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177.魔像

「後任であるイクセスS級へエミウアからの言伝がありまして……『私じゃ壊せなかった、打撃じゃ無理っぽい。あとは頼んだ』。だ、そうです。確かにお伝えしましたよ」


 少しばかりの苦笑交じりにオルネイがそう言ったものだから、僕も軽く笑って頷いておく。なるほど、打撃が効かない。つまりは物理攻撃に滅法強く出来ている、ってことかな?


 その特徴自体は旧大都を構成する自然物のようでもあり人工物のようでもある不思議な質感の建築材とも共通するものだが、門番ゴーレムとして作成されたカクリコともなるとより一層に頑丈さが顕著になっていることは想像に容易い。


 経年劣化すら──少なくとも千年単位の時間が経っても無事な程度には──起こらない、あるいは極端に遅いという非常に優れた古代魔術の傑作・・なのだからまあ、外的要因による破損にだって何かしら特殊な手が打たれていることもむしろ自然に思え、驚くほどの知らせではなかった。


 というかそれくらいでないと先任のエミウアが撤退の判断をするはずもないので、僕に仕事が引き継がれたという時点でその原因となったカクリコが厄介な力を持っていることは確定していたとも言える。


《そういえば特A級はエミウアを代表に物理的な攻撃手段に寄っている人ばかりでしたね。対照的に、と言うべきかはともかくあなたの属するS級は見事に属性攻撃・・・・に偏っていますね。それ故の打診だったわけですか》


 あ、シス。起きたんだ。


《おはようございます》


 うん、おはよう。

 一日で見ると現在は「お早う」という言葉に見合う時間帯ではまったくないけれど、目覚めたばかりの人と交わす挨拶といえばやはりこれだろう。


 シスは以前まで……具体的には僕が例の特典を得るまでは睡眠というものを取ってこなかった。僕が眠っている間にも、彼女は僕の内側で一人ずっと意識があるままに起床の時を待ち続けていたらしい。てっきり自分の就寝と共に肉体を共有しているシスも眠りについているものと思い込んでいた僕としては、この事実を遅れて知ってそれはもうたまげたものだ。体の主である僕が寝付いているせいでシスは意識こそあれど何も行動ができず、ただただ夜が過ぎていくのを耐え忍ぶばかり。そんな苦痛を自覚もなく味わわせていたのかと思うと今更ながらに申し訳なくなった。


 けれど、特典によって僕とシスの在り方が多少なりとも変化を見せた今、その問題は解決している。なんとシスは個人で、つまりは僕の意識の有無にかかわらず彼女だけで眠りにつけるようになったのだ。


 普通の就寝に限らなければ以前においてもシスが「眠っていた」ことはある。ライオットにしこたまやられた時や、イオとの限界を越えた死闘の後。いずれも戦いにおいて僕がシスを酷使してしまったことでクールダウンが必要となり、しばらくシスはこの身体の奥深くに沈んでいた──その気絶と相違ない眠りが彼女にとっての唯一の睡眠だった。


 が、これは逆に言うと普段は睡眠を必要としない彼女でも、時と場合によってはその限りではない。つまり僕と同じく眠ることで心身(もちろん彼女に肉体はないわけだが、言葉の綾としてそう言わせてもらう)を回復する機能・・が確かにある、という証明でもあった。


 シスがまったく応答もできないくらいに深く寝入るのは、それだけ無茶をしたが故だ。ならば普段からきちんと休息を取れていればいざという際のクールダウンもごく短く、それこそ通常の睡眠と変わらない程度に抑えられるのではないか。


 そう思い立って僕は「正式な代行者」となって以降、その特異な力でもってまず最初にそこへ注力した。結果、見事に狙い過たずシスは何気ない睡眠が可能となった。まあ、これは僕が頑張ったというよりも僕の変化に合わせてシスにも変化が起きた結果のような気がしなくもないので、殊更に自分の手柄だと言えはしないのだけれど。なんにせよ彼女が普通の人間らしい生態を獲得できたのは僕にとって嬉しいことだった。


