表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/199

62.メグティナ

 浅い。ようやく敵に攻撃を当てられたアイナが抱いたのは達成感ではなく、不満だった。モニカの盾の展開に合わせきれなかった。そのせいで納得のいく一撃にできなかったのだ。これは間違いなく自らの落ち度であると彼女は認める。


 ギドウスの行動を制するために出現した盾の群れ。その隙間から短剣を通したアイナの瞬間的な判断と技量は褒めそやされて然るべき熟達のそれであったが、しかし当の本人はそうやって届かせた刃を失敗と断じている。斬るには斬れたが、骨にも届かぬ薄皮一枚。そんな成果ダメージを誇るほどアイナという少女は自身を安く見積もっていない。


 アイアスから譲渡された魔力によって普段の己以上に動けるし、見えるし、剣を振るえるのだ。ならば今、この一刀で仕留めるべきだった。それくらいのことはやってのけねばこの場にいる意味がない。


 浅い手応えに裡にわだかまる殺傷衝動ほんのうが怒りの唸り声を上げている。わかっている、どうしようもない自分おまえを可愛がってやるために。人ならざるものを抱えながらも人でいるためにテイカーになったのだ。魔物を、悪漢の徒を切り刻むことでどうにか人間でいられる──でなければ人間でいられない。


 アイナは考えを改めた。失敗は、していない。まだ失敗じゃない。振るった一本は僅かに遠かった。だが自分にはもう一本ある。二刀使いの強味、手数の妙をここに活かさずしてどうするか。姿勢は向いていない。盾を避けて斬る不自然のせいで左手が敵から遠い、が、それでもだ。届かせる、間に合わせる。一閃目に追従するように、それでいて一閃目よりも深く鋭く二閃目を放つのだ。自分にはそれができる。強化された自分なら、それに伴って衝動も高まっている自分になら、できないわけがない。


「斬る」


 加速する。アイナの左腕部が、ブレた。ギドウスの優れた動体視力を以てしても輪郭を捉え切れぬ挙動。それはまるで、斬る瞬間にこそ適用されるはずの【切断】がその以前から彼女を導いているかのような。まさしく超常としか言えぬ不可解さを伴った絶対の殺意だった。


 あと一瞬。もう刹那さえあればギドウスは動けただろう。周囲に浮かぶ盾を膂力で振り払い、自由を取り戻し、アイナに反撃を加えるなり距離を置くなり選べただろう……だが、とてもではないが間に合わない。ギドウスが手段を得るための時間、その刹那の間をアイナは潰した。否、切り裂いたのだ。


 斬られる。目で追い切れぬ神業の剣。ただそれが正確に己の首へ近づいてきていることしか知覚できず、対処もできず。過去に味わったことのない明確過ぎるまでの死のイメージがギドウスの脳裏に瞬いたところで。


「強制転移」


 時間よりも早く、空間が彼を救った。


「!?」


 驚愕を全員が共有する。そこにいたはずのギドウスが、斬られるのを待つばかりだったはずの獲物が掻き消えた。何もない場所を通り抜けた刃が伝える虚しさを味わうよりも先にアイナは、そして一同はギドウスを探す。彼がどうやってあの状態からの脱出を叶えたのか、その原因も共に。


「……!」


 いったい何が起きたか。を、理解するのはギドウスの方が早かった。自身を助けたそれがまず間違いなく仲間の術であると、過去に何度も体験してきている転移特有の感覚から察したからだ。どうやら己はミーディアとモニカに挟まれた位置から離れ、アイアスの背後にまで瞬時に移動させられたようだ。そうと悟ったギドウスは周辺の仔細を把握したことで、目撃する。


 おおよそ三十から四十メートルほど先にある木の、大きな枝に座り込んで幹へと寄りかかっている少女。フロントラインの生命線ライフラインを担うメグティナが、血塗れでそこにいるのを。真っ赤に濡れそぼった震える手をこちらに伸ばしている懸命な姿を、見てしまった。


(致命傷か──いや)


 出血は多く、体のあちこちに軽くない怪我をしているようだ。だが確実に命を落とすような大傷は負っていない。すぐに適切な治療さえ受けられたならメグティナは助かる。だとするならギドウスは勝負を急がなくてはならない。


