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141.全力

 特A級のテイカーであるハワード。という、素材としては最上と言っていい人間を、イオはだからこそ気を使わない、手探りのままに雑な【同調】によって魔人化させた。それはその後の予定として控えていた「魔人の量産」に向けた試金石を兼ねた実験であり、実際にそこで得られた知見はその作業に着手する上での大きな助けとなったのだから、彼女の判断に間違いはなかったと言える。


 手持ちの中でも一等の人材を使い潰して見えたものは、人が魔人へ変わることのハードルの高さと、低さ。その両方だった。強い魔人は思ったよりも簡単に作れそうだ。唯術持ちに拘らなければそれこそ、最低限の魔力さえ持っていれば「テイカーを屠れる戦士」は生み出せる──が、それはあくまで屠れるだけ。屠り続けられる戦士にしようと思うと、途端に難しくなる。


 ハワードがそうだったように、一瞬の力だけを求めるなら調整など必要なく、ただ過剰に魔力を生成し操れる肉体にしてやればいいだけなのだからイオとしては楽だった。ただしそれではまさに一瞬しか持たないのだと、ハワードの様相の変化が【同調】のリンクによって手に取るように伝わってきていたイオにはよく理解できた。


 花火のような刹那の輝き。強烈なそれで殺せるとしても精々がテイカーの一人か二人。そして協会も馬鹿ではないのだ。イオがハワードの変化の過程から情報と「その先」を知り得たように、ハワードと対峙したテイカーの証言をもって同じような結論に達している可能性は高い、というよりほぼ確実に見抜かれていると思うべきだろう。


 即ち守りに徹し、時間をかけて戦いさえすれば魔人は勝手に死ぬ。やり過ごせる脅威でしかないと彼らも気付いている、ということ。直接魔人化を施したイオでもない限りはその確証まで得るのは難しいとしても、どうせ戦力差の大きい防衛戦になるのだ。当たっても外れてもリスクがない以上は物は試しにと協会が魔人兵との激突でこの情報を前提とした策を打ってくることは充分に考えられ、その場合、ハワードと同様の「力のみを与える魔人化」では総崩れにされてしまう未来が目に見えた。


 よって、やはり細やかな調整が必須であるとイオは結論付けた。瞬間的な出力よりも求めるべきは安定だ。ただでさえ作り変えられたことで不安定になっている魔人兵の肉体、その強度を維持しつつ強くし過ぎない。魔力の過剰生産による暴走や自我の崩壊も引き起こさないようにあえて基準を低く見積もる。そうすることで、強さの一点では試験体のハワードに遠く及ばずとも人間の兵のように長く戦えるようになった。


 強化幅こそ抑えられたものの、魔人化で授かる人の領域を超えた身体能力や魔力との親和性はそれそのものが武器。特A級(ハワード)とは比べるべくもない一山いくらの魔術師でも、魔術師であるというだけで──魔力を持ち、それを認識できているというだけで熟練の魔術師テイカーにも劣らないだけの兵器へと生まれ変わる。イオが【同調】によってそれを成り立たせる、そのコツを掴むまでに十人分と時間はかからなかった。多少の失敗作も生まれたとはいえ、彼女は自分が思う通りの魔人軍団を作り上げた。


 だから・・・テイカーたちはまだしも魔人の軍団に対して、彼らが覚悟していたよりもずっと緩やかな被害で抗うことができていたのだ。魔力出力とは別の方面で強さを引き出した特異個体を除けば他の魔人は全員が下方修正を施されているようなもの。事前情報から想定したほどの絶対的な差はない。誰もがそう感じたことだろう。


 そしてその落差の要因は意図的な出力の低下だけでなく、もうひとつあった。それこそが──。


「【同調】のリンクを介した魔力徴収。それで更に弱体化をさせちまったもんだからまあ、そりゃテイカーもそこそこ戦れるわな。経験と連携の差を加味するとぶっちゃけ協会のが有利かもしれん」


 特異個体や、生粋の魔人であるティチャナやトリータが戦場にいないとしての見積もりだが……という言葉はあえて付け足さず、イオは我が身を指し示して続けた。


「外付けの魔力だ。五百体の二割分、つまり今の俺にはざっと魔人百人相当の魔力がくっ付いてるってことになる」

「百人分の、外付けの魔力……そんなことが」

「できるさ。なんたって特別製だ、手段さえあればお前さんだってきっとできるぜ? とは言っても俺と違って元手がねーんじゃどうしようもないけどな」

「…………」


 魔力の徴収。総量の二割という決して少なくない量を、しかも話しぶりからして奪われた分は自然回復では元に戻らない様子の「不可逆の簒奪」を仲間に対して行えたのは、イオが魔人兵を仲間だと見做していないからだ。使い潰して構わない、掃いて捨てても痛くない単なる量産品としか思っていないから、そういうことにも躊躇いがないのだ。


