38.口実
「俺の唯術ってさぁ、ほら。火だろ? だから魔物との戦いでは森林火災を起こさないよう注意しろって訓練所で散々言われたんだよ。ちゃんとできてるつもりだったんだけどなー」
と、支部のロビーにある一席で僕に語るのは研修で任務を共にした熱血少年ザッツ。テーブルにはあの時のメンバーであるモニカとギルダンの姿もあった。
「でもやっぱ訓練と実戦は違うんだな。アイアスさんにあのあと注意を受けちゃってさ。ライネの氷で水気が多くなってなきゃ辺りまで燃やしてたぞって。それでもっと気を付けようって思ったんだけどよ、でもそう簡単に制御力は上がらないだろ? 火力だって上げてかなきゃなんだから加減を身に着けるのも難しいっていうかさ、だから……」
「ライネ。お前がいてくれると助かるからチーム申請をしないか。と、こいつは言いたいのだ」
「あっ、なんで先に言うんだよ!?」
「照れているのかなんなのか知らんが、お前がいつまでも本題に入ろうとしないからだ」
「今誘おうとしてたんだよ!」
おお……なんだかいつの間にか随分と仲良くなっているな、この二人。前は仲裁に入っていたモニカがにこにことザッツとギルダンの言い合いを見守るばかりということは、やはり印象通り、これは初対面の時のような険悪さからくるものではなくじゃれ合いに過ぎないのだろう。
《あなたが水噛討伐に引っ張り出されている間に彼らは何度か一緒に任務をこなしていたようですからね。そのままチームまで組んでいるからには多少なりとも仲も深まっていることでしょう》
チームを組むって、つまり同じメンバーで何度も任務を受けるってことだよね? テイカーってそういうこともできるのか。
《そりゃできますよ。水噛戦のように個人単位で細かく人員が決まっている任務なんてそう多くないはずなんですから。大抵の場合は等級と人数くらいのものでしょう、上からの指定なんて。チームで活動する融通くらいはいくらでも利きますよ》
そっか。重要性や危険性の高い任務であれば──水噛の討伐はそのどちらにも当てはまっていたと言える──それに適した能力を持つ個人を名指しして任務に宛がうのは当然だが、それだけ高難度の任務ばかりがテイカーの仕事ではない。というか、そんな仕事しかないようならそれこそダンネロの言葉通りB級以下に活躍の機会なんてないことになる。
そうなっていないからには、水噛討伐や今度の地噛討伐はむしろ極少数の例にあたるものであって、その他の大半は「誰でも受けられる任務」である。そう理解しておいて間違いはないのだろう。
で、ザッツたちはC級相当の任務をこのメンバーで数度受けて、順調に経験を溜めていっているところだと。
「できればライネくんとも一緒が良かったんだけどねぇ。でも、なんだか忙しそうにしてたから」
「なんかすげー任務に引っ張り出されてたんだろ? どうだったよ、A級の人たちとの仕事って!」
「おい、話をとっ散らかすな。まずは了承を得ろ、了承を」
「あっと、僕はもちろんOKだよ。誘ってもらえて嬉しい。今からでも同じチームになってもいいかな?」
「あったり前だろ! 初めからそうするつもりだったんだぜ、俺は」
《消火器代わりにあなたが欲しいから、ですかね》
ほら、またそういう言い方をする……いちいちシスは露悪的が過ぎるよ。
まあザッツだって研修での戦闘がいい感じだったからこそこの面子でチームを組もうと思ったのだろうし、もしもあの時僕が周囲に迷惑をかけるばかりでなんの貢献もできていなかったとしたら、誘われることがなかったのも確かだとは思うけれど。
《あなたこそ悲観的が過ぎるでしょう、その物の考え方》
だとしても誘ってもらえていることを喜ぼう、って言いたかったんだよ。僕が基本的にネガティブなのは慣れてくれ。生前……前世? からしてそうだったんだからもう直りっこないと思ってほしい。
《それは筋金入りですね》
その通り、僕の小心ぶりは針金のように細く固い。そのくせ何かの契機で調子にも乗ってしまいやすいのが僕の悪いところだ……が、まあ。そこはシスがうまくフォローしてくれると信じている。僕を乗せるも乗せないも彼女がコントロールするのであればある程度安心できる。
