表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/199

16.二次

「時間内に二十名が木札をゴールへ置いた。上限人数いっぱいが通過とは上々な結果だぜ。今回のひよっこ共はなかなか優秀そうだな!」


 ガハハと笑うガントレットの前で僕たち受験者は再び整列している。三十五名が二十名に減ったため小ざっぱりとした印象を受けるが、これでもまだ多すぎる。ミーディアやガントレットが口にしていた合格率を思えばおそらくテイカーになれるのはこの中の一人か二人。飼い殺しの件を除けば誰も最後まで残らない可能性だってある。真の振るい落としはここからになるのだろう。


 地下迷宮のすぐ上のフロア。相変わらず支部の地下ではあるものの少しだけ深度が浅くなったその部屋で、僕らは次なる試練に挑もうとしていた。


「二次試験では調理をしてもらう! おっと早合点するな、何も俺に美味い飯を振る舞えば合格ってわけじゃあねえ。お前さんらはてめえで作ったもんをてめえで食すんだ。それで『無事だった』なら三次試験へ進めるって寸法だ」


 よく飲み込めない。そう感じたのは僕だけじゃなかったはずだが、質問の機会も設けられずに部屋にあった二十の机の前に受験者はそれぞれ立たされた。そこには携帯用ガスコンロと水の張られた小さな鍋、包丁にまな板。そして多種多様な植物や木の実のような物が整然と置かれていた。


「幅広く自生している野草や木の実が二十種そこにある。その中の五種には人体に有害な毒が含まれている! 摂取すれば只じゃあ済まないぜ。お前さんらはそこからきっかり十二種類を選んで細かく切り刻み、その寄せ集めを鍋で煮込むんだ。そんでもって出来上がった煮込み汁をぐっと飲み干してもらう! なーに、外れさえ選ばなきゃどれもこれも滋養強壮に効くもんばかりだ。味は保証しねえが体にゃいいから安心しろ」


 今の説明のどこに安心できる要素があったのかわからない。毒入り含む二十種の中から十二種選ぶ? そしてそれを体内に取り入れる? 何かの冗談じゃないのかと戸惑う僕だったが、受験者の中には二次試験に前向き(・・・)な者もいるようで、毒と一口に言ってもどういった症状を発するものか。それと明確なクリアの条件についての説明を求める声が上がった。れ、冷静だ。こんな無茶苦茶な試験を前にもシスに負けず劣らず冷静だ。これがテイカーを志す者が持つべき落ち着きなのだろうか?


《あなたが小心者なだけでは? アクセルを踏み込んだり緩めたり忙しい人ですね》


 ちくりとしたシスの言葉を聞く間にガントレットからの回答があった。曰く、毒の中には腹を下すだけのものから神経に障る危ないものもある。クリア条件は至ってシンプルで、煮込み汁を飲んでも体調不良が認められなければOK。それ以外には何も注文はないとのことだった。付け足すように医療班の準備は万全だとも言っていたが、複数種の毒を一度に摂取してしまうと味だけでなく「命の保証もない」。そう彼は説明を終えた。あっけらかんと吐かれた物騒な言葉に、さすがに受験者の空気もざわついた……気がする。どうだろう、動揺しているのは僕だけなのか。


《死人も普通に出る試験、ですからね。一次の時点で潰し合いが推奨されているルールでもありましたし、ここらで本気度を上げてきた感じですかね》


 ほ、本気度?


《はい。恐れず命を懸けられるか否か。と、そういった状況からも生還できるだけの能があるか否か。それを本格的に測りにきているってことです》


「今回の制限時間は……あー、どうすっかな。考えてなかったわ。まあぱぱっと選んでちょちょいと煮るだけなんだからそう時間もかからねえだろ。十分で調理を終えろ。それまでに充分に煮込めてなかったら失格だ」


 十分。毒種の選別に使える時間はたったそれだけ。そこに調理の工程も含むとなると実質的にはもっと短い。どうすれば、なんて考える猶予もなくガントレットは手元のタイマーを作動させてしまった。


