表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/199

137.夢中

 まず違和感を覚えたのは、氷鱗鳥を一網打尽にされた場面。重引ひとつでそれがなされた、というところにライネは、そして彼の中にいるシスも引っ掛かりがあった。


 しかしアレは鳥たちが自ら重引へ飛び込んでいった側面もある。その分の勢いが乗ったことで術の引力・・と破壊力が増したというのであれば、イオの動きを察したライネが命令の上書きを行なったにもかかわらず一羽たりとも逃れることができなかったのにも、まあ納得いかないでもない。そう誘い込んだイオが上手かったのだ。


 けれどその後も違和感は立て続けに襲ってきた。イオは最高硬度に設定した氷龍を噛み付かれた姿勢から一撃で破壊してみせ、更には氷霧を『発』で霧散させた──これはいかにもおかしい。


 氷龍も、壊れないことはない。基本造形として氷鱗が組み込まれているといってもそれは体表部に限り、イオが──おそらく斥を用いて──威力をぶつけた口内や体内にまでその恩恵は働かない。なので最高硬度の上から叩き壊されたわけではない、のだが。しかしライネはエミウアとの組手で氷龍が破壊された経験を基にして、あの時シスが作った以上のものを、彼女と協力することで生み出してもいる。それをいくら「比較的」脆い部分である体内からの攻撃とはいえたった一発で粉々にされた、というのは少々不満の残る結果で。


 そしてやはり極めつけは氷霧の解除だ。あのライオットですら拡充の奥義である『転』に頼らねば実現できなかった、その場に留まる性質を強めた氷霧を追い払う芸当を、通常術の範囲での奥義である『発』でやってのけたこと。あまりにも理屈が合わない。ライオット戦で見た、さんざ目に焼き付いた【離合】の諸々と帳尻がまったく合っていない。


 いよいよ抱く違和感が深刻なものであると理解したライネはその謎を解き明かすべくひとつの実験を行なった。氷蝶と氷鱗鳥の組み合わせがまさにそれだ。ここでの双方の役割は、蝶が囮であり鳥が本命。そうイオが目した通りであったが、しかし目的だけは違っていた。氷鱗鳥はイオにダメージを与えることではなく、推し量ること。何よりも耐久性に重きを置かれて作成されたその身を使ってイオの術の()()を正確に割り出すことが、与えられた任務であった。


 そうしてライネは確信に至る。視力を欠いた直後の打撃では芯を捉えられずに討ち損ねていたが、そこからもすぐにアジャストしたイオは、本体ボディもそれを守る氷鱗の鎧も殊更に頑丈にした氷鳥。氷霧下の補正がなくとも「壊れにくさ」に関しては一級であるはずのそれを、斥を搭載した殴打のひとつで実に軽々と呆気なく屠っていった。


 確定だ。【離合】本来の所有者であるライオットにだってこんな真似はできなかった。彼は氷鱗に覆われた氷鳥を破壊するのにもっと手間取っていた……もちろん、あの時のライオットは本調子には程遠く、術の威力だって必要最低限を意識して戦っていた。つまりは万全の状態であればイオと同じことができたと言えなくもないが──けれど、ライオットの強みとは【離合】という唯術だけでなくそれを駆る彼自身が人並み外れたセンスを持っていたことにこそある。


 どれだけ魔力が目減りしていようと、肉体が疲労を覚えていようと、そのコンディションからでも万全を引き出せる。判断を誤らず的確に対処ができる、そういう厄介さがライオットにはあった。そんな彼が一度は読み違った氷鱗鳥の耐久度は折り紙付きと言っていい。しかも現在のライネが作成する氷鱗鳥はあの日のものとは出来が違う。生み出せる総数のみならず性能だって大幅に上がっているのだ。


 だというのにイオはそれを蹂躙する。蹂躙できる、ということは、それだけ術の威力が高いことを意味する。イオの術が、ライオットの術を遥かに超えていることを意味する。


 本家の【離合】をそうも容易く上回ることは可能なのか? ……できるかもしれないし、他に種があるのかもしれない。ライネの正直な感想としては、この不自然なまでの高出力がいつまでも続くようであれば相当に苦しい。ただしそれが【離合】を発展させて効率化の果てに得たものではなく、単に考えなしにじゃぶじゃぶと魔力を過剰に注ぐことで成立している一時の隆盛であるのなら、確実に訪れる「途切れ」の瞬間までいなしてしまえばぐっと勝ちに近づける。


