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27.MVP

 トカゲ魔物が絶命した証としてその肉体を塵に変えて消失し、僕らは事後処理を行う。というのも魔物が遺す魔石の回収に僕が張り巡らせた氷筍が非常に邪魔だったのだ。なので、戦闘中と同じようにザッツの火で氷を溶かしてから魔石を探すことになった。そんなことをして魔石が無事なのかと懸念を抱いた僕に、先輩テイカーのアイアスは平然と言った。


「平気です。魔石は協会が行う魔力を用いた特殊な加工法以外では強い圧力が加わろうと高温に晒されようとまず変化しませんから……もっとも、私はその加工法を知りませんがね」


 そっか、魔石の加工技術はテイカー協会が独占・秘匿しているんだっけ。そしてその方法はテイカーであろうと誰もが知っているわけではないと。なかなか徹底しているんだな、協会は。


 なんにせよちゃんと回収できるなら一安心だ。やがて水浸しになった一帯にぽつんと転がっていた(山犬や荒霊のそれよりも立派な)魔石をアイアスが拾い上げ、鑑定でもするように矯めつ眇めつ眺めているところへザッツが訊ねる。


「なーアイアス先輩、それって俺たちの取り分になったりしないっすか?」

「研修中に確保された魔石は個人ではなく協会の物ですよ。買い取りという工程を挟んでいるとはいえ、テイカーが入手した魔石の所有権も元来は全て協会にあると思ってください」

「あー、やっぱそうなんすね。ちぇ、早速臨時収入ゲットかと思ったんだけどな」

「訓練所でも聞かされているでしょうがくれぐれも協会外へ魔石を持ち出すことのないようにお願いしますよ。魔石を得たなら懐に留めておかず、すぐに提出・換金する。これもテイカーの鉄則のひとつですから」


 わかってますって、と当然のように受け応えるザッツの横で僕は少々居心地が悪い……ねえシス、今更だけど修行中に得たあの魔石の集まり。適当に地面を掘って埋めてきたけど、あれでよかったのかな。


《土に還る代物でもなければ獣や魔物が掘り返すわけでもなし。何も気にすることはありませんよ。それよりテイカー資格の所持前から魔物を狩って魔石を溜め込んでいたと知られる方が面倒ですから、時期を待って任務中に得た物として換金してしまいましょう》


 大半が山犬の魔石なので数があるとは言っても大した金額にはならないはずだが、それでもちょっとしたへそくりだと考えれば──現在支部に借金中の僕にとっては余計に──ありがたいだろう、とシスは言う。それはまったくもってその通りなので特に反論もないが、しかし根が小心者の僕としては自分の罪の証拠がすぐに手の届かないところに眠っているかと思うと少しばかり落ち着かない……だからといって他にどうすることもできないので、結局はシスの言う通りにするしかないのだけど。


《雑魚魔物の魔石ということで上質な物に比べれば劣化も早いそうですけど、それでも野晒しのままでも二、三年くらいはへっちゃらみたいですから大丈夫ですよ。換金のタイミングはそう焦らなくてもいいです》


 それもゴアとやらに書いてあったの? 僕が心配しているのは魔石につく金額ではないんだけどね。


「これにて任務達成です。支部へ戻るとしましょうか」


 さらりとそう言って歩き出すアイアスにカルガモの雛の如く僕たちはついていく。そうやって移動しながら、先を行く彼の背中へと四人の誰もが気になっていることを問いかけたのは、やはり率直マンのザッツだった。


「俺たちの評価って、どんな感じっすか」


 確かな緊張をもって投げかけられたその質問に、アイアスはちらりと肩越しにこちらへと視線をやって。それからすぐに前を向いて答えた。


「戦闘開始しばらくは、あの魔物を討伐するには私が加勢する必要があるだろうと考えていました。戦闘力という意味では報告にあった推定通り下級相当でしたが、まあまあの硬さと再生能力がアレにはありましたからね。唯術の相性次第では討伐に慣れたC級テイカーでも苦戦は必至でしょう……下級魔物の中でも脅威度が高い。それが私の見立てです」


