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20.斬りたい

《来ますよ!》

「!?」


 違う! アイナは倒れたんじゃない。そう見間違うほどに低い、低すぎる前傾姿勢を取ったのだ!


 四足獣が跳びかかるような準備態勢からの強烈な踏み込み。そして振るわれる刃を、シスの注意もあって僕はどうにか躱すことができた。剣圧で撫でられた肌が粟立つ。それほどに紙一重だった。もしも今のを食らっていたらその時点で勝負が決していたかもしれない。そう思えば余計にぞくりとさせられる。


《などと考えている暇はありませんよ、備えて!》


 そうだ、アイナが持つ剣は二本。一太刀に続き間断なく二の太刀が迫ってくる。大丈夫、これも避けられる──だがそれは根本的な解決にはならない。


《二刀流の短剣使い、その得意は入り身での手数による攻め。避けても避けても次の刃に襲われる。ジリ貧ですよ》


 二撃目を頭を下げてやり過ごし、そこに顔目掛けて刺突が襲ってきたタイミングで後方へ大きく飛び退く。一度間合いを取る! そうしないと彼女の攻勢ターンがいつまでも続いてしまう。だが当然、攻勢を続けたいアイナは僕に仕切り直す間を易々と与えてはくれない。


「くっ……、」


 張り付いてくる。僕が離れようとする瞬間を読み切っていたかの如く、ぴったりと。開幕の踏み込み同様の俊敏さでついてきた彼女との距離感は結局変わっていない。目と鼻の先。そこから連撃が走ってくる。これは、普通にキツい!


《やはり手練れですね。魔力もなしに躱せているだけ上出来といったところですか。ですが勝利を目指すには被弾覚悟か、魔力の全力使用。取れる手立てはふたつにひとつですよ》


 ──今のところアイナに魔力を使おうという素振りは見られない。そして彼女の短剣は刀身の片側が峰になっており、振るってきているのはそちらだ。殺意すら感じられる苛烈な攻めを仕掛けてきてはいるが、一応は彼女も「殺し」等の禁止行為を行わないよう気を付けてくれているのがわかる。


 現状の要素だけを抜き出してみれば、ここは僕もなるべく魔力を用いずに素の力だけでアイナに勝たねばならないところなのだろうけれど。しかし実情がそれを許してくれない。


 回避に専念するのが精一杯のこの戦況。そしてそれだって決して長くは続かないであろうことを踏まえれば、僕に残された選択肢は。


《ですね。まだ試験は終わらないんですから、いくら医療班が控えているといっても被弾はNG。とくれば、あなたのすべきは》


 魔力の解禁、それ一択!


「!」


 アイナの反応は素晴らしかった。僕が魔力を漲らせた途端にあれだけ淀みなく繰り出していた連撃を取り止めて、こちらの動き出しに合わせて自分から距離を取った。魔力を感知している? やはり彼女も魔術師なのか? だけどそれにしては……。


 と、訝しんでいるとアイナは左手を大きく振りかぶって。そしてその手に持っている剣を投げつけてきた! まさかの投擲!?


《片方とはいえ己が武器を手放すのに何の躊躇もないとは。ですが》


 ああ、意表を突かれはしたが問題ない。正確に顔目掛けて飛んでくる短剣を払いのける──と、すぐそこにまでアイナが迫ってきていた。彼女の右腕は既に大きく引かれており、切りつける寸前の体勢。投擲はただの目眩しであり、こうやって切り込む隙を作るためのものだったか。


 さっきまでならなす術もなく切られるがままだったろう。いや、向けられているのは刃ではないのだから打ち据えられていたと言うべきか。どちらにせよ防御も間に合わずにまんまと一撃を貰っていたはずだ。が、今となってはそうならない。魔力の解禁による身体能力及びに五感の強化。僕には切りかからんとする彼女の動きがしっかりと見えていたし、またそれに反応もできていた。


 剣の進路上に腕を差し込む。大袈裟な守り方はしなくていい、ただそこに置いておくだけで止めるには充分。ズシ、と受け手に伝わる衝撃は予想通りに重たいものだったが、所詮は予想通りでしかない。余裕を持って攻撃を防いだ僕とは反対に、アイナは別の意味での衝撃を受けているようだった。その目が僅かに見開かれている。


