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47.解放

「き、鍛える……?」


 意味が、解らない。今ほど本気でそう思ったことはない。突拍子もない事態に困惑してきた例は前世においても今世においても枚挙に暇がないけれども、わけのわからなさで言えば間違いなく一番だ。


 ライオット。この男の何もかもが、僕にはまったく理解できない。


「俺はさ、ライネ。君のことを『名前を覚える価値のあるやつ』だと思っているんだ。どうでもいいやつは覚えたってすぐに忘れる。ほら、興味の持てないことってなかなか頭に入ってこないだろ? 俺は特に人に対してそーなわけ。弱っちい雑魚に記憶の要領使うのは無駄無駄。効率的にしなくちゃあな、なんだって」


 つらつらと語るライオットが何を言わんとしているのか、やはり僕にはわからない。だからただその言葉に耳を傾けることしかできないのだが……そうやって訝しむ僕に、彼は続けて言った。


「勿体ないと思うんだよ。君みたいなやつが協会員なのは、ちっとも効率的じゃない。いるべきは本来アンダー(こっち)だろう。その方がずっと君の才能は輝けるし、力も伸びる。そして楽しいぜ、きっと」

「な……」

「なあ、どうしてテイカーになんかなったんだ? 君の抱える『何か』はテイカーにならなきゃできないことなのか? それは本当に君の『やらなきゃいけないこと』なのか?」

「…………」


 答えられない。彼に知られてはいけないから、ではなく、返すべき答えを持っていないからだ。この質問への回答が僕にはない。


 テイカーになったのも、いつか世界の危機へ立ち向かうのも、それらひっくるめて『善く生きる』ことも。全てはシスの言うがまま、彼女を生み出した神のような何かの思し召すままだ。僕がしたいことをしている結果では、ない。僕はただの代行者でしかない。


 それを嫌だと言っているんじゃない。シスの指示通りにやってきたのを後悔しているわけでもない。ただ、これが本当に正しいことなのかと問われた場合に、間違いなく正しいと。これでいいのだと自信を持って答えられもしない……何せそこに僕自身の意思はなく、またその有無すら行いには関係がないのだから、まさか自信なんて持てるはずもない。


 罪と罰だ。前世で犯した罪に相応しい罰が、欲しい。そしてあわよくば許されたいし、認められたい。僕にあるのは浅ましい欲求ばかり。シスがいなければ、彼女が導いてくれなければ、僕という存在はあまりにも罪深く、あまりにも矮小だった。


「壊そうぜ、ライネ君」

「こ、わす」

「何に縛られているのかは知らないが、それを壊そう。俺たちはそのために集まって、そのために最前線域フロントラインと名乗っている。狭くて小さくて窮屈な檻を、構造を、まとめてぶっ壊す! そうして生きやすい世界にするんだよ。俺や君みたいなでっかい存在にはそうする以外に伸び伸びと生きる道なんてない」

「それがお前たちの目的なのか」

「その通り。環境の改善を望むのは誰だって同じだろ? その規模が少しばかり大きいってだけのことさ」


 だから、と彼はまさに夢を語る若者のように楽しそうに続けた。


「まずはルールを作っているテイカー協会を潰す。奴らに睨まれちゃ大半の魔術師はどうしようもない。軍門に下って連中の犬になるか、陽の当たらない場所で虫みたいに暮らすかのどっちかだ。せっかく人より優れた力を持っているっていうのに自由が一切ない! これって悲劇だと思わないか? 君だってそうだ。協会なんかなければもっと好きにできたろう。そんな目をして生きることはなかったはずだ」


 そんな目、とは。彼から見た僕はいったいどんな風に映っているのだろう。ここまで言わしめるほどに、鬱屈しているように。窮屈な思いをしているように、見えているのだろうか。


 僕は縛られているのだろうか。あるいは、囚われているのだろうか。


 ──何に?