 彼の口から出たのは僕たちの評価ではなく倒した魔物の評価。そのことに僕含めて一同の間には困惑の空気が流れたが、間を置かずそれは払拭された。語られている内容を理解する内にアイアスの意図も理解できたからだ。


「それってつまり」

「ええ、上々です。各々がきっちりと仕事をこなして強敵を討ち下したのですから文句のつけようもない。合格でいいでしょう」


 積極的に仕掛けて敵の能力を暴きながらも慎重さを忘れなかったギルダン。火の玉の通りが悪いと見るや目眩しにしたり僕のサポートをしたりと器用に立ち回ったザッツ。仲間を庇い続けて自分だけでなくチーム全体の防御の要を果たしたモニカ。というように三名がそれぞれ高評価を受けて表情を綻ばせ、最後にアイアスは僕の名を出して言った。


「立役者はなんと言っても君ですね。素晴らしい機転と唯術の練度でした。我流上がりとは思えない程よく使いこなせている」

「え、立役者だなんてそんな」


 僕だけで魔物を無力化したならともかく、ザッツたちの助けにおんぶにだっこ状態でようやく成功した作戦だ。結局トドメを刺したのも僕以外の三人だし、あたかも飛び抜けて活躍したような評価を受けるのは恐れ多い……と、そう本心から思ったのだけど。


「おいおい、嫌味かよそいつは? どー考えたってお前がMVPだろ!」

「そうだよ~、ライネくんがいなかったら勝てなかったよ」

「……勝てないかはともかく、倒し切るためには誰かが痛手を負っていただろうな」


 お、おお? 仲間内からも思いの外評価が高い。褒めそやされて悪い気はもちろんしないが、言ったように僕の根は小心者。良い意味で注目を集めてもそれはそれで居心地がよくなかったりするのだ。


 それにしても。最初はかなり癖のありそうな面子だと思っていたけれど、こうして少し仲良くなってみれば全然いい子ばかりだな。


《というより、あの規模の唯術を見せられて評価しないわけがない。しないわけにはいかないと言った方が正しいでしょう》


 彼らの唯術を見たでしょう? と試すようにシスが言うので、僕は当然見たしよく覚えているともと返した。えーと、ザッツが火を操る唯術。モニカが様々なサイズと形で盾を作る唯術。ギルダンが刀を出現させる唯術。だよね?


《ザッツはまだ火の玉を作成して投げつける以外の攻撃法がないようです。単発か連発の使い分けくらいですね、幅と呼べるのは。モニカは盾の耐久を活かして攻撃も行えるようですが基本的には守り一辺倒。ギルダンは刀を持つと魔力強化とは別に身体能力の向上が見込めるようです。この中では一番動きが良かったですが、やれるのは結局のところ「斬る」それひとつ。こちらも幅はなし》


 ……よ、よく見ているなぁ。僕と同じものしか見聞きしていないはずなのに、理解力の差でここまで「見える範囲」って変わるものなのか。共闘する仲間のことなので僕だってしっかりと皆のできることの把握に努めたつもりだったが、シスにはその分野において到底敵わないと思い知らされた。


 いやまあ、彼女に僕が勝っているところなんて元から一個も思いつかないんだけどさ。


《私が何を言わんとしているか、わかりませんか? 彼らの「できること」は現時点のあなたと比べても圧倒的に少ない。ほぼ一枚の手札しか有していない、ということです。何かしら奥の手でも隠し持っていないのであれば、あなた不在であの魔物を討伐するのは不可能だったでしょう。その場合はアイアスの助勢が不可欠になっていたはずですよ》


 ふむふむ。そうなるとアイアスからの評価も変わって、研修に合格できていたかも怪しくなる。なのでこの結果を得られたのは僕の存在に寄るところが大きい……と、シスは言っているのか。つまり、もっと自信を持てと?


