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24.合格、そして

 ガントレットの『それなり』の拳は痛いなんてものじゃなかった。骨の髄まで軋んで悲鳴を上げたあの衝撃に、僕は気を失いかけていた。それを防いでくれたのがシスだ。薄れゆく意識の中で引っ張られる感覚があった。彼女が何をしようとしているのか言葉もなく理解できた僕は身を──否、心を委ねて彼女に肉体の主導権を渡した。そうしなければ確実に気絶していただろう。


 再びスイッチして、痛みこそ残れども意識が鮮明になった僕はどうにか立ち上がることができた。……本当はあの時点で確実に失格扱いになっていたのだからシスの手を借りて試験を続行させたのは、ちょっとしたズルにあたるのかもしれないけれど。しかし「あるもの全てを使え」と言ったのはガントレットなのだから大目に見てほしいところだ。


 ありがとう、シス。君が繋ぎ止めてくれなかったら完全に落ちていた。


《ふたつの意味で、ですか? 畏まった礼は不要です。私があなたを助けるのは使命と存在意義に基づくもの。それに……まだ終わっていない》


 ああ、そうだね。


 氷の墓標。一面の氷筍に支えられてそそり立つそれが、ミシリと。不穏な音を立て始める。何が起ころうとしているのかはわかっている。予測もある程度できていたことだ。おそらく、狙い通りに氷漬けにできたとて、ガントレットはそこで終わってくれない。


「っ」


 氷が、砕け散った。その内部に封印されていたガントレットが歩み出てくる。その姿は……五体満足。どこにも怪我もなければ調子を崩している様子もなし。さっきまでの彼と変わらぬ壮健ぶりを僕に見せつけてくる。


 やはりな。実際に戦って、その洗練された魔力を地肌で感じて、氷に閉じ込められたくらいで何もできなくなる人じゃあなさそうなだと思った。だからといってそれ以外に勝ち筋があるわけでもなし、奇跡を願って接触凍結を決めるしか僕には選択肢がなかったのだが。残念なことに奇跡は起こってくれなかったらしい。


 さて、どうするか。消費の荒い凍結を見境なしに繰り返したことで魔力はほぼすっからかん。ガス欠が目の前となっているこの状態でどう戦うか。冴えた案なんて何ひとつ浮かばないが……まあ、なるようになるか。


 いつでも動き出せるように重心を落として──けれどガントレットが仕掛けてこない。その気配すらも見せないことに困惑する。


「あの……?」

「お前さんの氷の唯術。思ったよりもやれることが多そうだな。鍛えるだけ手札が増えそうだ」


《私もそう思います》


「そ、そうなんですか?」

「名はなんてんだ? 概要を理解し始めた段階でそれも『聞こえてきた』だろ」


 ──唯術の名。それなら確かに知っている。唯術を駆使して荒霊を倒したあの日に、どこからともなく頭に浮かんできた名称。それこそが自身の能力を表すものだと不思議と確信を持てたその名は。


「【氷喚ひょうかん】です」

「……ふむ。【氷喚】か」


 名を聞いて何かを考える素振りをしたガントレットは、しかしすぐに話を変えて。


「一時とはいえ俺から自由を奪ったのは上出来だ。最初はいまいちだったが途中からは体のキレも魔力のキレもなかなかだったぜ。さてはお前さん、スロースターターか? テイカーやってくならその悪癖は直しときな。ノロマが生きていけるほど甘い世界じゃねえぞ。現場員なら、特にな」

「は、はい……あれ?」


 お叱りを受けているのだと思ってなるべく神妙に頷いたところで、ふと気付く。ガントレットの言葉はまるで……この耳が勝手に最大限都合のいいよう解釈しているのでなければ、まるで。僕がテイカーになることを認めているような口振りではなかろうか。


「ああ、『合格』だ。ひっよこなんぞにしてやられたんだから認めねえわけにはいかねえわな」


 おめっとさん、とあんまりにも軽く祝いのセリフを彼が口にするものだから、僕は上手く状況が飲み込めず。


《私からもおめでとうと言わせてください。これでスタートラインに立てましたね》


 シスのいつも通りに淡々とした、けれどもしっかりと喜びも感じさせる祝福を受けてようやく実感が湧いた。僕は──テイカーになれたのだと。



◇◇◇



「つーわけでだ! 今回の合格者は一人! このライネってことになった!」

「なりました……はは」


 支部の地上階、その一室にて。ばしんばしんとガントレットに肩を叩かれ、その腕力のせいで笑みが引き攣ったものになっているであろう僕にミーディアが微笑みかけてきた。


「すごいじゃん。まさか本当に一発合格しちゃうなんて、驚いたよ」

「その割には冷静じゃねえか。知ってたんだろ? この坊主がやる奴だってこと」

「まあ、予感はあったよ。でも半信半疑でもあったかな。まず強ければ絶対に合格できるってわけじゃないからね、テイカー試験は」

「そりゃそうだ。腕っぷしだけ見ればいいなら毎度試験の趣向を変える理由もねえ……その点ライネ、お前はよくやったぜ。一次から最終まで悪い動きはなかった。何やらせても動き出しが鈍いのはちと気になったがな」


 ガントレットの言う『悪い』には色んな意味が込められているのだろう。どういった部分に注目されていたのかは杳として知れないが、少なくとも即失格を言い渡されるようなマイナス評価はなかったということだ。とはいえ先ほども受けた注意をまた釘刺しされてしまったので、あまり鼻高々になってもいられない。


