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17.三次

 野草スープの後味がとても悪い。喉奥にヘドロのようにへばりついている感じだ。良薬口に苦しとは言うがこれはちょっと行き過ぎている気がする……早くに症状が出なかっただけで、実は当たりの中にも僕の体には合わない物が混ざっていたんじゃなかろうか。


《特別性のあなたに限ってそんなことはあり得ませんよ。念のためにと外れの詳細も調べはましたが、仮に口にしていたとしても命に支障はなかったと思いますよ。そういう部分も頑丈にできているはずですから》


 そ、そうなんだ? じゃあこのムカムカはなんなんだろう……。


《毒に中った二人が悲惨な倒れ方をしていましたからね。感化されて自分まで体調が優れない気になっているだけでは? いらない心配をするよりもガントレットの説明をちゃんと聞きましょうね》


 幼子を諭すようなシスの言葉に僕は大人しく従う。そのタイミングで、受験者の傾聴の姿勢が整ったのを見て取ったらしいガントレットはよく通る声で言った。


「これより三次試験を行う。具体的な内容を教える──前に、お前さんらには二人一組を作ってもらおうか」


 二人一組……他の受験者とコンビを組まねばならないのか。そんなことを要求してくるということは、つまり。


「おうよ。お察しの通り三次試験はチーム戦になる。協力して事に当たる相手だ、きちんと考えて選べよ。つっても考え過ぎてちんたらしてちゃ余りもの同士で組むことになるがな。ほれほれ、さっさと動けひよっこ共」


 チームアップに関してガントレットは口を挟まず、受験者たちの自由意思に任せるつもりのようだった。ぱんぱんと分厚い手と手を打ち鳴らして行動開始を促してくる。その音に押されるように受験者が互いを見やりながら列を崩し始めた──ど、どうしようか。突然のことに僕は慌てる。


 どうやって当たりを付けたのか脇目もふらずに特定の人物へ声かけしている人もいたりして、この分だとあっという間にコンビが出来上がってしまいそうだ。余りものになったからと言って不利になる道理はないとも思うものの、組んでいる間は本当の意味での仲間になるのだから相方を誰にするかはやはり大事だ。できることならちゃんと考えて選びたいところだが、ガントレットが注意したようにまごまごしていては選ぶ余地すらなくなってしまう。


《というか、選びようありますかね。一次試験でも二次試験でも他の受験者と絡んだわけじゃありませんし》


 言われてみればそうなのだが、それでも判断材料くらいはあると言えばある。地下迷宮ですれ違ったもののお互い不干渉の態度を取った人。いち早く食材の選別を終えて調理を始めていた人。前者が男性で後者が女性だが、二人とも落ち着いていて理知的な気配があり、僕としては好印象だ。他のメンバーが印象にないだけとも言えるが。なんにせよ少しでも好いところが見えているのならその人を選ぶべきだろう。幸いにして彼と彼女はまだ声をかけてもいなければかけられてもいない。どちらかに僕から話しかけてみよう、と足を動かしかけたところで。


「ねえ」

「わっ!?」


 逆に話しかけられた。まったくの意識外からのことだったので不意打ちでもされたみたいに僕は驚いた。軽く飛び跳ねてしまったくらいだ。我ながら派手なリアクションを取ったと思うのだが、そんなことは露とも気にせず。


「組もう」


 そう淡々と彼女は言った。無表情で、端的。落ち着いているというよりは感情をどこかに置いてきてしまったようなイメージのその人物は、肩まで伸びた綺麗な黒髪と黒い瞳が僕にとっては馴染み深い、可愛らしい女の子だった。首から下を覆う外套まで真っ黒なのが少し迫力になっている。


「あ、えっと……」


 まさか他の人から声をかけてもらえるとは。しかも、残った十六名の内三名しかいない女性受験者から。事態を理解して、僕の思考は渦巻く。彼女はなぜ僕を選んだんだろうか。ふたつ返事で彼女に決めてしまっていいものか。断ったところで目当ての人と組めるのか。それらの答えを僕はシスに求めた。


 どうしたらいいと思う?