 二人の部下からは魔力を奪っていないのがその証拠だろう──【同調】ならば、そしてあれだけ滅私奉公の精神を覗かせていた彼らなら魔人兵同様に徴収自体は可能であったはず。なのにそれをしていない、ということはイオにも最低限の分別があるということだ。何事も目的ありき、自分の意思ありきの彼女でもその程度の区別はできている。


 故に、仮にそれが可能だったとしてもライネに同じ手段が取れないことも、彼女はわかっている。何かしらの方法で協会所属の者たちから魔力を預かれたしても、そんなことをすればただでさえ開いている戦力差がもっと大きくなってしまう。みすみすテイカーを死なせるも同然の行為だ。そうしてでもイオを止めること、倒すこと。その後に魔人兵が烏合の衆という与しやすい存在に変わることも踏まえればそれに意義がないとは言えないが、しかしできない。たとえどんなに得策だったとしてもライネは実行に踏み切れないだろう──それが彼の限界。


 仲間がいたから戦えている彼は、けれど、仲間がいるからこそ追い詰められる。イオのように「なんでも」はできない。してはならない立場に彼はいるのだ。


「抱えるもんは少なくていい。そこは前世と変わらなくていいんだ。ただ両手にひとつずつくらい、本当に大事な物だけを持っておきたい。今の俺にとってそれは部下と、野望だ。このふたつが俺を前に進める原動力。対してお前はどうだ? ライネ。あれもこれも欲張っちゃいないか? 仲間だ立場だ矜持だ使命だ……テイカーになってさぞかし多くのものを得たんだろうが、どうだよ。そいつはお前の原動力であると同時に重荷にもなっちゃいないか」


「…………」


「俺とお前さんの最大の差はそこだよ。俺は身軽だ、どこまでも飛べる。反対にお前さんの眼差しは、その振るう刀はどこまでも重々しい。背負ってる方が勝つ、なんて馬鹿なことは言うなよ? そんなもんに勝敗は左右されねえ」


「それこそ、僕に勝ってから言うべきなんじゃないか?」


「おぉ? 強気じゃねえか。種明かしをしたからにはもう少ししょげるもんかと思ったぜ。質問返しで悪いがよ、ライネ。お前まだ俺に勝てるつもりなのか」


 どうっ!! と空気が破裂した。と、思えるくらいにイオの魔力が膨らんで溢れ出した。突風すら巻き起こすその膨大さ、濃密さはまるで至近で眺める瀑布のよう。前髪を激しく揺らしながらそれを見つめるライネも思わず圧に目を細める──その様を眺めたイオは満足そうにして。


「ほら、この通りだ。ここまでで使い終えた魔力は精々が十~十五人分ってとこだな。俺の中にはまだ九十人近くも残っている。どうしても外付けからの消費になるんで自前の魔力との併用こそ叶わねえが、つまりそっちも丸々残っているってこった。そんでもって──ここからは常に『この状態』で行く。流石にこんだけ垂れ流しちまえばすぐにすっからかんになっちまうだろうが、なぁに。その前にお前さんをやっちまえば済む話だからな」


「……!」


 これはイオにとってもリスクのある選択だった。魔人百人分の魔力を操るとなれば、どんなに彼女が特別な体を持つ者だとしても負担は大きい。なのにイオが飄々とそれを感じさせない態度でいられるのは、おかしなことだが負担の源たる百人分の魔力のおかげでもある。その著しい魔力によって、魔力の負荷に耐えられている。だがそれも潤沢に魔力があればこそ。つまりここから浪費を重ねて外付けの魔力がなくなってしまえばどうなるかわからない──いや、負担ばかりが残って普段通りの自分ではいられなくなる、その程度のことは容易に想像がつく。


 魔力切れで起こる症状からは魔人とて逃れられない。むしろ肉体が半分魔力で構成されているからには人間のそれより余程深刻であるとも言える。百人分の魔力を使い果たした時、それによる症状もまた百人分圧し掛かるだろう。絶対にそうなると言い切れるものではないがイオには確かな予感としてその未来が見えている。からには。