「か、改善を頑張ります」

「そうそう、そうじゃなきゃね。合格したと言っても真に試されるのはここからなんだから」

「え? それってどういう」

「あれ、まだ聞いていないの?」


 意味深なことを言った傍から一転、きょとんとした顔でミーディアがガントレットを見やれば、彼は「今から話すとこだったんだよ。エマ、頼む」とこの場に同席しているもう一人、受付担当の女性職員エマへと話を振った。それを受けて彼女は「こほん」と可愛らしくひと咳入れて。


「ライネ君にはこれから新人研修を受けてもらうことになります。これはベテランテイカー引率の下、他の新人さんたちと一緒に共同で任務を達成するというものです。内容は多くの場合『魔物の討伐』任務となります。そこで引率者から合格判定を貰えれば良し、貰えなければ日を置いて再研修、それを合格まで繰り返すという流れですね」


 う、また試験めいたことをやらされるのか……でもテイカー試験と違って失敗することにリスクはなさそうだ。仮に一発で突破できなかったとしても再研修を受けられるとわかっているなら気も楽になる。


《ほどほどにお願いしますよ。研修と銘打ってはいますが実戦なんですから、場合によっては試験の不合格よりも余程に重い『失敗』になりかねません》


 ……確かにそうだな。実戦かつ共同研修ならば僕のミスで他の人が割を食ったり、最悪だと命を落とす可能性もあるわけだ。だとしたら失敗が怖くないなんて考えは持つべきではない。試験以上に気を張らなくてはいけないだろう。


「本来新人は資格を得てすぐに協会本部お膝元の訓練所に行かされる。そこでみっちりと魔術の勉強をして、それから研修に臨む。だがお前さんは既に独学で唯術まで使えているからな。お勉強はすっ飛ばして早速実地で性能試しってこった」

「ちなみに、新人とか例の雑用・・とかはみんなテイカーの最低ランクであるD級ね。ちゃんと任務が割り振られるようになるのはC級になってから。そ、研修っていうのはC級に上がるための関門。曲がりなりにも一端のテイカーとして活動してもいいかっていう分水嶺なんだよ」

「等級は与えられる任務難度の目安なので事務員にはあまり関係のないものではありますが、いざという時のために私たちも研修を受けて、C級として認めてもらっています。ライネ君も頑張ってくださいね」


《なるほど。研修で成績を残さない限りは一生新人のまま、それこそ雑用係と同じ扱いを受けると見て相違なさそうですね。研修を受ける回数に制限はないようですが連日というわけにもいかないでしょうし、これはやはり一発合格が望ましいのでは?》


 うん。話を聞いている限り僕もそう思えてきたよ。ずっと研修で結果を出せないテイカーが協会内でどういった扱いを受けるのかはともかく、せっかく難関と言われるテイカー試験を初見で通過できたのだからそんなところで躓きたくはないというのも本音ではある。


「時機が良かったですね。明後日には研修を受けられますよ。それも、ちょうどこの支部で」


 明後日! 試験もそうだったがやたらとんとん拍子に物事が進んでくれるものだ。やはりこの時期、この街の近くに僕が放り出されたのは偶然ではないのだろうな。ここまで話が早いとさすがにそこは疑いようもない。だけど話が早くて困ることもないので、素直に了承しておく。するとエマは「それでは登録してきますね」と部屋を出ていく。そうか、僕が受けると希望しなければ先延ばしになるのか。問答無用で研修にぶち込まれると思っていただけに少し意外だ。


「訓練所から送られてくるのもいるし、お前さんも何人かでの研修だな。よっぽどの時は共同じゃなく個人での研修もあるんだが、まあ協会側としちゃ等級絡みならできるだけチームの方が望ましいわな」

「あはは、そうだね」


 何故か渋い顔で少しばかり複雑な感情を窺わせる顔でガントレットが零した言葉に、これまた何故かミーディアが可笑しそうにする。どこに笑いどころがあったのかは──等級云々の言葉の意味も含めて──僕には今ひとつピンとこなかったが、なんにせよテイカーとなって初の実戦が独りきりの戦いにならなそうだというのは心強いやら緊張するやら、なんとも言い難い気持ちだった。


「あの、ちゃんと任務を受けられるのはC級からって話だったけど」

「うん。それがどうかした?」

「ミーディアの等級が気になって。あと、ガントレットさんのも」

「私はA。ガントレットさんもAだよ」

「ちなみに等級試験で上がれる最高はA級だ。同じ括りの中でも微妙に細分化されちゃいるが、基本的にはA・B・Cの順に強いと思っとけばいい」


 二人ともA級……! テイカーの最高ランク! どちらもただ者じゃないとは思っていたけど、思っていた以上にただ者じゃなかったようだ。まだ仮資格も同然のD級である僕にはAというランクがどれだけの高みにあるのか判然としないが。けれど一応の目標はできた。山犬の首を切ったミーディアの剣技、手加減してなお理不尽なまでに力強いガントレット。目に焼き付いているそれらに追いつくことが、テイカーとして上を目指すことになる。


 A級になるまでの思い出話に花を咲かせ出した二人を前に、シスが言い含めるように。


《追いつくだけでなく追い越すつもりでいてくださいよ。今のあなたにはまだ気の早いことではありますが、目標が高くて損はしませんから》


 わかっているさ。『善く生きる』にはそうする必要があるって言うんだろ? 改めて言うが、それに従うのに否やはない。疑問こそあれど神のような何かが望む通りのことをやろうという決意は僕にだってあるのだ──だからこそ、そろそろ教えてほしい。具体的に、僕にはいったい何が求められているのか。何をすれば神のような何かは満足してくれるのか。


《……ええ、教えましょう。あなたは約束通りにテイカー資格を得たのですから私も約束を守りますとも。あなたが成すべきこと。『善く生きる』という指標の第一として絶対に成し遂げなければならないこと。それは──世界を救う。たったそれだけの、シンプルな行いですよ》


 …………はい?



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