50.顔合わせ
「よく来てくれた。俺ぁここの支部長をしている──」
「ガントレットさん、だろ? 昔は本部でぶいぶい言わしてたって聞いてるぜぇ。確かに強いな、見ただけでもわかる」
そう言って黄色い髪の男はサングラス越しの目を細める。身長はガントレットと同程度、体躯はいくらか細いが筋肉質かつ引き締まったその肉体は決してヤワな印象を見る者に与えない。下に何も着ず革ジャンを直に羽織るというストロングスタイルの出で立ちをしている彼は、そんな服装よりもよっぽど目につく獅子のような獰猛な笑みを浮かべていた。
「だがなぁ、現場から遠ざかってすっかり鈍っちまってるだろうあんたに興味はねえのさ。関心があんのは任務に同行する連中だ。そいつらが俺様の足を引っ張るような木偶の坊か否か! 知りてぇのはそんだけだぜ。さあ案内しな! もう雁首揃えて待ってんだろ? 全テイカーの頂点、S級のこの俺様をよ!」
エイデン・ギルフォード。本部所属のS級テイカー。その立場をひけらかすような傲慢が過ぎる物言いに、けれどもガントレットは静かに頷くばかりだった。
S級とはSpecialの頭文字から取られた、文字通りの特別な等級。強さの一点で他のテイカーと隔絶していることを表すものだ。本来その立ち位置にあるべきはA級内においても殊更に実力が抜きん出ている者だけしか昇級できない特A級こそがそうなのだが……しかし、頂点にいたとしてもまだしもピラミッド状に測れる特Aと比べて、S級の強さはもはや異次元。ピラミッドという他テイカーの群れを遥か眼下に見下ろす星々のような、そう例えるになんら不足ない埒外の強さを持っているのが──この男エイデン。
等級の構造から外れた五人の異常者。その中でもエイデンは直接的な戦闘力において最も優れているとも称される人物。つまりは、S級内でもトップクラス。その強さの底はベテランA級テイカーであるガントレットであっても正しく推し量れはしない。傲慢な態度も許されて然るべき特別さが彼にはあった。
協会の切り札。それが憎きフロントラインを殺すのだ。そう思えばクソ生意気な若造の物言いもガントレットには福音のラッパのように聞こえる。
「おう、ついてきな。確かに皆があんたをお待ちかねだ」
「私たちもご一緒しても?」
「もちろんだ。あんたらはエイデン殿の『足を引っ張らない』と本部から認められてるんだろ? そうでなきゃ同行者には選ばれねえもんな……是非ともうちの連中の紹介を済まさせてくれ」
エイデンの背後に付き人の如く控える三人のテイカー。無論のことエイデンには及ばないとはいえ、三人共に只者ではないことをガントレットは向かい合った時点で察している。S級の随員に選定されるだけあって彼らもまた強さは折り紙付き。であるならば顔見せの場から省くのは無意味が過ぎるというものだった。
この四人だけで現在のルズリフ支部が有する全戦力以上……いや、それを言うなら。
「どんな任務だろうが俺様だけで片は付くんだが、上座の爺さんたちが連れてけってやかましくてなぁ。まぁ、主役の周りに脇役は付き物。そういうもんとして受け入れているぜ。ここの脇役たちの顔もついでに覚えてやってもいい……明日には忘れてるかもしれねーがな」
エイデン一人だけでも、ひとつの支部以上か。かつてS級のとあるテイカーの世話になり、その強さを間近で味わった経験のあるガントレットとしてはそうだとしても不思議ではないと。否、むしろそうでなければおかしいと、そこまでエイデンを高く見積もっている。現場員上がりの支部長として数多くの者たちを見定めてきた彼のこと、その見立ては決して的外れではないはずだ。
「ついてきてくれ。ロビーじゃなんだと思ってな、奥で待たせてんだ。ルズリフ支部のA級たちをな」
◇◇◇
「しけてんなぁ、おい」
エイデンの第一声がそれだった。通された一室で先んじて席についていた三人の顔ぶれを眺めて、その直後の一言目である。ピリ、と場に張り詰めた空気が漂う。それにも構わずズカズカと歩を進めたエイデンは三人の対面の席へと乱暴に腰かけ、長い足を組んで続けた。
