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172.逸材

 特A級への昇級は上層部から声かけがあって初めて可能となる。それは前述した通りなのだが、しかし現在のテイカー協会はその上層部というものが実質欠落している状態だ。


 管理職かつそれを束ねる立場にあって生き残っているのはグリンズ・ギルフォードその人のみ。それ故に押し上げられる形で協会長となり、ワントップとなっている彼は、言ってしまえば協会を私物化だってできる立場にある。実際、三権制と称されるほど協会と根深い関係にある他組織、治安維持局と統一機構への根回しさえ済めば協会は彼だけのための庭になる。が、そんな馬鹿な真似をする人物ではないと信が置かれているからこそグリンズは協会長を任されているのだから、これは要らぬ心配である。


 高官の職にいるのがグリンズのみであることでの懸念点があるとすれば、彼にかかる負担の大きさそれひとつ。意思決定機関が喪失されているからといって彼一人に何もかもを管理・決定させるわけにはいかない。その点を考慮して現場員の重鎮であるユイゼンや事務員の重鎮であるロウガストなどが本来の役職以上の仕事を担ってはいるが、それでも以前の協会の形態と比較すれば無理を押していることは否めず、よって現在は部署や班によって人数の増減や他部署または支部との連携においていちいち上への報告・指示を仰ぐことをせず、独自判断で動くことが例外的に許可されている。


 無論のことこれは「そういう裁量を与えるに足る」と見做されたごく一部の事例ではあるが、特A級はその貴重な例のひとつである。今日の会議でエミウアが等級におけるまとめ役、即ち筆頭リーダーとなることが正式に決まれば自分一人の意思で特A級の動員、配置換えを行なえるようになり、ソリウスの落命よりここまで中心となる者を失っていた彼らが再び一等級の集団へと戻ることになる。要するに特Aという戦力が正しく運用されるかはエミウアにかかっている、と言っても過言ではない。


 まとめ上げねばならない連中のキャラクターの濃さだけでなくそういう面も含めて遠慮したいところの任命を、しかしエミウアは拒絶しないととうに腹を括っており、先のマクレアンとの愚痴めいた会話だって気晴らし以上の意味はなかった。


 いや、本音を言えば今からでも、たとえばオールデンあたりが己を強く戒めてリーダーに相応しい男になるとでも決断してくれるなら喜んで彼にこの責務を押し付けるだろうが……しかしそれが夢物語に過ぎないとよくわかっているだけに、エミウアは覚悟を決めているのだ。


 だからこそ彼女は打診・・したのだから。


「い、いいんでしょうか。C級でしかない私がいきなり、その……特A級への飛び昇級なんてしてしまって」

「それを言うならあなたと元チームだったライネや、本部うちのイリネロの方がとんでもない飛び級してんでしょ。有事の直後なんだから規則や通例なんてどうだっていいよ」


 エミウアはあっけらかんと言ったが、モニカは恐縮したように居心地を悪そうにしている。無理もないことだ、訓練所を出てまだ一年目の新人ビギナーがいきなり特A級へ引っ張り上げられて太平楽に構えられるはずもない。そんな態度が取れるのは相当な自信家か、神経が異常に図太い奴くらいのものだ……まあ、モニカの隣に立つアイナなどはどう見ても恐縮のきょの字もない堂々たる佇まいでおり(何を考えているかわからないとも言う)、まさしく神経の極太ぶりを見せつけてくれているのだが。


 対極と言っていい両者に呆れる思いもあるエミウアだったが、こういう二人だからこそいいコンビなのだろうとも思う。なんとなく、モニカが今回の昇級打診に一応の肯定を返したのも、アイナがそれに続いたのも、お互いの存在があってこその決断のような気がした。どちらか一方にしか話が行っていなかったらどちらであっても断ったに違いない、と。


「……幹部級を討伐した功績は充分に特A級に相応しいものだから、安心しなよ。不平だなんだと言うような輩はどこにもいないよ、特に現状の協会にはね。と言ってもあなたたちはコンビでこそその戦功を挙げられたわけだから、特Aになってもしばらくはセットで行動してもらうけどね。そこんとこはいい?」

