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134.前と今

「俺よりもずっと恵まれている……? えらく強気な口振りだな。そんだけその相棒とやらにお熱ってことかい」

「そうだな。彼女がいなければ僕はとっくに死んでいた。彼女がいたから戦えたし、強くなれた。この第二の人生を生きようと決意できた。僕が感謝するとしたら『何か』にじゃなく、彼女との出会いそのものになる」

「出会いに感謝とは、ロマンチックじゃねえか」


 せせら笑う少女に、少年も小さな笑みを口元に作って返す。


「嘲笑うしかないよな。だってそれはお前にはないものだから」

「あ?」


「お前が出会ってきた人間は、お前にとって利用するための材料でしかなかった。そうだろ? 与えられた部下だってそうだ。全てが駒だ。あるいはお前は自分自身も含めてそうとしか捉えていない。だから、ゲームだなんだと生き死にを軽く扱える。それは自分にも他人にも然程の価値を見出していないからだ」


「…………」


「僕は出会ってきたよ。この世界を生きる等身大の人たちと。自分にできることをできる以上に、一生懸命に頑張る、輝くような人たちと出会ってきた。その生き様に魅せられた。僕には少し眩し過ぎて、落ち込んだりもしたし、反省することもしきりだったけれど。その度に立ち上がって前を向く強さも僕は皆から学んだんだ」


「はん、そんなに居心地が良かったかよ? テイカー協会は。だがお前さんも知っているはずだぜ、その憧れの組織だって組織である以上、清廉潔白はあり得ねえ。デカい面している裏では救われなかった人間も大勢いる。それこそ不当に奪われるだけの人間がな。そこんとこはどうでもいいってのか」


「それでもテイカーは僕の理想だ。協会がある程度を切り捨てていることはきっと事実なんだろう。それがフロントラインっていう闇を生んだのも間違いない。だけどそれは組織としての話。あくまでも現場で命を懸けている彼ら彼女らは、目の前の命を守ることだけに必死だ。仲間を守る、市民を守る、そして世界を守る。そんな重荷を当たり前のように背負って戦って死んでいく。その生き様まで悪く言われる謂れはないよ」


「贔屓目が過ぎるんじゃあねえか? 現場員にだって事務員にだってそう大層な志を持たずに就いている奴は絶対いるぞ、少なからずな。崇高な目的も過去の俺のようにてめえの()()()()の種としか考えてねえ奴らがな」


「それだって悪いことじゃないさ。目的意識があろうとなかろうと、誰かを守りたいとも思っていなくても。その人たちがいるから協会は協会として成り立っている。僕ら現場員が心置きなく戦えるんだから、同じことだ。世界を守る一助に充分なっている──だから僕もテイカーの一員として、この世界を守りたいと思える」


「それが使命に殉じる理由だってか? かーっ、相容れねえなぁマジで。考え方のベクトルが違い過ぎて意見交換にもなりゃしえね。そんで? テイカーをそこまで理想のお手本にしちまうようなお前さんは前世でどんな生き方をして、どんな死に方をしたってんだ。まさかだんまりはねえよな、俺も恥を打ち明けたんだ。聞いたからにはお前さんも聞かせる義務があるぜ」


「……僕の前世(過去)か」


 そこで少年はゆっくりと瞼を下ろし、ゆっくりと開き直した。そうやって目の前に立つ少女を改めて見つめて、怪訝そうにしているその瞳に映る自分を確かめて、それからぽつりと呟く。


「お前は前世の自分を空っぽと言ったけど、僕もそうだ。僕の中には何もなかった。だからどうして自分があんなことをしたのかも未だによくわかっていない。僕にはアレに憤る気力も理由もなかったはずなのに……」


「アレってのはなんだ。まさかお前も何かに歯向かって虫けらみてーに殺されたってのか?」


「そうだよ。それも『組織』だった。僕はそこにスカウトされたんだ。学校の卒業を間近に控えて、次に通う場所の見学のつもりで向かったそこで、僕は知ってはいけないことを知ってしまった。人工的な天才を作り出すための研究だとかなんとか言っていたそれが非道な人体実験で成り立っているってことを。各地から合法・非合法を問わずに浚ってきた見込みのある人間に拷問めいた訓練を施したり、改造・・をしたり。そういうコミックの中の悪役がやりそうなことを極々当たり前にやっていた」