《……彼女に決めてもいいんじゃないですか? あなたの組みたがっていた二人はちょうどコンビになってしまったみたいですよ》


 え、と黒い少女から例の男女へ視線を向け直してみれば、シスの言う通りだった。がっちりと握手を交わしているではないか。どちらから提案したのかはわからないが、冷静沈着そうな二人でチームアップしてしまったようだ。……相性が良さそうで僕から見てもいいコンビに思えるよ。


 こうなっては仕方ない。他にもいくつかコンビが成立し始めているし、声かけ候補がいなくなった時点で選り好みしたって意味などない。これも縁だと思ってありがたく手を取らせてもらおう。


「僕で良ければ、よろしくお願いします」

「よろしく」


 差し出した手を、彼女は握り返してくれた。外套から伸びたその腕は白くてほっそりとしていて、黒白のコントラストの強い子だなと僕は思った。


「ライネだ。君は?」

「アイナ」

「アイナ、かわいい名前だね。よく似合っている」

「ありがとう」


 簡潔な受け答えをする彼女に、僕を選んだ理由について訊ねてみようとしたが、その時間はなかった。


「八組出来上がったな! そんじゃ成立の早かった順で並びな。まずはそこのお前さんらだ」


 指を差された一組が指定通りに移動し、他の組もそれに続く。思った以上に全員が組むまで早かったな……誘いを断らなくてよかったと安堵しつつ例の男女ペアの横に僕とアイナも並ぶ。僕たちの成立は四番目だったようだ。整列が完了するのもそこそこに、一組目と二組目がガントレットに言われて先にある二本の通路へと別れて消えていった。あの向こうに何があるのか、と疑問に思ったのは僕だけではないようで。


「それぞれの待機室がある。そこでルールの説明がされるんだ。んでもってチーム対抗でとある『ゲーム』をして、勝ったチームだけが四次試験へ進める。どうだ、簡単だろ?」


 質問するまでもなく気になったことを答えてくれたのはいいが、ガントレットが口にした新たなワードに受験者のムードはまたしても不穏なものとなった。ゲーム。特別怖い単語でもなんでもないが、今聞くそれはなんと恐ろしい響きを持っていることか。


「説明に三分、作戦会議に二分、本番に最長で十分。一ゲーム十五分以内を予定しているから自分の番が来たらちゃきちゃき動けよ」


 楽しそうに話すのはガントレットだけで、僕たちは終始無言で先の二組の結果を待つのみだった。



◇◇◇



 戻ってきたのは一組だけだった。もう一組は脱落者として地上へ戻されたと知り、まだどんなゲームをやらされるのかもわかっていない僕たちの間には否応なしに緊張が走った。帰ってきた二人からはそれなりに疲労が感じられる。勝った側にとっても楽な勝負ではなかったようだ。試験である以上は当たり前のことだが、やはり楽しいゲームにはならなそうだ。特に、僕たちの相手は十中八九。


「おーし、次の二組も行ってこい」


 案の定、四番目のペアである僕たちと競うのは三番目のペアこと例の男女だった。理知的な二人組であり、通路へ向かう後ろ姿も冷静そのもの。加えて男性の方はそれなりに動けることが一次試験で、女性の方は野草類を瞬時に見分ける知識を持っていることが二次試験で明らかとなっている。かなり手強そうだ。彼らの直後にコンビを成立させてしまったのは不運だったか……。


 ただ、あちらに負けず劣らずアイナも落ち着き払っている。黙々と指示された先へ向かう足取りには恐れも迷いも一切感じられない。なんて頼もしいんだ。目当てでこそなかったけれど、彼女と組めたのは僕にとって大きな幸運だったと言ってもいいかもしれない。


《色々と考え込んで勝手に不安定になっているあなたはとはえらい違いですよね》


 相変わらずちくりと刺してくるね、シスは。


 通路の途中には扉があり、その前には女性職員が待機していた。丁寧に扉を開けてくれたのでアイナと共に入ってみれば、そこは何もない小部屋だった。なるほど、待機室だ。待機する以外に何もできないという意味でこれ以上ないほどに待機室だ。


「これを装着してもらいます」


 カートを押した別の女性職員がやってきてそう言った。そこに乗っている物が何かと見てみれば、小さな風船のようなものが付いた器具だった。いくつもあるこれらをどこにどう装着すればいいのかと戸惑う。