 そして、ただ嬉しいというだけでなくその恩恵にもしっかりと預かれている。


 実を言うと僕はつい一昨日にも別任務を受けていたのだ。その時点でエミウアから仕事を引き継いで旧大都を探索することも了承していたので、そこから逆算し、強制ダウンではなく通常の就寝──要はアラームのタイマーセットの如くに任意に睡眠時間を決められ、なおかつ負担を溜めずにシスが覚醒できる範囲で「一心化」を用いた。ここまで計算して計画的に一心化を行なうのは初のことだったが、ちゃんとを前にシスは起きてくれた。僕らの自己調整はバッチリと上手くいったわけだ。


《地噛の単独討伐に続いて古代魔像ですか。オルネイはあくまでも見守るだけ、なんですよね?》


 そう聞いているよ。オルネイが動くとしたら僕が敗色濃厚になって、逃げるが吉と彼が判断した時だね。


魔像カクリコを突破した先にも何が待ち構えているか知れたものではない以上、彼と共闘して魔像の撃破に拘るよりもリスクのない内に撤退するのは適切な行動と言えますね》


 シスの言う通りだ。どうしても確実にカクリコを倒したいのであれば、任務の調整が大変になるだろうけどそれを押してでも他のS級も引っ張り出せば済む話なのだ。一昨日の地噛に関しては僕一人でも充分に撃破が可能と見積もられていたから──その割には一心化が必要になる程度には苦労させられてしまったが──単独での任務遂行となったが、今回は少々事情が違う。


 つまり協会はカクリコの上限を知りたがっているのだろう。特A級のエミウアが一人では手に余る相手、ならば、S級一人の力は通じるのか否か。推し量りたいのはそこであり、仮に僕もカクリコを倒し切れない事態となればその時に改めてS級を複数投入する大作戦を考慮する……といった具合と思われる。


 旧大都を調べ終えるという目標に関しては足かけ一年が経っているだけに、そしてそれを行なう本来の目的として「イオの爆弾」の発見があるだけに、急げるものなら急ぎたい気持ちが協会には当然にある。が、明確な期限が設けられているものでもなし、また最有力ではあっても必ずしも旧大都内にそれがあるとも限らないのだから、他の全てを歪めてまでここの探索に戦力を注ぎ込もうとするのは現時点では気が早い。


 それは僕がカクリコに白旗を上げてからでも遅くはない、ということだ。


《無論のこと、単独でカクリコを撃破してしまえるならそれが一番いい結果ですしね》


 ま、なんにせよってみないとだね。


「カクリコ自体ではなく、その奥の扉から三十メートルの間合いに入れば動き出します。ご武運を、イクセスS級」


 前に進み出た僕とは逆に後方へ控えたオルネイが情報と激励をくれる。それに手で応えて、三十メートルの手前で一旦立ち止まる。そうして改めてカクリコの造形をじっくりと眺める。


 体長は……二メートル半、ぎりぎり人間大と言えなくもない。だが体格が太く、そこはハッキリと人間離れしている。現代で言うゴーレム──協会の本館に上座というトップの人たちを守る存在としてゴーレムが置かれていたようだが、維持のための魔石消費の荒さからかなり前に廃止されたらしい──とルーツというか技術を同じにするものなのだから、戦闘に適した形または動作性に問題さえなければ「人と同じ」にする特別な理由もないために、カクリコがマッシブさ以外は人間と変わりないのはまだしも僕からすればやりやすい。


 たとえば、魔獣の最も厄介な点はその能力が読めないことにある。それはアンダーを始めとする魔術師が相手でも変わらない部分ではあるが、魔獣はその生態からして人間とはかけ離れており、こと戦闘においてはこちらの意識外の挙動・機能で翻弄するのが一種の強みとして成立している。そういう怖さはカクリコにはない……などと決めつけるのは、彼(?)の肉体が血の通わない人造物である以上油断になってしまうだろう。


 観察しておいてなんだが、結論は変わらず「戦ってみなければわからない」である。それは僕よりも観察眼に優れるシスも同じだったようで具体的な考察は特になく、


《……ふむ。なんとまあ、見るだに堅牢さが伝わりますね》


 と感想を述べるだけに留まった。僕はそれに内心で肯定を返す。

 

