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18.アイナ

 ゲーム場となる『フィールド』とは室内に作られた疑似ジャングルだった。僕が修行を行なっていた未開域の森よりも木々が密集している、熱帯の地域を想起させるような生命力に溢れた森だ。当然、見通しは未開域よりもさらに悪い。これもまたゲーム性の一因になりそうだった。


 僕たちがいるのはジャングルらしい光景の中でぽつんと浮いた、足元が真っ赤に丸く塗られた「本陣」。その中心には体に装着させられているのと同じ、けれどサイズが一回り以上は大きくなったマト風船が設置されている。これを守り抜くのが三次試験、点取りゲームの肝となる。壊されたからといって敗北が決まるわけではないが、限りなく近づく。敵本陣のマト風船を撃破し返さないことには相当な不利を強いられるのは確かだ。


 体の部位にあるマト風船のポイント差も踏まえてどう攻めるか、あるいはどう守るか。そして敵チームがどう出てくるか、そこの噛み合いが重要になりそうだ。特に僕らの相手は例の対応力のありそうな男女ペアでもあることだし、この視界の利かないフィールドでどのように戦っていくか。それをゲーム開始の僅かな時間でちゃんと話し合っておく必要がある。作戦を詰めようとこの試験における相棒のアイナへと向き合った僕は。


「本陣を守る必要も、攻める必要もない。敵二人のマトを全て潰して、無力化する。それでアイナの勝ち」


 作戦もクソもあったものではない彼女の返答に再びばっさりと切り捨てられた。いや。いやいやいや。それが最も手っ取り早い勝ち方であることは異論ないけれども。そう上手くいくはずもないから作戦を練ろうとしているのではないか。根気を持ってそう告げた僕に対し、アイナはやはり無表情だった。


「不安なら、ライネが守ればいい。アイナが一人で潰すから」


 元からそうするつもりだったと言わんばかりに、当然の如く単身での攻め入りを提案してきた。本当に不安だ。彼女にはこの鬱蒼としたジャングルが見えていないのではないかと頓狂な懸念まで抱いてしまう。


「こんなに見通しも悪いんだ。一人で二人を相手するのは無茶だよ。そもそも見つけられるかもわからないんだから」


 大まかに方向のわかっている敵本陣を目指すのとは違って、密かに進軍してくるであろう敵チームの居場所を的確に捉えるのは難しい。大方そのまま入れ違いになって終了だ。アイナは敵のいない本陣を落とせるだろうが、その間にこちらは本陣+下手をすれば僕まで落とされてポイントを多く稼がれてしまう。単騎突入にはそういった最悪のパターンもあり得るということを理解できているのだろうか……。


「人は気配を完全には消せない。必ず見つけて、潰す」

「…………」


 そこまで堂々と断言されてしまっては返す言葉もなかった。いや、本当はもっと言わなきゃならないことがたくさんあるのだが。けれど言ったところで無駄なのだろうなという確信もあった。アイナには確固とした核がある。自身の方針をそこから決してズラしたりしない、そうしたくともできやしない絶対的な核というものが。こういった手合いの人間はそもそも言葉が通じないものだ。


《いいじゃないですか。こうも自信に満ち溢れているんですから、好きにさせてみてはどうです? やってくれそうな雰囲気も感じますし》


 ほ、本気か? もしも彼女が失敗した場合、僕は二対一で自分の身はもちろん本陣まで守らなくてはならない。言わずもがなそれはとても大変な状況だ。可能な限り避けて通るべきシチュエーションなのではないのか?


《そうなったらなったで、あなたもやってやればいいんですよ。二対一での完封。それくらい披露した方がガントレットからの覚えも良くなるとは思いませんか?》


 ……!