「うへえ、そらまた難儀なトコロに拾われちまったもんだな。まあ知らずにいれば良い職場だったのかもしらんが」


「あの日僕に教えるつもりはなかったろうな。だけどいずれは引き込むつもりだったとも思う。プロファイルがされていたんだよ。僕は『ああいうの』を目にしても何も感じない、優秀な研究員になるだろうって」


「だが現実は違ったと。キレたんだろ、お前さんは」


「ああ、僕の中で何かが切れた。それまで無感動に、無感情にしか生きてこなかった僕が、何故かあの時に見た……体を切り刻まれている子どもの顔が目に焼き付いて離れなくなって……どうしても許してはおけないと思った。思ってしまったんだ」


「…………」


「知ったからにはふたつにひとつ。協力するか、それを拒んで自分も研究対象になるかだ。僕は迎合するふりをした。これまでの自分を演じて、何も感じていないように副所長の手を取った。最も危険な相手はこいつだった。せめてこいつだけはなんとかしないと、仮にこの研究所を潰せたとしても悲劇は続く。それが目に見えていた」


()所長が? そこは二番手じゃなく所長をどうにかすべきなんじゃねえのか」


「いや、あそこの中心にいたのは間違いなく副所長だよ。彼こそが研究の基盤・・だった。血も涙もない実験を彼だからこそ研究員たちに強要できていたし、それなりに成果も出せていた。ということはつまり、彼さえどうにかできれば組織としての研究所は終わる。終わるに違いないと信じて僕は──実験体たちを一斉に脱走させた。研究所の出入口を塞いだ上でね」


「んー? 出入口を塞ぐって、それじゃ脱走にならねえじゃねえか。察するに独房めいた部屋から逃がすことには成功したってことなんだろうが、施設から出られなきゃまたとっ捕まっちまうだろ」


「実験材料にされた人たちはもう、その大半が人ではなくなっていた。人の世では生きられないような無惨な姿に変えられていたし、大半が生命維持装置の稼働なくしては一日と命が続かないようにもされていた。それでも僕は彼らを逃がしたんだ。何故って、彼らの望みは長く生きることじゃなかったからだ。一日足らずでも自由を欲しがっていた。その時間を使ってどうしてもやりたいことがあったからだ」


「おいおい、そりゃまさか──復讐かよ? 研究者共をこの手で殺してやりたいってことか。んでもってお前は、その復讐心を利用して施設をぶっ壊しにかかったって?」


「──そうだ。それが僕の罪。あの日、多くの命が死んだ。僕の決断ひとつで、善悪も是非も問わずに。とにかくたくさんが死んだ」


 寒々しい声音だった。語る顔付きにこそ色はなくとも、彼の口から聞こえる音はあまりにも冷たく、冷え切っていた。


「へっ……とんだ極悪人じゃねえかよ、お前さんも。俺以上に大それたことをしてやがる。独善ってやつか、それともやけっぱちか? なんにしたってそれが動機ってわけだ。手前勝手に暴走して大勢を殺した罪、それを贖いたくて仕方なくて、こうしてプレイヤーに成り下がっていると。そういうこったな? 世界を守るだなんだとご立派なことを宣いながら、あたかもそれが崇高な理念のように俺の前に立ちながら。紐解けば結局はただの罪悪感、なんてことはねえ──考え方は違えど根は同じ、お前も俺に負けず劣らずのしょうもない人間でしかないってことだ」


「それは……否定できないし、しない。職員二名と副所長を直接この手にかけて、けれど副所長の罠にかかって僕も死んだ。その後はどうなったかわからない。おそらく建物内にいた人間は全員が死んでいると思う。実験は続けられなくなった、それだけは確かだと思う……だけどそれが正しい行いだったとは今の僕には思えない。お前の言う通りに手前勝手な暴走。それまで何ひとつ真剣にやったことのない、何とも向き合ったことのない僕が、間違った正義を振り翳した。一言で纏めるのならそういうことになるんだろう」


 でも、と彼は続ける。


「だからと言って『こちら側』にいる今の僕まで否定はしないし、させない。罪悪感が原動力だっていい。根拠のない勇気は脆くて折れやすくて、誤りがちだ。前世まえの僕がそれで失敗したように、僕がそのままの僕だったら。僕だけでこの世界を生きていれば、確実に同じ過ちを犯していたよ」


