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133.二人

 見渡す限りの平野の、小高い丘の上。その風景に見覚えがあったわけではなかったが、彼にはなんとなくそこがどこなのかわかった。


「初めてお前と会った場所か」

「の、より人里から離れた場所だな。当然ここにも人香結界の残り香が漂っている。人も魔物も寄り付かないデッドスポットさ」

「ひょっとして、お前たちの拠点もこの辺りに?」

「鋭いじゃねえか。ああ、あるぜ。ここら辺のどっかにな。見つけたいんなら探してみろよ。ただし俺とのデートを終えてから、だがな」


 少女は草原を撫でるように柔らかく吹き抜けていく風の感触を楽しみながら、そっと髪をかき上げた。さっきまで空の上で冷たい空気に晒されていた身に、朝の陽ざしに温められた風の流れは心地よかった。


「さてと、どこから話したもんかな。俺が何者かを教えると言っても、まさか本当に前世の全て……生まれてから死ぬまでの何もかもを説明していくんじゃ冗長が過ぎるってもんだしなぁ。端折りに端折って要点だけを摘まんでくか」

「そうしてくれ。お前は魔人軍の被害なんてどうでもいいかもしれないが、僕は協会のことが気になる。今も仲間たちが命懸けで戦っているんだ、あまりのんびりはできない」

「つれないねぇ、せっかくの二人きりの逢瀬だってのにその物言い。だがまあ、だからこそ『そっち側』なんだもんな。受け入れよう。お前さんが俺を敵として受け入れてくれたように」

「それで? 要点とやらを早く話したらどうだ」

「っとーにつれねえ。あーわかったわかった。まず初めに言っておくと、俺は小悪党だ。だった、って言うべきか? 今は立派に使命を果たす立場なんだから善悪に関しちゃ別として小さな悪党ではねえだろうし──おーけーおーけー、さっさと先を話すからそう睨むなって」


 少年の剣呑な視線にへらへらと笑って、少女は言った。


「なんというかまあ、お察しの通りにしょうもない人生だったよ。ツイてるとは言えねえ生まれのガキがそのままずるずると肥溜めを這いずって、くたばっただけ。そう一言で表せちまうようなくだらない生き方さ。いや、環境のせいにするつもりはねえさ。人は易きに流れるって言うだろ? ありゃまんま俺のことだ。意志が弱かったんだよ。だから自分より弱い奴らを食い物にすることしかできなかった」

「…………」


 話す内に段々と、いつも浮かべている人を食ったような薄笑いも消えていって、それでも少女は軽い口調で過去(前世)を。今の自分ではなかった頃の自分を振り返って語る。


「我ながらどうしようもない人間だったなぁ。どれだけ悪事を働いたって良心の呵責なんざ少しもなかったぜ? そういうのを感じる部分が壊死しちまってんのかってくらいに、俺の行いのせいで人様の人生がぶっ壊れるとこを見てもなんとも思わなかった。無風さ、無風。それを申し訳ないとも、かといって愉快だ痛快だとも思わない。本当になんにも感じちゃいなかった。その日に食うメシと寝床の安全だけさ、頭ん中にあんのはな。四六時中そればっか悩んでた気がするなぁ……くくっ、おーくだんねえくだんねえ」


「なんとなく、僕と同じでそうまともな人生を送ってはいないんだろうと予想していたけれど。正直言って予想以上だな。そもそも僕とは生まれた国か時代が違いそうだ」


「あん? ああそうか、そういうこともあるのか。同郷っつってもそれならほとんど別世界の人間みたいなもんだな。ただし、縁が()()()から俺らは選ばれた。そりゃつまり俺とお前さんにどこかしら重なる部分があるってことでもある」


「そうだね。その点は否定しない」


「ふ……まーとにかく、ちっぽけな奴だったわけだよ。俺って奴は。そう自覚して生きていた気もするな。だがそんなド底辺にも最低限、人らしさってもんはあったのかねぇ? 歯向かったんだよな、デカい組織に。俺が一匹でうろちょろしてるネズミだとすれば野犬の群れって感じか。シノギに噛ませてもらって温かいメシに何度もありついてきてたってのに……とうの昔に知ってたはずなのにな。そこが一人じゃ何もできねえようなガキだって食い物にしてるってのは気付いた上で、それでもみっともなく媚びてたってのに、ある日その現場を目の当たりにしちまってな。気付いたら組織の奴を殺っちまってた」