 見極めなくてはならない。そう考えてライネは氷鳥と氷蝶の質を維持したまま増やせる最大量を展開したのだ。どうやらイオはこれに対抗すべく新たなカードを切ったようだったが、それならそれで構わない。圧倒的な数を前に彼女がどう対応するかでも高出力が一時的なものか恒常的なものか判断する材料にはなる。


 ライネは前者であると推定している、というより祈っているが、もしも後者であった場合は。イオの隆盛がずっと途切れることのないものであったら、その時は──。


「はっはぁ!」

「!」


 イオが跳ねる。一足飛びに自ら鳥の群れに近づき、そしてそこでまたしても違和感がライネを襲う。それはイオの挙動に関するものではなく、自身の術。氷鳥からリンクを通して察知した不可解な現象に対するもの。その原因を解読する暇もなくイオが振るった拳によって鳥がいくつか破壊された。氷鱗がないとはいえ一打でまとめて何体も。などと考える間にも被害は増えていく。


 空中で移動を行なうために用いた引の余波だけで、放たれた斥の余韻だけで直接攻撃されたわけでもないのに鳥が落ちていく。やはり馬鹿げた出力だ。イオの優勢を形作っているのはとにもかくにもあの威力、破壊力である。だが。


(勢いを増してはいるが戦法そのものは変わっていない。だったらもう一度氷蝶が刺さる)


 氷龍と共にシスが編み出した氷蝶は術単体としての強さや弱さに要点を置いていない、攻撃性能を持たない完全補助型の氷生物。その脅威をイオも味わったからには単純に打ち落とせばいいだけの氷鳥とはまた違った対処の仕方が求められる。速度差故に遅れはしたがもうすぐ百近い数の氷蝶がイオに届く──と、思いきや。


「何っ……?!」


 そうはならなかった。群れの中でも先行していた氷蝶たちが、壊れていく。自壊・・はある意味で氷蝶の得意技というか役割めいたものではあるが、しかしこれは蝶の──それを操る術者の意図したものではない。本当に独りでに壊れてしまったのだ。


 無論、イオが何かした様子は見受けられなかった。なのに何故? わけもわからずとにかく後続も前へ進ませるライネだったが、結果は同じだった。先んじて崩れ去った仲間の再現をするように、次々と氷蝶はバラバラになって散ってしまう。そこまで状況をつぶさに観察して、ライネとシスは同時に気が付いた。蝶は、シスに一定まで近づくと壊れている。


 これはもしや。先に受けた氷鳥を介しての奇妙な感覚も含めてひとつの仮説が立った彼は、残りの数少ない氷蝶を広範囲に広げて、鳥との戦闘を続けているイオに様々な方向から突っ込ませた。が、どれも結果は同じ。やはりある程度彼女に接近した時点で氷蝶はまるでその罰を受けたかの如く死んでしまう。


「二十メートル……!」

「正解ぃ!」


 最後の一羽を上からの縦蹴りで撃墜させたイオはくるりと回って、明らかに魅せる動きで着地しながら言った。


「斥のバリアの応用さ。若干前後はするが大体二十メートル! 俺を中心として斥の結界が張られている。広げて維持している分効力が弱まってるんで身に纏うのとは違ってなんでもかんでも弾いてくれるわけじゃねえが、それでもお前さんのちょうちょくらいなら問題なく落とせるぜ」

「氷鳥の動作が鈍ったように感じられたのも、広げたバリアの範囲に入ったことでお前から遠ざかる力の影響を受けていたせいなんだな」

「その通り。下と後ろ、力のベクトルこそ違えど俺の周辺は高重力みてーなもんになってると考えればいい。実際には引力であり斥力だがな……ま、空飛ぶ翼を持っていようと逆らえないもんはある。【離合】はその筆頭さ。マジでいい力だよ」

「……まるでおもちゃにはしゃぐ子どもだな」

「あん? さびしーことを言うなよ、楽しんでるのは俺だけか? この目にはライネ、お前だって夢中・・に映っているぜ。俺っていう難敵を攻略すんのは心が躍るだろ、勝つ喜びを欲して胸が震えるだろ? それでいい、それがいいんだ。命張っての勝負ってのはこうじゃなきゃいけねえよ!」


