表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/182

23.ガントレット

 誰もいなくなってしまった。最終試験まで勝ち上がった精鋭と言っていい受験者たちが、あっさりと脱落した。これで残るは僕一人。僕まで脱落してしまえば、今回のテイカー試験の合格者はゼロ人ということになる。総勢三十五名が全滅ということになる……そしてそれは大いに実現しかねない未来予想だった。


 ガントレットが、巨大デカい。体格的にはさすがに荒霊よりも下、そのはずなのに、こうして向かい合う彼は。魔力を全身に纏ってこちらを見据える彼は、荒霊を遥かに上回って見える。そう錯覚させられるほどに大きくて雄々しくて、あまりに強大だった。


「わかってるとは思うが魔力戦だ。これまでみてえに魔力を制限しようなんて思わなくていい、じゃんじゃか使え。それと唯術もな」

「……!」


 魔術師の才があるかを見極めるためのこの最終試験。既に魔術を身に着けている僕の場合、もっと先を見せられるかどうかが重要となる。そのため魔力を惜しまず使うのは道理だと思うが……唯術まで? それは事前にガントレット自身が禁じさせたもののはずだが。


 疑問が顔に出ていたのだろう、ふんと彼は鼻を鳴らして。


「使えるってんならそこも見なきゃ話にならんだろうが。最終試験は他の受験者じゃなく俺が相手なんだから封じる理由もねえ。あるもん全部使え、そして俺に認めさせてみろ。お前さんが自分の希望を押し通せるだけの力と才能を持った原石だってことをな」


 俺は唯術を使わずに戦うから安心しろ、と彼は言う。それ自体は朗報なんだけれど……使えるものを全て使う、と言っても僕にできることはそう多くない。唯術込みでも唯術なしのガントレットに敵う気などまるでしなかった。


《荒霊にやったような戦い方で彼を下せるとも思いませんしねえ。ですがなんとか彼の肉体に触れさえすれば、あなたの唯術ならワンチャンありませんか?》


 接触凍結か。アレは確かに魔力を食う分強力な技だ。荒霊の腕や腹も凍り付かせたのだからガントレットの鋼のような肉体にだって有効かもしれない。問題は彼の身を覆う魔力を突破できるかという点だが……。


「むん!」

「!」


 ガントレットの魔力が、勢いを増した。ただ纏っている状態から滾っている状態へと。明らかにその濃密さと力強さが上がった。そのことに頬をヒクつかせる僕へ、彼は獰猛に笑った。


「なんだよ、他三人と同じように扱ってもらえるつもりでいたのか? 魔力戦だと言ったろうが。軽く纏う程度で済ませるわけがねえ……てなわけで俺も『それなり』にやらせてもらうぜ。覚悟しな」


 ……早くも絶望的だ。ますます勝ち目が見えない。けれどもしかし、戦力差で言うなら魔力なしでガントレットに挑む方がずっと勇気のいることだ。それをやってみせた三人に続くからには、僕だって臆してばかりもいられない。仇を取る気持ちで行かせてもらおう。


《様子見なし。最初から全力で》


 了解。魔力を練り上げる。体に纏って強化を行なうと同時に唯術も発動。初撃はやはりこれだ。


「氷礫」


 僕の眼前に現れた小さな氷の塊が発射される。ノーモーションで飛び道具が使用されたのにはガントレットも意表を突かれたのか、迫るそれに片眉を上げて──難なく拳で撃ち落とした。……マジか。荒霊が対応できないくらいの速度はあるはずなんだけどな。


「む、こりゃあ氷か? 氷を操る唯術ってところか。他には何ができる?」

「それを打ち明けたらプラス評価になりますか」

「ならねえな。手の内を晒すのはむしろマイナスだ」

「じゃあ訊かないでください!」


 続けて撃ち出す。氷礫は樹肌を削る程度の威力しかない代わりに魔力消費が少ない。がんがん頼っていこう。そして今度は僕も動く。二発、三発と発射しながら殴って迎撃するガントレットへと素早く近づく──が。