 だからこそ惜しみなく使い切る。そして破綻の前に勝ち切る、それがベスト。彼女はシンプルにそう決めたのだ。


「タイムリミットに急かされるのはちと侘しいが仕方ねえ。こうしなきゃ勝てそうにないと思わせてくれたお前さんへの感謝も込めて──この俺の、真の全力ってやつを見せてやるよ」


 ライネを倒す。相反する使命で結ばれた宿敵を、打倒する。そのためだけの舞台であり、用意であり、イオだった。今、彼女は間違いなくライネのために生きている。彼と戦うために立っている。


 これだけの想い。もはや受け止められるものではないだろう、と。勝負を決めるべく一気呵成の攻勢へ出ようとしたイオは、しかしそれをやめた。


「ライネ……?」

「…………」


 静寂。彼と、彼の周囲だけがぽっかりと景色から浮いているような。不自然なまでの静けさ。──ライネの集中力が、そうさせている。空間まで凝り固めてしまうほどに。イオに一歩を踏み止まらせるほどに、彼は。


 雰囲気が変わった。


「ふー……じゃあ、やりますか」

「!」


 踏み込んでいたのはライネ。気付けば眼前に迫っていた刃を体を仰け反らせて躱し、そのまま後転。と同時に足先に乗せた斥を解放する。爆発的な力の発散。外付けの魔力を全開にしたイオの斥はもはや『発』にも等しいだけの威力を伴って地面も空も一緒くたに抉ったが、当たっていない。巻き上がる土煙の流れに逆らうように飛び退ったイオは手応えのなさからライネが今のを躱したのだと察した。


 あの距離で、これだけの規模の攻撃を、刀を振り切った体勢から?


「面白ぇ!」


 殺気。しかと感じ取れはするものの、どの方向から来るかが読めない。これは自分の感覚が鈍いのではなくライネの紛らわせ方が上手いのだ。おそらく殺気自体もあえて隠さず放っている。そうすればこちらの動きをある程度制限ないしは読みやすくできると考えてのことだろう──しゃらくさい、とイオは術を起動。


「重斥ぃ!」


 頭上も含めた全方位への力の解放。引き離す力は大気ごと周辺の煙を一掃し、その衝撃の余波で大地にも大きな罅割れを走らせる。そこを切り裂く一陣の影。斥の影響を受けていないかのようにライネはイオへと肉迫し、凩を閃かせる。だが今度はイオも余裕をもってそれを迎え撃つ。刃を掴み取ろうと引を発生させた掌を向けて、そして背後(・・)()()氷の散弾を浴びた。


「あァっ?!」

「一極集中──疑・極斬り」


 背中から氷術を食らってもまだイオの受けは成立していた。万全でこそないものの引による防御は間に合う、はずだったが。彼女の目算では間違いなくそうなっていたのに、それをライネが強引に飛び越えた。


 氷鱗だけでなく、腕と武器のみに魔力すらも全集中。【回生】という絶対の再生能力を持つミーディアだからこそ実戦において実用に耐え得る「攻撃部位のみに全ての魔力を集める」という無茶。無理にして無謀の技術。ミーディアをしても魔力操作にかかる時間から使いどころを極めて選ぶその必殺技を、ライネは今この場面で成功させた。


 斬る。ともすれば氷鱗でも魔力でもなく、たったひとつその意志だけが刀へ力を与えているかのような。刃に切れ味を乗せているかのような苛烈な一刀が、引の収束を振り切って──断ち切って空間を切り裂いた。結果、防御のために翳したイオの左腕は肘の手前で切断されることとなった。


「……!」


 魔人の硬い肉体を、外付けの膨大な魔力で覆い守っている状態。仮に防御態勢を取らずとも、引を使わずとも「ただそれだけ」で守りに適した唯術を使用しているのに比するほど……否、それ以上の堅牢さを得ている。その意味と強みをイオは当人として誰よりも理解できている。


 だから宙を舞う己が腕を見て心の底から驚かされた。万全の受けこそ間に合わせられなかったが、だとしてもだ。このような結果になるほど今の自分は弱くない。まんまと腕一本を斬り落とされる、そんな失態を演じられるほど過多の魔力とそれに支えられた【離合】は、弱くない。むしろ圧倒的に強い。強過ぎるはずなのだ。


 なのにライネは。


「──ははっ!」


 再び翻る刃を見つめ、イオは──裂けるような笑みで加速・・した。



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