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138.伯仲

(──なるほど、体が重い。みたいな感じだな)


 斥の広範囲バリア。その中に踏み入ったことでライネの肉体には常にイオから反対側へと押される力がかかっている。それ単体でなら特に困ることもないが、戦闘中には少しイヤ。という程度の嫌がらせを受けているような面倒臭さだ。


 魔力で強化した体でもこれくらいには圧を受けるのであれば、耐久性など皆無に近しい氷蝶が範囲に入っただけで崩れ去ってしまうのも納得だった。同様に、氷鳥が耐えられはしても動きが鈍ることも。やはり氷生物は広範囲バリアが生きている限り活躍の機会などなさそうだと再認識しつつ、ライネは凩を振るう。


「しっ」


 刀身には魔力だけでなく彼の術も乗っていた。イオは後ろへ下がることで刀身の間合いから逃れているが、そう避けることを予見していたライネの剣はその軌跡を凍り付かせ、より間合いを伸ばした。


「おぉっと!」


 巨大な掌が開くように迫ってきた氷をイオは咄嗟に斥を乗せた蹴りで弾く。それなりに硬さを意識して作り出した氷が簡単に壊され、ライネは舌を打ちたくなる。破壊力は既に知れているが、しかしこの反応速度。これが頭の痛い点だった。こうして接近戦へと戦いが移行したからこそ克明になるイオの厄介さ──魔人という種族的な優越の思いの外の強力さを、ライネは味わっていた。


「!」


 力場の発生。それを自身の傍に感じ取ったライネはそちらへ足を向けて地面を踏み締める。氷筍。足元から生えた氷の氷柱群を壁として使う。と同時にその向こう側にイオが出現。どうやら力場の正体は引であり、対象は術者自身だったようだ。だが引にしろ斥にしろその用途がなんであれ、術とこちらの直線上の風通しを良くして良いことなど何もない。イオがどうするつもりでいようと氷壁が一度はそれを防いでくれる──なんていう、呑気が過ぎる思考をライネは紡がない。


 案の定・・・イオの姿がもう一度消えた。しかし今度は引で体を運んだのではなく自前の脚力で跳んだようだ。透明度の高い氷越しに跳ね上がる土と煙を眺めつつ集中。刹那の内に自身の左斜め後方から迫る脅威を探知したライネはそちらに振り向くこともなく再び足踏み。氷筍の発生を己が直下として、それに乗って上へと退避する。


 轟音。下を確かめれば氷筍へ深々とイオの蹴り脚が突き刺さっている。それだけで氷の足場は崩れかけているが、ダメ押しの斥が発動。内部から力が弾けて吹き飛ばされる、直前にライネは自ら氷から飛び上がることでそれを回避。そして空中に作成した薄い氷の膜の上に乗るが、その時にはもうイオが自分のにいた。


「ッ……」


 更に速い。おそらく引だけでなく、引に吸われる方向へ斥で自らを弾くことでより高速の移動を行なっている。でなければ流石に脚力ひとつであの位置から先回りなどできやしない。


 術の扱いが巧みである。それこそ本家であるライオットのそれと遜色ないくらいに、少なくとも移動の補助の面においては極まっている。加えてイオには素の肉体の異常性まで備わっている──それはライオットにはなかったものだ。


 彼は身体能力も当然のように超人的であったが、魔人のそれに比べれば常識の範囲に収まるものでしかなかった。それに対してイオは斥を拳に乗せずとも、単に魔力で強化しただけの拳でライオットの斥打並み、いやそれ以上の威力を叩き出す。そこに更に斥が乗るのだから途方もない。


 エミウアの本気の打撃も耐えられるレベル。それを基準に作り出している氷が先ほどからただのガラス細工かのようにばかすかと砕かれている光景は、ライネからすれば悪夢以外の何物でもなかった。


「そぉらっ!」

「────、」


 断頭の刃の如く降り落ちてきたイオの踵。それを刀を使って逸らそうとして、しかしそこに引が搭載されていることに気付き咄嗟に遅延術を解放。氷瀑。氷の散弾が飛び散ったことでなんとか武器手の自由を奪われることを避けながら着地。急ぎ体勢を整えて構えれば、思った通りに接地を待たずして斥によって中空を跳ねたイオが真正面から突っ込んでくる。


