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14.試験

 昔の魔術師が残したという奇妙な水晶の置かれていた「面接室」とはまた別の一室へと通された僕は、その思いの外に広い部屋で他の受験者たちと共に来たる時を待っていた。緊張感で満たされた空間で傍にいるライバルたちから時折飛んでくる視線に晒されながら、先のガントレットの言葉を思い返す。


「今回のチャレンジャーは三十四人。おっと、お前さんも入れりゃ三十五人か。多からず少なからずの人数だな。合格者の少ない試験なもんで中にはリピーターもいる。そういう連中は慣れがある。試験で何を求められるかを知っているってこった。そういうのは使えなくても手強いぞ。無論、新顔でもさくさくと進んじまうのだっているがな。案外あっさりと受かっちまうのは得てしてそういう奴でもある」


 要は魔力を使えるからといって試験を通過点のように考えるな、という忠告だったのだろう。この世間話めいた注意、それと面接時のあれこれもあって伸び気味だった僕の鼻はものの見事にへし折られた。


 試験で痛い目を見る前で本当によかったと思う。もしも低評価を受けてしまったりしたら、僕は協会に飼い殺しにされた上で一生雑用係をさせられてもおかしくない。これもガントレットの口から語られたことであり、冗談の類いにはまったく聞こえなかった。彼はおそらく脅しでこんなことを言うようなタイプではないので純然たる事実なのだろう。


《んー……ゴアにアクセスしてみましたが確かにいるようですね。魔術師として協会の門を叩いておきながら出世できていない者も、ちらほらと》


 出世? それはガントレットの『支部長』のような位を持たないってこと?


《役職ではなく階級のことですよ。現場・事務を問わずテイカーには階級があって、その高低で振られる任務が変わってくるみたいです。高い階級であるほど強い魔物の討伐に当てられる、とか》


 へえ、そういうシステムね。それだけ聞くと魔物と戦わない事務員に階級を与える意味はなさそうに思えるが、テイカーの中には現場と事務を兼任する者もいれば、場合によっては事務専門でも現場員の補助のために駆り出されることもあるという。そういった不測の事例に備えるため、予め事務員にも階級を割り振っておくということか。


《雑用係というのはつまり、万年低階級でろくな仕事を貰えない立場ってことなんでしょうねぇ。その状態で飼い殺しなんて言うまでもなく神のような何かが望む『善く生きる』ことには則していません。何がなんでもガントレットに一泡吹かせてくださいね。いえむしろ、一矢報いるぐらいでいいかも》


 一矢報いるって。いくらなんでもそこまでしようとは思っていないけど……でも本当にそのくらいの意気込みでいた方がいいのかもしれないな。


 魔術師としての力を持っている以上、僕に課せられるハードルは他の受験者よりも明確に高くなっている。なのに魔術師らしさというものを身につけられているとはとても言い切れない、からには、この点が長所ではなく短所になってしまいかねない。未開域での三十日間が試験の評価におけるまったくの無駄……どころか足を引っ張ってしまわぬようにするためには、それなり以上の奮起が求められる。


 頑張らなくては、と意気込みを新たにしたところで。いくらなんでも周りから向けられる目が鬱陶しくなってきた。ライバルの物色+威嚇。視線の意味はそういったものだろうと予想もつくけれど、それにしたって僕に注目が集まり過ぎている気がしないでもない。何故だ? 山犬探しの時と同じように魔力は漏らさないようにしているし、特別目立つような行為もしていないつもりなんだけど。


 遅刻でこそないが、受験者三十五名の中で最も遅くやってきた僕をそれだけ余裕を持っている大物として警戒していたり……? 自分で言っていてなんだけど、そんなことくらいでここまで見られはしない気もするな。テイカーの業務内容を理解して目指している者たちがその程度で動揺するとは思えない。


 シスにはこの謎が解けるだろうか。


《見られている理由ですか? それはきっとあなたの見た──》


「時間だ! テイカー試験を開始するぜ、ひよっこ共! 受験番号順に二列に並んで俺についてこい!」


 シスが何かを言いかけたタイミングで姿を消していたガントレットが再び部屋を訪れ、大声で試験開始を知らせた。皆が皆待ち構えていたのだろう、受験者たちは兵隊もかくやというスピードで規則正しく並んでみせた。中にはそれに遅れたりそもそも急ぐ気のないような者も何人かいたが……僕は見事に出遅れてしまった側だ。