《アイナが有言実行できたなら良し、ノーリスクで三次試験を通過できる。失敗したならそれもまた良し、絶好のアピールタイムが貰える。そう考えたら良いことづくめじゃないですか》


 それを良いことづくめなんて言い方してしまっていいんだろうか……アイナの扱いがまるで鉄砲玉な上、アピールタイムが来たとしても僕が首尾よく敵チームを撃退できるとは限らないだろうに。


《そこはやってみせるとあなたにも意気込んでほしいところですけどねぇ。一次試験のように魔力を解禁すればどうとでもなるのでは? 相手方のどちらか、あるいは両方が魔術師でもなければですが》


 だからその時が怖いんじゃないか──なんて言っても反論にもならないな。アイナの説得が不可能だと僕自身感じてしまっている以上、取るべき作戦はもう決まっているも同然なのだから。


「わかったよ、アイナ。僕としては本陣を留守にするのは怖すぎるから、ここに残って守る。アイナは好きに攻めたらいい。ただし、接敵して分が悪いと思ったならすぐに戻ってきてほしい。それだけ約束できる?」

「わかった」


 相も変わらずのノータイムの簡素な返事だ。頷いてはくれたものの約束を守ってくれる気があるのかどうか。ただし、ちゃんとゲームのルールを把握していることからも明らかな通り、何も理解力が欠けているわけではない。彼女はただ己の道理に従っているだけなのだ。ならば帰還するもしないも状況次第だろう。結局のところ僕は彼女の有言実行を祈ることくらいしかできない。


 話もまとまった……まとまった? ところでアナウンスが入った。フィールド全体に響き渡る音量で告げられたスタートの合図にビクリとした僕とは対照的に、アイナはもうこちらに背を向けていた。


「いってくる」


 なんの恐れも感じさせない、野生の獣が自らの縄張りを闊歩するような自然な足取りでアイナは木々の向こうへと消えていった。応援の言葉をかける暇もなかった。


《素晴らしいですね、彼女。足音も衣擦れもなし。あれだけ茂った枝葉にもぶつからずに行ってしまいましたよ》


 確かに今のは幽鬼か何かの去り方だった。人は気配を消せないと言い切った張本人がこれだけ見事に自分の存在を殺してみせたというのは、いっそ冗談の類いのようですらある。本当に、アイナはいったい何者なんだろう?


《只者じゃない、以外の答えはまだ出せませんね。あの足運びからしておそらく一次試験で木札の罠を張っていたのは彼女なのでしょうが、それだけしか情報がないのではなんとも》


 ……え? 首を狙って一撃離脱していったアレが、アイナ? マジで?


《確証はありませんが、他にそれらしい人も見つけられませんでしたしほぼ間違いないかと》


 僕の油断のせいとはいえ、それでも人並み以上には働くシスの察知能力を擦り抜けられるほどの凄腕。今の消え方ができるアイナならばその条件を満たしている、と言えなくもない。単騎で敵へ挑むことを辞さない好戦的な思考も自前で罠を張るそれと一致している気がする。ただし、これらの特徴を一応の根拠とするには、アイナが実際にその腕前を証明してからでないといけない──。


『ゲームセット。二十二番・三十五番ペアの勝利です』


「なっ……!?」

《おやおや……》


 ゲーム本番のために用意された時間はたった十分。タイムアップまでにどちらのチームもポイントを得ていなければ揃って失格。同点であった場合には特別ルールのサドンデスが待っている、とも説明されている。


 つまりこのルール、両チームが慎重になれば時間いっぱい戦闘が起きない可能性も充分に考慮されているのだ。地下迷宮ほどではないようだが、しかしそれでも全容が窺い知れない程度には面積のあるジャングルフィールドだ。場合によってはそういった塩展開も大いにあり得るだろう……積極的な攻勢を促すルールを設けるのは当然であり必然。アイナの攻撃的姿勢はこのゲームをクリアするために必要なものでもあって、だからこそもはや止めるまいとも思ったのだが。


 いくらなんでも早すぎる! 一分だ。彼女が狩り(・・)に出ておおよそ一分くらい、たったそれだけの時間で決着がついてしまった。単身の不利を物ともせず、敵チームが講じたであろう策や戦法を歯牙にもかけず、宣言通りに全てを潰した。点取りゲームの本懐をまるっと無視して最短攻略を果たしてしまったのだ。


《たったこれだけの間に敵二人を無力化、ですか。素晴らしいというより恐ろしい子ですね》


 シスも感嘆しかできない。アイナが一人で終わらせてしまうにしてもここまでスピーディに事が進むとはさしもの彼女も予想できていなかったのだろう。それはもちろん僕だってそうだ。


