55.楽しみ
「話し合うと言っても再確認するだけなんだけどね。えーと、前にも知らせたように砲台というか発射台の魔石は充分。あとは弾用の魔石をもう少し足しておきたいそうだ。だから今はいい感じの魔物が出るのを待ってるところだね。弾の方は玉石混合でもいいみたいだけど、やっぱり追加するには質のいい魔石が最善ってことで」
「いい感じかどうかはまた向こうが教えてくんの?」
頬杖を突きながら、少しだけ面白くなさそうに少年が訊ねた。それにライオットは頷く。
「だね。まー俺たちは協会と違ってデカい魔物を探知する網なんて持ってないし? 彼らの指示待ちになるのは仕方ないって」
出た、『彼ら』。以前から話題に出てくるフロントラインとは別組と思われる謎の集団……どうやらライオットが個人でやり取りしているらしいその人物たちの正体に関して、暴くべき優先順位は高いと思っている。のだが、それだけに易々と暴かせてはくれないわけで。訓練の合間にそれとなくライオットに問うてみたものの、のらりくらりと要領を得ないことだけを言われて終わりだった。
既に組織の懐にいる僕にすらも知られては困ることなのか、あるいは特に意味もなくはぐらかしているだけか。どちらとも言い切れないのがライオットのイヤなところだ。
「なんにせよ大詰め、だよな? 嬉しいねえ、ようやくここまで来れた。もうせこせこと資金集めに奔走しなくてもいいと思うと涙が出てくる」
「あら、喜ぶのはそっちなの」
「そらね。俺とリントがどれだけ難儀してたかミュウ姉さんにはわからないだろうけど」
「私だって手伝ってあげたじゃないの。二回くらい」
「これだもんなぁ」
青みがかった豊かな黒髪をウェーブさせている女性と、ギドウスとは別のもう一人の男性。席が隣り合っている二人が楽しそうに話している、その中で出たあるワードが僕には気になった。
「資金集めって、どこからそんなものを?」
「お、なんだい坊や。ミュウ姉さんの代わりに手伝ってくれるつもりか」
「馬鹿ねえ、この子はテイカーよ? 無辜の市民がアンダーにお金を巻き上げられているんじゃないかって怒っているのよ」
「そうなのか? だったら冤罪だぞ坊や。俺たちが金を分捕ってきたのはアンダー連中やそれと繋がってる非魔術師からだけだ。パンピーに手を出しちゃいないよ」
「他のアンダーから……」
分捕った、とはそれだけの意味ではないだろう。その際にほぼ必ず戦闘だって起きていたはずだ。つまり、フロントラインは自分たちの存続のために他の悪人たちを食い物にしていたということで。
「そうだよ、テイカー。ボクらはそうやってお金と人材を貰えるだけ貰ってきた。そのおかげだよ? あんたらが暇できてたのは」
メグと近しい年齢と思われる少年──リントが噛み付くように言った。その言葉に僕は困惑する。
「暇だって?」
「アンダーが大人しい期間が続いている。それは二十年前に大きな組織を潰した自分らの手柄だって、そう思ってたろ? だけど違うんだな。裏の秩序を保ってきたのはフロントラインさ!」
そう聞いて、僕は左隣のライオットを見た。アンダー組織との抗争については僕も聞いている。なんでもガントレットがまだ駆け出しだった頃にあった出来事で、それ以来アンダー界隈はめっきりと大人しくなったとかなんとか。なので組織立ったアンダーとの激突は協会にとっても久しぶりのこと。良くも悪くも二十年前の徹底した対応が生んだ「長すぎる平和」が、次なるアンダー組織の跳梁を許す結果になったのだと……そういう認識でいたのだが、ひょっとするとこれは間違いなのか。それをライオットに確かめたい。
彼はこの組織の最古参、おそらくは発起人である。活動についても最も詳しいだろう。リントの言っていることは真実なのか。視線に込めた問いかけに、ライオットは「そうだよ」と軽く肯定を返した。
