36.動員
特A級とは。本部と全支部を合わせても限られた数しかいないA級の、上位数パーセントという更に限られた最高峰中の最高峰。まさしくテイカー協会の最高戦力と言って差し支えない存在である、とのことだった。
「本当の最高はS級ですがね」
アルカイックな笑みに少しばかりのシニカルさも含ませてマーズがそう言った。その言葉に噛み付いたのは、やはりダンネロだった。彼女は特A級というランクが下に見られるのが許せないようで。
「あんなのは例外もいいところよ。強さだけは確かだけど強過ぎて他と連携が取れない、取る気もないようなろくでなしばっかり。戦力って意味ではあたしたち特Aこそが最高よ」
「まー、間違ってないな。そもそも五人しかいない上に現場員として活動しているのが二人だけ。その内の一人は気分屋でそうそう動かないってんだから上層部としても『駒』としては扱いにくさしか感じてねえだろう。頼られてんのは間違いなく現役のA級連中さ」
ダンネロの言い分を認めつつガントレットがそう補足した。五人のS級。特Aという概念があることだけでも驚きだったというのに、それよりも更に上の、更に限られた人数しかいないランクまであったとは。
そういえばテイカーの等級について教えてもらった際、ガントレットとミーディアは揃って含みのある言い方をしていたな。あの時は意味がわからなかったが、つまりは特A級やS級といった「例外的なランク」の前提があったが故の示唆的な会話だったということなのか。
《この近辺の再開拓・再開発のために集められているのはA級が上限だったようですし、あの時点でそれより上のランクのテイカーについて言及する意味はありませんね。まだC級にもなっていないあなたへの配慮でしょう》
そうなんだろうな、きっと。実際、研修すら終えていない段階でAを超える人たちの話をされても僕としてはあっぷあっぷなので、二人の配慮はありがたいものだったと言える。
それにしても……マーズもダンネロも、若いな。具体的な年齢を聞いたわけではないが見た目からして二人とも二十歳そこそこぐらいだろう。僕の享年は十九歳なのでどちらも年上ではあるけれど、ミーディアとそこまで変わらない歳で特A級というのは相当すごいのではなかろうか。畏敬の念を覚える。
《そういえば十九歳で亡くなったんですね、あなたは。割と長生きした方ですね》
え、そう? 普通に早死にだと思うんだけど。
《今と違って特別な力があるわけでもないのに衝動任せにあんな無謀なことをしでかす人の割には、という意味ですよ。もっと早く死んでいたっておかしくなかったでしょう? あの調子なら》
「…………」
前から思っていたことだが、シスは僕の死に際にやたらと詳しい。もちろんそれは、サポートの役割を果たすために神のような何かからその対象の事前情報を丹念に仕込まれただけとも考えられるが。だけど引っ掛かる。僕の前世について語る時の彼女は妙に感情的というか、熱っぽいのだ。
まるで彼女自身が僕の死をどこかから見ていたかのような。あの日あの場所に居合わせていたかのような、そういう当事者意識のようなものが伝わってくる。
──もしかしたら、シスは。
僕が「そう」なのだからそれも全然あり得るのではないか? いや、これはさすがに発想の飛躍だろうか。別にそう思える根拠というほどのものは何もないのだし……などと考え込んだ僕の感情の波が通じたのだろう。シスはしれっと言った。
《他のことに思考を割いている場合ですか? あなた以外A級以上しかいない会議の場ですよ。居住まいを正して話を聞かなきゃでしょう》
む。それはそうなのだが、どうにも話題を上手く切り上げられた感があるぞ……。とはいえぼーっとしていて聞いていませんでした、なんて言ったらダンネロに何を言われたって──もしくは言葉の前に手が飛んできたっておかしくない。ここはシスの言う通りに意識を切り替え、例の件について行われている目の前の会話にこそ集中すべきだろう。
「本当に見覚えのない奴らだったのよね」