「スタートだ!」


 全員が一斉に机と向き合う。周囲の様子を窺ってみれば並んでいる食材をじっくりと眺めている者もいれば、ひとつひとつを手に取って感触を確かめている者もいる。やり方はそれぞれだがひとまず外れを見つけ出そうとしているのはみんな同じのようだ。


 でもこんなの、結局のところは野草類の知識を持っているかどうか。それだけが合格と不合格を分ける条件になってしまうんじゃ……。


《二十種の内、選んではいけないものが五種。ただの運任せで十二種を選ぶんじゃ二、三種は毒入りを摂取してしまう計算になりますか。まーランダムで潜り抜けようってのはまず無理な確率になってますねぇ。確実に外れを避けるには知識が不可欠です》


 やっぱり? ということは、テイカーたるもの自然から採れる食物に関して広く知っていて当然。そうでない者は弾く、というのが二次試験の本懐なのか?


《必ずしも知識の有無だけを見ているとは限りませんよ? クリア条件は『無事でいること』それひとつ。ならば、たとえば特殊な体質で毒が効かない人だったり、運任せで五種類の外れを全て回避できるくらい『持っている』人だったり。そういった色々な意味で特別な人材もまた協会は欲しているのではないでしょうか》


 そう、なのだろうか。確かに知識なしでこれをクリアしてしまえる人間は、賢く毒を避けた人よりもある意味では凄い。魔術という秘匿された技術を用いて魔物と殺し合いを演じるのがテイカー。とても常人には務まらない仕事。それを務め切れる人材というのはシスの言う通り、何かしらを『持っている』者じゃないといけない。そこを見極めるためには挑戦者の覚悟を深く試すものにしなければならない。


 ……それはその通りだと思うが、しかし試される側としてはゾッとしない話でもある。


《それに、知識にも体質にも運にも自信がなくたって外れ回避の確率を上げる方法はありますよ》


 え、と驚く僕にシスは今一度受験者の様子を確かめるように促してきた。言われた通りに目を配らせてみれば……なるほど。僕の右では包丁で切って切断面を観察している受験者が。左には食材を自身の素肌に擦りつけている受験者もいる。中には早くも選別を終えようとしている受験者まで。そして、僕と同じくそんな彼らの一挙一動を見逃すまいと盗み見ている受験者もちらほら。


《ね? 知識がなくとも何もできないわけじゃあないんです。取れる手段でやれるだけのことをやる。それもテイカーを目指すにあたって持っているべき素養のひとつだと思いますよ》


 慌てるのは時間の無駄。たとえ辿るべき道筋が見えなくても手探りでそれを探し当てる。そういう気概も、知識と同等かそれ以上に大切だということか。……だったら僕も周りを真似てやれるだけやるしかないな。切ったり擦ったりで毒を見抜ける自信もないので、鍋に食材を投入し始めている何人かを参考にするのが一番安全か? でも確かな知識を頼りに選んでいるのか単なる当てずっぽうなのかは傍から見ているだけでは判別がつかないぞ。これで僕にもっと人を見る目があるなら話は別だったかもしれないが。


 さてどうしたものか。こうしている間にも刻一刻とタイムアウトが近づいているのだからそろそろ選別に取りかからなくては危ういが……と、食材の一個へ手を伸ばした僕にストップがかかる。


《ダメ。それは外れですから触れないでください。経口摂取でなければ大事にはならないようですが、万一があってはいけませんからね》


 その言葉に僕は一瞬フリーズ。そして疑問を投げかける。

 ひょっとして、シスにはどれが外れでどれが当たりかの区別が付いているの?


《今、付きましたね。食材の色味や形といった特徴からゴアで調べてみたんです。全てヒットしましたよ》


 ……僕との会話の裏でシスは淡々と調査を進めていたようだ。画像検索のようなものだろうか? 視覚情報だけでそれが行えるとは本当に便利な機能だ、ゴア検索。助けられている身としても少し呆れてしまうくらいに。


 シスが外れとして教えてくれた五種類は、いかにも毒を含んでいそうなケバケバしい色の物もあればなんの変哲もない野草にしか見えない代物もあった。外見での判断は絶対に無理だったな、これは。安全な種類の中にも似たようなのはいくつもあるし……シスに感謝である。