「解放しよう。もっと自分に正直になれよ。今のままで満足しちゃいないってのは見ればわかる。現にそのままじゃ宝の持ち腐れってやつだしな。協会に戻ろうなんて思うな。俺たちを敵と思うのもやめろ。そうすれば君は伸びる。元来、何にも邪魔されないのが条件なんだぜ。本物の才能を花開かせるには」

「……お前なら、僕の才能を伸ばせるって? そうして何をするつもりなんだ」

「警戒しなくたって、今は仲間になれなんて言わないさ。俺たちの目的に協力しろとも言わない。だが共感はしてほしいかな。世の中には『外れる』しか道のないやつってのは意外と多いものなんだ。そういうのを切って捨てて社会は成り立っている……だったらそれをやり返されたっておあいこだろ? 外れ者こそがまともな世界にするんだ。もっとずっと楽しくなるよ。それはきっと、ライネ。君にとっても生きやすい場所だ」


 ライオットが、手を伸ばしてくる。握手を求めるように……もしくは、拾った犬に「お手」の芸を要求するように。


「この手を取れよ、ライネ。俺が君を鍛えて強くしてやる。『こっち側』へ来られるように。その後でどうしたいかは、自分で決めたらいいさ」

「……よく言う」


 手を取らなくたってどうせ逃げられやしない。仮に一時のつもりでライオットに弟子入り(?)したとしてもそれは同じだ。僕には実質、彼の言う通りにする以外の選択肢がない。まさに正道から「外れる」しか道がない状況だ。


 シスに言われるがまま、の次は、ライオットに言われるがまま、か? そう思えば大して違いもないな。ただ、僕の中にあるもの。均衡というか天秤というか、とにかくバランス的には幾分か気持ちがよくない。シスの指示通りに『善く生きる』ことは少なくとも僕にとって迷いの生じない清々しい道だった。ライオットに師事した場合、そういう感覚は味わえないだろう。罪を償うという、最も欲してやまない時間を、過ごせない。それは我慢のならないことだ。


 だが、仕方ない。言ったように選択肢がまず存在しないのだ。目の前の男の言葉に従う他ない。──割り切ろう。


 これは、チャンスだ。


 シスの声はまだ聞こえない。彼女がどうしたらいいか教えてくれることはない。だからこれは、僕がライネとなって初めて、僕だけの意思で。僕の意志で決めたことになる。


「いいよ、ライオット。僕はお前の手を取ろう」

「!」


 手を出して、握り返す。つい先日チームメンバーたちと固く握手を交わしたその手で、彼らを害した敵と友好の握手を交わす。泥を啜るような気分だ。けれどいいさ、必要経費だ。


 僕はライオットに逆らわない。ライオットの仲間にも逆らわない。媚も売ろう、尻尾も振ろう。それで生き延びられるなら。それで強くなれるなら、何をしたっていい。どれだけ屈辱的な行為だって躊躇わない。


 この男を倒せる、その時まで。僕は牙を磨こう。


「やる気満々って面じゃん。嬉しいね」


 髪の色より鮮やかな金色の瞳を妖しく輝かせながら微笑みかけてくるライオットに、僕も笑みを返した。


「これからよろしく」


 どちらかの末まで。



◇◇◇



 しずしずと廊下を歩く一人の女性が、ふと立ち止まる。目当ての部屋の扉が開け放たれているのに気付いたからだ。ノックをしてから入室しようとしていた彼女はそれができないことを悟り、いきなり顔を出すのが不躾になりはしないかと悩む。すると、部屋の中から話し声が漏れ聞こえてきた。


