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178.新技

 頭の上から落ちてきた剛拳をギリギリで躱し、後方へ跳んで退避。カクリコは今まで通り距離を開けまいと追従しようとしてきたが、大丈夫。彼の足元には氷が張っている。踏み出そうとした一歩が空滑りして倒れかけ、けれど驚異の体幹でそれを堪える。その姿を眺めつつシスに問いかける。


 ねえ、今の感触ってもしかして……。


《はい、レジストされましたね。それも先の接触凍結の際よりも強烈に……カクリコの学習機能は運動能力にだけ適用されるものではない、ということですね》


 抵抗レジスト、というのは魔術用語で術の作用が対象の魔力防御に阻まれることを指す。ただし定義はどうあれ言葉の使い方としてはより広義な意味を持ち、たとえば僕とユイゼンの関係のように氷の術者同士が互いの術への耐性を持つが故に攻撃が通りにくいなどといった、魔力防御に依らない魔術的な抵抗力が原因だとしてもレジストの例からは漏れない。


 先日倒した地噛も、凍った傍から肉体が再構築される異常な回復力によって僕の術に抵抗していた、という言い方も成り立つ。そしてこのカクリコが現在進行形で獲得していっていると思われる氷術への耐性も、彼自身は氷術のイロハをまるで知らない門外漢だとしても立派な抵抗力に数えられるわけだが……うん、いよいよもってとんでもないなこの魔像ゴーレム


年代物ヴィンテージを通り越して骨董品アンティークだというのに、恐ろしいまでによく出来ていますねぇ。ゴアに記載されている協会が使用していた現代のゴーレムと比べても遥かに高性能ですよ。ロストテクノロジーと称されるだけのことはある、といったところですか》


 現在の知識・常識がまるで通用しない、未開域とはまた違った意味での危険地帯。だからこそこれまで旧大都の捜索と探索は行われてこなかったのだろう。もちろん、人香結界の維持やその拡張と縮小に常に追われ続けているのが今の社会である。そもそも過去の遺物をじっくりと探る暇もなかったというのが手つかずであった本当の理由なのかもしれないが、幸いと言うべきかどうか、長きに渡ってのブラックボックスを急いてまで解明する意義が初めて生じた。


 イオの爆弾。彼女が敗北後を見据えて用意していた正体不明・・・・のそれが、魔人の基地として用いられていたと思しきこの旧大都にこそ眠っている。という予想は至極真っ当なものであり、世界を揺るがしかけたイオの「最後の一手」ともなれば協会も全力を挙げてその不発に努めるのは当然だろう。


 旧大都という未知のダンジョンへ潜る理由付けとしては充分。かくいう僕も、この場所に本当に爆弾があるかはともかく、それの手掛かりとなるものが残されている可能性は高いと見做している。


 ……言うまでもないことだが、爆弾の概要を知らない協会と違って僕とシスだけはそれの正体を知っている。


 イオが戦争に参加させなかった二体の魔人。魔人の軍勢を再び世に放つことが可能な能力を持つというその二体こそが、いつか世界の均衡を崩さんとする生ける爆弾だ。そうとわかっていながらしかし、僕らはこのことを協会へ打ち明けるわけにはいかない。


 それは黒天使によって厳格に禁じられており、もしもこの言い付けを破った場合、なんと魔人へと黒天使のアシストが加わってしまう。それがどういった形で与えられるものにせよ、人類の敵側へ黒天使が回るなんて事態は絶対に、どんなことがあっても避けなくてはならない。そうなってしまえば次こそ人間社会は終わる。僕が正式な代行者として活躍しようがしまいがそんなことはお構いなしに人類が滅んでしまう。そういう確信が僕にはあった。


 だから僕の知る情報を協会へ知らせて爆弾への的確な対処を行なわせる、なんてことはできない。だが、協会が自発的に爆弾へと迫り、その協力を僕に求めてくれるのであれば、僕はテイカーの一員としてその任に全力を注ぐことができる。


 以前からもしもS級の戦力を動かす時が来れば是非優先的に──その時に他のどんな任務を請け負っていようとも──僕へ話を回してくれとエミウアに頼んでもいた。だからこそ今回、同じ氷術の使い手のユイゼンでもなければ、炎術によって同規模の非物理攻撃が可能なイリネロでもなく、まず僕へと声がかかったに違いない。