 何故メグティナがあんな惨状になっているのかは、考えるまでもなくわかること。開戦時に彼女はテイカー側の転移使いと思しき男とぶつかった。その結果が、あれだ。空間に術を作用させる魔術師同士の戦いがどういったものかギドウスは知らず、想像も及ばない。しかし相当な激戦だったことは確かだろう。メグティナは継戦困難なほどの負傷を強いられた。


 だが、その彼女が今ここにいて自身をサポートしたからには、敵にも同等かそれ以上の傷を負わせたのもまた確かだろう。おそらくここから先、転移を用いた大胆な動き方は双方ともに叶わない。ただしメグティナがそうしたように、怪我を押してでも仲間へのちょっとした補助くらいなら敵の転移使いもやってくるかもしれない。


 言うまでもなく転移は強力な術だ。術師ごとに様々な条件や制約があり決して万能無敵な代物ではないが、それが一度決まるだけでギドウスのような単純な戦闘能力しか持たないタイプの魔術師は詰みに陥りかねない。故に、メグティナも戦闘時においては転移の対象とするのは専ら敵に限っていた。


 告知なし、打ち合わせなしの突然の転移は人を混乱させる最上の手法のひとつだ。それは味方に対しても同じこと、なので転移使いは通常仲間をサポートする際には敵側に術をかけてそれを果たす。


 ただ向きを変えられるだけでも普通なら大童だ。切り結んでいる最中にいきなり反対側を向けられて即座に対応できる者はそういない。拮抗した実力の持ち主と戦り合っている最中ならなおのことに、ほんの僅かに立ち位置をずらされるだけでも致命的だ──それをテイカー側の転移使いが今この瞬間にもやってこないとは限らない。それは絶対に避けねばならない事態である。


 メグティナは、ギドウスを救うために彼自身を転移させた。それは四名いる敵それぞれに術をかけられるだけの余裕がなかったからであり、かつ、ギドウスならば混乱も最低限に適切な行動が取れるだろうと。最適解を見つけられるだろうと信頼してのことでもあった。その信に、そして彼女を救い返すために、ギドウスは応える。


 一手だ。獣の如き嗅覚でこちらの居場所を探し当て、向かって来ようとしているミーディアとアイナ。そしてどこぞに息を潜めている可能性のある転移使いに邪魔される前に、ギドウスが確実に指せるのは一手が限界。ならばその一手は最大限に有効なものとする必要がある。何をすべきか。誰を狙うべきか。迷う余地はなかった。


(流石だなメグティナ。いいところへ飛ばしてくれた!)


 たった今ここへ合流したはずのメグティナは、ギドウスとテイカーチームがどのような戦いを繰り広げていたか知る由もなかったろう。だからこれは、言ってしまえば偶然だ。が、断じてただの偶然ではない。ギドウスを囲う敵の中で最も離れた位置にいる男の傍へ彼を飛ばしたのは彼女が思考ではなく反射で出した「正解」だった。起こるべくして起こった偶然であり、それは必然と相違なく。


(確実に、真っ先に。潰すべきはこの男!)


「ッ!」


 いち早くギドウスを発見し動き出したミーディアの視線を追って、アイアスは気付いた。敵は己の背後にいる。そう察して振り向きざまに向けた銃口を、敵は恐ろしいまでの素早い踏み込みで躱し、懐へ潜り込んできていた。反応が早過ぎるし、速度が速過ぎる。【狙撃】の唯術の都合上アイアスは元よりA級テイカーとしては近接戦闘に弱い、というより重きを置いていない術師ではあるが。その前提がなくともギドウスの体捌きは凄まじかった。


 近接職の筆頭とも言えるミーディアがギアを全開にしていても単身では手に余る相手。マーズやダンネロという特A級のテイカーにすら勝ち得る慮外の魔術師アンダー。そんな怪物に詰め寄られてしまっては、アイアスには打つ手などなかった。


「っぐ……!」


 ギドウスが放ったのは三打。最初の二発でアイアスの両手を粉砕し、続いて頭部も粉々にせんと突き出した拳は、しかし思うように入らなかった。三打目ともなればアイアスも回避を行ない始めており、あわよくばとトドメまで見据えた最後の一撃は彼の顔面の左半分を僅かに削ぐ程度に終わった。