前のような死に方はきっとせずに済むだろう、と。
《おやおや、おっ被せてくるじゃあないですか。あなたの信頼って重いんですねぇ。私個人としては望むところではありますが。しかし今後は二人体制ではなくこのメンバーで主に活動していくんでしょう? その心積もりはしていてくださいよ》
これからはシスだけでなくザッツたちも僕のフォローをしてくれる。その分、僕も彼ら三人のフォローを頑張らなくてはならない。チームなのだからそれはやって当たり前のことだ。などといちいち考えなくてはいけないあたりが僕の根本的な問題を浮き彫りにしている気もするが、仕方ない。やはり性質というものは死んだってそう簡単に直ったりするものではないようだから。
「許可も貰ったしさっそく登録してくるぜ!」
「おい待て、お前だけでは……聞いちゃいないな、あの単細胞。結成にしろ加入にしろチーム登録には本人がいなくてはいけないというのに。ライネ、悪いが頼めるか」
切れ長の目で僕を見つめるギルダンに頷きを返し、席を立ってザッツを追う。出会いの場でこそ水と油を連想させられた負けん気の強い男子二人のコンビは、意外にもギルダンがツッコミ&制御役になることで割と高相性の様相を見せている。トリオになるとモニカがその包括的なまとめ役、といった感じかな。
《あなたはどんな立ち位置になるんですかね》
それはこれからわかることだ。このチームにおける僕の役割。せめて期待を裏切らない程度の働きはしたいところだが、はてさて。
◇◇◇
事務員に頼んで(エマとは別の人だった)登録の処理を行ってもらい、晴れて僕はザッツたちの一員となった。何かしらチーム名でもあるのかと思いきやそういうものは他チームにもないようなので、僕に具体的な肩書きが増えたわけではないけれども、協会からは「この四名は一個の集まりである」と認知されたことになる。
と言っても任務を受ける際に必ず四名固定というわけではなく僕らは互いにチーム外のテイカーと組むこともできる上、単独で──それが許される任務ならだが──動くこともできる。当然ながら任務そのものに担当テイカーへの指定や条件が含まれていたらそちらが優先される。
なのでまあ、登録までしておいてなんだが所詮チームというのは目安のようなものでしかない。あまり肩肘張って一丸になろうとすると逆に浮いてしまうな、と事務員から概容の説明を聞いてそう理解した僕はおかげで少しだけ肩の荷が下りた。下りてしまった。そのことに自己嫌悪する。
《口実に使った罪悪感ですか? ミーディアからの誘いを断るためにザッツからの誘いを使った、その後ろめたさ。果たして彼らの一員に本心からなりたがっているのかどうか自分でもわかっていないんでしょう。都合よく利用しているともしていないとも言い切れない。それがあなたのわだかまりの正体です》
……なんでもお見通しなんだな、シスは。そう、その通りだ。シスに習って合理的に下したつもりのこの判断が、しかしミーディアにもザッツにも不誠実極まりないものではなかったかと自責の念が苛んでくる。我が身可愛さに保身に走ったわけじゃないと、そう自信を持って言えないからには。これは『善く生きる』ことから外れているのではないかと不安にもなる──けれど、だ。
悩むのもここまでだ。なんにせよ僕はもう道を選んだ。ミーディアについていくには力不足だと実感したのも事実なのだから、今はザッツたちと共に成長していくこと。それが正しいルートだと信じて頑張るしかない。
《……ま、地噛討伐に参加していたとしてもあなたのことですからどうせ後悔しきりだったでしょう。それで万が一にも彼女たちの足を引っ張りでもしたら大変なことです。荷が重いと思ったのなら引くのは正解でしょう……ただし、それが本当に「正しい」道なのか。正否はまだ答えとして出ていませんがね》
シスは多少の無茶をさせてでも効率的なレベリングを望むタイプだ。それでいて僕にとって多少ではない無茶だと思えばそれを止めてくれもする。
