28.飛び級任務
「あり得ん。A級相当の任務にC級、それも成り立ての新人を同行させるなど論外だ」
「それがあり得るかもって言ってるんです。今回の任務の内容。そして件のテイカー、ライネの唯術を合わせて考えてみたらね」
豊かな黒い髭を鼻息で揺らした男性は、生意気な口を叩く若き女性テイカーのミーディアを一瞥。その視線を彼女の隣にいる偉丈夫ガントレットへと向けて言った。
「これが一テイカーの思い付きでしかないのなら一笑に付して終わりなのだがな。しかしこの提案は君が許可を与えたものでもある。それほどに有用なのかね? 件の注目株とやらは」
問われたガントレットは自らの上司とも言えるその男性──重要任務遂行の責任者として本部より出向してきている壮年テイカー、グリンズへと力強い笑みを返した。
「期待は持てると思ってますよ。ライネ坊は新人の域にいない。スイッチが入ればC級どころかB級だって食いかねん奴です」
「スイッチだと? 調子にムラがあるようでは尚のこと同行には向かんが」
「それを加味しても、ですよグリンズさん! なんたって氷の唯術は、ある意味じゃあなたが声掛けしているテイカーの誰よりも今回の任務に相応しい。もちろん、私よりもね」
大丈夫、ライネはやってくれる子です。そう自信満々に言い切るミーディアにグリンズは頭の痛そうな表情で眉間を揉んだ。一見して強い拒絶の仕草のようにも思えるそれが、しかし押し切る好機であることをミーディアもガントレットも知っていた。ここぞとばかりに彼女は。
「いいじゃないですか、試してみれば。A級に人のフォローしようとして足を掬われるような人材はいませんよ。ライネだって自分の身は自分で守れる。そうでなければ……まあ、よくある最期を遂げるだけ。それはテイカー全員が背負っているリスクなんですから今更ですよね?」
「たとえ新人一人でも失えば協会の損失だ。自己責任論が罷り通るのは等級に見合った仕事をしている場合に限る。分不相応な任に就かせて死亡のリスクを高めることは正当な判断とは言えんぞ。特に、そのライネというテイカーは将来的な成長の見込める新人なのだろう」
癖の強い者が多いテイカー協会の本部員とは思えないほどに真っ当かつ人道的な意見。グリンズのそういう一面に信を寄せているのはミーディアもガントレットも同じだったが、しかし現場が真っ当な意見だけでは回らないことも二人はよく知っており。
「だけど、待っているだけじゃ人は成長してくれませんよね。なんであれ必要に駆られればこそ伸びも早い」
「ま、そういうこってすな。どんな原石だって磨かれて初めて輝くってもんです。加えて言やぁ、ライネは磨けば磨くだけ光ってくれる逸品だと俺ぁ思いますぜ」
「……本人の意見はどうなのだね」
「やる気でしたよ。でないと私たちもこんなに推してませんて」
答えを出すまでに随分と悩んでもいたが、とは言わないでおく。どんな葛藤が彼の中にあったにせよ結論は「やる」だったのだからそれ以上に重要なことなどない。グリンズの決断を邪魔するような要素は黙っておくが吉である。すると、ミーディアの言葉選びは功を奏したようで。
「──わかった。君たちがそこまで言うのなら試してみようじゃないか。特別任務に参加者の推薦で人員の追加や交代が起こるのは珍しいことではない……A級限定で組まれたものにC級が顔を出すのはさすがに前例がないと思うがな」
「でも、規定上の問題もない。グリンズさんが許可さえ出せば……ですよね?」
口をへの字に曲げたグリンズのそれは肯定の証だった。ミーディアとガントレットがサムズアップを交わすのを見ながら、彼はもう一度大きく鼻息を鳴らした。
かくしてC級テイカーであるライネの飛び級任務が決まったのだった。
◇◇◇
「と、いうわけだから。改めてよろしくね、ライネ」
「はあ……」
このよろしくは任務の共同参加者としての挨拶であると理解しつつも、僕の返事はどうしても澄み切ったものにはならなかった。なんというか、話が進むのが僕の頭越しというか。いや、参加する・しないについてミーディアはちゃんと確認を取ってくれたし、シスの指示とはいえ僕がそれに「する」と答えたのは事実だ。
