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69.最強と最強

 いったい何を謝っているのか。嫌味ではなく本当に理解が及ばず言葉に詰まった僕へ、彼女は続けて言った。


敵対者イオについてあなたにも伝えておくべきでした。つまらない言い訳に聞こえるでしょうが、こんなにも早く接触することになるとは夢にも思っていなかったんですよ。彼女が大きく動き出すにはもっと時間がかかるものだと……その間にあなたには力を付けることにだけ集中してもらおうと、そう考えていたんです》


 それはまあ、僕からしてもありがたい配慮ではあるな。テイカー試験や新人研修、そして先輩テイカーと組んでの手強い魔物との戦闘。クリアすべき課題の一個一個に精一杯だった。その合間にもう一人の転生者の存在、そして敵対関係にあることを教えられたとしても頭がパンクしていただろう。それで直面している課題に支障が出たりしたら大変だ──そうならないように気を配ったシスの判断は妥当なものだと、僕は思う。


 しかし現状も踏まえてシス自身はそう思えていないわけだ。……じゃあつまりイオは、シスの予想を超えた動きをしているってことなのか?


《そうなりますね。彼女が人と手を組むのも、その一手だけでここまで事態を進ませていることも。ましてや組んだ人間を介してあなたとも顔を合わせてしまったというのも、全部が全部予想外。仰ったように、状況はまるで芳しくない。そうなった一端が私にはある》


 いや……いやいや。イオがどう出てくるかを読み切れなかったからといってシスが責任を感じることではないだろうに。まずもってイオの行動なんて読めるはずもない上に、そんな未来予知めいた神業をシスが成功させていたとしても僕らに取れる手立てがあったかというと果てしなく微妙だ。


 イオがフロントラインを味方に付けられたのはあくまで互いの目的の途中までが一致していたからであって、前述したようにそこに信頼なんてない。対して僕はテイカー協会の一員で、もしもイオの計画を阻止すべく早期に協会へ対フロントラインの体勢を整えてもらおうにも、実際に被害が出るよりも前ではそれも難しい。新人テイカーの──それもなんの明確な根拠も示せない──言葉に協会が従うわけがない。そうさせるにはイオとフロントラインの関係とは反対に信頼こそが必要だ。それも、絶大なものが。


 守る側である僕らは壊したいだけのあちらとはまったく前提が異なる。どうしても後手になってしまうし、速度にも違いが出る。それでいてイオの言葉を信じるならそもそもスタートラインの引かれた位置にすら差があったようなので、考えるまでもなく僕らはいくつもの不利を背負わされている。現状の原因がなんであるかと言うのなら間違いなくそれだ。シスのせいなどでは断じてない。


 それに。


「語りは快楽犯そのものって感じだったけど、あれでイオも律義な奴だよ。何を仕込まれるかと僕は戦々恐々だったのにどうやら【同調】は本当に彼女なりの餞別……いや、お詫びだったらしい。力の質が変わったと自分でも思う。リントで試してみた結果、まだまだ伸びるとも確信しているよ。これなら出遅れの分もいくらか取り戻せそうだ」


 悪いことばかりでもない、ということだ。少なくとも今のところはまだ希望の目も残されている。イオからの餞別が貰えないままに協会潰しが敢行されていたとしたらそれが最悪だった。そうならなかっただけ、まだマシだと。そう思っておいた方が精神衛生的にいいだろう。


 僕もシスも後悔ばかりしていたって何も始まらないのだから。


《……それも仰る通りですね。まさかネガティブの権化のようなあなたにこんな風に励まされるとは、ますます自己嫌悪してしまいそうになりますが──》


 その言い方はちょっと酷くない?


《ともかく切り替えるべきでしょう。というわけで、急ぎ足でどこへ向かっているのかお聞きしても?》


 まさか走って魔石回収を行なっているフロントラインの下まで、つまりはルズリフの周辺と思しき戦闘現場にまで乗り込むつもりか。という言外の問いかけに僕は否を返した。


「リントが言っていたようにそれが支部の罠だとして、戦闘が起こっているのなら今から駆け付けたって到着する頃にはとっくに全てが終わっているはずだ。だったら僕がやるべきなのは……」


 本音を言えばザッツたちの安否を確かめるためにも、そして今回も先頭を切って戦っているであろうミーディアの助けになるためにも、ルズリフへ戻りたい気持ちは強くあるが。けれど感情任せに行動していい場面ではない。ルズリフのことはルズリフの皆に任せて、僕は僕の知る情報のもとに適切な判断しなければならない。