「それが終わりの始まりか」


「っつーより始めちまったんだよな。なんの目的もなかった俺の人生に初めて必死こいてでもやらなきゃいけねえことができた。何せ思わず助けちまったガキ共が遠くに逃げるまでの時間を、俺が一人で稼がなきゃならねえからな。何十っている拳銃ハジキ持ちの組織の連中を、ナイフ一本でだぜ? 多少は動ける自信もあったが流石に分が悪いなんてもんじゃあねえ。勝ち目は端からなかった。んなことはわかってたんだ、俺も。それでもできるだけ粘らなきゃならなかった。一人でも多く殺してやるさって、そんな風に覚悟を決めた……つもりになってたよ」


「…………」


「うまくいくわけねーわな。自分のことだけ考えて生きてた空っぽ人間がよ、急に人のために何かしようったって大した活躍なんかできるはずもねえんだよ。あっさり返り討ちさ。地の利を活かして何日でも逃げ回りながら少しずつ奴らの数を減らしていって……なんて、とんだ妄想だ。熱に浮かされてたとしか思えねえ恥ずかしいヒーローごっこだったよ。ガキ共がどうなったかは知りようもねえが、あんなすぐに俺が殺られちまったんじゃあいつらも碌な目には遭ってねえだろうな」


 本当に、下らない人生だったよ。


 感情を乗せない声音で呟いた少女は、しかしその表情に少しばかりの後悔を滲ませており。そしてそれを覆い隠すように再びにへらと薄ら笑いを浮かべた。


「そんで、今世だな。いつの間にかこの身体でこの世界にいて、三人のお供がいて、んでもって説明・・があった。俺がやるべきことは何か。当初はまったく訳がわからんかったが、自分でもそう混乱はしちゃいなかったと思うね。ただぼんやりと『今回は初めから目的があるのか』ってよ。そこを喜んでたな。馬鹿みたいだろ? それなら同じ轍は踏まずに済みそうだなんて、てめえの意志薄弱さには目を背けて都合よくよぉ……前世のアレをまるで取り戻せる失敗みたいに。とんでもねえよな。どうも人間、悪い部分ってのは死んでも直らないもんらしい」


「そうじゃなきゃ僕たちに『今』はないだろう。死が禊や浄罪になるのなら、きっと選ばれていないんだから」


「ひひっ、違いねえ!」


「だけど意外だな。お前の境遇はもう少しまともなものだと思っていた。ゲームを例えに出していたから、少なくともそういうものを趣味にできるくらいには恵まれていたんだろうとばかり」


「あーん? スラム生まれだからって舐めんなよ、ジャンク品漁ってりゃゲームくらい遊べらぁ。あそこに流れ着くくらいなんだから最先端には程遠い古臭くてチープなもんばっかだったんだろうがよ、案外と楽しかったぜ。それくらいしか娯楽がなかったってのもあるがな。趣味と言えば趣味だな。おかげですっかりゲーム脳さ」


「そうか……」

「んだよ、憐れんでんのか? 別に俺ぁかわいそぶってこんな話をしてるんじゃねーぜ」

「まさか、潰すと決めた相手だ。今更憐憫も同情もない。……僕はただ腑に落ちないだけだよ」


 少女に負けず劣らず、感情を窺わせない──こちらは笑顔のひとつも浮かべない本当の無の顔付きで、薄い青の瞳がギロリと少女を睨む。


「何が腑に落ちないって?」

「悔いがあったはずだろ。そんな口振りで自分の最期を語っておいて心残りがなかったなんて言わせないぞ。何もできずに死んだことを、救いたいものを救えなかった自分を、悔やんでいるんだろ」

「……悔やんでたとして、だからどうしたって?」


「なのに『こんなこと』をしている理由がわからない。意味がわからないと、そう言っているんだよ。不当に奪われる命がある。搾取されるためだけの人生がある。それを一度は許せないと思ったから、我が身も顧みずに奮い立ったんだろう。その結果が死で、でももう一回の生を与えられて。なのにどうしてお前は『そっち側』で悪逆を尽くす? 人を人とも思わないお前のやり方は、目標は、まさにお前が歯向かった組織のやっていることと同じじゃないか」


 人を食い物にする人外。少女はまさしく言葉通りの意味での人外、人ならざる者であるが、少年から言わせれば人間にだってそういう輩はいる。それも、うじゃうじゃとどこにでも。ありふれてそこら中に溢れている。どうしようもないほどに。