 戦闘の高揚がそうさせるのか、いつものシニカルな笑みとは質の異なる笑顔を向けてくるイオ。その昂りに対してライネは、ため息ひとつ。どこまでも冷静に、冷徹に。ともすれば沈み切ったような感情の見えない目付きで応じた。


同意する・・・・。何かの決着だというのならそれは、一方的なものであるべきじゃない。勝負の場に立つ双方が身を切る痛みを負わなくちゃならない。その末に薄氷の勝利を掴まなくてはならない……そうでなければ、戦いとは言わない」

「……! わかってくれていて嬉しいぜ。まさかこんなとこでだけ気が合うとはな。つくづく俺たちゃ選ばれている……! だから余計に、だ!」


 負けられない。負けたくない。使命を別にしてもこいつにだけは──なんとしても勝ちたい。そう思える、そう願えるが故に。共にそうであるが故に。


「悔いの残らねえ勝負にしようや、ライネ!」

「言われなくても」


 イオの両手に握られた力が増す。それは単純な腕力や魔力の増加だけでなく、術の強化によるものでもある。


 斥から、斥×斥。拡充の重斥へと移行。これを常に発動させながら広範囲バリアまで併用するのはさしものイオも術的容量の圧迫を意識せざるを得なかったが、しかし仮にパンク寸前になったとしてもさしたる問題はない。彼女にはそれを解決できる用意がある。【離合】の性能を出し惜しむ理由などなかった。


 ライネは腰の後ろへと腕を回し、そこに提げていた刀の柄──魔武具であるこがらしを手に取った。魔力に反応し、刀身が出現。それを右手だけで構えながらシスの助力のもと、術の遅延発動の準備を複数同時に行っていく。


 もう氷生物の出る幕ではなかった。氷鳥は最大数で攻めようと鎧袖一触に蹴散らされてしまう。氷蝶もいくら砕けることが仕事とはいえイオに近づけないのでは何もできない。もはや魔力を使うだけ無駄だ。


 もしも次に役立てられる場面が来るとしたらそれはイオの術の出力が落ちた時か、最低でも広範囲のバリアが解かれた時だろう。だが、その際には自分も多量の氷生物を生成できる余裕があるかは怪しいところだった。


「へえ……使うのかよ、そんな武器もん。ライオット戦での決め手になったのは見ていたから知ってるけどよ、だからって俺にも有効だとは限らねーぜ?」


 互いの極限状態の、次がもうない終わりの間際だったからこそ唐突な武具の活用が刺さったのだ。仮に戦闘開始時からライネが落ちている凩を拾っていたら結末はまた変わっていただろう。とは、ライネ自身も大いに認めているが。


「有効だよ。お前を斬るのはライオットほど苦労しない」


 イオが氷生物を鬱陶しがって斥のバリアを広げている現状は、そのせいでライネが【氷喚】の生成力を活かせなくなったという点では明確なマイナスであったが、しかしライネからしても鬱陶しいバリアの「バリアらしい使い方」ができなくなったという点では、プラスとなっている。


 攻撃が通りやすくなった。どのみち氷霧の維持が許されない以上はどんなに氷鳥を突っ込ませようと斥の壁の上からでは大したダメージソースにもならず、千日手に陥りかねなかったことを思えばむしろ状況は好転していると言ってもいいくらいだった。


「はん、奴にそうしたようにそいつで俺の首を掻き切ろうってか。自慢のこの魔人ボディも胴と頭を離されちゃどうしようもねえ。確かにそりゃ氷漬けを目指すよりもずっと確殺を狙うに適している……そう都合よくお前さんの剣技が俺に通れば、だがな」


 忘れちゃいねえだろうな、とイオもまた身構えて。


「斥で着込んだバリアなんざ最低保証。【離合】の自慢は防御力じゃねーってことをよ」

「わかっているさ、そんなこと。その上でお前を斬ると言っている」


 シン、と口を閉ざした両者の間に流れる重々しい空気。互いに準備は終えた、であるなら後は──激突するのみ。殺気と殺気が絡み合い最高潮に達した瞬間、動き出す。ライネとイオはまったく同時に地を蹴っていた。


「おっらぁ!」

「……!」


 イオの拳を、ライネが氷の籠手で固定した凩で受ける。凄まじい衝突音。双方の魔力が弾け、彼らの足元の草は凍り付きながら舞い散っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