 今! 反撃の機会と見て拳を繰り出す。命中……はしたものの、インパクトの瞬間に身をよじられて急所には当たらなかった。その上殴られた勢いを利用してアイナは僕のリーチから脱出し追撃を許してくれなかった。そのまま彼女は素早い足運びで僕が弾いた短剣の下まで移動、それを拾い上げて回収した。一連の動作にダメージを受けている様子は一切見受けられない。


「げほ」


 けれど、思わず出てしまったといった感じの咳。それと眉根の間に寄った微かな皺が、決して痛みがないわけではないのだと教えてくれる。


《できることなら終わらせるつもりで打ちましたよね? それでもあの程度の被害ですか》


 うん、本当に反応がいい……魔力強化を果たした拳を反射神経だけで耐えてしまうとは。受けも回避もできないと踏んで咄嗟にヒットポイントをズラしてみせたのは技術の側面もあるのだろうが、どちらにせよ優れた反応速度がなければなし得ないことだ。これでいて僕とは違い素の身体能力のままだというのだから恐れ入る。


「どういうこと?」


 と、両手の剣をゆらゆらと揺らしながらアイナが言う。


「急に強くなった感じがする……一次試験のときとは逆。どうして?」


「……!」

《やはりアレは彼女でしたか。そして魔力に関する知識はなし、と。その点は杞憂だったようですね》


 まあ、こちらが魔力を用いているのに同じく魔力で対抗してこないなんて、アイナが魔術師であればまずあり得ない。僕のようになるべく魔力に頼らないことでガントレットへアピールしたい狙いがあるにしても、ここでその手札を切らないのは温存ではなく死蔵と言う。なのでアイナは非魔術師なのだろうと予測もついていた。だが、だとすると不可解なのは。


 魔術師でもないのに、僕が魔力を使用したと同時にああも警戒したのは……警戒できたのは何故か。どうやってそれを嗅ぎ取ったのかという点だ。


《どうやら彼女。『目覚めかけ』みたいですよ》


 目覚めかけ……? 魔力に、ってこと?


《自覚なしの知覚です。あなたがやっていた自覚なしの使用の前段階とでも言えばわかりやすいですかね。あの鋭敏さからすると次への発展も近いでしょう。特別性のあなたとは違って、彼女は自らの才覚だけでそこに至ろうとしています》


 初めから魔力の才能を持ち、その運用にシスというお手本まで付いてきた僕とは違って、か。つまりそれだけアイナのセンスが凄まじいわけだ。見たところまだ十五か十六、そのくらいの年齢だろうに末恐ろしい。ミーディアだってどう見ても二十歳にもなっていない若さなので「本物」というのはそういうものなのかもしれない……などと思ってしまうのは、自分が人間の「紛い物」だという意識があるせいなのか。


「やっぱりいいね、ライネ」


 くるりと。手の中の剣が反転した。内に向けられていた刃が、外を向いた。それ即ち。


《斬るつもりですね。硬くなったあなたを、その硬さの上から》


 本気マジになった、ということか? きっとそうなのだろうな。だってこうも変わったのだ。今までだって十二分にあったプレッシャー。両手に剣を握るアイナから滲み出ていたそれが、刃の向きを正した途端こんなにも桁違いになったのだから間違いない。


 ここからが彼女の本気。殺しだ悪質だと禁止事項で自らを縛るのをやめて、ありのままの自分で。あるがままの実力で戦うと、そう決めたのだ。僕がそうさせたのだ。


 怖い。その感想は変わらない。だが僕自身も全力になっているからなのか今はそれ以上に──ワクワクもしている。


《入ってきましたか。善いことです。そのまま彼女を倒しちゃいましょう》


「ライネを倒してテイカーになれたら。アイナも──」


 倒れ込むような踏み込み! 加速の手間なく一瞬にして高速に達した彼女は、けれど今までやっていた直線状の動きではなくジグザグに軌道を変えてきた。迎撃のために構えた僕の視界から消える。目で追う、だがまた消える。機敏さが半端じゃない、しかもさらに速い! そうやってアイナは僕の周囲を縦横無尽に駆け回り、そして。


「ツ、」


 斬ってきた。地下迷宮でやったのと同じ、攻撃しながら離脱するヒットアンドアウェイ。素手で襲ってきていたらしいあの時とは異なり得物を持った彼女の最高速の斬撃は、当たった背中に熱い痛みをもたらした。


《薄皮一枚、ですが確かに切れていますね》


 魔力防御越しにか……! シスの言う通り、彼女にはそれだけの技量がある。アイナの振るう刃は魔力を貫ける鋭さがあるのだ。痛みに弾かれるように背後に向き直ってもそこにはもう誰もいない。空気を裂く音が聞こえ、反射的にガード。キン、と手の甲に裂傷が走った。


