37.作戦
「というわけで、だ。当初は新たに発見した地噛もうちのA級だけで対処するつもりでいたが、事態がそれを許さなくした。ダンネロとマーズに出てもらう。そこは確定として……決めなきゃならんのは支部から選出するメンバーだ」
地噛の討伐後にフロントライン打倒も見据えて人員を決める。敵が地噛だけなら水噛の際と同じようにルズリフ支部の精鋭を揃えればいいが、フロントラインを迎え撃つつもりでいるなら敵が介入を躊躇するような過剰戦力の投入はできない。という話だった。
《魔石をどうしても死守するのであればそうやって襲ってこさせないのがベストではあるんでしょうけどねぇ。しかし常に特A級二人にA級複数人を一任務へぶち込んで牽制し続ける、なんて対処法は取ろうと思って取れるようなものではありません。ここはやはり魔石を狙う大元を叩くのが本当のベストと言えますね》
協会の偉い人たちの考え方は正しい、ということか。
以前からフロントラインの名こそ情報に出ていたとはいえ具体的な被害は二件目であり、どちらも立て続けに起きたこと。だというのに、それにしては対応が早いし容赦をしていない印象がある。大きな組織の動きとしては非常に迅速に感じる……普通、こういうのってどうしても決定と実行に時間がかかるイメージだし。地噛出現の情報共有と合わせて事件の二日後には最高戦力が送られてくるって、なかなかのスピード感だ。
《協会の判断とはいつもこうなのか、この一件をそれだけ重く見ているからなのか。いずれにしろフロントラインが地噛の魔石をどう奪いに来るか次第で事が大きく進展しそうですね》
「もちろんチームの主軸はあたしとマーズよ。加えて後詰めや蓋の役割として他のA級も不足なく置いておきたい。B級以下じゃ足手纏いでしかないからお呼びじゃあないわ。その上で、頭数の多いあたしたちを見てフロントラインが尻込みするような展開は絶対に避けなきゃいけない」
「そのことを加味して、シリンさんの参加は確定しています。彼女の唯術は自分含めた数人を空間の歪みで隠蔽できる、のでしたよね?」
確認の視線にガントレットが頷いたのを見て、マーズは続けた。
「よほど感知力に優れた術師やそういった唯術でも敵が持たない限りは見破れない隠密とのことですから、わたくしたちが地噛を倒しフロントラインが出てくるまでそれを使って隠れたまま待機。いざ接触・戦闘が始まったときに初めて姿を見せて、敵を逃がさないための壁役を担ってもらいましょう」
「んでもってシリンが隠せる人数が本人含めて四名が限度だ。つまりあと三人、うちから誰を出すか選ばなきゃならねえわけだが──」
「はいはい。私やるよ」
ミーディアが手を挙げてそう言った。それに対してマーズとダンネロはイヤな反応を見せない。彼女が参戦を表明することは半ばわかっていた、そういう態度だ。そして反対意見も特になしといったところだろう。ただし、続くミーディアの発言で二人の表情には変化が生じた。
「そしてライネもね」
「……はあ?」
わかりやすく眉をしかめてみせたダンネロだが、ミーディアはそれを意にも介さない。
「これで二枠が決まったから、うちから出せるのはあと一人だね。誰にしよっか? ガントレットさんが選ぶ?」
「ちょっと待ちなさいよ、あたしの言ったことが耳に届いてないわけ? B級以下は邪魔だっつってんの。本部のB級がやられた敵なんだからそれを狩るにはA級以上で固める、当然の判断でしょ。新人のC級テイカーなんているだけ作戦の邪魔よ」
「ダンネロの言うことはもっともだと、わたくしも思います。都合上で会議に参加させるのとはわけが違う。ライネ君を貶めるつもりはありませんが、チームには不要だと断言させてもらいましょう。任務の確実な達成に不都合が生じるのは目に見えていますから」
「確実な達成って言ってもさぁ。相手方に逃げに適した唯術持ちでもいたらそれだけで確実な捕縛は難しいじゃん。何人で襲いにくるかもわかったものじゃない。二人、三人と実行犯が増えているから次は四人? いやいやもっと大所帯でぞろぞろと来るかも。そうなったら蓋をされるのは逆に私たちの方だよね」