《私も、二体の魔人の行方に繋がるヒントは高確率で旧大都内ここに残されていると考えていますよ。なんと言っても私の知識ゴアにも情報の載っていない場所ですからね》


 そう、それもまた僕がここの探索に熱を入れるべきだと判断した材料のひとつ。というより一番の要因だった。旧大都の所在とその秘された入口を何故かイオが見つけていて、それでいて『何か』より与えられた「神のウィキペディア」ことゴアには一切の情報がない……一応は統一機構でも史料として旧大都に関する知識を有しているというのに、シスにそれが与えられていないというのは、明確な思惟が感じられる。


 つまり『何か』及び『誰か』は意図的にイオの拠点として旧大都を使わせたのだろう。これは考えてみれば当然とも言える措置で、僕が人間である以上は労せずして人の社会に溶け込んで生活の基盤を整えられるのに対し、魔人であるイオは自然と未開域という文明も何もあったものではない魔物の棲み処にしか居場所を持てない。もしも同時にスタートを切った両者の初期環境にここまでの差があったなら、もはや種族の違いによる初期性能の差がなんの問題にもならない。圧倒的に──初動面でも情報面でも──人の社会をそのまま活用できる僕が有利だ。


 だからイオには時間と共に「人の目が及ばない隠れ家」が提供されたのだ。それも餞別の内だった、ということだろう。僕にしかないものと同量だけ、彼女にしかないものがあった。……その天秤が果たして本当に釣り合いが取れていたのか否か。そこのバランス感覚に今更どうこうと言うつもりもないが、とにかく、イオとその配下が暮らしていたこの場所。その最奥にこそきっと手掛かりはある。


 運が良ければ爆弾自体だってまだそこに「いる」かもしれない。そう思えば、僕は決して負けられない。自分が失敗したとしても任務を引き継ぐことはできるが、他人任せにはしたくなかった。やはりイオが遺していったものに関してはこの手で決着を付けたい──そのためには今、確実にカクリコを倒す必要があった。


「雪花」


 体勢を立て直して一跳ねで間を詰めてきたカクリコの全身を、僕の氷術が覆う。雪の結晶が目に見えるほど巨大化したような見た目のそれは氷鱗の亜種。冷気の経路を通らせる遠点凍結の要領で発動させるものだ。


《敵へ纏わせる氷鱗。あなたが纏えば鎧であるそれも、制御の手段がない敵にとっては拘束具に他ならない》


 その通り。黒天使の助言を元にして思い付いた我ながら強力な術だが、自分の動きではなく敵の動きに合わせて拘束具としての効力を正しく発揮させるには少々……いやかなりのコツがいる難しい術でもある。


 通常の氷鱗なら今ではシスの助けなしに十全に使いこなせるようになったが、雪花の方は二心同体による負担の軽減がなければそもそも発動すら困難である。改めて見ると僕は魔術的容量を食う技ばかりを増やしてしまっている気がしないでもないが、これは果たして一人の術者として健全と言えるのだろうか?


《どんな敵にも通じる高度な術を開発しようとすると否が応でも負担は増えていくものですよ。それを制約やリソースの割り振りでどうにか誤魔化していくのが術者の技量面における成長の要でもある。あなたの場合は私という一方の処理機能が備わっているのですから、どうぞこれからも存分にご活用くださいな》


 雪花がカクリコの勢いを弱める。余裕を持って彼の跳びかかりの落下位置から移動した僕は、雪花の展開部位を細かく変更していくことでその動作を逐一邪魔する。カクリコは着地もその後の蹴り出しも己が思うように行えず、さっきまでの素早い挙動が嘘のようにもたついている。そしてそのことが不可解なのだろう、攻めの判断も明らかに鈍っている彼の姿を見て僕は予想が正しかったことを知る。


《耐性の獲得については逐次の演算ではなく、身体機能も同然の自動処理によって行われているようですね》


 そうだね。もしもそこも計算して行なっていたのなら、凍結系の術に対してはあれだけ早く適応していながら雪花への対処にこうも苦心するはずがない。


 それに加えてカクリコが得られる耐性はあくまで氷術による直接の影響のみらしい、ということもわかった。接触凍結や氷蝕とは違って雪花は対象の体の周辺に浮かぶ氷が物理的にその行動を阻害しており、氷術でこそあっても氷術であることに頼ってはいない極めて即物的な術だ。自身が「凍らないこと」に関しては長じたカクリコも、氷そのものが障害物となっている雪花に対してはその能力を活かせていない。