「正確には十九年前だね。かなりあくどいことをしていた大きなアンダー組織がついに協会と正面衝突して、大捕り物になったんだ。そのときの組織の壊滅の仕方がまー悲惨でね。構成員は誰も助かってないんじゃないかな。んで、それ以来大掛かりな協会とアンダーの争いは起きていないわけだけど……その理由は間違いなく俺だ。その頃からだからね、先々の目標のために活動を始めたのは。金も人も手っ取り早く得るには後ろ暗い連中から奪うのが一番ってね」
当時十歳です、となんのアピールかわからないピースを僕に向けてライオットは話を締めた。十歳時点から、今を見据えて行動していた? それもアンダーという無法者を相手に狩りのようなことをして……やはりこの男はとんでもない。魔術師としての強さもそうだが、思考回路も常人のそれとはかけ離れている。フロントラインという枠組みを取っ払ったとしても、彼個人だけでも充分以上に協会にとっては脅威と言うべき存在だ。
しかしまさか、アンダー界隈でそんな昔からライオットが暗躍していたとは。最前線域の名が聞こえ出したのは数年前、という話だったよな……では信頼できる仲間、つまりここにいるメンバーが集まってそう名乗り出したのがここ最近、なのだろうか。それよりも前から、今より身軽にライオットが──要するに組織としてではなく個人として──アンダー狩りをしていたとなると、単なる裏社会の内輪揉めにしか協会からは映らないだろう。そう考えるとあながちリントの言も大袈裟ではないかもしれない。
しばらくの間アンダー界隈が大人しかったのは正しい。ただしそれは十九年前の大捕り物に端を発するものではなく、ライオットたちの行動によるところが大きいと……僕自身、十年一昔とも言うのにそれに倍するだけの時間が経って未だに目立つ吹き溜まりが出来上がらないことを不思議には思っていたので、だとしたらしっくりくるにはくるのだが。それをフロントラインの手柄と認めるのは非常に癪なことだ。
そもそもの話。フロントラインが他のアンダーの抑制になっていたのが本当だとしても、満を持して彼ら自身が協会に牙を剥き、何やら社会全体までも脅かそうとしているからにはプラマイはゼロどころかマイナスだ。とても感心できたものではないし、またその行いを許してもいけない。
どや顔で僕を見てくるリントにはあえて視線を返さず、僕はライオットに対して質問を続ける。
「それで、資金集めを切り上げるのはどういう算段? さっき言ってた砲台だか砲弾だか……それが関わってくるのか?」
「そうそう、ご明察。俺たちの協力者がドでかい花火を打ち上げてくれる手筈になっていてね。今はその準備中ってわけ」
……花火というワードを聞いてここまで嫌な予感を抱かされたのは初めてだ。絶対にろくなことではない。聞くまでもなくそれは明らかだったが、僕は重ねて訊ねた。
「それが打ち上がったら、どうなるっていうんだ」
「どうもこうも、全面戦争の始まりさ。協会本部の魔石を用いた絶対守護の結界……協会に対して害意を持つ者の侵入を阻むその壁を、取っ払う。そうすればあとは俺たちの思いのままだ。テイカー協会の最期だよ」
「……!」
花火、というのはつまり本部の守りを突破するための手段。『彼ら』はそれを用意することができ、その材料となる魔石をフロントラインが収集・提供している。そういう関係性にあるのか。そしてどういうわけか『彼ら』は素材に適した魔石の採れる大物の魔物を探知ないしは……生み出すことが、できる。
自然発生以外に誕生方法などない(と僕は教わっている)魔物を自発的に「生み出す」などという発想に至ったのは、無論これまでの例。地噛と水噛の立て続けの出現という経験豊富なテイカーたちが口を揃えて「あり得ない」と称した事態が起きていることに由来する。
協会の長い歴史を紐解いても前例のない地噛とその亜種の連続発生。それがフロントライン、あるいは『彼ら』にとってこの上なく都合よく起きているのだから、意図的に起こされている可能性は無視できない。これはマーズが言っていたように協会の上層部も抱いている危惧であり、そして今この場でフロントラインの方針を直接耳にした僕の印象としては限りなく黒に近くなった。