「何? こっちを上回る人数で来られたら勝てる気がしないってこと?」
「違うよ。状況がどう転ぶかわからない未知数の要素が多いって話。アンダー狩りは魔物狩りよりもよっぽど不測の事態が起きやすい。フロントラインが相手なら尚更そうじゃないの?」
「だからそれを起こしかねない要素は身内からだけでも排除しとくべきなんでしょうが!」
「えー。私としては『そういう任務』には遊びを持たせたいけどな」
「……ガントレットさんは、どう思いますか? 指揮権はあなたにある。あなたの決定にならばわたくしたちも従いましょう」
ミーディアとダンネロの意見は延々と平行線。どちらかが譲歩して交わることもない、とマーズは判じたのだろう。上役であるガントレットへと話の終着点を求めた。それを受けて、呆れたように腕を組んでいたガントレットはその腕を解いて──僕を見た。
「俺がどうこうと口出す前に、まずは坊主本人の意思を確認しねえとな。どうだいライネ、ミーディアはお前さんと共に戦いたい。ダンネロとマーズは遠慮したいとよ。命懸けの切った張ったなんだからどっちの意見にも正しさはあると俺ぁ思ってる。──お前さんの正しさはどっちにある?」
キラーパスだ。いや、僕の参加を巡って口論が起きているのだから当事者として是非を問われるのは当たり前のことではあるが。しかしここで僕はなんと答えるべきなのか。
神のような何かから与えられたお題目、『善く生きる』。そのためには強くならねばならない。アンダーなる不届き者と対峙して、なおのことに僕はそう思うようになった。敵は魔物だけではない、人にだって当然ながらテイカーがどうにかすべき悪人はいるのだ。成長しなくてはならない。それもなるべく足踏みせずに、足早に。
そう望むのなら水噛戦同様、分不相応に思える此度の任務にだって積極的に加わっていかねばならないのではないか──。
《けれど流石に今回ばかりは分不相応が過ぎる、と。そう感じてもいるのでしょう》
……そうなのだ。水噛の時は舞台が僕向きの水上であって、役割もあくまでミーディア単体のサポートに徹するだけだった。だが今回の任務は地上戦であり、魔物ではなく本命の敵はその後のフロントライン。前提があまりにも違い過ぎる。僕の懸念は「役に立てるかどうか」よりも、ダンネロの言う通りに「足手纏いになって迷惑をかけないか」に終始しているものだから、どうしても前向きにはなれなかった。
それでもシスがそうしろと言うなら参加しよう。これまで通り彼女の指示に従う、その意思はあると伝えてみれば。
《前提が違う、まさしくその通り。だからガントレットもあなたがどうしたいか、それをいの一番に確かめようとしている。私もそう思いますよ。「あなたの意思」こそが大事だと。今回に限っては私の指示だから参戦する、ではよくない結果になりそうですので。気が乗らないというのならすっぱりと断ることをお勧めしますよ》
意外だ。シスのことだからせっかくのチャンスには迷わず乗っておけ、とか言うだろうとばかり。せっかちに僕の成長を促す彼女が、引いた。のであればこの任務はそれだけ危険なものだということ。そう思うと余計に怖くなる。
……こうも怖がっている時点で、出すべき答えは決まっているな。
「えっと。その……実は今朝、研修を一緒に受けたC級の子たちとチームで任務を受けようって約束していて。先約だし、正直僕の実力に合っているのはそっちかなって思うから……だからごめん、ミーディア。誘ってくれたのは嬉しいけど、でも」
「──わかったよ、ライネ。こっちこそごめん。私はライネも参加したがっていると思い込んでいたから、つい先走っちゃった」
ふん、とダンネロが鼻を鳴らした。ほれ見たことかと言わんばかりの態度に多少の悔しさも覚えたが、仕方ない。言葉使いこそ荒めではあるが結局のところ彼女は正論しか口にしていないのだ。横紙破りをしようとしていたのはミーディアであり、それに臆したのが僕であり。これで話は収まるべきところに収まった。そう思っておくしかない。
「……本人が望まねえならそれまでだわな。ミーディア、お前さんはライネなしでもやるつもりだろ?」
