33.最前線域
「で、なんなの? あんたら」
凄みを利かせてミーディアがそう訊ねた。彼女の目線は後から姿を見せた二人組の片割れ、背の高い金髪の優男へと向けられている。手は油断なく柄へ伸びており、いつでも剣を抜ける体勢だ。味方の僕でもヒリヒリするほどの殺気。それを浴びせられている張本人は、けれどうららかな日差しを思わせる柔らかい笑みを浮かべており。
「手荒な挨拶申し訳ない。どうしてもそれ・・が欲しくってね」
そう言いながら僕を──僕が持つ魔石を指差す金髪。反射的に魔石をぎゅっと抱き込む。だが、どうしてか。こんなことをしてもなんの意味もない気がしてやまない。
「魔石欲しさにテイカーの移動車を襲撃って? 意味がわからないんだけど」
「だろうね。とにかくその魔石を回収できたら俺はそれでいい。君たちの相手は彼らがするから、せいぜい楽しんでくれよ」
「…………」
柄を握る手に更に力が込められたのが見て取れる。いつ戦端が切り開かれてもおかしくない緊張感の中、金髪の横のもう一人。黒髪を刈り込んだ坊主頭がぼそりと口を開いた。
「なんだ、あんたはやっぱり手伝ってくれないのか」
「回収第一、だろ? 俺としてもできれば手を貸してあげたいけどね」
「思ってもないことを」
ふ、と金髪が笑い──その手へ魔石が飛び込んだ。
「「!?」」
空っぽの両手と、金髪の手元へ移った魔石とを見比べる。誓って僕は奴に魔石を渡そうとなんてしていない。奪われぬようにとちゃんと抱きかかえていた、なのに奪われた。いや奪われたというよりそれはまるで、魔石が自ら望んで奴の懐へと移動したような……!
戸惑うしかない僕と違い、金髪の動き出そうとする気配を受けてミーディアが踏み込──もうとして止められた。坊主頭の体から伸びる半透明の大きな腕に掴まれて制止させられたのだ。彼女は全身で抗って拘束を振りほどこうとしているが、上手くいかないようだ。
「なんてパワーだこの女。早く行ってくれ、あまり抑えておけそうにない」
「そうかい? お言葉に甘えさせてもらおうかな」
咄嗟に氷礫を放とうとして、しかし真後ろに気配を感じてそれを中断。飛び退く。転がって起き上がれば、人相の悪い顔に少々意外そうな表情を浮かべている最初の人物。運転手を襲った縮れ毛の男と目が合った。
「ラン、ゴード。この場は任せた」
金髪の男が、消えた。魔石ごとどこかへ移動してしまったらしい。まったく目で追えなかった! ミーディアが一際に警戒心を向けていただけあってあの男、とんでもない実力者であるらしい。だが他の二人も決してで・き・な・い・わけではないと、この落ち着いた出で立ちからわかる。
「ふん」
力むような声を出す坊主男。するとミーディアを掴む腕がぐぐっと振り被られ、そのままピッチャー投げで彼女を遠くまで放り飛ばしてしまった。
「仲間内でどんな手があるかわからん。分断させて確固撃破といこう」
「それがいいな。俺たちゃ連携とかできねーし」
「そういうことだ。そのガキはお前に任せる、ぬかるなよ」
「誰に言ってんだゴード」
お前こそだぜ、と言う縮れた髪の男。坊主頭をゴードと呼んだからにはこちらがランなのだろう。彼のセリフを最後まで聞かずにゴードはミーディアを投げた方向へと消えていった。ちっ、とそれにランは舌打ち。だがそうしながらもこちらへの警戒は怠っておらず、僕はミーディアを追いたくても迂闊に動くことができなかった。
「つーことでだ、ガキ。楽しく殺し合おうぜ!」
「!」
《身を守って!》
向けられた両の掌。意図はわからなかったがシスの指示に従って身を固めつつ魔力で防御する。直後、襲い来る衝撃。それによって僕は後方へ吹っ飛ばされてしまった。
これか、いきなり運転手を車外へ叩き出した謎の攻撃は……! すぐに起き上がる。痛みはあれどガードしたおかげで深刻なものではない。だがミーディアの下へ向かうどころか反対側へと押し込まれてしまったな……そうなるよう明らかに奴は狙ってやっている。万が一にも合流されて面倒な事態になるのを避けるために、徹底して一対一の状況を維持するつもりでいるのだ。