《なるほど。あなたが止めたいのは魔石回収よりも、協会本部を狙うための発射台とやらの設置ですか》


 そうだ。そちらにはイオも、そしてライオットもいる。無策で飛び込めはしないが……というかまずどこで設置作業が行われているかもわからない以上は飛び込みたくても飛び込めないのだが、しかしそこが直接本部を狙える距離であるのは間違いない。本部がある大都という街の、すぐ近く。それだけ判明していれば、僕がこのことを本部へ伝えられたなら大きく状況も変わるだろう。


 現状の何が一番マズいかって、盛大な危機に晒されようとしていることに本部が気付いていない点だ。だがフロントラインがテイカーを襲い出す前とは違って、今ならば。既にフロントラインの脅威を協会がしかと認識できている現在ならば、僕の言葉にもそれなり以上の真剣さで耳を傾けてくれることだろう。組織の首魁に誘拐されていたという事実もプラスに働いてくれそうで、そこも数少ない良い点のひとつだ。


《唯術か何かで洗脳されている疑いも持たれるかもしれませんが……だとしてもその正否を確かめる術くらいテイカー協会にならあるでしょうし、何より警告にはなりますしね。一刻も早く本部へコンタクトを取るべきだというのには賛同しますよ。ですが》


 わかっているさ。僕を閉じ込めておくための門番がリントだけとは限らない。って言いたいんだろ?


 僕もそれを警戒して自分にできる限りの注意を払ってこの地下基地を進んでいるつもりだ。なにぶん構造が悪戯なまでに入り組んでいるために(万一にも協会ないしは別の勢力から襲撃を受けた際を考慮しての造りだろう)、軟禁生活で把握できた範囲では脱出までの道程にまったく足りず探索しながらの進行となり、なんともやきもきさせられるが。しかしリント以外にも用意されているかもしれないトラップやら何やらで足止めを食らってしまっては一巻の終わりなので、慎重さは欠かせない。


 まあ、リントが激昂して自ら解除していなければメグティナの空間縛り(?)で僕は手も足も出なかったことを思えば、他にわざわざ別の手立てを置くかと言えば少しばかり怪しいところではあるが。けれどライオットの性格の悪さを思えば用心しておくに越したことはない。あるものと想定していた方がいいだろう。


 けれども、だからと言って慎重になり過ぎてもいけない。既に事が起こっているからにはどれだけ早く本部へ連絡を取れるかが重要だ。それを忘れずに、できる限りに注意を払いつつできる限りに先を急がなくては。


 そしてもうひとつ、希望としては。これは完全に僕の欲目でしかないが……本部付近にいるはずのライオットは、僕自身の手で倒したい。気が急くのはその役目を他の誰かに取られたくないから、というのもあるかもしれない。


《勝てますか?》


 わからない。何度も戦ったと言っても、実戦形式で厳しく扱かれたと言っても、所詮は組手。本当の殺し合いとは戦い方も心意気も異なる。僕の方は隙あらば奴の命をるぐらいの気持ちではいたけども、ライオットはそうじゃない。彼は最初から最後まで一貫して指導者だった。僕を殺すのでも害すのでもなく、育むためだけに戦っていた。


 つまり僕は未だ知れていないのだ。あの男の本気を。遠慮も加減も容赦もなくなったライオットの、全力というものを。まだ目にしてはいない──だから勝ち目があるのかと訊ねられても「わからない」としか答えようがないのだ。


《結構。そこで「勝てる気がしない」と言わないだけ、やはりあなたは強くなった。いいんじゃないですか? どうせイオの目的を阻むには避けて通れない相手ですし、賭け金はあなたの命のみ。リントには出さなかったあなたの全力で、ライオットの全力に打ち勝てるかどうか試してみようじゃありませんか》


 ありがとう。シスにはいつも励まされる。でも、一個だけ訂正させてほしい。


《なんです?》


 勝てるかはわからない。でも、負けて死ぬつもりは毛頭ない。だってそのとき失われるのは僕の命だけじゃないんだから。


 君だって賭け金の内だろ? シス。


《……なるほど》


 生きていたい理由が増えた。贖罪や死の忌避よりも前向きなそれは僕の力になってくれる。


 だから、勝とう。

 たとえどれだけ相手が強くたって──最後に立っていれば僕の勝ちだ。



◇◇◇



 普段ならば迷わず追撃を選ぶところだが。しかしこの時のエイデンはそれが自分らしからぬ選択だと気付きつつも後退を図った。このまま「掴まれている」のはマズい。S級テイカーの優れた戦闘勘がそう知らせているからだ。


