171.推薦
「自分がまとめ役ってさぁ……マジでありえねー」
「まーだ言ってんのか? 俺ぁお前が適任だと思うがね」
「消去法でってことでしょ」
「いんや、割とマジで適性あると思ってる」
マクレアン・アパシーの言葉に、口角を上げている彼とは正反対のへの字口でエミウア・ヴォリドーはその顔を見つめ返した。彼女の目付きには不満と疑念が渦巻いている。同等級の戦友のセリフが、エミウアからすればとても信じ難いものであったためだ。
「本気で言ってる? たとえばじゃあ、自分のどういうとこが適性ありに見えるってのさ」
「そうだな、言いにくいことをズバズバ言えるとことか。ああいうの俺には無理だな。他の特Aだってそうだ、お前だけ。そういう面に関しちゃソリウス以上だったろ?」
「まあ、ね……」
ソリウス・オクオーン。特A級のまとめ役を担っていた故人。先日の魔人軍との戦争で命を落とした戦友の一人の名を出され、エミウアの言葉尻が下がった。確かに、ソリウスは文句なしの代表者であったが、ただひとつ「上に歯向かう」ことのできない男ではあった。
何もエミウアはそれを欠点だとは思っていない。意見の食い違いがあったとしても組織なのだから下が折れるべきは当然であり、考えなしに反抗して軋轢ばかりを生むのは優れた者のやり方ではないからだ。その点ソリウスは表立って噛み付くことなく、自身の有能さを武器に提案という形で己が意見を通していた。もちろん万事がそう上手くいっていたわけではないし、基本的にはそもそも上に言われるがまま、与えられた裁量の範囲で最善の結果を求めることに終始していたものの、総合的に見て彼がよく出来たリーダーであったことは間違いがない。
ただしそのお行儀の良さが、一般的なテイカーの頂点であるA級と破天荒なテイカーの隔離等級であるS級。その狭間にある特A級という位にとって果たして相応しいものであるかと言うと、若干の疑問はあった。責任強く、権利少なく。特Aがそういうポジションにいるからと言ってそれに甘んじていたソリウスの在り方が余計にその傾向を強めていたのではないか、という疑問だ。
本来なら特A級とは未来のS級を期待されて昇級の打診がかかるのだ──いや、上層部の大半は単にA級にしておくには惜しい、しかしS級には遠いという半端な実力者をひとまとめに管理する(それによってA級以下の管理も容易になる)目論見こそを念頭に置いていたのだろうが、少なくともその打診に応を返した者たち……即ち特A級へと自ら望んでなった現在のメンバーは皆一様に、いつかS級にまで上がる目標を胸に秘めている。
上からの見方はともかく、A級以下のテイカー。特に現場員からはそう見られているべき。いずれこの中から新たなS級が排出されると、そう目されていなければならないのだ。でなければS級はますます組織内から浮いた存在となり、誰もS級を目指さなくなってしまう。突然変異的な誕生の仕方でしか「最強」は出来上がらないのだと皆が勘違いしてしまう──それは良くない。
努力と覚悟。テイカーならば誰しもが持っているそれらをよく磨き、鍛え上げていけば、いつかは届くと。誰しもが最強の位に届き得るのだと。自らがそう信じているように、他の者たちにも信じさせる。それに足る姿を見せることが、特A級に課せられた使命のひとつだとエミウアは考えている。
「そら俺だってソリウスが健在ならあいつにそのまま任せてたさ。人が減った混乱の中でこそあいつに俺たちの頭を張って欲しかったよ──でも、できねえじゃんか。あいつはもういない。リリーやノートンと一緒に戦いの中に散っちまった」
「だから自分に、って?」
「俺だけの意見じゃねえぞ? 全員から聞いたわけじゃないが、俺が確かめた面子だとみんなお前がいいって言ってたよ。消去法じゃなく、真っ先に次のリーダーとして浮かんだのがお前ってわけさ」
「どうだか」
腐すように応じながらもエミウアはマクレアンの言葉に嘘がないとわかっていた。彼女もまたソリウス亡き今、他に特A級の頭になれる人物が思い浮かばないからだ。
