えていた。ギドウスを庇うために飛び込んできた際の動きはエイデンをしても見事な素早さだったとは認めつつも、しかし共にトップスピードに入ってしまえばそこには明確な差があり、それによって戦闘は果敢に攻め入る自分とそれに受けて立つライオット。そういう構図になるだろうと予想するでもなくしていたのだ。


 ところが蓋を開けてみればどうだ。確かに最高速では、単純な短距離間の直線運動の速さでは基本的・・・にエイデンが勝っている。だがライオットも決して大きくは後れを取ってはおらず、時折見せる転移かと見紛うような移動の仕方はそれこそエイデン並、あるいはそれ以上と言ってもいい。その上で旋回や滞空しながらの位置調整などの細やかな部分でも上を行っている。全体速度で勝るエイデンが一気呵成に攻めかかれない理由がここにあった。


 バチッ、と雷光が弾ける。中空の何もない場所を踏み込んでエイデンが距離を詰める。瞬く間すらもない侵略。その勢いのままに閃光を纏う拳が雷の速度で突き込まれ──そして軌道が変えられる。雷速にもしっかりと適応したライオットの掌が添えられ、優しく動かされたそれに吸い付くようにエイデンの打撃も明後日の方向へと流される。「ちっ」と自身の体まで流されんとするところをエイデンは舌打ちと共に脚部の雷光を瞬かせ、その原理不明な力を振り切って蹴りを放つ。一歩間違えれば己が力と敵の力で胴体から引き千切れてしまうところだが、エイデンの肉体は強靭であり、また唯術の練度も負荷が頂点に達する前に彼を助け出す。


 この状況、体勢から追撃が来るとはライオットにとっても予想外だったのだろう。僅かに目を大きくさせた彼に、激しくもどこか鈍い音を立てて蹴撃が命中した。


 ──いや、それを真に「命中」と称していいのかエイデンには疑問がある。


 薄皮一枚。たったそれだけのごく小さな距離ではあるが、確かに空白がある。蹴り脚はその空白に止められた。先ほどから越えられずにいる薄くも絶対的な「壁」にエイデンは再度舌打ちを漏らした。


 収まっていく雷光がチリチリと火花を散らすのを挟んで、両雄の目と目が合う。


「ビリリと来たよ。久しぶりだ、ここまではっきりと痛みを感じたのは」

「痛みだぁ? 温いこと言ってんなよ。んなもんは痛みの内に入らねえ!」


 打撃と打撃が正面衝突を果たす。空気が、大気が揺れ動く。空中にあって震源地のように周囲へ影響を与えながら、その張本人たちだけがそれを意にも介さない。何度かの応酬の後、またどちらからともなく離れて軌道戦を再開させる。


 繰り返すが全体的な速度ではエイデンが勝っている。それは彼の唯術──【雷撃】が高速駆動に向いているからだ。身の内から発せられる電気と半ば一体となって駆ける彼は瞬間的に雷の化身と化す。亜雷速と雷速の組み合わせで得た推力で、空すらも足場としながら縦横無尽に飛び回る……そんなことをすれば自身の速度に耐え切れず如何に頑強な肉体を更に魔力で防御していようとも被害は必至だが、しかし【雷撃】の恩恵によりエイデンは雷を纏っている間、それを利用した高速駆動でダメージを受けることがない。


 これは【吶喊】で突撃する際にバーツが物理法則を無視した加速をしながらも無傷であったり、ライネが自身の【氷喚】によって凍傷を負うことがないのと例を同じくする、唯術が持つ基本性能だ。技量は必要ない。ただエイデンの唯術はそういう風にできているという、それだけのこと。だからこそ、だろう。自分がそういうタイプの唯術を行使しているからこそ汲み取れるもうひとつの事実。──ライオットの唯術は、おそらくそういったタイプではない。


 本人の認識では小競り合いとはいえこれだけ拳を交えれば敵の能力の概要くらいは読めてくる。察するに引力と斥力。物と物を引き寄せる力と、物と物を引き離す力。この表現が正鵠を射ているかはともかく、己が身で味わっている体感としては最も適切だった。ライオットはこの二種類の力を巧みに操り、使い分け、時には併用して自身と互角に渡り合っている。やたらと小回りに優れた機動力も引力と斥力を自らに作用させて叶えているのだ。そして、その移動法には唯術による無条件の保護が含まれていない。


 つまるところこちらは技術なのだ。ライオットが平気な顔をして雷速にも届く速度で翔けているのは、類い稀な唯術の操作技術あってこそのもの。単に速く動いているだけのエイデンと違って彼にはやらねばならないことが多い。考えなくてはいけないことが段違いにあるはずなのだ──だというのに結果として速度では互角。これ即ち、唯術の制御能力でライオットの方が高みに立っていることの証明。


 それこそがエイデンに忸怩たる思いを抱かせる本当の理由だった。


(認めてやるぜ、ライオットとやら。てめーはこれまで戦ってきた連中アンダーの中でもピカイチだ。テイカーも含めたっててめー以上と断言できる奴はいねえ。──だがな! それでも俺様には敵わねえ!!)