「ルール説明です。両肘、両膝、腹部、そしてうなじ。身に着けた合計六つのマト風船と、本陣のマト風船。これらを守りつつ敵チームの的を破壊してください。部位ごとに破壊で得られる点数が変わり、最終的に合計得点の多いチームが勝利となります」


 一人目の女性が説明する中、二人目の女性が僕の手足と胴、そして首に手早く風船付きの器具を嵌めていく。察するにこの小さい風船がマトであり、これを壊し合うのが三次試験の内容か。腹と首はともかく肘と膝が少々曲がりにくくなってしまったが、柔らかい素材なので動きにそこまでの制限はなさそうだ。相手も同じ条件なのだし大した問題ではないだろう。


「両手両足のポイントがそれぞれ10。腹部が25、うなじが50。そしてゲーム開始位置である本陣に置かれたマト風船のポイントは最大の100です。さらに本陣が取られて以降は相手側に与えるポイントが各所二倍となりますので、勝利を目指すなら是非とも本陣を最優先に守り切ることをおすすめします。あと、装着している全てのマト風船を失うとゲームにおける失格扱い。要するに終了時間まで何もできなくなってしまうのでご注意を」


 装着のために外套を外すように言われたアイナは粛々と従ったが、明らかとなった彼女の出で立ちに僕はぎょっとする。短剣だ。それも刀身が短いにしては幅が広めで割と大振りなものが、二本。腰の位置でクロスされている。道具の持ち込みは自由とはいえここまではっきりとした殺傷用の武器を携帯している受験者は他にいなかった……いやまあ、スリンガー男よろしく隠し持っている者も少なくないというか、そちらの方が大多数なんだろうとは思うけれど。


 職員たちの目にもばっちりと短剣は映っているはずだが特に反応もなく、僕同様に滞りなくマトの装着が終わった。この間、僅か一分と少し。装着係の職員さん、地味に早業である。


「これよりフィールドへと入っていただきますが、くれぐれも開始の合図があるまでは本陣から動かないようお願いします。それまでの時間でどうぞ作戦会議などをなさってください」


 ルールを守れなければ即失格。それは重々に聞かされていることなのでしっかり頷いておく。とはいえこのゲーム、そこまで厳格に縛られたものではなさそうだ。試験共通である「殺し」等の甚だ悪質な行為を除けば禁止事項もなし。内容も至ってシンプルな点取りゲームなので失格に怯える必要はあまりない。


 けれどどうやって点を稼ぐかには一考の余地がある。ざっと聞いただけでも本陣は重要だ。落とされてはマズいし、逆に相手のは積極的に落としたい。そこで攻めと守りのどちらに比重を傾けるかは人によるところだろうか……僕としては守って迎撃戦を選びたいが、これはチーム戦。アイナの意向も聞かねばならないし、あるいはどちらかが本陣に詰めてもう一人が攻めていくという戦法だって取れる。


《戦力の分散は悪手な気がしないでもないですけどね。ま、それもゲーム場がどういった造りになっているか次第ですか》


 もっともなシスの言葉に内心で同意を返していると、質問はないかと職員女性Aが確認してきた。何か訊くとしたらこのタイミングしかないと言うので僕は挙手して発言の許可を貰った。


「あの、うっかり自分のマトを壊してしまった場合って点数はどうなるんですか?」

「自壊でも相手チームの得点になります。事故と故意とを問わず、とにかくマトが壊れてしまえば相手へポイントが行くとご理解ください」


 むむむ、そっか。そうだよな。でないと自分たちで本陣を落としておいたり、首や腹の高ポイントのマト風船を排しておいて身軽に動くことだってできてしまう。それではゲーム性が崩壊する。封じられているのは当然の処置だろう。ただまあ、相手側もそういったズルができないと確認できただけでもよかった。


「アイナは? 何か確かめたいことはない?」

「ない」


 ばっさりだった。ぶっつけ本番のゲームを前に質問のひとつもないとは、いくらなんでも肝が据わり過ぎじゃないかと呆気に取られる僕を余所に、時間は来てしまった。


「それではフィールドへ移動してください」



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