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34.引き換え

「んな見え見えな一撃を誰が食らうかってんだよ!」


《マズいですね。離れま》


 しょう、とシスが言い切る前に吹っ飛ばされた。全身と脳を揺さぶる衝撃に苦しみながらもどうにか立ち上がる。クソ、体が動かなかった。咄嗟の魔力防御も中途半端になってしまった。全ては動揺のせいだ。勝負を決めるつもりで放った渾身の拳が難なく防がれてしまったから。そのことに心を乱してしまったから、まんまと的にされたのだ。


 追撃を浴びる前に移動。ランにはとにかく体を晒さないことが大切だ。木の影に隠れ直して息を整える……が、被害は甚大だった。まともに食らってはいけない攻撃を食らってしまったのだ。意識ごと飛ばされなかっただけ僥倖だが、ダメージは相当。もう今までのようには動けないだろう。それはランの衝撃波に被弾する確率がぐっと増したことを意味している。そして、もう一発でも貰ってしまえば。その時はいよいよアウト。


 僕は死ぬ──殺される。


「…………」


 ごくり、と喉が鳴る。何度目かの「死の意識」。生きている限り避け難く、また耐え難いそれを、咀嚼するように味わう。大丈夫、まだやれる。僕はまだ死んじゃない。死ぬのは二度とご免だ。だから戦う。なんとかするのだ。


《なんともならないでしょう》


 ……え?


《勝てませんよ、どう考えたって。素の実力で離されている上、水噛戦での疲労も尾を引いている。若干ですがいつもより魔力操作の精彩を欠いていること、気付いていますか? 格上の敵を相手にこれは致命的と言っていいですよ》


 じゃあ、どうすればいい。こんなところで死ぬわけにはいかない。それじゃ生き返った意味が何もない。どうすれば僕は生き残れる?


《目標を変えましょう。何よりも生存を目指すために──『一分』。私にあなたの時間をください》



◇◇◇



 片手で射撃を繰り返しながらランは大きく回り込んでいく。敵が隠れている木は太く、しっかりと両手で照準を定めなければへし折ることはできそうにない。それをすると今し方の再現のように奴は急接近してくることだろう。


 再びカウンターできる自信はある。だが、今のところ遠距離でなら圧倒的に自分が有利。対して奴はひたすら近づくチャンスを窺っている。ならば何かしら隠し玉があると見て射撃戦に徹するが吉である。このまま木の影に釘付けにし、射線が通ったところで最大威力をぶちかます。それで勝利だ。


 というランの目論見に反して、牽制射撃の合間。次の弾を撃ち出そうとした直前に敵は自らその姿を晒した。絶好の隙。片手撃ちで動きを止め、両手撃ちで仕留める。回り込むまでもなく実現可能となったキルプランに手が伸びておきながら、けれどランはそれの実行を躊躇した。


「……!?」


 雰囲気が違う。こちらを見つめる眼差しが、練られた魔力の質が。さっきまでの様子とは一変し、まるで別人。端的に言ってこの瞬間、ランはライネに恐怖を抱いていた。溜めの動作のまま腕が固まったのはそれが原因。絶好の隙を手にしたのはライネの方だった。


「……、」

「うっ!?」


 気を抜いた一瞬で懐へ入られた。そんな距離間ではなかったはずなのに、さっきまでなら詰められやしなかったはずなのに、しかし今のライネは軽く間合いを制してきた。急に動きが良くなった。それに戸惑う間もなく絡みついてくる細い腕。器用に掌を外に向かされたまま取られた己が腕にランは力を入れ、強引に振りほどこうとして。


「凍結」

「なっ……」


 それよりも先に、接触箇所から左腕が凍り付き始めた。熱にも錯覚する冷感と痛み。生きたまま冷凍保存されようとしている事実に気が付き、寒さとは別の理由でランの背筋が震えた。──氷の石ころを飛ばすだけの唯術ではなかったか! 案の定あった隠し玉に、しかしランは「想定通り」と冷静にはなれず焦りを抱く。


