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13.面接

 ミーディアとエマに見送られ、僕はガントレットに案内されて支部内の一室へと通された。そこは机と椅子、それに向かい合ったもうひとつの椅子くらいしかない実に簡素な部屋だった。注目を集める唯一のポイントとしては、机の上の丸い玉。占い師が使いそうな水晶が置かれていることが気になるくらいだった。


「ま、座れよ」


 机がある方の椅子へ先に座ってガントレットがそう促したので、僕は「失礼します」と一応のマナーを見せてから反対の椅子へと腰を下ろした。彼と真正面から目が合う。まるで面接のような構図だな、と連想した僕の感性は正しかったようで、ガントレットはそのものずばり「面接を始める」としかつめらしく口にした。


「まず確かめてーのは……一口にテイカーと言っても種類があるのは知ってるよな? 大まかに分けてふたつ、現場員と事務員。これらの違いについてもだ」

「はい」


 本当はよく知らないのだが、ミーディアとエマを見てなんとなくの察しもついている。それに僕にはシスもいる。怪しい部分は彼女にこっそり教えてもらえばいいのだからここはもっともらしく頷いておこう。


「まーミーディアから聞いてるわな。同じ現場や事務でもやることは細かく分かれるわけだが……そこら辺を知るのはテイカーになってからでいい。聞きたいのはお前さんがどっちを希望しているかだ。戦う現場員か、それを支える事務員か」


《現場》

「現場員です」


 シスの即答に合わせて僕も間を開けずに言う。するとガントレットは薄く笑って。


「そうかい。なりてーもんが定まってんのはいいことだ。だがそれが現場員だってんなら言ったように厳しい試験になるぜ」

「それはどうしてですか?」

「初めに言っとくとだ。お前さんが使える側であり、しかもテイカーになるためここにいる。この時点で俺たちはお前さんを囲い込む」

「えっと……?」


 質問の答えになっていない、というか、話が繋がっていないように思えて困惑する。なんと言ったんだ、この人は?


「囲い込むっていうのは……」

「言葉通りの意味だ。テイカー以外の魔術師ってのはあんまり歓迎できたものじゃねえんでな。だが、だからって魔術師なら誰でも歓迎ってわけでもねえ。少なくとも適性は見極めねえとな。ずばりお前さんが協会員になるのはもう確定している。問われるのは、お前さんに自分の希望を通せるだけの素質があるかどうかって点だ」

「…………」


《言いましたよね。テイカー協会は基本、魔力にしろ魔石にしろ全てを独占したがっている。そうすれば間違いがないからです》


 ああ、そういえばそんな話もしたっけな。


《試験は新たな魔術師を生み出すためのものでもある。では、元から魔術師である受験者に対して協会がどう出るかは予想のつくことでもあったじゃないですか》


 それが囲い込み、か。僕が試験でどういった成績を残すにせよ、テイカーの内側へと取り入れるのは決定事項であると。そのため、合格・不合格の判定を下すのではなく僕がどれだけ『使えるか』を見定める目的へと試験は切り替わった……ガントレットが言っているのはそういう意味なのだ。


 シスの補足に助けられながら、彼の言葉の続きを聞く。


「もう知ってんだろうが、お前さんのようにテイカーになる前から魔力を扱える人間ってのは少ない。かくいう俺も試験中に使えるようになった口でな。お前さんやミーディアみたいな例は稀も稀、超レアだ。それだけにあいつがお前さんを目にかける理由もわかる気がするぜ」

「そうですか……」


 ミーディアはいったい僕のことをどんな風に紹介したのだろう? なんだかガントレットは微妙な誤解をいくつもしている気がする……訂正しても逆に面倒なことになりそうなのであえてこちらから何か言おうとも思わないが。


「だが、自分の推薦だからってくれぐれも忖度はしないでくれ、だとよ。なんともあいつらしい物言いじゃねえか? 無論言われなくたって俺は受験者を色眼鏡で見たりはしねえ。責任ある身として公正に、厳格に測らせてもらう。お前さんのこともな、ライネ」