「こんなもんかよ、ルズリフのA級。再開拓のために集められたって聞かされたもんだからそれなりに期待もしてたんだが……なんだ。あれか? 精鋭ってわけじゃなく『掃き溜め』っつーことでいいのか?」
アイアス。ロドム。そしてミーディア。現在ルズリフ支部に所属している全A級がこの三名。あまりに明け透けな侮辱の言葉を受けて彼らは三者三様の反応を見せた。
アイアスは小さく眉をひそめつつも表情自体は変えず冷静で、反対にミーディアはくすくすと笑いながらもそこに友好的な気配は浮かべていない。そしてそんな二人に挟まれた短髪の彼。ロドム・パトリオットはその広い額に血管を浮き上がらせて、見るからに不快な様子であった。
「非礼が過ぎる」
「ああ?」
「エイデン殿、あなたはお強い。しからば何を言っても良いのか。今し方のあなたの発言は私たちを愚弄するだけでなく、支部のテイカー全員をひどく貶めるものでもある。──先の任務で殉職した者たちも含めて、だ。とても看過できるものではない」
「……何を言うかと思えば」
ロドムの主張は真っ当な意見であり、怒りだった。非があるのは間違いなくエイデンの方だ。が、彼は向けられた怒気を笑い飛ばして言った。
「一応は資料にも目を通してきてるんだぜ」
「何?」
「そこには生き残りのA級は女一人だけだと書かれていたっけなぁ。ってことは、お前とその右の男。てめえらは例の作戦に参加もしてねえ落選組ってこったろうが。共に戦ってもいねえくせしてよくぞまぁ死んだ奴らのためにぐちぐちと言えたもんだ!」
「……!」
痛烈な言葉だった。それはエイデンの侮辱を正当化するものでは断じてないが、仲間の死を悼むロドムの傷心を的確に抉るものであった。思い切り頬を殴りつけられたような衝撃に反論も思い浮かばない彼に代わって、「じゃあ」と口を開いたのはミーディアだった。
「任務に参加した私なら、あなたの言い草に文句を付けてもいいのかな?」
「あー? ふざけろよ、参加しておきながら仲間を大勢死なせてる時点で論外だろうが。てめえら三人とも俺様に意見できる権利なんざねえってことをまず理解しろ。そもそも何言われたって仕方ねえ立場だろ? 揃いも揃ってテイカーとしての果たすべき役目を果たせてねえんだからな!」
「うーん。それを言われると痛いなぁ。なんと言ってもS級様は任務に失敗なんて一度だってしたことないんだろうしねぇ」
一度だって、の部分を強調した彼女にエイデンの薄い色味のサングラスの向こうにある目付きが僅かに変化した。
「あれ? でもおかしいな。私が調べた限りでは確か、エイデン・ギルフォードは過去に何度か……本部が想定した以上の被害を出して任務未達成扱いを受けていたはずだけどな。つまり、失敗しているってことだよね? あらら大変だ、S級ともあろう者がテイカーとしての役目を果たせていないなんて!」
「……てめえ。そいつは意見してるんじゃなく喧嘩を売ってるってことでいいんだよな?」
買ってやるぜ、と。エイデンが放ったプレッシャーは部屋中を揺らすかのようだった。ビリビリと肌を突き刺すそれをこの場にいる全員が味わう。殺気すら伴っているその圧を真正面から浴びて、しかしミーディアの口元から笑みは消えなかった。
「まさか! そう聞こえたなら、ごめんさい。謝るよ。ただ私は知ってほしかっただけなんだ」
「知ってほしかっただぁ?」
「うん。こっちもあんまし余裕ないよってこと」
──実際のところ、エイデンの無作法が何も全て彼の横柄さからくるものではないということを、ミーディアを始めルズリフのA級たちは皆がわかっていた。彼の傲慢に嘘はないだろうが、しかし自身のそういった面を殊更に強調することで意気を落としているであろうミーディアたちの不興を買い、奮起させようと。つまりは発破をかける目的があったのだと察していない者はいない。
それを踏まえても言い過ぎであると窘めたのがロドムであり、まずこの乱雑な気遣いが不要であると物申しているのがミーディアであった。
「焚き付けてもらう必要、ないんです。私たちはもうこれ以上ないほど燃え上がっているんだから」