 同じだ。真実人という種族か否かなど関係なく、こうして意思疎通ができるというのに、言葉が通じて感情があって痛みを知り得ながら、それでも他人を傷つけることに、一方的に奪うことに躊躇いがない。それはもう充分に人外だ。そう少年は思っている。そう判じている。


 それとも──彼女の場合は魔人に生まれてしまったが故の、変えられてしまったが故の変質なのか。前世の後悔すら忘れてしまうほどに歪まされたせいだとでも言うのか……いや、そうではない。やはりそこは問題じゃないのだと、少女の仄暗い眼差しが、笑いながらも少しも笑っていないその表情が教えている。


「違うんだなぁ。俺とお前はこうも違う。まったく別の生き物だな」

「何が言いたい」


「お前さんは『守る側』で、俺は『壊す側』だ。そう選ばれた。だったら俺が死に際に何を後悔したかってのも想像の付きそうなもんだろ? その後悔を元に何を欲したか──力だよ。俺には力がなかった。だから小悪党でしかなかった。大それたことをするなら大それた力が必要で、その逆に。大それた力のある奴は大それたことを仕出かしても許される。組織の連中が数と武器を頼りにのさばっていたみてーに、圧倒的な力は全てを肯定する! それさえ持てば俺は本物の悪党になれる……!」


「お前の悔いは、敵を倒せなかったことでも子どもたちを救えなかったことでもなく──自分の無力。それだけだっていうのか?」


「まさしく。今の俺は魔人だ、人を超えた存在だ。力を得たよ。鍛えて、計画を練って、張り切ってきた。努力ってやつを初めてした。この力をちゃんと扱えるように、ちゃんと極悪非道の大悪党になれるようにな。世界征服が使命だと知ったその時は思わず笑っちまったもんだが、考えてみりゃこれほど壮大な悪事もそうそうねえ。うってつけの目標だとすぐに感謝したさ。やり直すチャンスをくれただけじゃなく最高のポジションに据えてもくれたんだ、恩を感じないと言えば嘘になる……だが『誰か』に対して感じているのは恩ばかりかと言えば、それも嘘になるがな」


「お前は……お前には記憶があるのか? 僕たちをこの世界へ連れてきた、神のような『何か』と会話した記憶が。その姿を見たのか?」


「いんや、姿は見てねえ。直接のやり取りもほんの少しのもんさ。俺を選んでこの身体を与えた張本人とはな……だがそのサポート役だとかいうガキとは割とじっくり話したぜ」


「ガキ……?」


「女だったよ、そいつも。少なくとも見た目はな。なんでも俺の側の『誰か』さんだけに任せたんじゃちょいと不安だから、とか言ってたな。まあおかげで俺も部下たちも何をすればいいかがわかった。あのガキがいなけりゃ途方に暮れてたろうぜ。そういう意味じゃ『誰か』以上に恩人だな、俺にとって」


「……説明人。『何か』とはまた別の存在がいるのか」

「お前さんの方はどうだったんだ? どういう具合にスタートを切ったのか教えてくれよ。その反応からするとガキは現れてねーみたいだが」

「僕の場合はこの中に」


 と自分のこめかみをこつこつと指先で叩いて彼は言った。


「相棒がいる。現状で何をすべきか、そして最終的に何を目指すのか。全部教えてくれたし、戦闘から何から可能な限りのサポートもしてくれる。だからかな、僕の下にその女の子が来なかったのは。どうやらお前を選んだ『誰か』よりも僕を選んだ『何か』の方が若干だけ仕事が丁寧だったらしい」


「そのようだな。ま、こっちに来たタイミングはお前が後発っぽいからな。俺んとこの杜撰さを反面教師にしたのかもしれんぜ。とはいえだ、頭にいる『一人』が俺の部下の『三人』とゲーム開始の餞別として釣り合っているかってのは疑問だがな。どー考えたって俺のが恵まれてるだろ」


「その三人がいなければお前は唯術の性質的に、なんの武器も持たずに魔術師と接触しなければならなかったことになる。お互いの基本性能・・・・ありきでスタートの環境は決められているんだろう。つまり、釣り合いは取れている」

「そりゃなんだ、餞別がショボい自分の方が俺よりも性能で優れているっていう、自慢のつもりか?」

「いや……その反対だよ」


 緩やかに首を振って、少年は言った。


「どう考えても僕の方が恵まれている。お前よりもずっとね」



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