木々の向こうから歩いてくるランの姿には、風格があった。戦うことに慣れている者の。そして命を奪うことに慣れている者の風格。先輩テイカーたちから感じるのと同じものを、彼からも感じる。それは僕にとって恐ろしいほどのプレッシャーだった。
「なんだよ、おめめと同じくらい青っ白い顔しやがって。ガキでもテイカー様だろ? ちょっとくらいは歯応えがなきゃ嘘だぜ」
掌がこちらを向く。今度は片手だが、先のは本気で守らなければ持っていかれるだけの威力があった。まともに食らえば一発で戦闘不能になってもおかしくない攻撃。片手だからとて油断していいものではない。そう思って僕は先んじて氷礫を放った。
「おっと!」
が、躱される。舐めたような口振りでいながら反撃を予期していたらしい。敵ながら見事な反応で頭を下げたランはそのまま例の衝撃波(?)を放ってくる。だが僕の方もそれを予期してもう動き出している。背後にあった木がめきりと音を立てて折れた。
《木を盾に。不規則な軌道で近づきましょう》
見えない攻撃は厄介だ。だが手の向けられた先にしか射出されないのであれば躱しようもある。要は射線から逃れさえすればいいのだから遮蔽物の多いこの場所はまだしも僕に有利である……とはいえ、いつ発射されたかもわからないのでは回避に専念するのはともかく接近は難しいな。
《発射の直前、腕に溜めのような動作があるのでそれを見逃さなければタイミングも読めますよ。弾速も掴めてきたでしょう?》
かなり速い、ってことくらいはね。ただそれだけわかっていれば撃ったと思しき瞬間にこちらも動けばいいのだからシスの言う通り、避けながら近づくのも無理ではないかもしれない。
「おらおらどうした、的当てで俺を楽しませようって腹か? 逃げ隠れしてるだけじゃテイカー様の名が泣くぜ、ガキ!」
「ふー……」
幹の太い巨木の裏に隠れて、ひと息。挑発には乗らない。どう考えたって誘いだ。契機を見計らって慎重に……けれど大胆に攻める!
◇◇◇
背の高い樹木の群れが眼下に流れていく。やがてその勢いが緩やかになったところで体勢を整え、足から着地。そしてため息をひとつ漏らす。投げられた方向からこれ見よがしの気配がやってくる。十中八九、自分を投げた坊主頭だろう。ミーディアはすらりと鞘から剣を抜き、自然体で構える。
「よう、待たせたか」
気安い言葉をかけながら現れた男、ゴードもまた戦闘体勢。自らの動きを容易く封じた敵。ミーディアに油断はなかった。魔石の行方やライネの安否も気にはなるが、まずは立ちはだかる障害を確実に排除する。それが最優先であり、そしてそれは気もそぞろに達成できることではない。
「強いんだね、あんた。あの金髪ほどじゃあないけど」
「そりゃあの人と比べられちゃあ分が悪いな。だが言う通り、そこそこやれる自負もある」
そうでなければテイカーに喧嘩を売ったりすまい。実力確かな魔術師。それが間違いないからこそ、ミーディアには疑問があった。
「なんでアンダーなんかやってるの? それだけの魔術の腕があるならテイカー一択でしょ、ふつー」
アンダー、とはテイカー協会に属さない魔術師かつ魔術を悪用する者を指す俗称である。
表の世界には知られていない魔術と言えど、使える者は使える代物。当然その全てを協会が把握・管理できるはずもなく、裏の世界にはテイカー以外の魔術師もそれなりにいて、その中には魔術を私利私欲や悪事のために利用する者も少なからずいる。それがアンダーと呼ばれる存在。目の前の男もその一人……そう見做すミーディアに、ゴードはわかっていないと言わんばかりに首を振った。
「そこだよテイカー。お前たちの思い上がりは」
「思い上がり?」
「合法テイカーと非合法アンダー。魔術師はそれだけなのか? 違うだろう。お前たちテイカー協会が体制側であること、これもまた間違いだ」
「……何が言いたいの?」