そう言ってミーディアは真っ直ぐにエイデンを見返す。ロドムも、ここまで口を開いていないアイアスも。三人ははっきりと示していた──消沈なんてしていない。むしろ過去最大と言っていいほど任務への意欲に燃えている。仲間の仇であるフロントラインを殲滅すべく、ごうごうと意気を燃やしているのだと。彼らの眼差しはそう訴えていた。
それを受けて、エイデンは「ハッ」と小馬鹿にするように一笑いをして。けれども場に緊張を強いていた雰囲気を霧散させて言った。
「焚き付ける? 何を言ってんだかさっぱりだが……まあ好きに勘違いしてろよ。単なる腑抜けの集まりじゃねえとわかっただけで充分としておいてやるぜ」
「それは何よりだね。お互いにさ」
「ちっ……ちゃっちゃと話を進めっぞ。そっちからアイアス、ロドム、ミーディアでいいんだよな? 俺様はエイデン、ここまではお互い様によーく知ってるようだからもう名乗る意味もねえだろう。てなわけで、こいつらだ」
エイデンは自分の後ろに並び立つ三人を親指でさし、ミーディアたちから見て左側の男性からその紹介を始めた。
「こいつはオルネイ。俺様の付き人みてーな立ち位置の特A級。まあまあ使える奴だ」
「任務によっては優先的に同行させてもらっています。ルズリフ支部の皆さま、以後お見知りおきを」
柔和に微笑みながら丁寧に頭を下げた彼は、エイデンとは正反対によくできた真面目な人物であると一目でわかる出で立ちをしている。付き人、と本人が言うからには通常のテイカーで言うところのコンビのようなものだと思っていいだろう。この見るからに反りの合わなさそうな二人がよく一緒に行動できるものだ、と感心したのはミーディアだけではなかったはずだ。
次にエイデンは自分の真後ろの彼を指差して。
「こっちがA級のロールマン。一緒になるのは初めてだが割と使える奴だってのは知ってるぜ」
「…………」
小さく会釈だけをして、ロールマンは何も言わない。支部の人間と親しくなる気がないのか単に無口なだけか。おそらくは後者だろうな、と彼のむっつりとしながらも人の悪さが窺えない気配からミーディアはなんとなくそう思う。こちらもきっとエイデンとは反りが、というよりノリが合わないに違いない。供回りとして連れてくるのもおそらくはエイデンと気質の近しい者たちだろうと予想していただけに、彼らの人柄はルズリフ側からすれば意外と言えた。
最後の同行者として、エイデンは自身の右後方に立つ女性を示した。
「で、C級事務員のイリネロだ。こっちも俺様とはお初だが使えねえってことはねえはずだ」
以上だ、と使える・使えないの二元論だけの評価で紹介を終えたエイデンの粗雑っぷりもさることながら、それ以上にミーディアの気を引いたのは。
「……え? C級の、事務員?」
にこにこと微笑んでいるその女性──歳はミーディアとも近そうなので少女と言うべきか、とにかく彼女の肩書きが信じられなかった。
他二人は、何もおかしくない。特A級とA級。S級の供回りに選ばれるに不足ない等級である。が、それに対してイリネロはC級、それも戦闘を担当する現場員ですらなく裏方の事務員であるという。ミーディアが何かの間違いではないかと訊き返したのも当然だろう。
だがエイデンはそんな彼女のリアクションをせせら笑うようにして頷いた。
「そうだ、確かにそう言ったぜ。C級の事務員だってな。だが案ずるな、俺様が同行に許可を出した面子だぜ? 強ぇよ、こいつらは。俺様ほどじゃあなくともてめえらよりは間違いなく上だろうぜ」
「……一緒に戦ったことがあるのはオルネイだけなんでしょ? なんでそこまで言い切れるのかちょっと不思議なんだけど」
「てめえも本部にいたことがあるならわかんだろ? 特にできる奴ってのは広い本部でも自然と名が聞こえてくるもんだ。ロールマンはその筆頭みてーなA級。んでもってイリネロは知る奴ぞ知るって感じか。なあ?」
話を振られ、イリネロは楚々とした様子で口元に手を当てながらそれに同意した。
「お恥ずかしながら、同僚には皆に私と姉のことを知られております」
「姉?」
誰のことだ、と訝しむミーディアにイリネロは「はい」と静かに応えた。
「改めまして、私の名はイリネロ・ドーパ。ここで未だ眠りについている特A級テイカーのダンネロ・ドーパは、私の実姉なのです」