マクレアンはこの通りお調子者で、考える能がないとは言わないが顔役とするには少々の不安がある。他の面々も似たり寄ったりの理由でまとめ役に適材と思える者はおらず、エミウア自身、だからといって立候補などしないが、言われると自分こそが最もマシなのではないかと感じなくもない。
(経歴と実力で言えばオールデン一択のはずなんだけど……あいつが一番無いから困ったもんだ)
オールデン・ディアンは特A級という高戦力集団の中でも頭ひとつ抜けて戦場での価値が高い男だ。それは先の魔人軍との戦いでも彼が唯一S級以外でS級と同じ任務を請け負っていたことからもれっきとした証明がなされている。
選りすぐりの魔物を最大三十体も指揮・強化できるその能力は特A級における「最強」の称号が似つかわしい……しかも此度の戦争を経て支配下の群れに、三つ首の獣の魔人という強力な新顔まで加え入れているのだから尚更にオールデンは強く、名実共に次のS級に最も近い人物となっている。
まあ、S級の特徴とはなんと言っても他のテイカーではあり得ない個人単位での運用。単騎で戦局を変えてしまう圧倒的な個の強さこそが最たる象徴にもなっているので、軍勢での強さが持ち味のオールデンはその時点で方向性が違うというか、仮にこのまま【使役】の唯術を伸ばしていったとしてもS級への昇格が認められるかというと微妙なところではあるが……なんにせよ、実力に関して疑いようのない傑物なのは確かだ。
が、何せ彼は「ちゃらんぽらん」である。おおよそ責任なんていう重いワードがこんなにも似合わない男は他にいない、というくらいにはふざけた人物像をしている。女にしか見えない顔付き・体付きで女でもしないような女々しい恰好を普段着かつ戦闘着にしていて、それでいて性自認は男で、しかも何やらこちらに気があるらしい素振りを見せてくる。エミウアにとって二重三重に目の上のたんこぶと言っていい存在だった。
あんな見た目で女好きなのか、しかもこんなガキにしか見えない自分にもお構いなしに粉をかけてくるとは終わっている……と初めは生理的な嫌悪感すら抱いていたエミウアだが、付き合いが続く内に──彼は繁忙期を迎えている支部へと常に出向いているためなかなか本部にも顔を出さず、直接顔を合わせる機会こそそうなかったが──どうやらオールデンがご執心なのは自分に対してだけのようだと気付き、ひとまず「女好き」のレッテルは剥がした。というのが最近のこと。
そこ以外に大きく見直す点はなく、かと言って見下げる理由もなく。エミウアにとって彼は色々と趣味が妙な、でもなんだか強い奴。という評価に落ち着いていた。
(年中激務をこなしていながらあそこまで軽いというかへこたれないというか、そういうとこはむしろあいつの凄いとこなんだろうけど。それだけに頭には据えられないよな)
とまあ、最強の男ですらこの具合なのだ。他にも単純な戦闘力だけで言えば──マイティとレベンシアのコンビなど──代表となってもおかしくないメンバーはいるが、やはり戦闘以外の面が駄目だ。考え直してみても変わらない。誰もいない。改めて一人一人の特A級の顔を頭の中に並べていって、結局エミウアはそう結論するしかなかった。
「な? 推薦されるにはされるだけの訳があるってことよ」
などとしたり顔で言うマクレアンにエミウアはジト目を向ける。彼の言には納得したものの、しかし特A級の過半数から推薦を取り付けて、しかもユイゼンにそのことを知らせて実質的に断れない立場へ追いやった所業にまで納得しているわけではない。
そこを詰めてもマクレアンのことだ、自分が何もしなくてもどうせ遅かれ早かれエミウアが選ばれていただろうと。であるなら話は早い方がいいはずだ、などともっともらしいことを宣うのは目に見えている……そう飄々と話す彼の口振りが耳にも聞こえてくるものだから、エミウアは睨むだけに留めてそれ以上の反論を噤んだ。
会話をしている間に目的地、フロントラインの襲撃よりこっち半ば特A級専用となっている会議室の前についてしまった。