「吹雪」


 息を吐き出し、切り払いと共に氷風を浴びせる。拳を突き出す前にそれを食らったイオは「ぎゃっ」と裏返った悲鳴を零して地面に落ちた。霜が張り付いて動きにくそうにしているそこへライネは刀の切っ先へと魔力を集中、全身全霊の突きを繰り出す──が、躱される。飛び起きる勢いのまま後方宙返りによって離れていったイオの身体には、もうどこにも霜など付いていなかった。


「おー危ねえ。なかなかどうして、刀の振り方もサマになってんな。氷の生成物の出来も俺の見たところユイゼン・ロスフェウを越えてやがる……生成速度はどっこいってところだが反射での反応はお前が上だ。んでもって氷の硬さもな。短い間に随分と成長してんじゃねえか。さっすが、俺と同じ特別製なだけある」


「……お前から褒められても大して嬉しくもないな。それより今、どうやって霜を払った? 斥を使ったようには見えなかったが」


 そもそも吹雪をまともに受けておきながら霜程度で済むのが道理としてはおかしい。何かしら種があるのは確実だが、しかしライネの──もっと言うならシスの──優れた知覚能力をもってしても「何をしたのか」見抜けなかった。ので、イオの口の軽さを当てに直接訊ねてみれば狙い通り、あるいは彼女にとっては特段隠すようなことでもないのか、あっさりと種明かしはされた。


「【好調】だよ。今は亡き部下の一人、ダルムが俺に遺してくれた唯術ものさ」


 ストックされている三つの唯術の内のひとつである【好調】は肉体的・精神的なベストコンディションをいついかなる時でも維持するという能力を持つ。ダルムがただそれだけで満足していたのに対しイオはもう少し欲張り、「不調が起きない」という点を拡大解釈して伸ばすことで「相手の能力の影響を受けにくい」という防御面に強い唯術へと仕立て上げていた。


「俺に拘束は利かんぜ、ほとんどな。精神に作用してくるような術も同じだ。無効化ではないからまったくの無影響ってわけじゃあねえが【好調】を切らねえ限りはそういう搦め手に嵌って俺が負けることはあり得ねえ。てなわけでお前さんも凍らせて動きを封じることを企んでるならやめときな。俺の首を切り落とすにはもっと別のアプローチで臨むべきだ」


「親切にどうも」


 素っ気なく返しつつ、遅延術の仕込み直しも終わったところでライネは再び構えを取る。刀の位置としては正眼だがやはり握りは右の手だけで行い、左腕は峰に添えるようにする独特の形。【氷喚】と組み合わせて行き着いたおそらくは彼だけのオリジナル──その妙を既に体験しているイオは浮かぶ感情を隠さず笑って、自分からも問いかける。


「そっちこそどうなってんだ?」

「何が」

「どうして攻防が成立してんだって訊いてんのさ。重斥だぞ、重斥。【離合】の拡充術。単体の斥をぶっちぎる超威力を常に振り翳してんだぜ。刀や籠手でいくら衝撃を上手く散らそうが限度があんだろ。なんで吹っ飛ばねえんだお前」

「教える義理、あるかな」

「あるだろ」

「ないよ」

「ないか」


 そらそうだ、と肩をすくめて、そして消える。引。ライオットのそれと違ってイオの魔力の波が知らせる術の起こりは感知しやすい。その分だけ、単純な脚力での移動よりもどこから攻めてくるかは読みやすかった。左へ飛び退きながら右を守る。受けの姿勢を作ったところへイオの拳と接触。仕込み直した術のひとつを早速に発動させながら冷気の爆発と共にライネは仰け反り、斥と打撃の威力を流す。


 読める、と言っても速いものは速く、早いものは早い。そしていちいち極端に重いのだからライネには気の休まる時がない。少しでも対応が遅れればアウト。たったの一秒、否、コンマ一秒の油断もなく限界まで意識を張り詰めさせておかねばならなかった。


 常人であればその状態は長く続かず、遠からず集中力を切らすことになるだろうが、現在のライネはシスと二心同体。二人で同時にひとつの肉体を操っており、ライネ単体と比較して二倍以上の思考力と処理能力を得ている。そのおかげで極限まで神経を尖らせても大した負担にはなっていない。


「遠点凍結」

「あ?」


 体を逸らせたまま足裏を起点に地面に描いた氷の道。魔力の放出によって推進力を得たライネは足を動かさずにその上を滑走してイオから離れていく。体勢を立て直す暇を惜しんでの移動。曲芸染みた技に、しかして思惑通りに追撃の意図を外されたイオとしては呆れるやら感心するやら。そして少しずつ彼女にもライネが何をしているのか、見えてきていた。