「もちろんです」

「いい返事だ。そっちも受験者の心得ってもんはできてるらしい。そう見做したからにはさっそく始めるぜ」


 ここまではただの前提の確認であり、彼が面接官として接するのはここからなのだろう。ただでさえ鋭い眼光を更に尖らせながらガントレットは机上の水晶を示した。


「こいつは昔の凄腕術師が残した特別な水晶でな。これに設定されている質問に対しては嘘が一切通じねえと思え」

「噓発見器、ですか?」

「そう言い換えてもいい。精度は段違いだがな。囲い込むのは確定だと言ったが、囲い方にも種類があるわな。お前さんが本当に背中を預ける仲間足り得るかどうか、こいつで調べる。それが試験資格入手の第一関門だ」


 水晶の内部がほんのりと青白く光を持った。ガントレットは何もしていない。まるで自分の出番が来たことを水晶自体がわかっているかのように、それは勝手に起き上がったように見えた。


「いいか、俺ぁ記憶喪失云々の事情は聴いているがそれ以上は何も聞いちゃいない。何故って、どのみちこいつにはお前自身の認識なんざ関係なくその口から吐かれた内容が真実か否か。それだけをジャッジするからだ。魔術による判定ってのはそういうもんだ」


 ガントレットと水晶。どちらもがタイプの異なるプレッシャーを放っている。そうして圧をかけてきている。僕はできるだけ冷静に、動揺や恐怖を顔に出さないよう見返すことしかできない。


《なんとしても現場員になってください。神のような何かはそれをお望みです。事務員からの転向もできなくはないかもしれませんが、遠回りなのは確かですから。「仲間に相応しくない」と判定されるのは言うまでもなく論外。何を訊かれるのかは知りませんが、心して答えるようにしましょう》


 もちろん投げやりになんて答えやしないさ。どうせ嘘が通じないのなら何を質問されても正直に言うしかないのだし、あれこれと考えなくていいのだからむしろ気持ちとしては楽になった。真摯に応じ、信頼を勝ち取る。それだけに集中すればいい。


「こいつで訊けるのはふたつ。とてもシンプルな問いだけだ。まずひとつ目、いくぜ」


 ごくりと喉が鳴る。否応なしに緊張が高まる僕の心の準備など待ってくれずに、ガントレットはすぐ質問へと入った。


「ライネ。お前はテイカー協会に不利益をもたらす存在か否か。はいかいいえで答えろ」

「いいえ」


 まるで己が眼力でもって嘘か真かを見抜かんとするような面接官の雰囲気に負けじと、こちらも厳然と否定する。すると水晶の光が青みを増して輝いた。


「ふむ。偽りはねえようだな。そんじゃあふたつ目だ。ライネ、お前はテイカーの掟に従い協会に利益をもたらす存在か否か。はいかいいえで答えろ」

「はい」


 水晶の青みは変わらず。それを確かめて、ガントレットは息を吐いた。


「よろしい。どちらの質問にもお前さんは正直に答えた。審査の水晶はそう判断した。ライネっつーテイカー志望は不穏分子じゃあねえってさ」

「それじゃあ」

「ああ、おめっとさん。これで晴れて受験資格を得た──と、言いてえが。非魔術師の受験者ならこれで問題なく試験を受けられるんだが、お前さんの事情がそれを許してくれねえ。こっからは俺個人として質問するぜ。いいな?」

「……はい」


 早合点だったようだ。当然か、厳しく測ると言っておいてたったこれだけで終わるはずもなかった。何を訊かれるのか……なんて考えずとも、最初に突っ込まれるだろう点には大方の想像もついていた。


「記憶喪失ってのはマジなのか? 水晶の判定がねーからって騙そうとなんてしてくれるなよ、これでも見る目ってのはあるつもりだ。何か誤魔化そうってんならすぐにわかるぜ。それが後ろ暗いことなら特にな」


《慎重に受け答えを。何も全てを打ち明ける必要はないんです。ありのままを話すにしたって語り方によってはいくらでも誤魔化し用がありますから》


 わかっている。魔力を使えるようになったことも含めてミーディアには色々と釈明というか、説明が要ると思っていた。彼女からの質問攻めだって当然にあるだろうと。予想に反してそんなものはなかったわけだが……けれど備えとして行ったシミュレートはしっかりと役立ってくれそうだ。


「嘘じゃありません。ただし、部分的には、ですが」

「部分的? そいつはまたどういうこった」

「ミーディアとの出会いについてはご存知ですか?」

「ああ。未開域でばったりだったんだろ。そして支部うちまでミーディアに案内させて、その後お前さんは三十日ばかしどこかをほっつき歩いて、んでもって今日再会した。で、合ってるよな?」