上層部がグリンズを残して全滅している現状、よくここを使用していた彼らがいなくなったことで繰り上がる形で特A級の立場というものは良くも悪くもこれまでとは一風変わったものになってきている。その、言うなれば新時代が訪れているテイカー協会において、自分が特Aの頭になることにも何か意味があるのかもしれない。
若干の憂鬱な気分を押し殺してエミウアはなるべくポジティブにそう受け止めることにした。
扉を開く。
「エミっち! おひさー!」
途端に、抱き着かれた。ふわふわのフリルに顔が埋まり、香水なのか体臭なのかよくわからない甘い匂いに包まれる。ただしエミウアを抱きしめる両腕の力は強く、衣服の奥から感じる胸筋の硬さがその細身の身体に隠された確かな「男性らしさ」を頬へと感じさせてくる──気の抜けた高い声、そしてこの礼も遠慮もない行為。エミウアには顔を見ずともそれが誰であるか明らかであった。
「【質量】」
「あたっ!? もーぅ、ひどいよエミっち。なんでぶつのぉ?」
思わず唯術まで使用して拘束を外し、ついでにボディへ一発拳を叩き込んだエミウアは、涙目で不満を訴えてくるオールデンの(一見して)嫋やかでか弱い姿にも「ふん」と鼻を鳴らして言ってやった。
「自分の胸に手ぇ当ててよく考えてみな」
「えっ! い、いいのぉ?」
「ってなんで自分のを触ろうと──ああもう、わかんでしょ普通! 一人称の自分じゃないっての、自分の胸に手を当てろっつってんの! セクハラで殴り殺されたいか!」
「も、もう殴ってるよぉ……おなか痛い」
都合二発のボディーブローには特A最強の男と言えどこたえたようで、腹部を抑えて涙目になるオールデン。勘違いとはいえ婦女子の胸へ手を伸ばしたのだから当然の罰だが、傍目には自分の方が女友達へ行き過ぎた暴力沙汰を取っている酷い奴にしか見えないのがこいつの厄介なところだ。憮然とエミウアは腕を組む。それは触られかけた自身の胸を保護する気持ちの表れでもあったのかもしれない。
「で、なんであんたがいんの。今回の会議にも来れないって話じゃなかった?」
「それがねぇ、シュエレン支部の繁忙期が思ったよりも早く終わりそうなんだ~。もう小康状態に入っているからちょっとくらいウチが抜けても大丈夫だ、って支部長さんが許してくれたんだよぉ。だからエミウアに会いに来た!」
「そこは会議に出ることが目的だって言ってちょうだい、嘘でもいいから……」
何も良くはないが、せめて取り繕うとする意思ぐらいは見せてほしいものだ。そういう一般常識を期待するだけ無駄な相手だとはエミウアもわかっているが、だからとて見逃す気にはなれない。今後は自分がこいつの目付け役にもなるのだから尚の事に意識改革には力を注がなくてはいけないだろう。
(ああ、今のやり取りだけでもリーダーを引き受けるのがますます億劫になってきた。そもそもオールデンに限らずキャラが濃いんだよな、みんな)
特色だらけの面々をまとめる労力は半端ではない。ソリウスがそれを嫌がらなかったために押し付けていた一人としては愚痴を言えた立場でもないが、気が重いものは重い。とまれ、エミウアは内心に喝を入れてひとまずはその弱気を退かした。
「なんにせよ来てくれたのはありがたいよ。これで全員参加、顔合わせが一度で済むことになったから」
そう言ってエミウアは、一番乗りのつもりで訪れたこの会議室にオールデン以外にも自分たちより早くきていたその「三人」へと顔を向けた。
恐縮したように起立の姿勢を取っているのが一人、それに倣ってはいるがもっとリラックスした立ち姿でいるのが二人。いずれも今日という日まで特A級のみが集まるこの会議に参加してこなかった者たち──つまりは新顔の三名である。
「もう言われまくっているだろうけど自分からも言わせてもらう。特A級への昇級おめでとう、自分たちはあんたらを歓迎する。ああいいよ、自己紹介は会議の場まで取っときな。名乗られなくたってちゃんと名前は頭に入ってるからさ。そっちの二人が──」
と自身から見て右側の少女たちを指して。
「自分の妹弟子と共闘して幹部の魔人を倒したアイナとモニカ。でしょ?」
問われてモニカはやはり畏まった様子で、アイナは緊張を感じさせない緩やかさで頷いた。




