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176.探索

 新しい名、それ自体には満足しているけれど。改めて自分とミーディアのやったことを客観的に追っていくととんでもないな。いくら利害が一致しての結果とはいえうら若き男女がロマンスなし、他の目的ありきで夫婦になるなんてそうそうないことだ。というより、あってはならないことだ。倫理的には。


 ただまあ、男女間のそれではなくても僕はミーディアのことを人間的に好いている。敬愛していると言ってもいい。そしてミーディアも僕を憎からず思ってくれている……はずだ。通常の夫婦とは大分異なる形ではあっても、一応は僕が自分の旦那になることを許してくれたくらいなのだからそこは確かだろう。


 僕らの決定を話した当初こそガントレットやエマからはものすごい苦笑いをされたし、モニカには他人行儀な愛想笑いをされたし、アイナからは何故か斬られかけたけれど、最後には皆が祝福をしてくれた。式こそ挙げなかったが和やかな結婚になったと思う。そこだけを切り取ってみれば案外と普通の夫婦と変わらないのではなかろうか。


 なんて言っても結婚する前と今でミーディアとの間に変わったこともなく、普段通りでしかないんだけどね。いや、多少はなんというか、僕らは新郎であり新婦であり新婚であるのだから、なんとなーくお互いにそこを意識した言動を取ってしまう時もあると言えばあるが、稀なそれを除くと僕とミーディアはやっぱり今まで通りの僕とミーディアで。そういう関係も悪くないな、と感じている今し方であった。


 と、奥さんのことばかり考えている場合ではなかったな。今は任務中なのだ、テイカーとして仕事を全うしなければ。気もそぞろにしていてはバディを組んでくれているオルネイに悪いし、これを知られたら他ならぬミーディアにもお叱りを受けてしまうだろう。


「前回の調査で内部の八割ほどは探索済みとなったと思われます。ですが──」

「最奥部の残り二割。旧大都独自のセキュリティで守られているその先こそが最も調査に念を入れなければならない部分……つまりは本番にして本命、ということですよね」

「その通りです」


 当時の王族と専属の技術者──その頃は宮廷魔術師と呼ばれていたようだ──しか閲覧を許されていなかったという旧大都の設備資料は現在統一機構が管理する史料となっており、今でもその閲覧に制限がかかっているという意味では当時の扱いと何も変わらない。が、無論のこと協会は統一機構と懇意(?)なので正規の手順さえ守れば一般市民には縁のない史料室の開放も当然に許される。


 技術的な問題で今では手つかずの場となった旧大都跡地、ここを一から探るために当時の在り方を示す設備資料を手にし、歴史的文化材であるそれを現場に持ち出して特A級を中心とした探索が行われること約十ヶ月間、ようやくその大詰めと言える段階にまで来ている。


 ようやく、というのは言葉の綾で当初の見積もりからすれば十ヶ月でここまで来られたというのは躍進と言ってもいいものだそうだ。何せこの旧大都への入口を発見するだけで最初の二カ月が過ぎたのだから確かに、いざ始まってしまえば内部の調査自体はとんとん拍子に進んだ。そう表してもいいくらいだろう。


「先にも説明があったでしょうが、旧大都は広大な地下施設であり、それそのものが現在で言うところの結界・・となっています。その影響は広く、私の術も『この場』へ跳ぶとなると自分一人で精一杯。補助具を用いても他の者を運ぶことがどうしてもできず、イクセスS級には御足労をかけさせてしまいました。情けない限りです」

「この場合はオルネイさんの【標点】すら狂わせる旧大都結界が凄まじい出来だと評価すべきなんでしょうね……確認ですが、この場跳ぶ分には他者も運べるんですよね?」

「ええ、その場合でも自分以外には一人だけが限度となりますが」


 空間系の術者ではない僕にはいまいち理解が難しいのだが、どうも現在地と目的地を結ぶ際、その難度を決定付ける要素として両点の「どちらが乱されているのか」は重要なポイントであるらしい。


「来る者により厳しい負荷を与え、去る者に対しては幾分か優しい、といった感じですかね?」

「その認識で正しいかと。とはいえこれは外部に限った話で、地下に入ってしまえば私は自分すらも運べなくなる……それが入口を発見した約八カ月前、第一回の地下探索に同行したことで発覚しました」