「うん、そこは間違いない。私が殺した坊主頭のゴードと、ライネが倒した縮れ髪のラン。そして魔石を持って逃げた金髪も。誰の顔にも覚えはないね」
「ですがゴードという男はあなたへテイカーに対する恨み節のようなものを吐いたのですよね?」
「話を聞くにテイカーっつーより協会に対するもんのように思えるがな。ミーディアに限らず、個人じゃなく組織へ向けられた不平不満だろう」
「ランの方はまだ生きているんでしょう。何か聞き出せてないの?」
「それがさっぱり。ヒューロとシリンっていううちのA級の中でもおっかないコンビが尋問してるところだけど、成果はなしのつぶて。ゴードの話を信じるなら連中もそれなりの集団で動いているはずなんだけど……よっぽどの忠誠心があるのか、もしくは鉄砲玉でしかなくて重要なことは何も知らないか、だね」
組織の構成員や大まかな目的、魔石を奪って何をしたいのかすらも口を割らないということは、忠誠心もそれなり以上に有しているのは確かだろうけれど。しかし明らかに格上──強さにおいても組織内の立場においてもだ──と思しき金髪男からあっさりと置いていかれていたのを踏まえると、重要な知識は元から与えられていない。それも充分にあり得ることだった。
「金髪男の去り際に感じたのは信頼というよりも、魔石さえ奪えれば他の二人がどうなっても構わないっていう、イヤな合理性だった。ゴードもランもあの男からしたらただの捨て駒だったんじゃないかな……と、思います」
特Aコンビに見つめられていることに気付いて敬語を付け足す。そんな僕に何を言うでもなく、二人は互いにちらりと見やってから頷き、そしてマーズの方がこう言った。
「ガントレットさんはもう聞いているでしょうが。本部でも似たような事案が発生しました」
「え、そーなの?」
「そうなのです。地噛の成長しきっていない幼体。その討伐に出向いたB級四名と補佐のC級二名、事務員二名が被害を受けました。任務後謎の襲撃犯に魔石を奪取された挙句にC級と事務員が全滅、B級も二人死亡。生き残った二人も重傷で、本部の治癒者によって峠こそ越えましたが現場復帰できるかは怪しいところだと……」
「けど相手方の情報は持ち帰ったわ。最前線域。襲ってきた奴はそう名乗ったそうよ」
その言葉に今度は僕とミーディアが顔を見合わせる番だった。フロントライン、それはミーディアが聞き出したというゴードが名乗った組織名と一致するもの。
「だからおっとり刀で駆け付けたってわけよ。上もヤバい事態だって判断したってこと。前からちょくちょく聞こえてた名でもあるものね」
「聞こえていたって、どこから」
「別件で捕らえたアンダーからよ。本部がある大都には魔術師くずれのゴロツキも田舎の比じゃないほどいる。そういう輩からある程度は裏の事情ってものも知れて、それは協会にとって貴重な情報源になる」
なるほど。つまり二連続で魔石奪取を目的にテイカーを襲撃する、その以前から、大々的にではなくともフロントラインは活動していたということか。それはゴードの言い分とも一致するので確度は高そうだ。
理解を示した僕にダンネロは頷き。
「そう。しょっぱい罪で捕まったそいつらがフロントライン所属ってわけじゃあなくて、裏の業界で少しずつ広まってきてる名前だってことね。どうも人手を集めてるっぽい印象なのがヤな感じよ。魔石なんて奪う腹も含めて、いったい何を仕出かそうとしてるんだかわかったもんじゃないわ」
「んー、思った以上に組織立っているとは思ったけど。それよりもっとなのかな、フロントラインの規模は」
そんな連中が何を考えているのか。まったく意図不明の行動を前に、ある程度すらも予測なんて立てられない。その不気味さから場には重苦しい沈黙が流れたが、すぐにミーディアはそれを破ってマーズへと訊ねた。
「ところでさ、本部のテイカーが襲われた件では敵に被害ってないの? 仕留めてこそいなくても襲撃犯の誰かしらに手傷を負わせたとか」