 あと一発でも殴れていたなら、今度こそアイアスを完全に終わらせることができただろう。だがそれはもう望めない。既にミーディアが、彼女の剣がすぐそこまで迫ってきている。途轍もない魔力が込められた刃が今にも自分へ振るわれんとしている。これにはさしもの【強靭】を有するギドウスも素のままで受けてはならないと判じた。


 戦闘が始まって以来初めて開いた距離を詰め直すまでの僅かな時間で、やれることをやったのはギドウスだけでなくミーディアも同じ。彼から見ても異常な量の魔力が集中している恐るべき剣に対処せんとアイアスから向き直りながら、しかしギドウスはこれを再びの窮地とは捉えていなかった。


 仕留め切れこそしなかったが、術の発射点である左右の手はどちらも破壊した。ついでに、射撃の精度を左右する目の片方もだ。ここまでやれば無力化は済んだも同然だろう。ならばそれで充分だ。


 ギドウスが危惧したのは、彼が仲間の二人へと施した強化の「重ね掛け」。連携のピースになってはいてもギドウスからすれば取るに足らない存在である小娘たちを、彼からしても油断ならない強敵へと仕立て上げた。戦闘の当初からそうしていなかったということは何かしら発動条件やリスクがあるのだろうが、逆に言えばそれらを満たすか受け入れるかすれば二重強化も実行されかねないのだから、それだけはなんとしても阻止せねばならなかった。


 次あの術が使われれば、そしてミーディアも含めた三人で連携を取られ続けたら、仮にそこから先アイアスの援護射撃がなくなったとしてもギドウスは苦しい戦いを強いられる。いや、はっきり言ってアイナの【切断】というキラーカードが向こうにある以上ほぼ勝ち目はないと断じてもいいくらいだ。それが現状の考え得る最悪。そういった展開を避けるべく堅実な一手をギドウスは取った。


(少なくともこれで状況の悪化はなくなった。小娘二人の強化がいつまで続くかは知らんが、それが切れた時。あるいは俺が慣れた時がこいつらの全滅の時)


 アイアスは全身で力み、纏う魔力の密度を引き上げる。そうすることで【強靭】がもたらす強度も更に跳ねる。アイナの短剣はいくら強度を上げようと受けられないが、ミーディアの剣は単純な硬さのみで防げる。彼女必殺の全集中させた魔力にも、その技量を脅威とは認めつつもまるで怯むことなくギドウスは構える。


「ッし!」

「ふん!」


 全力と全力が炸裂する傍らで、地に蹲りながらアイアスは歯を食いしばっていた。顔面が抉れるほどの打撃を受けて彼の脳はひどく揺れており、今にも気を失ってしまいそうだった。


(意識を……繋ぎ止めておかねば……術が、切れてしまわぬよう……!)


 アイアスが気絶してしまえば、モニカとアイナへ撃ち込んだ譲渡弾の効果が途切れることになる。そうなれば途端に強化後の反動が二人を襲い、アイアス同様に戦えなくなってしまう。しかし意識さえどうにか保っていれば、もはや両の手を失い【狙撃】が機能しなくなったアイアスも戦局の一要素として貢献できるということでもある。


 ミーディアに遅れてギドウスへ躍りかかるアイナを視界の端に捉えながらアイアスは身を捩り、少しでも彼女たちの邪魔にならないよう移動しようとして──鎧の大半を失ってズタボロのロールマンと、そんな彼に庇われながらもこちらも負傷しているイリネロ。そして倒れたままピクリとも動かないロドムを確認し、ますます血の気が引いた。


 彼らが相手している敵は、健在。もう一人いたはずの女の姿は見えないが、男の方は火傷と打撲痕を体中に付けながらもまだまだ戦えるとその魔力が物語っている。実に、不味い。戦局はますますテイカーにとって良くない方へと傾いていっている。このままではおそらく──。


 高確率で敗北する。そう答えを出しかけた瞬間にアイアスの瞳はそれを映した。


 何もかもを眩く塗り潰す、強き激しき雷光・・の到来を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