 溜めの時間はない。左腕の冷凍の進行を一刻も早く止めるためにランは自由な右腕でライネを殴りつけんとする。だがそうすることを見越していたように少年は左腕を絡み取ったままで拳を避け、そのまま本来なら曲がらない方向へとランの腕をへし曲げた。


「がぁっ!?」


 凍ってさえいなければ。肘の骨が反対に折れるだけで済んだろうし、そもそも魔力で念入りに守ってそもそも折らせもしなかったろう。だがランは、焦りも手伝って氷に覆われた部位を上手く守ることができなかった。そして凍り付いているが故に……元々人体が持っている柔軟性が失われているが故に、動かない方へ強引に持っていかれた彼の腕はべっきりと砕け折れて。


 肘から先がなくなってしまった。


「こ、このガキィ……俺の腕を!」


 ゴミのように放り転がされた自身の腕に激昂し、残った右腕で衝撃波を飛ばす。それも見越していたのだろう、ライネは危なげなくやり過ごす。回避の仕方も先ほど以上に手慣れている。涼しい顔を見せる彼にますますランの怒りが募った。


 怒りで我を忘れることは魔力操作を覚束なくさせる要因になる。だが、魔力とは生命力。火事場の馬鹿力と同様に怒りによって生物のリミッターが振り切れる例は往々にしてあることで、魔力もまた状況や感情によって出力や総量が左右されるのは珍しい事態ではなかった。


 この時のランは、視界が赤く染まるほどの激怒が本人にとって良い方向へ作用した。


「ぶっ殺す!!」


 もう距離を保とうなどとは考えない。思うままに、やりたいようにぶちのめす。そう決めたランは自ら敵へと肉迫。今まで以上に漲る魔力を纏った右足で思い切り蹴りつけた。


 次なる衝撃波を見据えつつ接近を狙っていたであろうライネにランのこの選択は虚を突く形となったようで、見事に足裏が命中。咄嗟の防御も貫通し、骨を砕く感触があった。これで右か左、どちらかの腕は使い物にならない。


「俺と同じだなぁ。いや! まだ同じじゃねえな、同じにしてやるよ。いいやもっと酷くしてやるよ。両手両足全部捥いでなぁ!!」


 ランが全身に張っている魔力の勢いが、更に増した。負傷も燃料に敵の殺害に向けて昂る心の在りよう。人として道を外れている、だからこそ魔術師として強い。


 やはり間違いではなかった、とライネは──否、ライネの肉体の主導権を得たシスは自分の提案が正しかったことを知る。


 一分。それを過ぎたら自動的に主導権がライネに戻るように設定して体を借りた。これは現在の疲労度やダメージを鑑みて交代後にも彼が問題なく動ける限界の時間だった。


 そこを限界と見る明確な根拠はない。が、シスは一分を越えて自分が表に出てしまえばその後にライネは倒れるし、いつ不本意に交代が解けても不思議ではないと確信していた。時間を絞るのは絶対。その上で彼女はランの打倒を必ずしも目指さずに戦うことを木の影でライネに告げた。


 理由は簡単。一分だけではシスであってもランを倒し切れると思えなかったから。それだけ現状のライネでは、たとえポテンシャルを引き出したとしてもランに勝てないと。少なくとも一分の時間制限があってはまず間違いなく実現不可能だと、先の攻防からシスはそう判断したのだ。


 もっと時間を使えるならシスがランを下せる可能性もあるにはある。けれど言ったようにそれは失敗=確実な死となる博打。生き残る手段が他にないなら迷わず身を投じていただろうが、それより出目に期待できる選択があるのだからわざわざリスクを増やしたりはしない。その合理性にライネも同意し、こうしてシスは目標の通りに敵の戦力を文字通り片手落ちとさせてみせた。


「とはいえこちらも怪我を負うのは想定外でしたが……そろそろ一分。いいですか?」


 何やら大声で喚くランに取り合わず、折れた右手首を薄く氷で覆いながらシスは内側のライネへと問いかける。なけなしのアイシングとテーピング。自分の唯術でライネが凍傷に陥ったりしないことは確認済みだ。交代前に応急手当を済ませつつも己がミスを申し訳なく思うシスに、バトンタッチ際にライネは感謝の言葉を述べた。