 そもそもエイデンは自身の技量を誇ってなどいない。唯術の細やかな操作技術などむしろどうでもいいものだと捨て置いてすらいる。彼が思う彼自身の、そして【雷撃】という唯術の最大の持ち味にして利点とは。


 細かなことを考えずに敵をぶち抜く。

 何よりもそれに適した能力を有しているという点であった。


 せせこましい技の駆使でライオットが並び立ってこようとも構わない。その猪口才な努力ごと力で捻じ伏せる。それでいい。それがいい。獰猛に歯を剥き出しにしたエイデンの全身からスパークが起こる。断続的なそれがたちまち間断なく連続するようになり、その数も凄まじいものとなり、ついにはエイデン自体が眩く発光し始めた。


 常人ならばぎょっとするであろう急激かつ異様な様相の変化を目の当たりとして、けれどライオットは静かに思考を紡ぐ。


(さすがにタフだな、割かし本気で打ち込んでも応えやしないし焦りもしない。それにこの有り様だ。たぶん奥の手を切ったんだろうけど……化け物染みてるね)


 エイデンがライオットの能力の大方を読み取っているように、ライオットもエイデンの唯術については推察が進んでいる。電撃を発する、もしくは身に纏う能力。人の肉体が電気信号で動いている、という知識をライオットは持っている。ただ電撃を纏うだけではなし得ないはずの高速駆動も、思考速度や反射速度を電気信号で超越した上で同時に肉体を強化しているからこそ成立しているのだろうと彼は見立てている。


 実際のところエイデンの唯術の使い方はそこまで理論立ったものではなく、本人があえてそうしているように()()()()()()な強化をその身体へ与えており、ライオットの見立ては遠からずとも当たらずといった具合で正しいものではなかったが、とまれ「ただ電撃を撒き散らすだけではない」という【雷撃】の肝要となる部分はきちんと見抜いているのだからその洞察力は優れている。


(ただまあ。見抜いたところで、って感じだなー)


 紫電を迸らせるエイデンをつぶさに眺め、ライオットも笑みを浮かべる。この男の能力は種が割れたからといってどうこうできるような類いのものではない。よほど電気や雷に対して特効を取れるような唯術の持ち主であればともかく、大抵の場合はこの暴力の極みと言っていい力を前に何もできず敗れるだろう。


 強力な唯術を強力なままに使いこなしている。

 術の性能が良くても術師の性能が追いつかず、本来の力が発揮されないなどという例も少なくない。

 ──【離合】を操るのが自分でなければ、この唯術もそういった下らない例に埋没していただろうと彼は思う。


「ほぉ……笑いやがるかよ。この姿の俺様を前にそんな顔ができるたぁ強がりでも大したもんだぜ」

「強がり? おいおい、興の醒めるようなことを言ってくれるなって」


 強い術を強いままに使う。それはライオットも同じく、そしてそんな自分と同等の土俵で戦えるエイデンという存在を彼は歓迎していた。バーツやミュウミュウの仇である──とまだ確定したわけではないが、二人を手酷く傷付けたのは確かだ──ことを忘れたわけではないが「それはそれとして」。


 そんなことよりも今は楽しみばかりがライオットの心を埋めており、彼自身もそのことに自覚的であった。


「せっかくだ。上には上がいるってことを教えてあげよう」

「ぬかしやがれ。S級より上なんぞいねーんだよ、協会の内にも外にもな」

「へえ。ますます、いいね」


 やはり噂にだけ聞くS級、協会の最高戦力と謳われる一人。エイデンがそう名乗ったことによりライオットの笑みは深まる。


 ああ、楽しい。


「這い蹲って味わいな。土の味ってやつをさ」


 引き寄せる力を発動。ライオットは例の転移もかくやという、瞬発の言葉でも表せない速さで彼我の距離を詰めた。これは「引き寄せ」と「引き寄せ」の組み合わせから成る。自ら迫りつつ目標地点からも引っ張られることで得られる高速化は単純な二倍にあらず、数値で示すなら引き寄せの単独使用の二乗に近しい。また掛け合わせる双方に力(ここで言う力とは魔力だけでなく費やされる集中力やその時々のコンディションなども含まれている)をどれだけ注ぐか次第で乗率も更なる向上を見込む。


 かつてない強大な敵を前に現在のライオットは委縮するどころか最高潮ベスト。引×引の疑似転移と言っていい瞬間移動もまた、過去最高レベルの速度と精度をもって彼の身をエイデンの目前へと運んだ──けれど。


「!」


 移動の速度を乗せた必殺の拳が空を切った。そして頭上・・から雷鳴のように響く声。


「ハッ、どこを狙ってやがんだ節穴がぁ!」

「ッ……」


 言葉だけでなく蹴りも降ってきた。轟々と空気を震わせてライオットに激突したそれはまたしても引き寄せる力と対をなす引き離す力によって肌一枚だけ向こう側で押し留められているが、ライオットの笑みは消えた。先にも増して重い。斥力によって反発させていながらもそう感じるということは即ち、エイデンの攻撃がより深く自身へ届いているということ。「壁」が破られんとしている前兆に他ならない。


 二重引力の誘引からの強襲──それもあえて敵本体には術で触らないことで急襲性を高めた一撃を悠々と躱し、すかさずに斥壁をも貫く反撃を寄越す。さっきまでのエイデンにはできなかったことで、そしてここからのエイデンはおそらくこれが常態デフォ。速度も威力も跳ね上がった。様相の変化がまったくもって見掛け倒しではないことをしかと認識させられたライオットの眼前に、これ見よがしの紫電が明滅する。


 彼はそれを避けられなかった。


「がっ……、」

「ヒャハッ、クリーンヒットォ!」


 殴られた。余韻めいた衝撃ではなく、エイデンの拳が生み出す破壊力そのもので顔面を叩かれた。見えない壁によって威力は各段に弱まりつつも、しかしつうと鼻から流れ落ちる血。これもまたいつぶりなのか見当もつかない流血によって……再びライオットの顔に笑みが戻った。


「どォだよ、それが痛みってもんだろ!?」

「ああ……いいんじゃない? 本格的に楽しくなってきた」


 まだまだこんなものじゃないけどな、と。奇しくも二人のセリフは一言一句のズレもなく重なった。



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