 これで三次試験はクリア……まさか本当に何もしないまま通過できるなんて。苦労がなかった代わりに見せ場もなし。その事実を喜ぶべきか悔やむべきかよくわからずにいると、アイナが戻ってきた。今度は普通に枝葉を手で掻き分けて音を立てている。先の動きはやはり、敵を狩るためのそれだったのだろう。


「ぶい」


 無表情でピースサインを見せるアイナからは戦闘後の余韻がまるで匂ってこない。ただそこらを散歩して戻ってきたかのような雰囲気だ。けれどゲームが僕らの勝ちで終わったということは、彼女が有言実行を果たしたのは間違いないわけで。


「お、お疲れ様。アイナってすごく強いんだね」


 なんと声をかけるのが正解かわからず、そんな子供の感想みたいなことしか言えない僕に対してアイナは足を止めず。


「ライネにもできるでしょ? これくらい」


 すれ違いざまにそれだけ言って、そのまま待機室の方へと行ってしまう。僕は振り返って愕然とその背中を見つめた。


 ……できるかできないかで言えば、できる。魔力を全開に使用して、その上で相手側に魔術師が不在であれば。それらの前提があれば、アイナと同じようなゲームの終わらせ方だってあるいは僕にも可能だろう。そこで気になるのは、ではそれを成し遂げてみせたアイナはいったい()()()なのか。


《ゲーム中もその前後も魔力は感じられませんでしたよ》


 僕もそうだ。そして僕よりずっと敏感なシスがこう言うからには、アイナが魔力を用いて敵チームを圧倒した可能性は低い。だが、気配の消し方同様に魔力の隠密使用においても非常に優れている可能性だってなくはない……そして何より、アイナの前で目立った活躍をしていないはずの僕をどうしてああも高く買ってくれているのか。その点の疑問も踏まえれば、アイナを白とするのは予断が過ぎるというもの。


《組もうと誘ってきたのも、あなたの隠しているものを見抜いている節があることも。彼女が魔術師であり、一次試験であなたの魔力の使用に気付いていたから……という理由付けが一番しっくりくるのは確かですね》


 もしもそうなのだとすれば……この試験、僕にとっての最大のライバルはアイナだ。いやさそうでないとしても、彼女の実力からして脅威的な存在であることに違いはないのだけれど。



◇◇◇



 待機室で女性職員Aから勝利を祝われた僕たちは、それに返事をする間もなく部屋から出されて来た道を戻れと言われた。通路の反対側はおそらく負けたチームが地上へ戻るためのルートなのだろう。今頃はあの冷静そうな男女ペアがそこを通っているのだろうし、負けていたら僕たちがそうなっていた。改めて、脱落は呆気ないものだ。脱落した受験者の扱いも同様に。


 僕らが戻るとガントレットはすぐに次のペア二組を移動させた。それがもう一度繰り返され、三十分もしない内に三次試験は終了を迎えた。試験の形式上当たり前のことではあるが、その時には受験者の数は半分になっていた。


「三次突破おめっとさん。そんじゃこの八名で早速四次試験といくか」


 テイカー試験は概ね四次から五次まで行われるという。つまりそろそろ試験全体の終わりも見えてきていい頃合いなのだが、ガントレットからそういった言葉は聞こえてこない。彼は今回いくつの試練を与えるつもりだろうか。ひょっとするとそれは受験者がどれだけ生き残っているかで変わってくるのかもしれない。


 などと主催者側の目線で考えていた僕だったが、次のガントレットのセリフによって一気に受験者側の思考へと引き戻された。


「四次の内容はこれまでで最もシンプルだぜ。今し方協力した相方と一対一のバトル! 次に進めるのは無論片方だけだ、気張って戦えよひよっこ共」


 四次試験は──アイナとの戦い。生き残れるのは、僕と彼女のいずれか一人。そう聞いて思わず横を見れば、視線だけをこちらに向けるアイナと目が合った。静かな黒い瞳。感情の見えないそこに、しかし何かしら剣呑な色味が宿っているように僕には見えた。



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