 外れを含まない十五種の中から適当に十二という数を埋めるべくピックアップし、包丁で刻み、鍋に投入していく。そして残り時間の六分あまりを熱湯で煮込んだ。調理時間としては非常に短いが、どの食材からもたっぷりとエキスが漏れ出てきているおかげで鍋内はすっかり食欲をそそらない色に染まっていた。なるほど、ここにあるのは短時間で充分に「鍋」が出来上がる食材ばかりだったのだな。調理中にも当たり外れの区別がつかないようにしているのだろう。なんとも念の入ったことだ。


「手と火を止めろ!」


 ここで十分が経過。スープボウルを抱えたガントレットが皆の机を見て回り、木製のそれを置きつつ調理を終えていない者がいないことを確認。それから元の立ち位置に戻って言った。


「ようし、いいぞ。どれもよく煮込まれている。これからお前さんらには自作のそいつを皿一杯分飲んでもらうわけだが……改めて忠告しておくぞ。外れを取り除けた自信のねえ奴は相応の覚悟をもって飲め。俺たちも手を尽くしはするが、毒の効き方は個人によって違ってくる。最悪の場合は死もあるぜ」


 解毒の用意はあるのだろう。だが、シスも言ったように複数種の毒を一度に摂取するのは危ないなんてものじゃない。端的に言って自殺行為だ。皿一杯を丸ごと飲み干すとなると分量だって相当なものになる……それを踏まえてガントレットはもう一度考え直す機会を与えているのだ。


「撤退も勇気だ。テイカーやってりゃ引き際に悩むときも来る。無理して突っ張って死ぬよりも次のチャンスに懸けたっていいんだぜ? 試験なんざ何度でもやるし受けられるんだからな」


 その言葉が決め手になったか、二人が自主脱落を希望した。ここで一か八かに賭けるよりも次の試験へのリベンジを選んだようだ。実際これは悪い選択ではないだろう。一次試験と合わせて今回の経験は彼らの再チャレンジを大いに助けてくれるはずだ。けれど、撤退が勇気ならば撤退しないのも勇気だ。リタイアした者が部屋を去ったのち、残る十八人はガントレットの合図と共にボウルに掬ったスープを一気に飲み干した。


 その数秒後、一人が痙攣しながら嘔吐し始めた。続いてもう一人が泡を吹いて崩れ落ちた。この二名は速やかに担架で運ばれていった。「毒」の即効具合とその苦しみ様に場は戦々恐々の空気感に包まれたが、そこからは新たに倒れる者は出てこず。


「おめっとさん、お前さんらは二次試験通過だ。ここでも脱落が四名だけとはやるじゃねえか」


 などとガントレットは褒めそやすように言うが、受験者に明るいムードはない。おそらく全員が承知しているのだ。今どれだけの人数が残っていようとも最終的に合格できるのは精々一人か二人。悪ければゼロ、というテイカー試験の極端なまでに低い合格率。それを知っていて挑んでいるのだからこの時点での生き残りの数を素直に喜ぶはずもない……お互いがライバルであるのなら尚のことに。


 受験者側の心境をガントレットもわかっているのだろう、反応の悪い僕たちへにやりと意地悪くも見える笑みを浮かべて彼は言った。


「そんじゃあ三次試験だ。もういっちょ上のフロアへ行くぞ」


 またしても整列し、階を移す。試験が進むにつれて地上へ戻っていくこの形式は毎度のことなのだろうか? 支部のロビーへテイカーとして帰れるかどうか。脱落した十九名の受験者たちが今頃どんな気持ちでいるかを考えてみたが、なんてことはない。リベンジに燃えているかそうでないかのどちらかだろう。


《『次』に託してしまったら神のような何かの怒りを買ってしまうおそれのあるあなたとしては、そういう余裕のある人たちが羨ましいですか》


 いや……得体の知れない何かの意思に生かされていることを怖く思わないと言えば嘘になるけれど、二度目の生を貰えたのには素直に感謝している。それに、縛られている代わりに僕にはシスがいる。君のような相棒を得ておきながら他人を羨むのは業突く張りじゃないかな。


《そうですか。あなたが納得できているのなら、何よりですよ》



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