なので、そんな僕の意思を尊重すべく本部から来ているという偉い人(?)であるグリンズへ談判してくれた彼女とガントレットには、もっと感謝すべきなのだろうけど。
《だからといって気が乗らない任務への参加が決まったことを素直に喜べはしない、ですか》
まあ、そりゃね。シスが頭の中で熱烈なGOサインを出さなければ丁重にお断りしていただろう。だって、A級テイカーのみしか参戦しないという任務だ。そこにC級上がりたての僕がのこのこと首を突っ込んで何ができるのか。何もできずに命を落とすのが関の山ではないのか──と、僕の常識的なはずの思考をシスは後ろ向きが過ぎると切って捨てる。
《ただ死なせに行くような提案をミーディアやガントレットがすると思いますか? あなたを同行させたいと言うからにはそれ相応の理由ありきでしょう。等級が大きく離れている人材を登用するのは彼女たち主戦力にとっても遊びでは済まないはずなんですから》
この任務にはミーディア以外にも数人、A級テイカーが参加するという。それも任務に適した能力を有している厳選された数人がだ。人材の投入は既に充分。であるからには、僕個人というよりも僕の使う唯術にスポットが当たったのだとシスは推測しているわけだ。実際それは間違いないことだろうと僕も思っている……その上でなお気が引けるという話をしているつもりなのだが、シスにそういった機微は通じやしないか。
伝わってはいるのだろうけど、通じることはない。一心同体のはずなのに悲しいものである。
「先行しているテイカーが現場の様子を見てくれているから、私たちもそれに追いつきがてら説明するよ。今回の任務がどういったものか。そしてライネが何をしたらいいのかをね」
よかった。今から出発だと寝耳に水で言われたときにはますます参加すると言ったことを後悔したものだが、一応は任務前に説明があるらしい。あって当然なのだが、ミーディアにはある種の奔放さというか、常識を笑って踏み付ける豪胆さがあるように思う。そうでないと協会からすればどこの誰とも知れない僕なんかを試験や任務に推薦したりしないだろうし……。
そんな彼女のすることなのでいきなり現場に放り出される可能性もあり得る、と真面目に恐れていたものだから、これにはいい意味で裏切られた。ホッと一安心。
したのも束の間、テイカー用の移動車(軍隊が使ってそうな造りの小型トラックである)に乗り込んでミーディアと横並びに座った僕は、間近の彼女の顔を思わずまじまじと見返した。
「僕が、ミーディアの命を預かる?」
本気で言っているのかと心からの疑問を込めて、聞こえた文言をそのまま復唱すれば。聞き間違いであってほしかったそれはやはり聞こえた通りの文言であったようで、ミーディアはしかつめらしく頷いた。
「そ。私の命綱になってもらえると助かる。というか、そのために同行をお願いしたんだけどね」
「ちょ、ちょっと待って。どういうことなのかもっとちゃんと話してくれる?」
「いいよー。それじゃ、まず私たちが何をしにどこへ行くのかってところからね」
行き先は漁業の盛んな漁師町トモミア。僕たちが出発したホームタウンのルズリフから街道一本で繋がっているお隣さんだ、とミーディアは言った。
「お隣と言っても隣接しているわけじゃあないから、トモミアまでは二十数キロくらい離れているけどね。で、そのトモミアがね。クラスチェンジしようとしてるんだ」
「クラスチェンジ」
「漁師町から港町に。人香結界のことは覚えているよね?」
もちろん、テイカーとしても一般常識としてもこの世界で生きていく上には非常に重要にして基礎的な知識だ。魔物という恐ろしい存在から人の生活圏を守る偉大な先人の知恵。ガントレットが面接で用いる嘘を暴く水晶がそうであるように、大昔の魔術師が施して残したもの。曰く「人類最大の発明品」。それが人の縄張りを主張することで魔物を立ち入らせない人香結界という仕組みである……合っているよね?