「とーぜん」
「だったらあとは二枠。俺としちゃ制空権を取れるチャックと、多数を相手取るのに向いているリーズンを推してえな」
リーズン。まだ見ぬルズリフ支部所属のA級テイカーか。どうやら男性らしい彼と水噛戦にいた五名、あと他にも一人。それがこの支部における最高戦力であり、再開拓のために集められたA級の総勢であるようだ。
「いいと思いますよ。逃がさないための人選としてこの上ない」
「ミーディアも特攻して敵を掻き回すのに向いてるものね。そこにシリンもいるなら言うことないわ」
相手がどんな手練れであれいくらでもやれるだろう、とダンネロは断じる。そこには参加メンバーの良し悪し以前に自分の強さに対する絶対的な自信が溢れていた。
「ぶっ潰すわよ。フロントラインとかいうふざけたアンダー集団を、あたしたちの手でね」
◇◇◇
「と、出てくると思うんだよ。さすがに三件目ともなれば」
「協会も本腰を入れてくる、か」
「そゆこと」
金髪の男がにこやかに肯定し、その軽さに肩をすくめながらフードを被った大柄な男が「ならば」と言う。
「こちらはどうする? 『奴ら』はどうしても地噛の魔石を御所望なんだろう」
「幼体の時点で狩られたのは彼らにとっても想定外だったわけだからね。奪ったからには活用するけど、あくまで成体の魔石じゃなきゃ目的にはそぐわない。ってことらしい」
「上質かつ巨大な魔石がふたつあってようやく土台か……」
目的を思えばそれだけ要求されるのも然もありなんといったところ。だが、結果的に大して意味のない仕事に駆り出されたことになる彼には不満が残る。
「何か申し開きのようなことは言っていなかったのか?」
「魔石を渡すとき? いやぁ、特に何も。地噛の魔石も絶対に取ってこいって、ただそれだけだったよ」
「ちっ」
連中が仕込んだ地噛二体。その内の一体が予期せぬタイミングで倒されてしまったために保険の水噛を動かした、らしい。自分たちで狩るのではなくテイカーから奪うやり方も向こうの指示だ。何から何まで『奴ら』の主導で進んでいるのが大柄な男には気に食わず、また気持ちが悪かった。
「本当に信用できるのか? あんな連中」
「今更でしょ、それ。目的を果たすまでは手を取り合っていこうよ。そのあとはいらないけどね」
「消すんだろ」
「もち、俺たちが作る秩序から不穏分子は取り除くさ。まー大丈夫でしょ。いざとなれば俺一人でまとめて始末できるし……ああ、でも」
それを『奴ら』も見越していないとは思えない。むしろこちらと同じく、協力が必要なくなれば率先して消そうとしてくる可能性の方が高い。そのための何かしらの策を用意しているかもしれない、となれば、単純に事を構えるだけでなく自分たちもそれ相応の備えをしておいて損はない。
「少し気になる子がいたな」
「子? 誰のことだ」
「いやね、魔石を奪うときにちょっと触れた子供のテイカーなんだけど。すごく似ていたんだよね、『奴ら』の一人に。どこがどうとは言えないんだけど雰囲気というか気配というか……改めて思うと顔の作りも近かったかな。とにかくそっくりだった」
「ほう」
金髪の男のそういう感度は人一倍、どころか何十倍もある。それを知っているだけに大柄な男も与太話としては聞き流さない。
「それも『奴ら』の仕込みか」
「そう思ってそれとなくカマかけてみたんだけど、どうもそういう感じじゃないだよな。だからかえって面白いなって」
「どうするつもりだ?」
「魔石奪取は二人の指揮に任せるよ。俺はちょっとあの子を浚ってくる」
何かに使える気がするんだ、と。そう言った金髪に対して、大柄な男。そしてその傍らでずっと黙っていたもう一人、こちらもフードを被った小柄な人影が共に頷いた。
立場は対等。だがリーダーは間違いなく金髪の男。彼らのやり取りからその関係性が見て取れた。
「そろそろ尻に火が付くだろう協会に対抗するためにも、人はじゃんじゃか使っちゃおう。勧誘を頑張ってきた成果としてね」
彼はもう「使い終わった」仲間であるゴードとラン。その顔も名前も覚えていなかった。