 その調子が続く。何度も斬りつけられて体中に赤い線が描かれてしまった。痛いし、流れる血が鬱陶しい。劣勢だ。勝負は誰の目にも明らかに僕が押されている──ように見えるだろう。それがいい。


 その瞬間を待つ。アイナを捉えきれず疲弊している自分を演じて、ひたすらに待つ。実際のところ得物の分だけ外から襲ってくる彼女を捕まえるのに苦労しているのは確かなので、そこは演じずともアイナに伝わっているはず。感じているはずなのだ、手応えというものを。


 だったらそろそろ勝負を決めたくもなるだろう。そのためにトドメの一撃を叩き込もうとしてくるだろう。僕が待っているのはそれだ。汗と血の流れる量を増やしながら観察を怠らず──来た。


 一歩分。離脱を念頭に置くために浅く振っていたこれまでの攻撃よりも一歩深く、彼女は僕に近づいた。大きく踏み込んできた。狙う場所は首、両手の剣で挟み込むように。全力で断ち切るという意思が明確に乗せられたその一撃は……この状況は、全て僕が思い描いていた通りのものだった。


 一歩深いその場所は! 僕の拳が届く距離でもある!!


「おォ!」

「ガっ、ふ──」


 首元でクロスされた刃が引き切られる直前。カウンターで入った一打がアイナの左頬を打ち抜き、その動きを止めた。だけでなく、彼女は地面を転がって倒れ伏した。加減はした。だが本気で打ち込めばあの屈強な肉体を持つ荒霊だって一打で悶絶する威力が僕の拳にはあるのだから、いくら力を抜いたって生身のアイナには重すぎる。それをまともに受けたのだから動けなくなるのは当然だ。


《やりましたね。修行の成果が活きた勝ち方じゃないですか》


 凪いで備え、然るべき瞬間に炸裂。ともすれば興奮しがちになる魔力を用いた戦闘では心を落ち着けることも魔力操作の技術と同じくらい大切だ……と、山犬や荒霊との戦いで学ばされた。あの経験なくして今の戦法は取れなかったろうな。誘い込む手腕に関してはひとつ前のペアの女性受験者を参考にさせてもらった。


 ただ、シスがおそらくトドメは首を狙ってくるだろうと推理してくれていなかったら。そしてその読みがドンピシャで的中しなかったら、きっとカウンターは不発になっていたに違いない。僕だけの力で勝ったわけじゃない。ので、今回も名アドバイザーを務めてくれた彼女に感謝を伝えようとして。


「う、ぐ……」


「!?」

《──おやおや。これで終わっていないとは、素直に驚きです》


 アイナが立ち上がった。足はぐらぐらで、息も絶え絶えで、剣を持つ手にも力が入っていない。戦闘を続けられるとはとても思えない状態で、それでも彼女は僕に向き合い、武器を構えた。


 何故立てる。命こそ奪わぬように気遣ったと言っても、意識を刈り取るだけの威力は確実にあったはずだ。仮に驚異的な意思の強さで気絶を免れたにしたってダメージは深刻を通り越してキャパを超えているはず。立ち上がれるはずがないのだ。ましてや戦意を失わずに剣を向けてくるなんて、そんなこと。


「無茶だ、アイナ。勝負はもうついている。これ以上やったら無事じゃ済まない」

「……ダメ、やる。まだやれる……アイナは、テイカーになる」

「どうしてそこまで……」


 思いもよらぬ執念に困惑を隠せずにいる僕を、アイナは焦点の定まらない目で見つめてきて。


「斬りたい……壊したい。衝動が、抑えられない。テイカーにならなきゃアイナは……魔物を壊さなきゃアイナは、人を」

「……!」

「だから、絶対に。テイカーに──」


 また一歩踏み出してくる。ボロボロの体と飛びかけの意識で、なのに僕を倒すために。その気迫、想いの強さに、圧倒される。だが。


「なるん、だ」


 そこまでだった。彼女の執念が繋いだ時間も終わりを迎え、二歩目を歩むことなくアイナは膝から崩れ落ちた。そうしてピクリともしない。


 恐る恐る近づき、今度こそ気絶していることを確かめてガントレットへ視線を向ける。すると彼は頷き、片手を上げて。


「試合終了だ! 四組目の勝者は、三十五番!」


 そう僕の勝利を宣言してくれた。



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