 こう改めて言われると僕のやっていることってどちゃくそに怪しいな……と客観的に思ってしまって苦笑しながら肯定を返す。


「合っています、どこにも間違いはありません。僕の言う記憶喪失とはそれより以前の情報の欠落。ミーディアと森で出くわすまでどこで何をしていたのか。自分が何故そんなところにいたのかがまったくわからない、そういう意味でのものです」

「ほーう? んじゃ何か、覚えていることもそれなりにあるってことか」

「断片的にですが。それに時間が経つにつれて思い出せてきたことも多いです。ミーディアと出会った当初はそれこそ自分の名前すらもわかっていなかったのが、彼女からそれを訊ねられて僕は自分の名乗るべき名が『ライネ』だと知りました。あれから三十日、他にも取り戻せたものは多くあります」

「ふん。魔力もその内のひとつ。そう言いてえわけか」

「……はい」


 この身体は特別性。神のような何かの計らいによって魔力を扱う素養があり、下地が出来上がっていた。修行によって僕はその才能を引き出せるようになった、つまりは元からあったものを『思い出した』のだと言い張る。ギリギリ嘘とは言えない範囲での真実……に、聞こえてくれたらいいなぁ。ガントレットの胡乱げな表情を見るに僕の願いは天に通じてくれていないのかもしれない。


「捻り出した答えって感じだが、まあいいだろう。あくどい目的を持って試験を受けにきたわけじゃねえって水晶が保証しているからには訳アリだろうと大目に見てやってもいい。他の受験者にもそういう輩は少なくねえしな。俺の目から見てもお前さんは『悪い奴』じゃあなさそうだ……これ以上は追及しねえよ」

「ありがとうございます!」

「だが、だからって調子にゃあ乗ってくれるなよ。大目に見るにも限度はある。そういう意味じゃ、この支部に来たのは正解だったな坊主。うちは他んとこよりずっと緩いからな」


 まー緩くさせてる一番の原因はたぶん俺なんだが、と自嘲的な口調ながらにまったく反省を感じさせない笑い方をしているガントレット。支部長という肩書きの響きからは想像もつかないほど磊落な人柄を感じさせる彼なので、出会ったばかりではあるが僕はこの人へ既に好感を抱いている。ガントレットが支部長を務める支部に来られてよかった。ひょっとしてこの街の傍がスタート地点だったのはそれもまた神のような何かの計らいだったりして……?


 ただ彼の言葉で僕が気になったのは、この支部の緩さに関してよりも。


「ひょっとして、テイカー試験って色んな場所でやっているんですか?」

「あん、そんなことも知らねーのか……って悪い、記憶喪失だってんなら何もおかしくねーわな。そうだぜ坊主。テイカー試験は協会本部、それから全支部の中の一部で開催されている。確かうち含めて五つだったかね、今試験をやってる支部は。スパンは大体二、三ヵ月に一回だ。本部だけはきっちりと半年間隔でやってるがな」

「開催時期はまちまちなんですね」

「あんま頻繁にやっても費用はかさむわ参加人数は少ねーわで割に合わな過ぎるからな。んでもって今から三十分後にはこの支部三ヵ月ぶりの試験が始まるわけだが……」

「さ、三十分後ですか!?」


 もうすぐじゃないか! シスのやることだからそういうこともあり得るとは想定していたし、試験に挑む覚悟も既に終わらせてはいるが、ここまでのスピード感は想定以上だ。泡を食う僕に、ガントレットは苦い顔をして言った。


「俺ぁてっきり承知の上で今日を指定したんだろうと思ってたんだが。その様子じゃ試験の時刻どころか日にちも知らなかったな? なのにどんぴしゃで行動してやがるのか。記憶喪失の坊主が?」

「あ、あはは……」

「いいぜ、追求しねえと言ったのは俺だ。なんぞ言えねえことなら言わねえままに試験を受けるといい。俺は支部長としてそれを許そう──ただし!」


 ギン、と鋭い目付きをいっそうに険しくさせて彼は僕を見据えた。


「これも支部長の責務として。隠し事の分だけお前さんのことは厳正に測らせてもらうぜ、坊主。せいぜい心して挑むことだな」



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