 奇数と偶数に別れて若い順に並んでいるらしい二列。誰の先導もなく綺麗な整列を見せた彼らの息の合いように感心する暇もなく、早くも行進を始めたその最後尾へと慌てて収まる。……ひょっとしてこの時点でもう測られているのだろうか? テイカーには実力だけでなく協調性も必要だ。と、ミーディアは言っていた。ガントレットの大雑把な指示やそれを終えた途端にさっさと背を向けて歩き出してしまう性急さは、顔を合わせたばかりの他人とも上手に共同作業ができるかという試しだったりするのでは。


《だとしたら動きが遅かったあなたはさっそくマイナス評価ですかね》

 

 ぬぐ……ちょっとまずいな、出だしから躓いてしまったことになるか。


《ガントレットが雑なだけという線も充分にあり得ると思いますけどね。それにこれで付くマイナスなんて高が知れていますよ。本番で取り返せばいいんです》


 その通りだ。もしも悪い評価をされているのだとしてもそれを嘆いたって仕方がない。失ったのなら取り戻すまで。そしてできることなら最高評価にまで持っていく。僕だけなら大それたことだと狙えもしないそんな目標も、シスがいてくれるならきっとやってやれないことはない。冷静な助言にゴアからくる知識。彼女が僕にもたらしてくれる恩恵は大きい。それこそ魔力にも劣らないくらいに。


《大一番ですね。頑張りましょう》


 うん、と僕は頷く。いよいよテイカー試験の始まりだ。



◇◇◇



 行進の行き着いた先は地下だった。先ほどの部屋から長い長い下り階段で直通となっている、広い地下空間。ただし「広い」ことはわかってもその全容、どれだけ広大なのかまでは不明である。うすぼんやりとした灯りだけに照らされたその場所で、ずらりと並んだ受験者を前にガントレットは言った。


「『地下迷宮』! 事務員らがせっせとこしらえたこいつが一次試験の舞台だ」


 ガントレットが親指で指し示す背後には、簡素ながらに重厚さを感じさせる高い壁に挟まれた隙間があった。真っ黒で先が見えないそこが入口。果てしない暗闇の迷宮のスタート地点である。


「ルールは簡単だ。この札を探せ」


 ガントレットはこれまた簡素な造りの木の板を掲げて全員に見せる。掌サイズのそれにはよくわからない黒い模様が描かれている。


「迷宮内に散らばっているこいつを確保してゴール地点に置け。それができたら二次試験へ進める。どうだ、単純だろ?」


 やることとしては確かに単純そのもの。ただし木札もゴールも迷宮のどこにあるかは明かされない。自力で探し出す必要がある。そして問題となるのは木札の数だった。


「二十だ。それが札の数。そして二次試験へ進める者の数でもある」


 早い者勝ち、ということだ。三十五名の内、最低でも十五名は一次で脱落する。その上でさらにクリア条件は絞られる。


「時間制限は二十五分! 受験番号順に迷宮入りし、最後の奴が入ってからカウント開始だ。長いように感じるかもしれねえが中には灯りなんてねえ上にめちゃくちゃ入り組んでいる。ぼさっとしてたらあっという間にタイムアウトだぜ」


 この待機場も相当に暗いが、迷宮内はこの比ではないという。そんな中を彷徨いながら小さな木札を見つけ、場所もわからぬゴールへ置かねばならない。それもどれだけの広さかもわからない迷宮を攻略しながら……テイカー試験、思った通りに過酷そうである。


「壁を壊すのと他の受験者を死なせたりしたらその時点で失格、受験資格を失うものと思え。それ以外の禁止行為は……ま、特に設定しないでおくか。なんでもありってことで」


 て、適当だ。これから挑戦する身として責任者がそんなことでいいのかと思わなくもないが、しかしテイカーは命の危険と常に向き合うシビアな職業だ。「なんでもあり」はむしろこれ以上ないくらいにそれを目指す者の姿勢に相応しいと言えなくもない、かもしれない。それでも僕はもっと安全を期した方がいいと思うけれど。死人が毎回のように出る試験なんて普通じゃないんだから。