《しっかりと見てますね。触れる隙はなさそうです》


 そうなのだ、氷礫を打ち落としながらもガントレットは僕から注意を逸らしていない。狙うは凍結。凍結させるに接触しなければならない。そしてそれは打撃を打ち込むよりもずっと難度の高いことだった。けれど、シスの提言通りまずは一部でもいいから凍らせてガントレットのパフォーマンスを落とさせないことにはどうしようもない。だったら。


「こっちを凍らせる……!」


 ガントレットの拳が届く距離、の直前にて僕は荒霊戦ではやらなかった足場の凍結を実行した。お互い滑ろうが構わない、足元が不安定になって不利になるのは一撃も体重も重いガントレットの方だ。戦闘スピードを落とし、そのどさくさに触れる! そのために凍結範囲を広げようとした僕は、誤算に気が付く。


 思ったよりも凍結範囲が広がってくれない……!


「おっと、危ねえ」


 転ぶのを嫌った、というよりも侵食する氷面に触れるのを避けたのだろう。軽く飛び退いてガントレットは凍結範囲から脱してしまった。本来はそれも叶わないくらい広く凍り付かせるはずだったのだが、できなかった。どうしてだ? 修行中はもっと簡単に広範囲を凍らせられたのに。


《どうしても何も、床と地面ですからね。含まれる水分量が違う。凍るイメージも。よって凍らせやすさも違ってくる。湖面と地面でも凍結の範囲には随分と差があったでしょう?》


 あ……そうか、そういうことか。地中に必ず水分が含まれている森の地面とは異なり、ここの足場は人工物。凍結させるための瑞々しさに欠けていることになる。魔物にも血が流れており、それは紛れもなく水分。だから荒霊を凍らせることができたわけだが、仮に全身が鉄で出来た魔物なんかがいれば僕はそいつの対処にひどく苦労させられるのだろう。


 凍らせる対象の水分が大事になってくるとは思いもしなかった。考えてみれば当たり前のこと過ぎて、テンパったのが恥ずかしくなってくるが。


「今度は俺から行くぜ」

「ッ」


 ガントレットが凍った床を回り込んできた。速い! ウェイトの差を感じさせない素早さで距離を詰めてくる! 反射的に唯術を起動させるが、彼は既に拳を振るってきている。カウンターは不可能。だというのにどうにかその肉体に触れられないかと欲をかいてしまったのがマズかった。迷いが僕から判断力を奪い、受けるでも攻めるでもない半端な対応を取らせた。結果。


 ガントレットの殴打。三十番の女性に振るわれたものよりもずっと強烈になったそれの、直撃を貰ってしまった。言葉にならない衝撃と激しく明滅する視界。浮遊感。苦悶の声も上げられず僕は大きく吹き飛ばされた──。



◇◇◇



 確信の持てる手応えだった。クリーンヒット。魔術師であっても起き上がれる者は稀だと言えるだけの手堅い感触が、ガントレットの拳にはあった。


 彼は眉をひそめる。これで終わりなのか、と。疑うまでもなく、少年の纏っていた魔力のレベルからして終わりは確定している。そしてその評価も。端的に言って期待外れ。ミーディアの推薦という色眼鏡の要素を省いたとしても、とてもではないが優良の判子なんて押せやしない。現場入りなど夢のまた夢。ただし見習いとしてテイカーのいろはを学んでいけば将来的にはその芽も出るか、といったところ。なんにせよ今すぐ背中を預けられるような人材ではない──そう結論を下しかけたガントレットの思考が中断される。


「……ほぉ、立つかよ」


 ガントレットは知り得ない。自身の手応えを裏切って立ち上がった少年の肉体が、ただの人間とは一線を画す「特別性」であることを。通常なら許容できないダメージであっても許容してしまえる、人ならざる人の形をした生物であることを、彼は知り得ない。


 よって立てた理由を土壇場での根性によるものだと見做し、なかなかに自分好みの展開だとその口角を上げて。そして異変を察知する。


 ふわふわとした雪を思わせる白銀色のくせ毛。その前髪の奥に揺らめく薄青の瞳が──こちらを見つめるその輝きが、先ほどまでと違う。色味そのままに、純度が変わった。醸す雰囲気の変化と共に、あたかも別人にでもなったかのような。