「こんな形で往復することになるとは思わなかったぞ。戻ったばかりの本部で顛末を聞かされた時は久々にこの弱った心臓によくない震えが走った」

「……申し訳ねえです、グリンズさん。全ては俺の責任だ。人員の決定も、ランの拘束の仕方も。もっとやりようはあった」

「いや、本件は元より本部付き。君は指示に従った上で最善を尽くしたのだ。責任はあれど責などなかろう。それを背負うべきは、この私だ」


 部屋の外で女性は内心頷く。今のは実にグリンズらしい言葉であると。


 最前線域フロントラインを名乗る謎のアンダー組織を葬り去る、ないしは存続が困難になるほどの大打撃を与える。それを目的として行われた作戦が、失敗した。フロントラインの構成員を減らすこと自体はできたものの、その代償にテイカーが複数人死亡した上に餌とした地噛の上級魔石を奪われ、ついでのように貴重な情報源足り得たランという捕縛済みの構成員までいつの間にか死んでいた。これでは差し引きとしてまるで釣り合っていないと言わざるを得ない。


 中でも今回はA級並びに特A級という協会にとっても失いたくない駒が多く落ちた。その損失は計り知れず、それでいて確認されたフロントラインの「主要構成員」と思われる者たちは取り逃がしてしまっているのだから、紛れもなく本件は協会の完敗であると称する他ない。


 本部の最高意識決定機関である「上座」もこの事態にはひどく慌てたようだ。急すぎる出立命令が自分やグリンズに下ったことがその証明。グリンズには、ルズリフ支部の支部長であるガントレットよりも上の立ち位置で本部との連携と意思疎通を強化するパイプの役割が。そして自分には、これ以上の死者や復帰困難者を出さない役割が課せられている。


「失礼します」


 このまま会話を盗み聞く形になっては余計に失礼だと考えた彼女は、思い切って身を晒した。そもそも扉が閉められていないのは用件があるなら誰であれ入室許可など得ずともすぐに入っていいという、室内の者たちからの意思表示に他ならない。


 平時のマナーを守っている場合ではない。グリンズもガントレットもそれだけ現状を深刻に捉えている。それがわかるだけに彼女は堂々と支部長と本部役員のやり取りへ口を挟んだ。──自分が持ってきた報告はそうするだけの価値がある。


「ダンネロ様の容態が安定しました。命に別状はないでしょう」

「おお! そうか、ダンネロは助かりそうか……」


 死線を彷徨っていた特A級の一人がどうにか峠を越えたと聞いて、グリンズもガントレットも見るからに安堵の表情を見せた。共に出向した特A級の片割れであるマーズは、現場で死亡している。それを皮切りに押し寄せたフロントラインとの戦闘で作戦に参加したA級たちもミーディア以外は全員命を落とした。二人は貴重な生き残りの現場員である。けれど、生き永らえたと言ってもどちらも相当に傷付き、半死半生といった有り様であることに変わりはなかった。


 死すら克服する唯術によって五体満足のミーディアも、しかし魔力の枯渇によって今は深い眠りについている。ダンネロはもっとひどく、単身で敵の主要構成員二人を引き受けたことで腕と脚を一本ずつやられ、呼吸器官も潰されていた。持ち前の生命力、そして駆け付けた彼女の治療がなければまず間違いなくダンネロも死亡者の一員になっていたことだろう。


「流石はマーゴット君だ。私は最悪も想像していたが、よく持ち堪えさせてくれた」


 称賛に彼女、マーゴットは恭しく頭を下げた。彼女は本部お抱えの治癒者の中でも最も若く、それでいて腕前確かな才女である。それだけに滅多なことでは本部から動かされないのだが、その例外が今。これだけの被害が生じたとあってはさしもの上座も優秀な治癒者を寄越さないわけにはいかなかったのだろう。


 それは正しく、けれどもう少し早くに下すべき判断であったと。ダンネロだけでなく数少ない生き残りたちを治療し終えたばかりのマーゴットは心よりそう思う。


 ダンネロの命は助かった。良い報告はそれだけであり、ここからは悪い報告をしなければならないが故に。


 その重々しい雰囲気から察したのだろう、喜びを消した二人の眼差しが続きを促していることを確認してからマーゴットは口を開いた。



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