 跡地全体がオルネイの【標点】を歪ませることはもちろんそれ以前から──なんならイオと戦った後の僕を彼が回収してくれたあの日から──わかっていた事実だが、だとしても本人+一人は確実に即座の帰還が叶うとなれば、セキュリティが今でも生きている可能性のある広大な地下都市の調査、言わばダンジョン攻略において有用この上ない。選定されたメンバーにオルネイがいたのは当然の判断と言えるだろうが……しかしこれも当然と言えば当然に、旧大都の周辺よりもその内部こそが厳重であった。


 ということで、残念ながらオルネイは当初期待された役目を果たせていないわけだ。だから僕も、同行者が誰よりも移動に適した彼であるにもかかわらず事務員と移動車のお世話になったのだ。


 最寄りの街であるシオルタまではなんと車両も含めてオルネイに運んでもらえたが、そこからは彼だけを先行させて僕は車に揺られてこの近辺まで来た。もちろん、運転してくれた事務員(志願して僕の運転手に名乗りを上げてくれた、ターナというルズリフ支部の女性だ)は一足先にシオルタへ戻ってもらっている。僕らの探索で何かしらが起きてもその余波が地上まで伝わるとは考えにくいが、それも絶対ではない。離れてもらっているに越したことはないだろう……どうせ緊急脱出の手段は車両ではなく、オルネイが担ってもくれるのだから。


「用意してきましたよ。対旧大都探索用の補助具を」

「おお、これが……」


 革張りのいわゆる──こちらでの名称は違うのだろうが──ボストンバッグ。なかなかの大きさのそれを持っているからにはそこに今任務の要となる何かが収められていることは想像もついていたが、実際に目にしてみると驚きを隠せない。それは人の腕サイズの大きな杭を何本も紐で繋いだ、例えるなら外敵の接近などを知らせる鳴子の罠……にも使えそうな形をした謎のアイテムだった。


「技術班作成の『天網』という新具です。旧大都内部の空間感覚・・・・は既に掴めていますので、これと組み合わせれば旧大都のどこからでも入口の傍へ戻ってくることができます」


 つまりは彼が普段愛用している棒手裏剣と同じく、いやそれ以上に彼の空間把握とスポットの設定を助けてくれる道具である。これを地下に入ってすぐの場所へ円形に設置しておけば、どれだけ地下の奥深くまで潜っていようと一瞬で戻ってこられる。内部と外部を飛び越えることはできずともその境界へ移動できるなら大助かりだ。入口の開閉機能は協会が制御済みだし、中でどんなトラブルが起きようとこれで僕らが閉じ込められたりはしない。


「天網が完成するまでに思いの外調査が進んだのは良い意味での想定外でしたが、一段とセキュリティが厳しくなる最奥部の探索に関してはやはり命綱が必須でしょう。今度こそその役目を務めたく思います」

「頼りにしています」


 オルネイは脱出装置に専念する。セキュリティの突破・・などで矢面に立つのは僕だけだ。言い方を変えるなら僕はオルネイの護衛のようなもので、彼が万全に術を使えるようにその身を守ることも任務の内だ。当然、僕一人の手に負えないような事態と見ればオルネイが僕を連れて逃げる。あるいはそうならずに最後まで探索を終える、そのどちらかが任務の完了となる。


 とにもかくにも生きて情報を持ち帰ること。それが第一であるからこその少数精鋭だ。オルネイに加えてあと一人、この布陣ならばほぼ確実な生還が見込めるのだから最奥への探索で人数が絞られるのは当たり前。そしてそんな重要な一枠に選ばれたからには、僕もまた課せられた役目と責務を果たそう。


「正式な入口はここひとつ、なんですよね」

「資料上ではそうなっていますね。手間と危険を考慮すると横道を開けることも現実的ではないので実質、私たちが出入りできるのはここからのみ。ということになります」


 オルネイの肯定に僕も頷く。有事の際の避難経路だとか、そうなでくとも都市と外との出入口がたった一箇所というのは少々考えにくいことである。最低でも王族が逃げるための隠し通路のひとつやふたつはありそうなものだが、限られた者にしか閲覧ができなかったはずの設備資料にもそれらの存在は書かれていない。秘匿度がもっと高いということか、あるいは何か他に書き記せない事情があったのか。いずれにせよこの正式な入口よりももっと発見困難と思われる──その上で正しくない開け方をしようものなら高確率でトラップが作動するであろう──別口・・をわざわざ探す必要もない。