《過ぎたるは及ばざるが如し。ザッツの言う通り、謙遜も度を越せば嫌味に取られるものです。円滑なコミュニケーションのためには実力に見合った態度を取るべきだとアドバイスしているんですよ》


 うん……気を付けます。


 と、内心で僕が頭を低くしている間に一行は森を抜けて街道にまで戻っていた。魔物犇めく(というほどひっきりなしに気配を感じるわけでもないが)未開域という危険地帯から、人香結界に守られた開拓域という安全地帯に帰還したことで誰ともなく息を吐く。


 たった一歩分の境を越えただけでもやはり空気感は違うもので、僕たち新人がその安堵から弛緩してしまうのは無理からぬこと。ただアイアスは経験を積んだテイカーだけあってさすが、未開域だろうが開拓域だろうが変わらぬ様子のままに告げた。


「言ったように街道で魔物に出くわすこともあります。まだ気を抜かないように。合格とは言いましたがそれを支部へ報告するのはこれからなんですから」


 テイカーに相応しくない行動をするようなら今からでも合格を取り消すぞ、と言外に注意されて僕らは背筋を正した。アイアスの言っていることは至極正しい。帰るまでが遠足とはよく聞く文言だ。


《いえ、それと同じにすべきではないのでは……?》


 気を抜かず警戒を続けながら街を目指す間、危惧したようなトラブルに見舞われることはなかった。



◇◇◇



 本日はお疲れさまでした、の言葉だけ残して支部の奥へ向かうアイアスを見送り、僕たちは無言で互いの顔を眺めて後、なんとなく笑い合う。共に戦いを乗り越えたということもあって今朝方あった壁のようなものはすっかりと取り払われ、全員がもう友人だった。


「改めて、ザッツだ。これからよろしくな!」

「モニカです。一緒に頑張っていこうね~」

「同期となると組まされることも多いだろう。共に腕を磨いていこう」

「う、うん。こちらこそよろしく……!」


 それぞれ握手を交わして、これ以上することもないので今日のところは解散だ。魔力を消耗したザッツを中心に皆それなりに疲労もしている。明日以降何をやらされるかまだ聞かされていないこともあってここは大人しく休憩に勤しむのが正解だろう……休むことに「勤しむ」という言い方もなんだか変だが、テイカーとはおそらくそういうもの。僕も部屋に戻るとしようかな。


 と、宛がわれた二階の個室へ向かおうとしたところで。


「よっすー、ライネ。研修帰り?」

「あ、ミーディア。そうだよ、今終わったとこ」

「アイアスさんに連れてってもらったんだよね。結果は?」


 ブイ、とピースを作って見せる。それで充分に伝わったようで、ミーディアはにこりと笑って言った。


「わお、おめでとう。試験に続けて一発合格とは順調だねえ。これでようやく一端のテイカーになったってことで、ライネと同じ任務を受けられるのが今から楽しみだよ」

「それはまだかなり先のことになりそうだけど……」

「そうだね、テイカーが組むのは基本的に同じ等級の相手。A級の私とC級のライネじゃあ一緒に仕事をするのは今すぐってわけにはいかないね」


 晴れて研修に合格し、見習いランクであるDからは脱せる見込みの僕だが、だとしても最高等級であるAのミーディアとはとても肩を並べられない。


 聞いたところによるとテイカーと同じく魔物にもランク分けがあり、C級が戦うのは下級の魔物。B級が中級魔物、A級が上級魔物……といった具合に厳格に任務難度が区別されているために、実力の開いたテイカー同士が組まされることは滅多にない。


 それこそ今回の新人研修みたいに、何かしら任務とは別の目的でもない限りアンバランスなチームが出来上がったりはしないのだ。


「普通は、ね。でも今はちょっとだけ事情が違う」

「え?」

「事と次第によっては、ライネ。あなたも同行できるかもしれないよ──A級クラスの任務に」


 にこやかな表情そのままに、そこはかとなく鋭利な気配を纏ってミーディアはそう言った。



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