 仮にこれがイオであったなら、如何なる術の影響からも逃れやすくなる【好調】の唯術によって雪花であっても満足に彼女の動きを妨害することなどできなかっただろう。その点においてはカクリコの耐性はイオに劣っている。


 が、イオはイオでカクリコが軽減できる氷術や炎術から受ける損傷までは軽減できないために双方の耐性は必ずしもどちらが優れていると断じれない、一長一短の関係性にある。で、そのどちらとも戦っている僕の感想としては……相手していて面倒なのはイオが持つ耐性の方だ。なので敵が僕であるという限定的なシーンに限ってはカクリコはイオの下位にいる、とも言えるだろう。


《しかし、それがわかったとてどうします? いくらカクリコの動きを鈍くさせてもエミウアの打撃が通じない時点で殴り合いは選択肢にないでしょう? かと言って氷蝕の効き目からして凍結で勝負を決めるのも無理筋ですし》


 確かに、雪花が通用したからといって根本的な打開策にはならない。


 カクリコを活動停止にまで追い込むにはそうなるだけのダメージを与えないといけないのだが、現状それは難しい。たった今物は試しにと放ってみた氷撃をカクリコがまるで気に留めていないのだからやはり間違いないだろう。


 生成系の術をいくらぶつけたところで大岩に小石を投げつけるようなもの。まったく無意味でこそなくともそれで破壊を目論むのはあまりに気の長い作業となる。


 だがシスの言う通り、だからといって凍結系でカクリコを停止させる策も無理がある。もしも一分くらいじっくりと術をかけることができるなら氷蝕もカクリコの内部、その生命線となる部分にまで届くかもしれないが、そもそも接触凍結で動きを封じることができないカクリコにそれだけの時間触り続けるというのが夢物語である。


 雪花でいくらかカクリコには隙ができているとはいえ、無論のことそれは僕が両手を封じられた状態でぴったりと寄り添え続けられるほどのものではない……というか、そこまで敵がノロマになっているのなら他に対策などいくらでも取れる。


 考えつつ氷筍で壁を作ってみるが、あっさりと叩き割られる。続け様に氷瀑を二連打で浴びせるもカクリコは止まらず、雪花の圧がかかっているとは思えない速度で突っ込んでくる。


 これだよ。高耐久かつ高火力、重くとも素早く動ける非生物。何もかもが高い水準で揃っている。唯一欠点と言えるのは彼があくまでも戦術的な思考を介さない人形でしかない、という点か。結局雪花の謎を解明するでも解決に動くでもなくゴリ押ししかしていないし、戦法も近づいて殴るそれ一択。知恵の回る魔物や悪辣なアンダーなどが持つ怖さがカクリコにはない……その代わりに有している学習機能と耐性獲得が恐ろしく有用で、戦術など解さずとも大半の魔術師を軽く沈められるだけの力がある。


 実際にエミウアを退けた実績を持ち、今も僕に手をこまねかせているのだからその実力は本物だ。


《ここまで高性能なら、あなたも手加減など考えている場合ではないのでは? 出すしかないでしょう、私たちの本気を》


 ……ううむ。イオがここを利用していた以上カクリコも彼女は制御下に置いていたことになる。ということは、ちゃんとした知識さえあればこの古代魔像の支配権を掌握し、技術班が求める「無傷の鹵獲」だって可能に違いないのだ。


 しかしそれは設備資料にも書かれていない旧大都のセキュリティの秘中の秘。運さえ良ければ戦闘中に──まさか家電の如くスイッチが体のどこぞにあるとも思ってはいなかったが──その切り替えの条件を見つけられるのではないかと期待して注意深く観察もしてみたが、今のところ方法はまったく見当もついていない。


 うーん、仕方ないか。僕より眼鼻の利くシスにも何も見えていないのだからこれ以上粘ったってどうにもならないわけで。ならばやってしまうとしよう。


「一心化でいこう。時間は、そうだね。五秒もあればいいかな」

《承りました》


 その言葉を最後に僕の中からシスの存在感が消える。きっとシスも同じように感じているだろう。一個ひとつになるこの瞬間、僕らは互いの喪失を経て──完成する。


 二人で一人の代行者として。


「唯術拡域──極点領域・・・・



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