 止められた蹴り足を引いて、数メートルほど後ろへ下がる。その挙動はギドウスを翻弄したそれと同じく目にも留まらぬほどの速度で行われたが、自身の攻撃を難なく防いだ新手だ。おそらくその気であればこの速さにもついてくるだろうとエイデンは予想していた──「その気」にこそならなかったようだが、男はエイデンの高速駆動に反応らしい反応も見せず、まるで取るに足らないことのように言葉を続けた。


 それがこの男のレベルを物語っている。


「ギドはもうきつそうだね。メグは……も、ダメか。手酷くやられたもんだ」

「ライオット。何故、ここへ」

「ん? あー、なんとなく嫌な感じがしたからさ。ぶっちして来ちゃった。今頃『彼ら』はカンカンかな。ま、どーでもいいけど」


 ──新手の名はライオット。罠と知ってか知らずかのこのこと魔石を奪いにやってきたチームとは、別行動をしていたようだ。別任務? 『彼ら』なる他組織を匂わせる連中との密会? そしてそれを途中で抜け出して仲間の下へ駆けつけた、と。


 そこまで考えてエイデンは思考を打ち切った。敵方の事情など彼にとっては「どーでもいい」ことでしかない。ここに来るまでに誰と何をしていようが、肝心なのは今、自分の目の前にこの男が立っている。その事実のみだ。


「ところでバーツとミュウミュウは?」

「……あいつらは」


「あっちに転がってる二人のことなら俺様が蹴っ飛ばしたぜ。ゴミみてーに目障りだったんでな」


 エイデンが指し示した先へ視線をやったライオットが、眉をひそめた。遠くに見えるそこで伸びた彼と彼女はまさにゴミのように打ち捨てられている。ピクリとも動かないその姿を眺める彼が何を思っているのか、エイデンには手に取るようにわかった。


 敵方の主戦力と思われるギドウスなる大男。そんな彼と比べても、立ち姿だけでも充分に伝わるほど頭抜けている実力者。それがこのライオットだ。とはいえ、一応は仲間の危機を──何かしらの術か純然たる第六感かはともかく──察知して一も二もなく救いにくる程度には仲間意識も持っている。からにはきっと、ゴミのような雑魚と言えどもその生死に関しては多少ならず気になっていることだろう。


「たぶん死んでんじゃねえか? 本気で仕留めにかかったわけじゃねえが別に死のうが構わねえと思いながら蹴ったからな。運が良けりゃあまだ息くらいはしてるかもなぁ」


 グリンズより可能ならば情報源を連れ帰るようにとお達しが出てはいるが、その言葉に従って加減をするほどエイデンは優しくもなければ優等生でもない。耐えられず死ぬならそれでいいし、耐えて生きているならそいつを持って帰ればいい。ライオットに伝えた言葉は全てが本心だ。エイデンはその手応えからしてあちらの男女二人は既に物言わぬ亡骸になっているだろうと考えている。そしてそのことを彼は殊更に誇ってなどいなかった。


 敵二人を倒したのではなく、目障りなゴミを退けただけ。ゴミの安否を気にするへ親切にも助かる見込みはないと教えてやった。ただ、それだけだ。


「くだらねーこと気にしてねえでよ……楽しく殺り合おうじゃねえか。なあ、ライオットくん?」

「ギド。メグと一緒にあっちの二人も回収して下がっててくれ。こいつは俺が片付けとくから」


 目的であったはずの魔石の所在も、エイデン以外の敵の動向にも気を向けることなく、最低限の指示だけを出してライオットはこきりと拳を鳴らした。その臨戦態勢にエイデンは牙を剥くように笑う。


 こちらがライオットの強さを見抜いているように、ライオットもまたこちらの強さをしかと感じ取っている。互いが互いを、全神経を傾けて相手しなければならない強敵だと認めている。


 このヒリつく感覚が堪らない。


「さて、これでも予定の押してる身でね。ちゃちゃっと終わらせようか」

「そーかい。だが心配しなくたってそう時間はかからねえだろうよ」


 決着は早くにつく。

 それを証明するように、動き出した両名は最初からフルスロットル。

 ──最強と最強の戦いが始まった。



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