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40.急転

「凍結」


 凶獣の体格の割にはずんぐりとした小さな足が地面ごと凍り、その場に縫い付けられる。と同時にギルダンの剣技が降りかかった。


 彼の武器である刀は彼の唯術から生まれたもの。曲がっても折れても新たに代わりを出せるため、硬そうな相手にも躊躇せず刃をぶつけられる。と言っても唯術に目覚める前から剣術を嗜んでいたという彼のこと、その腕前は確かだ。凶獣の見るからに堅牢な甲羅にも弾かれることなく、また刃こぼれも起こさずにそれを切り裂いてみせた──が、浅い。斬れることには斬れるが致命傷を与えるには程遠いようだ。


《見事な連撃、ですがダメージとしてはほんの少し肉を裂いた程度。ここは凶獣の防御力の高さを褒めるべきでしょうね》


 狩るべき魔物の長所なんて褒めようとは思わないけどね。


 チーム内で最も殺傷力が高いギルダンの剣技の通りが悪いのは良くないニュースではあるが、傷を負わせることができているのならやりようもある。攻撃を重ねて少しずつ弱らせていってもいいし、あるいはどうにかして凶獣をひっくり返すことができたなら、硬い甲羅に守られていない腹の側を攻めることで手早く倒せもするだろう。


 どちらがより現実的な案であるか天秤にかけるのはさておいて、ともかく追撃を行なうためには凶獣の動きを止めておくのが先決にして不可欠だ。そのために僕は奴の足元を丸ごと覆っている氷の厚みと範囲を増やさんとした。しかし。


「っ、こいつまた転がって──うおっとぉ!?」


 僕の追加凍結よりも、ギルダンの次なる一刀よりも早く凶獣は手を打った。否、足を踏み出した。正確には丸まった瞬間に転がり出したのだ。変形と移動を同時に! おかげでギルダンの刀は空を切り、僕の氷は無理矢理に剝がされて砕けてしまった。


《あの鎧めいた甲羅は凍結による弊害も最低限度に抑えてしまうようですね。同じことを荒霊がやれば下半身が無事じゃ済みませんよ》


 そもそも荒霊程度であれば、今の僕の凍結なら一度の拘束だけでもまず逃げ出させない自信がある。それが凶獣には通じなかったというのは、それだけ凶獣の亜種個体が同じ下級クラスであっても強力であるということ。運転手のおじさんの忠告通り、気を抜いてはいけない相手のようだ。


 自分の方に突進してきた凶獣をザッツが慌てて躱す。彼を狙った、というより僕らの追撃から逃れるべくとにかく転がった進路上に彼がいた、といった感じだったが、無論能動的な攻撃でなくてもあんなものをまともに受けてしまっては大変だ。全開の魔力で身を守ったって無事で済むか怪しいレベルの一撃を移動しながら繰り出していると思うと、つくづく厄介な魔物だ。


 だがその事前情報ありきで挑んでいる僕らにとってそれは織り込み済みの事実。なので、ぐるりと周囲を回り込んで再びこちらに狙いを定めようとしている凶獣を前にも冷静でいられた。


「負傷箇所を中心に叩けばなんとかなりそうだな! モニカ、あと一回止められるか」

「うん。あの感じなら何回でもいけそう、かな?」

「僕の凍結で奴を固定できるのは一瞬だけど……」

「僅かにでも転がり出すまでにラグを作れるなら充分だろう。俺も先以上に斬る、もう一度同じ布陣でいこう」


 さっと意思疎通を介し、凶獣の再接近に合わせて僕たちも再度フォーメーションを組む。再び凶獣を真正面から迎え撃つ形。同じ流れで更に手傷を負わせられそうだ、と思いきや。先とは違う流れがそこに生じた。


「加速だと!?」


 ドンッ、と砲弾の発射音めいた鈍い音を立てて進行中の凶獣の身が突如としてスピードアップ。しかもその進行方向の角度を変えて、僕とギルダンを背にするモニカではなく──一人外れた立ち位置にいるザッツの方へ向かった。これは明らかに彼を狙ったもの! それも意図的にこちらの意表を突くべく行っている、凶獣なりの作戦か……!