「は、はい! そのつもりです」

「……」


 アイナは小さく首肯するのみだったが、モニカ共々自分たちの扱いに関しては理解できているようだ。魔人の幹部トリータの実力はS級相当とされている。そんな強敵を下した二人なのだから彼女らもまたS級相当……とは、単純にはいかないのが強さの見立てというもので。


 S級格にも通用するだけの戦術を取れることは確かだが、だからといってモニカとアイナが「個人」でS級レベルにあるかと言えば当然にそんなことはなく、あくまで単独での実力を見るなら特A級にも届いていない、というのが正直なところだった。


 なのにユイゼンからの承諾──別にユイゼンが昇級の決定権を持っているわけではないのだが、S級かつ師匠である彼女への筋として──を得てエミウアが彼女らの勧誘を行なったのは、この二人が間違いなく成長株であり、そして今こそが最もよく育つ時期だと見ているからだった。特A級に上げて、そのなんたるかを知れば、きっとすぐにも実力が追いつく。必ずコンビでなくともこの等級に見合うだけの強者になるだろうと、此度の彼女らの活躍でそう確信したが故のこと。


 二人揃ってようやく特A級並み、というのは少しばかりよろしくないが、しかし特A級は特定の組み合わせでその凶悪さを増す「掛け算」もまた特徴のひとつとしている。何もコンビでの運用に支障があるわけではないので、これは問題にならない。


 ただ、エミウアとしてはコンビではなくトリオ・・・で扱うことを考えていただけにこの場に彼女が不在なことには、多少以上に不満であった。


「本当ならあななたちのサポートをしたコメリも特Aに上げたかったんだけどね。すげなく断りやがったもんだから、二人だけでも受けてくれてちょっと安心したよ」


 彼女もまた単独では特A級に届くか怪しいラインではあったが、しかし唯術の扱い方はA級の中でもピカイチで、加えてそれは他者との連携にも活きる類いのものだ。援護に徹した彼女の強さは疑うまでもない。面倒だから嫌です、などと昇級を勧める姉弟子へ臆面もなく言ってのける太々しさも相まってA級のままにしておくには惜しい人材であるが、本人が断固として現状維持を望むのであれば致し方ない。


 特A級への昇級は上からの誘いがあってこそだが、強制力は──少なくとも協会の在り方が変わった現在においては──なく、それを受けるかどうかは結局のところ本人次第なのだ。


「あははー……コメリさんはそういう人ですよね」


 濁した言葉ではあったが、気遣いのできるモニカにもこう言われてしまっている辺りコメリという人間の物臭さはどうしようもないレベルである。それに軽く鼻を鳴らしながらエミウアはこの場にいないもう一人の名も挙げた。


「ミーディアも誘ったんだけどね。ここに来てないってことは、そういうこと?」

「はい。ミーディアさんは特A級への昇級を辞退するそうです」

「そうか……」


 エミウアは目を伏せる。案の定ではあったが、しかし以前は特A級になることを熱心に希望していたと聞き及んでもいるだけに、満を持しての呼びかけに対し彼女が拒否の返答を寄越したことには、多少なりとも物悲しい感情を抱かずにはいられなかった。


 仲間想いで向上心の強い彼女は、自分自身が優れたテイカーになるため。守れなかった戦友たちのため、それだけを胸に生きてきたに違いない。直接の面識があったわけではないが数年前まで本部に在籍していたミーディア・イクセスという現場員の噂はエミウアも──「単身帰還」を幾度も経験していることもあってその中には良くないものも多数あったが──当時から耳にしており、また記録を見れば新人にしては腕と骨のある人物だということもわかったので、記憶に残っていた。


 そんな彼女が昇級を断る理由となれば、それはもう。


「あの子の残りの時間って、そんなに少ないんだ」

「……はい。正確なことは言えないけど、自分の感覚としては一年を切っている……とミーディアさんが。特A級に上がったところで大したこともできないままタイムリミットだろう、って」

「一年未満か」


 その間だけでも彼女が特A級の一員になってくれるならエミウアとしては歓迎するが、これは誘う側のエゴに他ならない。限られた時間しかないのなら尚更に本人の意思を尊重すべきだ──ミーディアにはミーディアのやりたいことだってあるはずなのだから。