「だが今は違うってか。案外とてめえのことほど理解に難しいものも他にないんだぜ? そこまで自信を持って変われたと言える根拠はなんなんだよ。それだってつまるところはそう思い込みたいだけの、罪悪感からくる逃避なんじゃあねーのか?」


「いや──根拠ならある。トートロジーめいた言い方になってしまうけれど、僕には折れてはいけない理由がある。過ちを犯せない訳がある。過去の僕にはなかったそれらが、今の僕を過去の僕と決別させている。それこそが根拠だ」


「……なるほどな、根拠があるのが根拠ってかい。なんとも乱暴な理屈だ」


 しかしなんであれ、と少女はシニカルに言う。


「その理屈が芯になっているってわけだ。そこ・・が俺とお前の似ているようで最大の差異。何もできずにくたばった俺と違ってお前さんは、馬鹿な真似をしちまったことだけは同じでも手に入れた結果が違う──倒すべき敵だけは自分の手で倒したっていう確かな『手応え』を得ている。後悔しか残らなかった俺とは、そりゃあ考え方に差も出るってもんだ」


 等しく失敗者。でありながら「何もできなかった」者と「何かを変えられた」者とでは、たとえそれが好事だろうと悪事だろうと、あるいはそのどちらだとも誰からも認められておらずとも。そこには絶対的な差が生じて当然だ。


 少なくとも少年は惨事という結果を引き起こしており、それに比べて少女の方は命を投げ打ってなお何ひとつ影響を残していない。それこそ惨め極まりないことだと、彼女は自身を嘲笑う。


「勘弁しろよな。【同調】で通じ合ってお前さんの中身をちょいとばかし知って、同類・・だと喜んでいたんだぜ俺は。鏡映し。この見た目の通り瓜二つながらに正反対の、相哀れむ者同士てとびきりのゲームを楽しめるってな……だがおい、蓋を開けてみればどうだ。俺ばっかりが昔を引き摺っているってのかよ」

「いいや」

「いいや?」

「過去のことを引き摺っているのは僕もだ。いやむしろ、過去に引き摺られていると言ってもいい。それくらいに消えない汚点で、忘れちゃいけない過ちだった。お前もそう思っているから今はそんなにも楽しそうに、満足そうに振る舞っているんだろう。それ以外に前を向く方法がないからだ。僕たちは使命に殉じる以外に道はないんだ」

「──はっ、違いねえ」


 殊更に充足を覚えている演技をしている、という指摘に少女は何も言い返そうとしなかった。それは確かな事実であり、本人も自覚していることだったから。ただし彼女が前を向く理由はそれだけではなくて。


「だが過去の清算をしたいってのも、俺ら共通の目的だろ? お前との決着がそれに当たるってんだから張り切りもする。俺なりの根拠と言うのなら悔いの払拭こそがそうなんだが、お前さんはどうも……そういうのとは別の何かで使命感に燃えてるみてーだな」


「僕は『自分のため』じゃ何もできない奴なんだ。それだとすぐに折れるし、易きに流れる。だから『人のため』に戦える今は僕にとって理想的な環境だよ。そう仕向けられただけだとしても、充分だ。あんな終わり方しかできなかった罪人としては充分過ぎるほど報われている」


「世のため人のため、が芯だってか」

「──そして彼女のためでもある」


 付け足すように口内で呟かれたその一言は、少女へ聞かせるためのものではなく内なる彼女へ。まさしく彼最大の芯となっている相棒へと向けられた、改めての宣言であった。


「もう一度言おう。僕はお前を倒して、お前を止める。それが僕に与えられた役割だからじゃなく、僕自身がこの世界を魔人の手に渡したくないからだ」


「上等だぜ。俺だって今更やらされてる感なんて出しゃしねえよ。与えられた野望ではあるがあえてこう言うぜ、世界征服は俺がやりたくてやるんだってな」


 互いの前世まえがどんな人間で、どんな悔いを抱えているかは重々に知れた。なんのために今世いまを戦っているのかも。とくれば、もはや彼と彼女に残された交流の手段はひとつ。


「行くぞ、イオ!」

「来やがりな、ライネ!」



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