 何せエミウアの拳が通じないくらいだ。地噛はあのサイズ感と異常な回復速度のせいで手を焼かされたけど、こっちはまず凍結系の術が効くかにかかっているかな。


《一心化を切りますか? 五分以内で済むなら私の睡眠時間クールタイムもゼロで済みますが》


 うーん……いや、まずは二心同体で。


《了解》


 シスの応答と同時に前進を再開。──三十メートルだ。


「おっと」


 反応はすぐにあった。僅かな身じろぎと共に魔力が立ち昇り、その直後、素材と体格からは想像もつかないほど素早い動きで僕の目の前に迫ったカクリコが腕を振るってくる。打ち下ろされる拳を横に躱せば、その行動を予期していたかのように即座に振るわれる左からのフック。後退することで僕はそれも回避したが、そこからが問題だった。


「むむ」


 カクリコは距離が開くのを許してくれなかった。僕が下がった分だけ進んでぴったりとつけてくる。その動作が、速い。今の一瞬で更に加速した。これはもしや、と抱いた予感の正しさを証明するように突き出される拳の速度と精密性が上がる。しかも一打ごとに、それこそ加速度的にだ。


《学習機能、ですね。カクリコはあなたという招かれざる者(抹殺対象)を確実に屠るために自身を進化させているようです》


 やっぱり? だとしたら時間をかけるのはあまりよろしくないわけだ。


 最初はカクリコの性能を見るためにも受けに徹していようと思っていたのだが、性能を測られているのはこちらも同じで、考えにくいことではあるがもしもカクリコの進化に上限・・が無いとすれば戦いが長引くほどに僕は不利になり、最後には絶対に勝てなくなる。


 歴戦のテイカーたるエミウアが最終的には撤退を選ばざるを得なくなった点を加味すると、その可能性もまた絶対にないとは言い切れない。


「イクセスS級! カクリコの魔術的な演算能力はおおよそ特A級と同程度と見られています! エミウアとの戦闘でも一定まで達するとカクリコの進化は止まったようですので、天井無しということはありません! しかし──」

「それでもエミウアさんが任務を切り上げるくらいには強い、ですよね? 了解です」


 オルネイの忠告に背中越しに返す。判明している能力くらいは事前に教えてくれても良かったんじゃないかと思わなくもなかったが、青天井に性能が引き上がっていったりしないなら別に先に聞いていようがいまいが関係はないか……と考え事をしながら避け続ける間にもカクリコの動きのキレや巧みさはぐんぐんと増していっているが、まだ対応が遅れるほどじゃあない。


 そろそろこちらからも仕掛けてみるとしよう。


「接触凍結」


 避け様にカクリコの腕へ触れたその一瞬で術を通した。のは良かったが、見るからに効きが悪い。生身の魔術師や魔物が相手なら充分に触れた部位を凍らせられるだけの手応えがあったにもかかわらず、体表には僅かに氷が張り付いた程度。それも攻撃動作のついでに払われてしまって、もう痕すら残っていない。


《思った通りに耐性は物理のみに限らないようですね。あなたの氷術でこれなら下手に非物理系のテイカーでチームを組ませなかったのは慧眼と言えるでしょう》


 おそらく氷のみならず炎や電撃といった代表的な非物理系の唯術の攻撃にもカクリコは余裕を持って耐えるだろう。と想定してのシスの言葉を聞きながら、ならばと僕はギアを上げる。接触凍結は序の口、まだ本当に僕の氷術がカクリコに通じないと証明されたわけではない。


「氷鱗展開」


 加速。脚部に纏った氷鱗の作用で急激に速度を増した動きに、あくまで「素の状態の僕」しか学習していないカクリコは捕捉が遅れたようだった。背後に回り込んだこちらを見ていない、その隙をついて僕は手首を握った右手を押し付けて魔力を解放。


「氷蝕」


 制約を盛り込んだ接触凍結の上位術。生物特攻である凍結系の例から外れて対象がなんであろうとお構いなしに氷化・・させる、僕が有する術の中でも最も殺傷性に富んだ殺しの技だ。


 氷霧などでカクリコに冷気と水気を帯びさせてからの再度の接触凍結、という常套手段も考えはしたが……そこまで刻まずとも氷蝕を耐えられるかどうかでカクリコが持つ防御性能は詳らかとなる。ので、まどろっこしいことは抜きで最強の凍結系で攻めてみたわけだが──。


「っ!」


 氷蝕も確かに発動が成った──成ったがしかし、カクリコはそれでも凍らず、止まらず。驚く僕の頭上から反撃の拳が振り落ちてきた。



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