 そして沈む彼女と行き違うように意識が浮き上がる。


「手首の痛みと引き換えに片腕一本。お得なトレードだ……これなら僕にだって」


 いける、と強い口調で断じる。傷とダメージで言えばライネも無事ではない。左腕を欠いた以外では肉体的な不調もなく、それでいて怒りでボルテージの上がっているランとは元の実力差もあって五分と言い難かったが。しかし山犬を相手に初交代した際然り、ガントレット戦で気絶を避けるために入れ替わった際然り、交代には良い副作用がある。


 それが覚醒。シスという現状のライネが有する能力を余さず引き出せる存在に一時主導権を譲ることで、戻った折にライネもその感覚を引き継げる。所謂ゾーンに入った状態になれるのだ。そしてライネはシスでも真似できない……否、シスだからこそ真似できない、現状にない要素を新たに得ること。つまりは成長・・という最もの武器を持っており──。


「いい感じだ。もう、怖くない」

「何を一人でぶつぶつ言ってんだぁ? 黙って死んでろ!」


 もはやライネの様相の変化すら気に留めず、ランは衝撃波を撃ち出す。それをライネは躱す。


(だろうなッ! 来いよ、目に物みせてやるからよぉ!)


 どんな手品か、遮蔽物に細かく身を隠さずとも衝撃波を安定して回避できるようになったようだ。ただ単純に撃つだけでは躱されることはわかっていた。そして自分の腕は一本しかない。片手ずつ交互に撃ち出すことができなくなっているからには、これを避け様にまた接近してくるだろう。


 そこまでランは読んでいた。読んだ上で、もう一度カウンターをくれてやるつもりでいた。たとえ体のどこを凍らされようと関係ない。それが自分の命に触れる前に殴り殺せばいいだけだ。ランの覚悟は定まっていた。


 だが。


「何ィ!?」


 避けて近づく、という思い描いた行動をライネは取らなかった。来ると身構えていたランの横を何故か通り抜けていく。妙に素早い、その訳は足元。線状に凍っていく地面の上をライネが滑走している。そんなことまでできるのか、と体を捻って殴ろうとしたランの拳が空を切る。


 敵はとっくに手の届かない位置だ。そこで凍結を終えて停止したライネが半身の姿勢でこちらを見据える。ノロマ。そう言われている気がした。


「てめえ!」


 即座に放った衝撃波も、当たらなかった。ライネには迫りくる見えない砲弾がしかと見えている。実際に目には映らずとも、そこに何かがあると判別するのはそう難しくない。平時ならば感じ取れないような微細な勘の知らせも、覚醒中の今なら肌で捉えられる。


 極まった感覚は敵の攻撃だけでなく己が術にも影響をもたらしていた。かつては実用性なしと切り捨てた自らの足場の凍結。それを活用して移動の助けとする。傷付いた体でも氷の地面ならば労せず機動力を確保できるだろうとぶっつけ本番に臨んだアイススケートは、存外にハマってくれた。ライネは微笑んで呟く。


「一生追いつけないよ。()ノロマ」

「っ……! この、クソガキがぁ!!」


 どれだけ撃っても衝撃波は避けられる。近づこうにも敵の方が速い。左腕さえ失っていなければもっと撃ち方にも工夫ができたし、距離を潰すこともできたろう。だが片腕になったランでは絶好調のライネを捉え切ることは難しかった。


 魔力も無限ではない。怒りによるブーストがあっても枯渇とは無縁でいられない。無駄弾も相当に撃った。いつまで自分は動けるだろう? 奴の魔力はいつまで持つだろう? あの余裕の薄ら笑いは、魔力の残量レースで勝てる自信の表れではないか。またぞろ焦りの感情が湧いてくる。それはやがて怒りを上回り、ランの気勢と魔力に陰りが生じた。


 そこにライネは攻め込む。


「! しまっ──」


 離れようとしていた側からの接近。追う者と追われる者の瞬時の反転。虚を突くそれをやり返された、と思った瞬間にはもう遅く。防御も間に合わず、滑走の勢いに乗ったライネの拳。魔力の籠ったそれで腹をぶち抜かれ、ランは血反吐を吐いて倒れ伏した。



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