《下級であってもこれくらいの知恵と策を行使する魔物はいる。侮れませんね》


 火の玉を放るタイミングを逸し、硬直で行動が取れずにいるザッツ。今にも悲劇が起こらんとしているその最中にいながら淡々と、まったく他人事の温度感で呟かれるシスの声。


 ──予想外の展開、そして仲間の危機に慌てる僕たちと違って彼女にはやはり、他者を慮る気持ちというものは基本的に存在しないようだ。どういった状況下であれシスが配慮すべきは僕の安全……いやさ生存、ただひとつ。それに関わらないのであれば誰がどうなろうと知ったことではないのだろう。


 まあ、それもいい。彼女はその存在意義からして僕のみに掛かり切るのが当然とも言える。


 だからその分、僕以外の人は僕自身が助けよう。

 それがきっと『善く生きる』ことにも通じるはずだから。


「遠点凍結」


 実は先ほどの凍結の際、僕は凶獣の足元だけでなくその先にも氷を伸ばしていた。薄く細く、最低限の消費で氷の道を作った。何故そうしたかって、それが離れた箇所に凍結を届ける唯一の手段だから。文字通りの線でしかなくともそこに通路が出来上がっていれば、僕の手が触れているも同然。即座に遠点凍結による氷面の拡大が可能である。


 さすがに海上と同じように、とはいかなかったがそこは魔力の出力を上げることでカバー。感覚に従って行なった調整は実を結び、「こんなこともあろうかと」僕らの周囲に放射状に張り巡らせていた氷路の一本に凶獣が差し掛かった瞬間、その地点を凍結によって凍らせることに成功。


 ずるりと凶獣が回転する肉体を空滑りさせ、加速分も帳消しになるほどガクッと速度が落ちた。


「荒霊やガントレットさんみたいにあの体重でしっかりと地面を踏み締められたならこんな手は使えなかった……転がるという奴の最大の武器が僕にとっては最大の付け入る隙だった。モニカ、お願い」

「う、うん!」


 モニカは自分の周辺だけでなく、少し離れた場所にも盾を展開できる。そうすると強度が落ちる上に魔力の消耗も大きくなるようなので僕の凍結と同じく考えなしに多用できる代物ではなさそうだが、今このときはまさに使いどころだろう。


 凶獣のスリップで出来た時間を使ってザッツとの間に盾を張るのが間に合った。直後に凶獣はそこに突撃したものの、落ちた勢いは戻っておらず、通常時より強度に欠ける盾でも充分に壁の役割は果たされた。


 凶獣は再び静止している。また転がり出すまでの短い沈黙。今から僕が奴の足を凍らせるのは不可能だ、届く前に動かれる。だが、凶獣が進路を変えたと同時に走り出していたギルダンがそこにいる。そして最大まで火力を高めた火の玉を握り締めるザッツもだ。


「盾を解け!」


 ザッツが燃え盛る火の玉を振り被りながら叫ぶ。その言葉に従って彼と凶獣を別たっていた半透明の魔力の壁が消え去り、そして白刃と火炎が閃いた。宣告通りに先の連撃より数も鋭さも増したギルダンの剣技が冴える。一発目のそれより激しい炎を、投げるのではく敵へ直接叩きつけたザッツの度胸が光る。


 僕が僕の唯術で凍傷になったりしないように、ザッツも自分の炎に焼かれることはないようだが、けれどあれは爆弾で直に殴っているのにも等しいとんでもない行為ではなかろうか。現にザッツは手の内から起きた爆風に煽られて後ろへ倒れ込み、そのまま一回転してしまっている。火傷の心配こそなくてもやはり間近で爆発を起こすのは危険が生じるようだ。


 しかし、そのリスクを負ってでも彼が打って出たのは正解だと言える。


「ギ、ア……」


 敵の攻撃に備えるためだろう、丸まったままでいる凶獣。その甲羅に隠れた口から苦悶の声らしきものが漏れ聞こえた。──効いている。丁寧にも先の刀傷の上から斬撃を重ねたギルダンの冷静さと、その反対側から高火力をぶち込んでみせたザッツの闘争心が功を奏し、凶獣を苦しめていた。


《凶獣が転がるためには一旦二足歩行の状態に戻り、丸まる動作で勢いを付ける必要がある。一度目と二度目の突進がどちらもそうやって行われていたからには間違いないでしょう》


