174.不穏
「イオに……指示役がいたと? 彼女は自分の意思で協会へ攻撃を仕掛けたわけではなかった、とあなたは考えておられるのか」
厳めしい顔付きでグリンズが訊ねる。ただでさえ迫力のある顔立ちをしている彼がそんな表情をしているともはや犯罪者への詰問めいた雰囲気すら漂うが、もちろんグリンズにはユイゼンを責める意図などなくあくまで真剣に、慎重に質問をしているだけだ。それだけ彼女の言葉は衝撃的なものであったからして。
「屋上での口振りや坊やの話からしても、協会への攻撃。その果ての世界征服っていうのもイオが望んでやっていたことに間違いはないだろうと思うね。ただし目的をいつどうやって思い付いたのか。そこについては少し……いや大いに気にかかるところだよ」
「自発的なそれじゃなく、誰かに与えられたもの。唆されて世界へ喧嘩を売ったってんですかい? それはそれでえらく豪胆ですがね」
いくらなんでもそんなことがあり得るのか、という半信半疑。いや、疑の割合が八割は占めているであろうとわかるガントレットの合いの手に、ユイゼンは小さく鼻を鳴らして応じた。
「あんたたち、そもそもの疑問に対して目を背けてやしないかい? そうさ、『魔人はどこから来たのか』っていう疑問だよ」
「「…………」」
問われ返して、グリンズとガントレットは渋面同士で顔を見合わせた。互いに
言えることはないようだった。
確かにその謎は、魔人という存在が明らかになった際に少なからずの議論が交わされ、しかしてこれといった答えを出せず、いくら考察しても詮方なしと結論して先送りにしていた──そうせざるを得なかったものだ。
だが本来、これはうやむやにしていい部分ではない。何故ならそこを詳らかにしない限りはまたいつ新たな魔人が出てくるか。頭目であったイオの立場と野望を継ぐ恐るべき者が現れるか、知れたものではないからだ。
果たして魔人とは自然発生するものなのか否か。
「イオは魔人を生み出せる。五百の魔人軍も三体の幹部も全部あれが一人で生み出したものだ、そこはいい。そういうことにしておける。だがだとしたらイオ自体はどうやってこの世に生まれたのか、その点が問題になるだろう?」
奇跡と偶然によってのみ成り立った突然変異的な生物がイオだとするなら。あくまでも偶然性の高い自然発生によるものだとするなら、こんなことで悩む必要もない。それが自然の摂理の一環によって誕生するものであれば人知の及ぶところではなく、二度と同じような存在が生まれないように祈るしかないからだ。
無論、著しい被害を受けたテイカー協会の本音としてはたとえ自然の摂理だろうとなんだろうと、どこかに原因があるとすればそれを断っておきたい。そのために何かしら他の犠牲が必要になったとしてもそれを至極前向きに検討したいというのが正直な感想ではあったが、ともすればイオの根城探し及びに爆弾探し以上の難題になるそちらは一旦置いておくとして。
今考えるべきはひとつ。
「イオさえも何者かによって作り出され、そして協会へ──いえ、世界へけしかけられた尖兵に過ぎない。そう、ロスフェウS級は仰りたいのですね」
「ユイゼンでいいよ、エマ。お茶をありがとうね、おいしいよ。自分の分も淹れてこっちに座りな。頭が固くなり出してるオジン共だけじゃなく若者の意見も聞かせとくれ」
切り分けた茶菓子を仕舞い直した辺りで思わず口を挟んでしまったエマは、それを咎められるどころか話し合いへの参加を促されて目を白黒させる。
「い、いえ。そんな差し出がましい真似はできません。私は一介の事務員に過ぎないんですから」
「だからいいんじゃないかい、一般事務員がどんな感想を持つかってのはここにいる面子じゃあわかりっこないんだからね。いいから座りな、どうしても遠慮しちまうってんならあたしの命令だと思ってくれていいよ」
「わ、わかりました。そこまでロス……ユイゼンS級が仰られるなら」
追加で茶を淹れることはせずに粛々とエマがユイゼンの隣へと腰を下ろし、それを契機にグリンズが口を開いた。
「ユイゼン殿、そうお考えになる根拠をお聞かせ願いたい。あなたには何かしらの確信があるように窺えるが、私にはそれが何を理由にしたものかまるで見えてこんのです」