「目的意識もない犯罪者などと一緒くたに扱うな、ということだ。付け加えるなら俺たちはいずれ必ず体制の側になる。そうなればお前こそが下手人アンダーだ、テイカー」
「へえ……組織立っているってこと」
魔石の奪取なんて真似をするくらいだ、確認できた三人だけしか仲間がいないとも思ってはいかったが。しかし今の口振りからするとミーディアの想定以上に敵の規模は大きいようだった。
こいつを倒して、もう一人も倒して、金髪を探し出して倒せば終わり。という話ではない。だからミーディアは確認を取る。
「名前とかあるの? あんたたちの組織」
「名か」
にやり、とゴードは口角を上げて。
「最前線域フロントライン。そう名乗っている」
「ダッサ」
「死ね」
魔力で模られた腕が向かってくる。先は金髪男へ意識を向け過ぎて不意の拘束を許してしまったが、二度目はない。低い姿勢で斜め前へ。真っ直ぐ伸ばされた魔力の手を躱しながら接近。斬りかかろうとしたミーディアは、しかしそれを取り止めて再び地を蹴った。間合いに入る直前にゴードの体から第二の魔力腕が飛び出してきたせいだ。
「ちっ」
「いい動きだ。反応もいい。お前も強いな……俺ほどじゃあないが」
「あっそ!」
二本の魔力腕を素早く動かすが、ミーディアは細かくステップを刻みながら下がっていく。捉えきれない。本当によく動ける奴だ、とゴードは洗練された彼女の動作とそれに追いつく魔力操作の技量に舌を巻く。
相手の全身を魔力の手で握り込み、そのまま圧し潰す。という必勝法が通じなかった時点でゴードもまたミーディアに対し油断はしていない。一本で駄目なら二本で拘束し、潰す。それも通じないようなら、通じるようになるまで打ちのめして弱らせる。自身の魔力腕の操作速度からはそう長く逃げられやしないと算段を持って彼は言う。
「まずはたたきだな。締めに捏ねて調理完了だ」
「残念。私は煮ても焼いても食べられないよ」
ミーディアが両手で剣を握った。
◇◇◇
《今!》
走ると隠れるを繰り返し、氷礫での牽制も挟みつつチャンスを窺い、ようやくその時が訪れた。相手もこちらに合わせて移動するためそれなりに難儀もしたが、態度や口調から思った通りにランという男は攻め気が強く、気がそう長くない。僕がのらりくらりとしている内に見るからに苛立ち、攻撃の手が荒くなっていった。そのおかげで恐れることなく最後の距離を詰め切れる!
「こいつ!」
精確とは程遠い方向に衝撃波を撃ち出したランへ僕は一直線に駆ける。彼の射撃は両の掌から行うもので、射出の前には一瞬の溜めが要される。つまり両手からの衝撃波を外した直後の今だけは安全が保証されている。
シスが見抜いたインターバルを最大限に活用し、僕は拳を握り込む。そこに魔力をできる限り込める。
本当なら凍結で全身を固めてゲームセットといきたいところだが、そのためにはランに触れたままそれなりの時間をやり過ごさなくてはならない。傷を負わせたり、一部のパーツを凍らせたりした後ならばそれを狙う余地もあったろうが、そうでないならそんな戦法は通じない。凍らし切る前に反撃を受けるのが確定している、となれば僕の選択は魔力で強化した拳による殴打一択。
荒霊を一撃で悶えさせたあのときのように──!
「甘いんだよ」
「ッ!」
受け止め、られた。完璧な一打だったのに。魔力の集中もタイミングも、荒霊を倒した際となんら遜色のない出来だった。それは確かだ。だが、今回は敵側も完璧だった。拳を受けるべく交差させた両腕、そこにランも魔力を集中させてガードしたのだ。
全身が元から魔力で構成されている魔物。だからこそ奴らは通常の動物等に比べて強靭な肉体を有しているが、それ故に均等である。体そのものが魔力であるために、それを一箇所に集めて攻防力を高めるという人にある技術が魔物にはないのだ。
おかげで僕の覚えたての魔力操作でも山犬や荒霊ぐらいなら相手にできた……が、しかし。
此度の敵は魔物ではなく人。
僕が習得したのと同じ、いや、それ以上の練度の技術を。魔術を用いてくる相手……!
ランの掌が、銃口の如く僕へ向いた。