「うん、わかってる。ありがとう。もう大丈夫……」


 独り言。ガントレットには聞こえない誰かの声に返事をして、その身より魔力を立ち昇らせる。異様な気配を覗かせる彼にガントレットは目を細めた。


 生気に欠けた表情と奥に狂気を秘めた瞳。それでも何かをなそうとするのは後悔があり、それ以上に背負ったものがあるからだ。後ろ暗い事情を抱えつつも悪人ではない。かといって善人かというとそれも微妙。ともかく指導の甲斐がありそうな奴。それがガントレットが少年に抱いた印象の全て。


 やはり自分の見る目に間違いはなかった。こいつは──ライネは、「面白い」。ミーディアが唾を付けた意味がよくわかった。故にガントレットは。


「2ラウンド目と行くか、坊主」

「氷礫」


 人形を思わせる、少女にも見紛う整った顔立ち。前髪が魔力に反応して逆立ったことで剥き出しになったそれを改めて隠さんとするように出現した氷の礫が、飛来する。先よりも速い。速度を上げた一射を叩き落とすのに苦はなかったが、しかし割れ砕けた氷が細かく破片を飛び散らせたのにはガントレットも顔をしかめた。視界が遮られる。最初から爆ぜるように作っていやがったな、と腕を振るうことで氷霧を払い。


「!」


 目前にまでライネが迫ってきていることに驚いた。礫だけでなく彼もまた速くなっている。だが、上手く近づいておきながら彼我の距離はガントレットの腕でも触れられない間合いが保たれている。まさかと思えば、そのまさか。ガントレットが一歩を踏み出すよりも早くライネの魔力が発散された。


「凍結」

「そいつは通じなかったろうが!」


 踏み出す先を変更、横合いに跳ぶ。それだけでライネの足元から伸びてくる氷面をガントレットは躱した。だがそれはライネも織り込み済みだったのだろう、彼はしゃがんで両の手を床に触れさせ、より凍らせることに集中して唯術を使う。


「凍結、凍結、凍結」

「ぬっ……」


 足りないなら足りるまでやればいい、ということか。狭い範囲しか凍らせられない技を重ね掛けることで領地を広げていくライネに、ガントレットは彼の傍へと行くにはどうしても凍った足場を踏まなくてはいけないと理解して。


「しゃらくせえ」


 ただ踏むのではなく、踏み締める。氷どころか床すら破壊しかねないほどの脚力が引き起こした震脚によってライネの領地はまとめて粉砕された。剥き出しになった床面にしっかりと足を下ろしたガントレットは、舞い上がった氷の欠片越しに目論見の破れたライネがどんな顔をしているか確かめようとして──固まった。


 彼は笑みを浮かべていた。

 薄く、それでいて強い笑みを。


「水分は、たっぷりだ」


 技の性質の違い。氷礫が氷そのものを『どこからともなく』作り上げているのに対して、凍結は自然界にある水分へ干渉してそれを凍り付かせるもの。手か足で接していること、対象が最低限以上の水分を含んでいること。決まれば強力なだけに設けられている条件、それらを満たすのに前者の技が有用であるとライネは気付いた。


 水分は自ら増やせる。床面の凍結を繰り返したのはそのためだ。ライネの目論見は破られてなどいない、むしろその逆。ガントレットは彼の目論見通り下準備に手厚く協力したのだ。


 床と、そしてガントレットの足は、散った氷片によって凍らせるのに充分なほど濡れている。


「氷筍」


 氷筍とは地面から発生する氷柱。特定条件下で長い時間をかけて起こるその現象が、唯術によって一瞬で再現された。床面の水分から空中の氷片を伝って形成された氷筍が、まるで拘束具のようにガントレットの体中へ纏わりつき、固定する。動きが止まった。その瞬間にライネは跳び上がり、彼の逞しい身体に手をつき足をかけ、縋りつくような体勢で。


「接触凍結」


 ガントレットの冷凍保存を実行する。今のライネに可能な最大の出力でもって、両手両足を起点に凍結を試みる。既に半身が凍り付いている獲物に対して彼の唯術は呆れるほど効果的に効力を発揮し。


 瞬く間に巨躯は氷漬け。僅かな隙間もなく完全凍結が果たされた。


 ──お見事。

 そう、誰かが言った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