「だから言ってるだろう、ちょいとした違和感だよ。爆弾とやらに関してもそうだが、イオが自然発生の産物であり、世界の支配を目論んだのも自発的なことだとするには、そのための手立てがちと練られ過ぎている気がしてねぇ。だってそうだろう? フロントラインっていうデカい闇の種を、協会にぶつける弾兼風除けにして自前の軍隊を整えるためにも利用する……こんな手法を自然界に生まれた魔物モドキがゼロから考えつくものかね」
「むう……」
言われてみれば甚だおかしなことである。そう、グリンズも納得してしまったのだろう。低く唸った彼は横にいるガントレットと同様に顎に手を当て、難しい顔で考え込む。
だが考えるほどにユイゼンの疑問はもっともに思えた──イオの計略とは、本当にイオの生まれで、即ち自然界に突如発生した異端であると想定した場合に、思い付けるものなのか。仮に人間の組織を利用して人間の大組織を追い詰める形が浮かんだとして、その通りに一から十までを実行できるものなのか。
この二点から発せられる違和感は確かに、イオの裏にいるかもしれない何者か。その信憑性を大いに高めるものであった。
「ちと待ってくださいよ、ユイゼンさん。イオの三部下の一人……そう、うちのモニカたちが倒したあいつです、名はトリータとか言いましたか。そいつはどうも参謀役のようなポジションにいたんでしょう? 発案したのがトリータだってんなら、そこまでおかしなもんでもないんじゃないですかい」
イオが魔人を作る際に、個体ごとに多種多様な個性を持たせられることは承知の事実。とすればそれこそ、トリータは初めから参謀になることを期待して作り出された、イオには考えつけない計画を考えるための部下だったのかもしれない。フロントラインを利用した一連の活動もつまりは、彼がその役目を十全に果たしたが故に可能となったのではないか。ガントレットはそう言っているのだ。
その言にも一理はあるとユイゼンは認める。
「戦場をあちこちで掻き乱した特異個体の魔人と比べても三部下は明らかに格上、イオにとっても相当な特別製だったこともまた確かだろう。だったらあんたの言う通りに発端がイオではなくトリータ、ないしはイオが生み出した他の魔人にあった可能性は否定できるものじゃない……けれどね、あたしの違和感はそれだと拭えやしないのさ」
「そりゃまた、いったいどういう?」
ユイゼンが何に引っ掛かっているのか──込み入った計画を部下に練らせた、という仮定のどこに腑に落ちない部分があるのか。それを察せられていないのはグリンズも同様のようで、彼らは揃って不可解な面持ちでいる。そこで再び、エマが意を決して発言する。
「私にはユイゼンS級の引っ掛かり、わかる気がします。イオの行動は彼女の立場で思い浮かぶのが不思議なほどに複雑なもの。でも、確かにイオにしか思い浮かばない方法でもある。又聞きでしか知らない私でもそう感じますから」
「……んん? 難しいな。俺にはどうも飲み込めねえからもう少し詳しく頼むぜエマ」
エマの発言を要約しきれず申し訳なさそうに頭を掻くガントレットに、少しばかり呆れた調子で──二人は親子ほどに歳が離れているがこうしていると本当に父と娘のようだった──「いいですか、噛み砕いて説明しますと」となるべくわかりやすく言語化することに努めて続けた。
「悪辣ながらにどこかに迂遠さというか、イオなりの余裕……遊び心を感じさせる行動を彼女は取っています。ライネくんもその指摘はしていましたよね? 彼も、魔人軍全体の総指揮は間違いなくイオが執っていたものと判断している。でもイオにはその発想に至る情報がなかったはずなんです。いくらトリータのように参謀役、つまり考えることに向いた魔人を傍に置いたとしても情報の入手がネックになってフロントラインとの接触も、協会の内部情報を知ることも、きっとできなかった。ですから総合的に鑑みると『誰か』がイオに情報だけを与えた。それを元にしてイオ本人が一から作戦を考えた。そういう流れだとするのが一番『しっくり』くるんですよ、ガントレットさん」
「……なるほど」