 つまりは、球体のままで動けずにいる今が最大の攻め入る好機。奴がまた回転を始めて別の策を見せるなり、あるいは逃げるなりされても面倒にしかならない。ここで決めるが吉。それはやり取りを交わすまでもなくチーム間に共通された思考であった。


「一斉攻撃で畳むぞ!」

「ああ」

「うん!」

「わかった!」


 四人で取り囲み、各々が可能とする最高の攻撃を仕掛ける。


 ザッツとギルダンはもちろん火の玉と刀で、モニカは先を少しだけ尖らせた盾で、僕だけはそういった武器がないので素手で。なんだか一人だけあまり貢献できていない気がしないでもないが、魔力で強化した拳なのだからいくら甲羅越しとはいえ多少のダメージの足しにはなるだろう。


 岩を殴りつけているような感触を味わいながらも僕は殴打の手を止めず、他三人も一心に攻め続けて──やがて凶獣の体から不意に力が抜けた。球体を維持できなくりごろんと横になったその姿は、どこからどう見ても既に力尽きていた。


「トドメだ」


 だが、一見しての決着にもギルダンは油断なく刀を一振り。無防備になった凶獣の首に真一文字の傷を深々と刻んだ。人間の意表を突けるくらいには知恵のある魔物なのだから死んだふりだってするかもしれない。うかうかと近づいたところをがぶりとやられる可能性は大いにあり得たのだから、念入りの一撃で死亡を確定させるのは大切なことだ。


 果たして凶獣に騙し討つつもりがあったかどうか、その肉体は塵となって消えていった。その現象と、魔物の魔力が霧散して起こる特有の消失反応を感じ取って、ようやく僕たちは喜べる。地面に落ちている魔石をザッツが拾い上げて、彼は達成感を感じさせるいい笑顔でいった。


「任務完了、だな! 見ろよこの魔石、今まで見た中で一番きれいだぜ!」

「わぁ、ホントだね~」

「実際に任務完了と言えるのは支部に報告し、それを差し出してからだがな」

「疲労している帰還時こそ注意を怠るな、だろ? 習ったことは忘れてねーよ。ちゃんと支部に着くまで気は抜かねー」


 それよか、といつもそうしているのか自然な動作でモニカへ魔石を預けたザッツは僕の方を見て。


「さっきはサンキューな、ライネ! お前の助けがなかったらぶっとばされるとこだったぜ」

「礼なんていいよ。チームとして当然のことをしただけなんだから。最初の時点で僕が上手く氷漬けにできていたらそもそもピンチにだってならなかったんだし……」

「なんだよ、俺がすげーって思って助かったって思ったんだから素直に礼くらい受け取ってくれよな。やっぱお前を誘ってよかったぜ! なあ、二人もそう思うだろ?」


 ザッツの問いに、モニカもギルダンも笑みを浮かべて頷いた。それを見て僕はなんだか目元がジンとなって、胸の奥が熱くなった。


 いつ振りだろうか? こんな風に人と温かく接し合うのは。ミーディアやガントレットも僕によくしてくれているが、あれは言うなれば施しであり、僕の方からそれに見合ったものは返せていない。けれどザッツたちとなら互いに助け合い、手を取り合いながら成長していけるだろう。そう確信できた。


 凶獣討伐を経て得られたものは僕にとって頗る大きい。何せそれは、前世においてはついぞ手にすることができなかったものでもあるから。


「ありがとう、みんな。僕こそ誘いを受けてよかったって心から思っているよ。改めてこれからよろしくね」


 僕も三人へ笑顔を返す。ザッツが差し出してきた手を握り、固く握手を交わす。登録はとっくに済ませているが、しかし今だ。僕が彼らの一員になったのは間違いなく今この瞬間である。


 今後はこの四人で、このチームで切磋琢磨しながら戦っていくのだと思うと高揚までしてくる。僕はつくづく、新たな生を受けて以降の出会いに恵まれているな──。


《ライネ》


 温かさに浸る胸中へ冷や水を浴びせる、シスの緊張を孕んだ声。


そこにいます(・・・・・・)


 後頭部を引っ張られるような感覚。それに従って振り返った先にいたのは。


 三人組の襲撃犯の一人。

 水噛の魔石を奪って行方を眩ました、あの金髪の男だった。



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