(やりくりが上手い。俺の重斥と同じく常時使ってる『何か』に加えて予め用意したいくつかの遅延術。そして必要に応じて追加発動する氷術……生成系に絞って凍結系を使ってこねーのは今欲張っても無駄だと割り切っているからか、俺の意識をそこからズラすためか。どちらにせよライネはこの上なくクレバーに戦ってやがる)


 常時、遅延、追加。このどれが欠けても現在の拮抗は崩れる。奇跡的と言ってもいい術のバランス感覚と取捨選択によってライネはイオの身体能力+【離合】という無法の組み合わせに対抗しているのだ。よって、それを上回りたいイオが狙うべきはライネの戦闘を確立させている三位一体の要素、その内のどれかひとつでもいいから削り取ること。それができれば一気に勝利は近づいてくれるだろう。


 とすれば標的は、遅延術。何せ常時使用の『何か』と追加発動される術はライネのキャパシティが持つ限りはこちらからどうこうできない。【同調】が機能するなら無理矢理に術を止めさせることもできたがライネにはそれが通じないのだから仕方ない。遅延術だ。唯一事前の仕込みという手間がある、その手間をかけるからこそ即効性のある発動が叶う遅延術こそが「削り取る」ことの可能な手札。


 要はガンガンに攻め立てればいい。仕込みが間に合わなくなるほど、それを行なう猶予がなくなるほどに攻め続ければ削りは実現する。──そう結論したイオの考え方は、間違っていない。というよりも手っ取り早く状況を変えるための一手として大正解と言えた。


 遅延術とは言わば保険である。発動直前まで練り上げた術をそこで止めたまま維持し、そして咄嗟の場面で最後の一押しだけを実行。それによって本来なら発動までにかかる時間や負荷を最低限以下に抑えることができる、という魔術的な戦闘技術。


 勿論その一瞬の利点を得るために術未満の状態での維持という別の負荷を抱えたまま戦わねばならないという欠点もあるため、使えても仕込んでおけるのはひとつが大抵の魔術師にとって精一杯。ましてや複数の遅延術を維持するなどもっての外、なのだが。これもシスと全てを共有しているライネにとってはさしたる問題にならず、故に彼は──仕込む術の種類や捧げた魔力によって増減するが──おおよそ四から六の遅延術を常に待機させたままでイオとの至近戦を繰り広げている。


 減るたびに、使わされるたびに仕込み直しの時間をどうにか見つけてはこまめに補充してきたライネだが、イオの雰囲気が変わった──その勝ち気な顔付きにどこか定まったものを見つけたことで、もうこれまでのように遅延術を切れないと理解した。


 とはいえ遅延術そのものは勝負に必須。これなくして立ち回りは成立しないのだから、ならばどうするか。──段階を上げる必要がある。


「ふー……」

「へっ……」


 一瞬の意志の交錯、爆ぜる寸前の静寂の間。


 斥と共に踏み込んだイオは、しかしそのまま真っ直ぐには進まず途中で引を用いて強引に軌道変更。そこから数度地面を蹴り、また引、次に斥。術の使用を気取られようとも対応できない。読み切れないだけの高速移動を繰り返してライネの周辺を飛び回り、然るのちに突撃。何か契機があったわけではなく「今だ」と直感したタイミングで拳を前にして突っ込んでいく。その流星めいた殴打に、やはりライネの反応はこれまでよりも明らかに遅れていた。


(獲った──とは思わねえ! ただ死なねえために術をじゃんじゃか使ってくれりゃそれでいい!)


「二連氷瀑」


 荒ぶ氷片と冷気。間断なく立て続けに炸裂したそれによってイオもライネも押され、すんでのところで拳が空を切る。だが逃がさない。突撃の勢いのまま流れそうになる体を引で地に寄せ、引き留める。そして踏み込む。眼前の巨大な氷塊。おそらく遅延発動されたそれを割り砕く間にも足元から氷柱が推しあがってくる。これはおそらく追加発動。こちらも足元に追加した斥によって散らし、構わず接近。


 どれが遅延でどれが追加か、傍目からの判別は難しい。ただの勘だ。だがひと息の間にこれだけの術が使われているからには仕込んだ遅延術も必ずいくつか切っているはず。ストックは減っている、確実に。


 それでいい。

 勝利は近づいている──。



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