と、ガントレットよりも先に頷いて返事をしたのはグリンズだった。彼にもようやく、ユイゼンが抱く疑問の本質が見えてきた。
「それがイオの遺した爆弾への不可解にも通じる、ということですな? 確かにそう考えると協会の目を掻い潜って職員の情報を得られたことやハワードへ接触できていた理由付けにもなる」
協会としてはフロントラインの構成員の中に元協会員でもいたのだろうと一応の結論を出していた。姿見の水晶は「協会入りの当初」こそその人物が協会にとって有益か否か、隔意があるかどうかを正確に推し量るが、たとえば何らかの事情で早期退職をした者などの「その後」がどうなるか。どう人柄や思考が変わっていくかまでは関知の及ぶところではない。
協会内部の情報を持つ者が非協会員として世に出るからには協会も当然にそれなりの措置を行なうものの、それは完全な記憶の消去といった著しく秘匿性の高いものではなく、故に、仮にその人物から情報を抜き出そうとすればやり方は色々とある。もしもその人物自体が進んで協力でもしようものなら更に話は早い。
フロントライン、もしくはイオ自身に「その手段」があったのだろうと、今となっては確かめようもないことだがグリンズはそう見做していた──が、それが勘違いであったなら。ユイゼンの抱く違和感こそが的を射たものであるならば。
「イオに情報提供者がいたとすれば……望んでか望まずかは知らないがイオすらもその『誰か』に操られていたに過ぎないのだとすれば、彼女が最期を見越して用意した爆弾もまた『誰か』の息がかかっている可能性が高い。イオ亡き後の次の一手であるかもしれない、と。ユイゼン殿はそう懸念しておられるわけですか」
「そう、まさにそこだよ。その場合は爆弾が一発ドカンで終わりの単純な代物とはとても思えないだろう? イオが本当に単なる思い付きで遺したってんならそれもあり得るだろうが、そうでなかったなら。いや、たとえ発案はイオのものでも知らぬ間に『誰か』がそれに手を加えているかもしれない……と考え出したら如何にもどうしようもない。ますますもってあたしらはそれを未然に防ぐことが難しい……」
だからこそイオは爆弾の中身をライネに詳しく話さなかった。あるいは話したものの、ライネもまた同様の見解に至ったことで「イオの口から明かされた事実」を協会へ伝える意味はないと──余計な混乱や、それこそ無駄な手間ばかりをかけさせることになると判じ、あえて口を噤んだのかもしれない。ユイゼンの疑問の正体とは即ち、この部分にある。
要するにイオも、ライネも、爆弾が起爆する前に処理される可能性をまるで考えていないようだという点。それはあたかも、そんなことは不可能だと端から考慮すらもしていないような態度ではないか──。
「見つけられっこない、爆発前にどうすることもできない。と事前に今後のことが『決められている』ようだ。一言で言うならそういう違和感なんだよ。そんだけイオの裏にいる『誰か』が万能とも思えないんだが、あたしにゃどうにも嫌な匂いってのが鼻をつく気がしてならないのさ」
──それともこいつは年寄りらしい臆病な悲観でしかないのか?
オジンなどと言ったがユイゼンからすればエマだけでなくグリンズもガントレットも充分に「未来を生きる」若者である。そんな彼らが考え過ぎだと笑い飛ばしてくれたなら、それでもよかったのだが。
しかし先ほど同意を示したエマも、そして今やガントレットすらも表情に陰りをたたえて重々しい気配を放っているではないか。
それは全面的とまでは言わずとも、少なからずにユイゼンの言う「匂い」が彼らにも理解できてしまっていることの証だった。
「イオの爆弾についての捜査……私としてはそれが協会の立て直しと並行して行うべき急務であるという意見に変わりはありませんが、やり方に関しては大きく見直す必要がありそうですな。あるいは、その成否を問わず『さらに先』のことまで」
決意と同量の痛ましさを感じさせる低い声音でグリンズがそう結論し、その後、特A級を中心とした高難度ミッションの括りで作戦を進行していく決定が下された。
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