どうやっているのかはまったくわからないし、証拠もない。根拠だってない。山勘だけだと現時点で『彼ら』がそこまで常識外れな集団であるとする理由には薄く、突拍子もない発想である。それは重々に承知の上で、けれど僕には確信があった。
まずもって協会外の者が魔石を加工できる技術を有しているというだけでもこの世界の常識からは逸脱しているのだ。だとすれば魔石だけでなく魔物だってある程度恣意的に操れたとしても絶対にあり得ないとまでは言えないだろう。
僕という最大級の異物が存在していることを思えば、考え過ぎなどと安易に結論するのはきっとよくないこと。自分の首を絞める思考だと、そう思うから。
「結界を壊せたとしても、本部に詰めているテイカーたちにはなんの影響もないはずだ。その全部を相手取ろうって言うの? たったこれだけの人数で?」
これもまた、外様の者として聞く分には馬鹿げた計画としか思えないが。けれど本気だ。ライオットも、他の五人も。どう見たって本気で協会を落とすつもりでいる。ならばそれなりの勝算があってのことだと考えるべきだろう。
例えばそう、実は砲弾とやらが結界だけでなく本部内の人間に対してもなんらかの効力を発揮する可能性とか──。
「有象無象なんて何人いようが無問題でしょ。俺がまとめて片付けるさ。あんまり数が多過ぎるなら皆にも手伝ってもらうけど」
「えー。ボクらはボクらでやることあるんだからさぁ、戦闘員はライオットとギドウスだけでなんとかしてよ」
「本部にはテイカーがいつでも大量にいる、って言ってもちゃんと戦えるのはその半分くらいなんだろう? なんならギドの兄貴一人でも余裕なんじゃないかねぇ」
「それは流石に甘いわよ、バーツ。聞いたでしょ? 特A級のテイカーが二人いればギドでも手こずらされるんだから」
「それだけじゃない」
と、和気藹々と話している中へ割って入る。
僕個人としては、協会への侵攻などさせたくない。いっそ好きにさせて敗北を喫してくれればフロントラインという組織も終わりを迎えるので、それも悪くないんじゃないかという思いもないと言えば嘘になるが……でも、侵攻が起こった時点でテイカー側からだって被害者が出るのが確定する。現場員のみならず事務員だって見境なくこいつらは排除していくはずだ。具体的にどういう状況を指して「協会の最期」と言っているのかは定かではないが、そこに至るまでに大勢を殺すつもりでいるのは間違いない。
だとすれば僕のすべきは、侵攻の予定を改めさせる。それが無理でもなるべくその時を引き延ばすことだ。
協会側も今頃はフロントライン対策に本腰を入れているだろう。それを万全のものにするために、もしくは先に攻めの一手を取れるようにするために。彼らが攻め込むのを躊躇するような情報を与えなくてはならない。
場の注目が集まっている。アンダー組織の幹部からの視線を一身に浴びながら、できるだけ自信満々に見えるように僕は胸を張って言った。
「本部には特A級を超える超戦力。協会の切り札と言っていいS級が何人もいる。その力ははっきり言って規格外だ。特A級に苦戦するレベルなら勝ち目はないよ」
意気揚々と乗り込んだところで瞬殺されてお終いだ、と。そういう脅しを込めた眼差しで全員を見返す。だが、期待したような動揺らしい反応は誰からも見受けられない。最後に目の合ったライオットに至っては、いい笑顔を浮かべてまでいる。
「おいおいライネ。盛り上げ上手かい? ワクワクさせてくれるじゃないか」
「わ、わくわく……?」
「そうとも。ギドでも苦戦する特A級、すらも遥かに超える戦力だろ? これでワクワクしないわけがない! 協会潰しにおける最大の楽しみがそいつらをぶっ殺すことさ。雑魚のお掃除だけじゃあただの作業でしかないからね」
一大イベントにはそれらしいアトラクションがないとな。そう笑いかけてくるライオットに、僕は……底の見えない真っ黒な穴を覗き込むような恐ろしさを感じた。