その彼女が地噛討伐への参加も「なしではない」と判断していたこと。それもまた僕に迷いを生じさせた大きな要因だった。けれど、これだって今更考えたって仕様がない。水噛戦のように最低限のサポートすら果たせず皆に迷惑をかけてしまう、その可能性の方がずっと高いと、僕自身はそう思った。だから──。
「……ネ。おーい、ライネ? 聞いてる?」
はっとして僕を呼ぶ彼女、ミーディアへと意識を向ける。そうだ、今僕は任務に赴く彼女を見送ろうとしているんだった。ダンネロを始めとした参加者たちが移動車に乗り込んでいく姿を見て、ついついそこに僕が混ざっている場合のことを考え込んでしまった……。
軽く首を振って余計な思考を振り払い、こちらを覗き込むミーディアと向き直る。
「聞いてるよ。帰りがいつになるかわからないって話だよね」
「そうそう。地噛のポイントまでけっこー離れてるっぽい上に、ほら。例の連中もどう出てくるかわからないからさ。でも大丈夫、勝つのは絶対私たち。だからもしも戻ってくるのが遅くなってもライネは心配しなくていい。余計なことは気にせずそっちの任務に集中してね」
うん、と頷きつつ僕は苦笑する。どちらがより過酷な任務に就こうとしているかって、それは断然にミーディアの方だ。なのに彼女は僕のことを気にかけてこんな言葉までかけてくれる。その優しさが身にも心にも染み過ぎる。
誘いを断ったことが尚更申し訳なくなるが、ここで言うべきは謝罪ではなく感謝。それくらいはいくら悲観的な僕にだってわかっているので。
「ありがとう。僕も頑張るから、ミーディアも頑張ってきて」
「おっけー。お土産を期待しててよ」
彼女の言うお土産とは地噛の魔石と、それを目当てにやってくるだろうフロントライン構成員の身柄ないしは首のことだ。物騒な物言いとは裏腹のカラッとした笑顔を見せてミーディアは最後に乗車し、そして移動車はA級以上のテイカーばかりを乗せて出発した。
車の運転手を務める事務員とその補助役の事務員二名も、現場までは同行しないにも関わらずB級で揃えられているとのことなので、それだけタフな任務と見做されているのは確かだ。しかもこの二人は戦うことよりも生きて情報を持ち帰ることに適した人選というのだから徹底している。
《前回、前々回とフロントラインが出張る度に事務員まで犠牲になっているんですからこれくらいは当然の処置です。むしろ絶対に失敗するなと言う割にはまだまだ甘い方だと思いますよ。まあ、言ったようにたった一件の対応にじゃぶじゃぶと戦力を注ぐわけにもいかないでしょうから、これが本部の指示できる上限なんでしょうねぇ》
S級の不在。A級事務員の不在。いないわけではない「もっと上の戦力」が宛がわれていないのは確かに目に見えた対応の甘さかもしれない。だけどそれは何も温存しているわけではなくて、単純にS級もA級事務員も数が少なすぎる上にその貴重さと重要さからそうそう動かすことができないのだ。
彼らだって他の重大な任務に就いている者がほとんどだろうし、あとダンネロが言うにはそもそもS級は強さだけしか持っていない、ミーディアが以前述べていたテイカーの条件を満たしていない者ばかりとのことなので……そういう面でも簡単には出動を命じることができなかったりするのではなかろうか。
《御しきれていない最高戦力ほど悲しいものもありませんね。仮にそうであったとしても、それなり以上の戦力を集めた今回もまたみすみすと魔石が持っていかれたり──もしくはこれまで同様にA級以上のテイカーであっても敗北し、殺害されてしまうようであれば。上層部も形振り構わずS級を投入すると思いますがね》
……そんなもしもは考えなくていい。ミーディアの負けるところなんて想像ができないし、そのミーディア以上のテイカーであるダンネロとマーズだっているのだ。当人たちがそう言っていたように、まさに敵なしの布陣。たとえフロントラインがどう出てきたって勝利するのはテイカー側だ。
これもまた、自ら蚊帳の外へ出た僕にはそう信じることしかできない。つくづく自分の弱さが恨めしかった。