 受験者同士の殺し合いを禁じるルールがあるだけありがたいと思っておくべき、なのかな。


「よーし、そんじゃ受験番号一番! 行ってこい!」


 ガントレットがそう言った瞬間、列の端にいた男性が駆け出して迷宮の入口へと消えていった。ものすごい勢いだが、当然だ。三十五番の僕がスタートするまでタイマーは動かない。若い番号であればあるほど迷宮内での活動時間が長く、その最長者が一番である彼なのだ。この有利を積極的に活用しない手はない。


《ま、だからこそ他の受験者もそうはさせじと張り切るわけですが》


 シスの言う通りだった。一番の背が見えなくなった途端、ガントレットの号令と先を争うように二番の受験者が列を離れて迷宮へと突入していく。その素早いスタートは三番、四番とどんどん連鎖していく。早くに迷宮入りした者の有利を最小限にするために自分も急ぐ。これも当然だ。僕たちは自然と焦りを抱かされている。


《始まりからして全力にならないといけない。これがテイカー試験なのですね》


 楽しげにシスが呟く。横にいた三十四番がスタートし、とうとう僕の番が来た。ガントレットに番号を呼ばれて走り出す。彼の横を通り際、声をかけられる。


「気張れよ、坊主」

「はい!」


 応援の言葉に応じつつ、迷宮内へ。一歩踏み込んだそこは、もう真っ暗闇だった。



◇◇◇



 壁に手をやりながら先を急ぐ。視界は、当初より目が闇に慣れてマシになってきた。だけど光源のない地下迷宮はとても見通せやしない。精々一、ニメートル先が覗ける程度で、それ以上は行ってみないと何があるかわからない。既にいくつかの落とし穴や落下物といった事前に教えられていなかったトラップに遭遇していることもあって、焦る気持ちとは裏腹に僕の足取りは過度に慎重にならざるを得なかった。


《三分経過。魔力を使いますか? 五感を強化すればこの暗闇でも困らない程度にはなると思いますよ》


 できればそうしたいところだ。だけど、すぐに魔力を頼ることが果たして合格のハードルを上げられている僕にとってプラスになるだろうかという不安があった。それともうひとつ、万が一にも受験者の中に他の魔術師がいた場合、魔力の使用は自分の位置をバラすことに繋がりかねない。それを注意してきたのはシスである。


 はっきり言って僕の懸念は前者だけに集中していて、後者に関しては特段気にしていなかった。魔術師に限らず他の受験者に位置が知られたところで困ることはない。木札を所持していればそれを奪われる危険性もあるだろうが、そうでないのならこのルールで受験者同士のバトルが勃発したりはしない。そもそも二十五分の制限時間まであるのだからそんなことをしている余裕なんてないだろう。


 という僕の思考に、シスが釘を刺してきた。


《甘いですね。甘々です。砂糖菓子にシロップをかけてチョコクリームを乗せたくらいに甘すぎます》


 そ、そんなに甘い?


《禁じられているのはあくまで『殺し』だけ、であれば積極的に他人を脱落させようと動く輩は出てきますよ。減らせるタイミングでライバルを減らしておくのは作戦として悪いものではありません。テイカー試験の難度を知っている者ほど率先してそれを狙うかもしれませんね》


 とは言っても、言ったようにこの一次試験はなかなかに過酷だ。こんな暗闇の迷宮じゃそうそうに仕掛けられもしないのではないか──と、考えたのはフラグだったのか。誰かの気配を感じ取った。それもこちらに近づいてくる、あからさまに攻撃的な気配を!


「うっ……!?」


 ビュン、と飛来する何かをギリギリで躱す。何が飛んできた!? わからない。そして誰がこんなことをしてきているのかも見えない。暗闇が覆う先に誰かがいるのは確かだが、もっと近づかないと僕にはその姿を確認できない──しかし、次々と空気を裂いて迫ってくる何かを避けるのに必死で距離を詰めることが叶わない!


《無音で何かを撃ってきている。それも一射ごとに細かく立ち位置を変えながら……自分有利の距離を保ちながらあなたを攻め落とすつもりのようですね》


 僕を確実に潰さんとする何者かの襲来。突然の展開に僕の心臓はドクドクと嫌な音を立てた。



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