「生まれ故郷でもあるルズリフを最後まで守るつもりだとも仰っていました」

「そっか……そうだよな」


 人香結界の移動によって幼くして故郷を失くしているエミウアだが、もしも自分にもそういうものがあれば力が及ぶ限り守りたいと願ったことだろう。ミーディアの想いは理解できる。それに、彼女が支部に残ることにも意味はある。今は立て直しの時期ということもあってルズリフを含め再開発の計画は全て停止させられているものの、その間もしっかりと周辺の魔物を駆除していれば計画が再開される際に大きな助けとなる。ミーディアはその一助になろうとしているのだ。


 やれることを精一杯にやり切る。それもテイカーとしての正しい姿である。


「よし、了解。ミーディアとコメリは正式に辞退したってことにして……お次はあなただね」


 と、気持ちを切り替えてエミウアはそこに並ぶ最後の一人。自分から見て左側にいるその少年へと目を向けた。


「アルバス、で合ってるよね」

「はい! B級現場員のアルバス・ペトルー。セコムト支部の所属です!」


 溌剌と返答したのは、如何にもその態度がよく似合う人物だった。真っ直ぐな目、短く切られた髪、姿勢の良い立ち方、ラフ過ぎずも動きやすさを重点に選ばれた衣服、古ぼけてはいるがよく手入れされているブーツ。目に入るどこを取っても「実直にたたき上げられてきた現場員」らしさに溢れている。捻っても腐ってもおらず、まだ挫折に挫けたこともないであろう気配がする。


 B級にもなれば多かれ少なかれテイカーは苦渋を味わっているものだ。それが仲間の死のように取り返しがつかないほど重いものか、任務でのちょっとしたミスのような軽いものかはともかく、大方においてテイカーの道に失敗は付き物である。が、中にはそういったものと無縁に上を目指し続ける者もいる。


 おそらくアルバスはそのタイプだ。本当に彼が小さな失敗も犯したことがないのか、そこまではエミウアにも判じられないが。この屈託のない様子からすると少なくとも心に傷として残るような出来事には見舞われていない、それだけは確かだろう。こういう挫折を知らない人間は得てしていざ窮状に追いつめられると弱い、というのが通説だが、しかしアルバスに限ってはその心配もいらない。


 何故なら彼は先の魔人軍との戦いにおいて、乱戦になり第二防衛陣が崩れて以降チームと分断され孤立し、魔人数体に囲まれて──そして重傷を負いながらもそれを撃破した。援軍もないまま、たった一人の力で、だ。


 テイカーの成長は必ずしも曲線を描かない。何かの切っ掛けで飛躍的に実力を伸ばすのはテイカーに限らず魔術師の生態と称してもいいもので、それの最たる例こそが「死線を跨ぐ」こと。己が死を鮮明に感じ取れる絶体絶命の場面で、その窮地を乗り越えた者は一段も二段も強くなる。アルバスはそれの典型と言ってもいい覚醒を果たしたのだ。


「トリオで幹部を撃破したモニカたちも凄いけど、通常個体とはいえ一人で数体も魔人を葬ったアルバスもそれに負けず劣らずだ。ここに顔を出したってことは、その力を特A級で振るうつもりがある。そう思っていいんだよね」

「はい、ヴォリドー特A級! 俺……いえ、自分を是非とも特A級の末席に加えていただきたく思います!」

「よしよし、気持ちのいい返事をありがとう。ところでペトルーって姓は、もしかして?」

「あ、はい! 技術班長のB級事務員であるギム・ペトルーは自分の兄です!」

「やっぱり」


 雰囲気も喋り方も瓜二つなので、仮に姓を知らずともすぐに気付いただろう。エミウアはペトルーと同期なのだ。最初から事務員志望で協会入りした彼とは共に肩を並べて戦った経験こそいないが、技術班に鞍替えするまではビギナー時代に小さな任務での同行者としてサポートもしてもらっていた。その縁もあり、彼は気の置けない友人の一人である。


「そういや弟が七人いるとか言ってたっけな……テイカーになってるとは聞いてなかったけど。今何年目?」

「三年目です! ちなみに協会に入ったことは兄には黙っていました。A級になってから打ち明けて驚かせようと思っていたものですから!」

「ふーん」


 気のないような相槌とは裏腹にエミウアは内心でいたく感服していた。この子はやはり逸材のようだ、と。



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