 どこから入ろうとどのみち、都市内は全て調査しなければならないのだ。だったら確実な侵入が行えるこの入口から堂々と入っていけばいい。現代技術を以てしても都市のどこを取っても破壊困難だという施設そのものがオーパーツ的な場所へ臨む姿勢として、それは至極正しいものだと僕も思う。


「お待たせしました、設置完了です。それでは行きましょうか」


 杭のような部分を打ち付けるのではなく、吸盤状になっている先端を床へ吸い付けさせて全て綺麗に並べたオルネイは、そこにしっかりと自分の術とのリンクが出来上がっていることを確かめてから出発を促した。作られたこの円の中がオルネイの領地となっているのか、それともこれ自体が発信機となっていてこの場に空間を繋げる助けとなるのか……そこら辺の感覚はやっぱり僕にはわからないけれど、なんにせよ保証があるのはありがたいことだ。


「はい。まずは前回の探索でエミウアさんたちが進んだポイントまで、ですね」


 僕の確認も兼ねた返事に、オルネイは気負いのない柔らかな表情で頷いた。



◇◇◇



 長い道のりだった、とは思わない。説明にあった通り旧大都は広大な地下都市だったが、その八割方は調査が済んでいて、僕たちは教えられたルートに沿って(その知識が頭に入っているのはオルネイであって僕ではないが)先遣隊が調査済みの最深部まで最短で進んだだけだ。一切の寄り道をせずに目的地まで一直線に向かえたことで、道程は割とあっという間だった。


 それでも単純な移動距離で言えばそこそこのもので、一度は調べられているとはいえ一応は未発見のトラップなんかを警戒しながらの進行だったこともあり、散歩気分で楽に来られたとまでは言えないが……結局のところポイント到着まで災難に見舞われることもなく、僕たちは最低限以下の消耗だけでひとまず目的地を拝むことができた。


「なるほど。如何にもですね、あれは……」


 辿り着いたその場所を一目見ただけで何が問題となって前回の調査隊──メンバーはエミウアとそのサポート数名だったらしい──がここまでで調査任務を終えたか判明した。銅像だ。いや、見かけの素材的には鋼鉄の彫像と言うべきか。あからさまなまでに威圧感を放つ巨大な異物・・がそこには鎮座しており、どう見たってその先にある大扉を守っていた。


 お初にお目にかかるが、これこそが旧大都のセキュリティの一個。より重要な区画を警備する門番の役割を担うものだろう。


「ええ、魔力稼働の魔像ゴーレムの一種。資料には当時の呼び名で『カクリコ』と記されていました。これがこの魔像単体の呼称なのか技術を指すものかは不明ですが、似たようなゴーレムトラップは旧大都の随所にあれど資料に掲載されていたものはこれひとつ。つまり特別製なのだと思われます」


 特別製、ね。そんな表現をされるとにわかにこの物言わぬ物体に親近感を抱いてしまうが、この後の展開を考えるとそんな気持ちはどこかに投げ捨てておくべきだろうな。


 カクリコは構造そのものが魔術の式となっている旧大都から発せられている魔力を吸収して動く、半永久的な稼働が可能となったこれまた古代の超技術で成り立っているハイテクかつロステク(ロストテクノロジー)な代物であるらしい。


 協会の技術班などはこれの存在を知って無傷の鹵獲を望んだようだが、前回の調査でカクリコと交戦・・したエミウアは容赦なくぶっ壊そうと決断したとのこと。それは技術班への嫌がらせや無遠慮などではもちろんなくて、カクリコを沈黙させないことにはこの先に進めないと理解したが故の判断だった。


 が、しかし。こうして僕たちの目の前でカクリコは「一切の傷もなく」立ち塞がっている。そのことからも明らかな通り──。


「特A級の戦闘力を以てしても打倒に失敗した、ということです。ですからイクセスS級、歯痒くもあなたに援助を求めた次第です」


 そうオルネイはカクリコから目を離すことなく告げた。



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