《はい。間違った部分はないかと》
シスの太鼓判を貰ったことで僕は自信をもって頷く。ミーディアは満足そうに話を続けた。
「結界がそのまま社会の基盤だからね。必要に応じて破棄したり新たな土地を開拓したりする。ルズリフ・トモミア間は既に開拓済みだけど、もっとここらの生活圏を広げようってことで現行開拓域に再指定された。維持の都合上その分どこかの開拓域が未開域に逆戻りしているんだろうけど……まあ魔物との陣取り合戦は今に始まったことじゃないから置いておくとして」
何かをどかすようなジェスチャーをするミーディア。僕としては陣取り合戦なる表現に興味を引かれ、そこをもっと詳しく聞きたい欲にも駆られたが、任務と密接に関わるわけでもない情報を深掘りしている場合ではないともわかっているために口を挟むことはしなかった。
「それでね、なんでここらが再開発されているかっていうと。都市計画のためっていうのと、それに合わせて都合よく航路が見つかったからなんだよね。『魔物の寄ってこない航路』。海に出没する魔物は陸のそれより大きいけど数が少なくて、しかも特定の海域や海流にしか姿を見せない。これを調べるのがまた一苦労なわけだけど、元からトモミアの海には魔物がいないことで有名でね。だから漁師町としてやれてたんだ。でもこの度、もっと大きな交易港の街アリドントってところと海のルートで繋がった。陸地の結界に沿って物資や人材を行き交わせるよりもずーっと楽で速い移動が叶う。これが実現すればルズリフ周辺の再開発は成功したも同然、だから協会と政府はなんとしてもこの新発見された海の街道を確保したいってわけ」
より大きくて発展している他の港町からパワーを貰って、トモミアを起点にここら一帯の活性化を行ないたいと。つまりはそういう流れか。
都市計画がどういった方針で定められているのかはたとえA級テイカーであっても窺い知れることではないために、何故そもそもルズリフ周辺が追加で開拓されてようとしているのかまでは推察のしようもないが、とにかくその計画実行のためにミーディアたちという戦力が駆り出されている。そう理解しておけばいいのだろう。
「そのためにルズリフに来ているテイカーも多いよ。私もそう。こっちで資格取って一旦は本部の方の所属になったんだけど、すぐ出戻り。まー別に本部に拘りがあったわけじゃないからいいんだけどさ」
ガントレットさんに勧められたから行っただけだし、と本当になんでもないようにミーディアは言った。
なるほど。ルズリフ支部にA級テイカーという現場員の中でも最高戦力がそれなりに在籍している様子なのは、開拓域の拡充にその理由があったのか。そうでないと僕はミーディアと出会えず、最悪あの日に死んでいたかもしれない。そう考えると都市計画の発案者もまた命の恩人だと言えなくもないかも……?
《さすがにそこまで感謝する謂れはないと思いますけどねぇ。でもあなたの目的を果たすのにミーディアという存在はとても有用である。それは確かなことでしょう》
またそんな……彼女がいてくれるおかげで色んな事柄が手早く進んでくれているのは事実だけど、そういった損得ばかりで人との関係を見るのはシスの悪い癖だと思うよ。
《あなたにできないことを私がしている、それだけのことです。バランスですよ、バランス》
「そしてここからが任務についての本題なんだけど」
「あ、うん」
シスに気を取られていた僕の意識をミーディアの言葉が引き戻した。そうだ、再開発や交易云々はあくまで前提。任務についての具体的な話はそれを踏まえて行われるのだから、ちゃんと耳を傾けなくては。
「もう一個。人香結界が必ずしも万全の守りじゃないって言ったことも覚えているかな」
「覚えているよ。確か、人の脅威もわからないような普通の動物並の知能や戦闘力しか持たない弱小の魔物。もしくは、人の脅威を知りながらもまるで気にしなかったり、むしろあえて踏み入ってくる強大な魔物。そのどっちかだって聞いたけど」
「そーそー。私たちはそのどっちかの後者の方。人の縄張りだろうとお構いなしにやってくる『ヤバい魔物』をこれから討伐するんだよ」