「生憎とそのような報告はありませんでしたね。小柄と大柄の二人組に襲われ、蹂躙された。仮にも本部所属のB級が四名もいてたった二人に後れを取ったというのですから尋常ではない。あなた方が相手したゴード、ランなる男たち以上の手練れにやられたと見てよいのでは?」
「状況にもよるからなんとも言えない部分ではあるけれど、逃げた金髪も倒した二人より格上みたいだし……層も厚いかもしれないわね、フロントライン」
「マジかー……めんど」
どれだけの規模の組織であろうと烏合の衆であれば大して怖くもない。協会は一個の集団として纏まっている上に実力者も大勢いるのだから、生半な勢力とぶつかり合ったとて──それまでに多少の被害こそ出ようとも──勝つのは間違いなく協会である。だがフロントラインは、少なくとも現時点で判明している事実から見ても単なるはみ出し者の寄り合いと捉えるには無理がある。
多少の被害程度で御せる相手ではないかもしれない。既に七名の協会員が亡くなっていることを思えばミーディアが心からうんざりとした声を出すのも当然だと言えた。
「面倒くさがってもいられないぜミーディア。実はな、また出たんだよ」
「出たって?」
「地噛。うちの管轄でな」
「は? 本部の近辺で出て、トモミアの近海で水噛も出て、また新たに地噛の発見? どうなってんの」
ガントレットの知らせにミーディアが目を丸くする。そこまで驚くようなことなのかと詳しく話を聞いてみれば、多種多様な魔物の中でも特異個体に分類される地噛は定期的に場所を問わず見つかる存在ではあるものの、ここまで頻発するのは珍しいどころではなく普通なら考えられない事態だ、とのことだった。
「いつ開拓域に入ってきて街を潰すかわからない。街道を横切られるだけでも人香結界が途切れておおわらわだもの。だから発見次第速やかに狩る。それが地噛に対する協会の姿勢よ。幼体の時点で見つけられたのは幸運が重なったから、なんだけど。討伐に当てられたB級たちにとってはとんだ不幸だったわね」
「これも生き残ったテイカーが持ち帰った情報なのですが……幼体のもの故に通常の地噛のそれほど大きくなっていなかった魔石に対して、襲撃犯が不満のような言葉を漏らしていたらしいのです」
「不満ねぇ……それってさ」
「ええ、おそらくはそう。地噛の頻発も魔石強盗も通常は起こり得ないこと。そんな異常事態が続けて起きているんだからそこには結び付きがあると考えるのが自然だわ」
「直接的にせよ間接的にせよ、ふたつの事柄には関連がある。そう上層部も判断した、ということなのでしょう。わたくしたちが動員されたのはつまり──」
高確率で再び起こるであろう異常事態に備えてのもの。あるいは、協会側から打って出るための布陣。要するに彼らが言わんとしているのは。
「地噛を迅速確実に討伐。そしてその直後に現れるであろうフロントライン構成員の撃破及びに捕縛。それらの任務を課せられてあたしとマーズはここに来た」
やはり、そういうことか。てっきり特A級などというミーディアやアイアスすら超える戦力が送られてきたのは、ルズリフの治安強化のためかと思いきや。協会本部の偉い人たちはもっと大胆かつ堅実な策を採ったようだ。
決して多くはない、S級という例外を除けば協会内で最強の地位にいる人物を二人も寄越してきたからにはその本気度が窺える。絶対に失敗しないための人事であり配剤。それはダンネロの言葉を聞いたミーディアの反応からも明らかであった。
彼女は笑っていた。先のうんざりした様子から一転、とても楽しそうに──とても獰猛に。
「心強いよ。あのダンネロが一緒に戦ってくれるなら敵がどんな誰だって負ける気がしないね」
「おや、わたくしは?」
「マーズさんは秘密主義じゃん。よく知らなーい」
「ってかなんでマーズにはさん付けであたしのことは呼び捨てなのよあんた。年齢でもテイカー歴でもあたしより完全に下でしょうが」
「おめーも昔から俺に対して舐めた口利いてんだろうが。業報ってやつだ、受け入れろ受け入れろ」
しめやかな空気を入れ替えて話す彼らに僕は呆気に取られるばかりで。
《──ふむ》
何かに納得したようなシスの呟きが、妙に耳に残った。